「ルキナ、マーク!何処にいるんですかー?」
淡い桃色の花弁が、ハラハラと舞い降りてくる。うっすら霞がかかったかのような幻想的な世界に、愛しい藍髪の子供達がいないかとルフレは必死で探していた。
ここはソンシン。国内の動乱が収まったとのことで、王女サイリから聖王とその家族が正式に招待されたのだ。
ソンシンとイーリスの友好式典を無事終え、折角だからとサイリに連れられ異国の建築や文化を楽しんでいた。が、目にするもの全てが初めてのものに興奮した子供達は、両親や側近の騎士達が目を光らせていたにも関わらず、忽然と姿を消してしまったのだ。
「ルフレ、こっちにはいなかったぞ」
「そうですか……」
クロムが肩に積もった花弁をはたきながら駆け寄ってきて、ルフレは顔を曇らせる。
最も好奇心が強い時期だ、恐らくはマークが何か珍しいものに引っかかり寄り道しているのだろう。歳の割にしっかりとしたルキナが付いているのだから、さほど心配する必要はないのかもしれない。
だが彼らを産んだ母親としての感情が、楽観視を許さなかった。
もし土手に落ちてしまっていたら。
攫われてしまっていたら。
暗殺者に狙われているのではないか。
信頼できるサイリの手引きがあるとはいえここは異国の地、子供達が泣いているのではないかと焦燥感に駆られ、ルフレは別の方角を探そうと足を踏み出す。
しかし不意に手を掴まれ、それは叶わなかった。
「クロムさん?」
夫の不可解な行動に眉を顰める。早く子供達を探しに行こう、と言いたげに手を引いてみるもより強く握られてしまい、ルフレは首を傾げて彼に振り返った。
「俺の気持ち、わかったか?」
「え?」
「お前が消えた時の、俺の気持ち」
一体何を言っているのだろう?子供達が消えた焦りで頭が真っ白になっていたルフレは、彼の瞳を覗いて思わず息を呑んでしまう。
いつもは印象的に煌いている青い瞳が、花吹雪の中切なげに揺らいでいた。未来を見据える双眸が、少しの怒りと寂寥を滲ませて桜に霞むルフレの姿を映している。
「何も言わずに行って、俺はどれだけお前を探したと思っている?確かにあれが最善の方法だっただろう。だけど、お前が戻ってこないんじゃないかと待つ人間はどうなる?」
「クロムさん……」
握り締められた手首が痛い。しかし彼の気持ちを悟ったルフレはその痛みを受け入れ、夫の瞳をしっかりと見つめ返し言葉を待った。
「……すまん、それとこれは別だな。過ぎたことをくどくど言っても仕方ないというのに」
子供達を探しに行こう。罰が悪そうに視線を逸らし
手を離そうとしてきたクロムの掌を逆に握り締めた。
「いいえ、クロムさん。貴方に酷いことをしたって、ようやく理解できた気がする。私の場合、貴方と約束したのに一方的に破ったのですから」
「ルフレ……」
「でも、私は戻って来られた。貴方が……貴方達が呼んでいてくれたから。私、もしまた同じ状況に置かれたとしても同じ選択をすると思います。でも、必ず戻ってきますから」
一年に一度、限られた時期に咲くという花が温かい風の中舞う。例え今咲いている花が散ってしまったとしても、時が巡ればまた同じように咲き誇るのだ。
未来では最愛の人を自らの手で殺すという選択をしてしまったけど、その縁がこの時代にもたらされたお陰で運命を変えられたのだから。
「何度はぐれても離されても、私は必ず戻ってきます。クロムさんの元へ」
白と桃が混ざり合う霞の中で、ルフレはそう言ってクロムに抱きついた。邪痕が消え、まっさらになった掌で彼の胴に手を回す。そして彼の胸に納まると、にっこりと微笑みかけた。
クロムは少しだけ目を瞠った後、呆れ混じりの笑みを浮かべてルフレの頭に手を置いた。
「そんなに何度も俺の前からいなくなる気か?」
「例え話です!それに、次からは貴方が離そうとしてくれないでしょう?」
「当たり前だ。もうあんな想いはごめんだからな」
二人の頬を柔らかな花弁が撫でていく。そのくすぐったさに身を竦めていると、クロムが力強く抱きしめてきた。
「俺だって何度でもお前を探しに行く。……それ以前に、お前が何を言ってももう絶対に離しはしない」
「……ごめんなさいクロムさん。私ももう貴方を置いていかないように努力します」
「努力かよ」
軽く額をぶつけられ、「いたっ」とルフレは小さく叫んだ。「そこは約束しろ」と不貞腐れた表情で呟くクロムに思わず苦笑いを浮かべると、「おかーさまー!」と高い声が背後から聞こえた。
「ルキナ、マーク!」
「全くおてんばなお姫様と王子様ですよ!この僕を落とし穴に嵌めるなんて……一体どんな教育をしたらこうなるんですか!ねえルキナさん」
「貴方も子供の頃よくフレデリクさんを落とし穴に嵌めていましたよね、マーク」
「えへへ、それは記憶がないのでノーカウントです」
「お前たちが連れ戻して来てくれたのか、助かった」
護衛という名目で半ば強引に連れてきた未来からの成長した子供達と、この時代に生まれてきた彼らと同じ名前の子供達。未来から来た二人が手を離すと、元気の塊のような幼子達は両親めがけて、勢いよく転がり出す鞠のように駆け寄ってきた。ルフレはルキナを、クロムはマークを抱き止め、きゃっきゃっ、とはしゃぐ彼らを抱える。
「ありがとう、二人共。本当に助かりました……サイリさんにも見つかったと伝えないと」
「僕たちは護衛ですから!あ、お礼はあそこの売店で売っていたサクラモチというお菓子でいいよ母さん!」
「無償じゃないのですね」
呆れたように肩を竦めてみせるルキナと、どんぐりのような瞳を揃って輝かせる小さなルキナとマーク。そんな子供たちの様子に、クロムとルフレは思わず顔を見合わせた。
「サクラモチ?おかし?」
「ほら、こっちのルキナさんは興味津々ですよ~。小さいマークも気になりますよね?ね?」
「うふふ、わかりましたから。みんなで食べましょう。ね、クロムさん?」
ガマンできないと言わんばかりに手足をばたつかせるマークを抱き直し、ルフレは夫に微笑みかけた。
雨のように降り注ぐ花弁で霞むルフレが少しだけ儚く見えて、クロムは春の嵐のように心乱れた。だが風はいつか必ず吹き止む。彼女の笑顔が、そして彼女との間に設けた子供達が、不安で吹き飛ばされそうな心を繋ぎ止めてくれる。
「お父様、どうかされたのですか?」
おずおずと聞いてくる成長したルキナと、「どーされました?」と姉のような存在の言葉を真似してくる小さなルキナ。二人の娘に印象的な双眸で見つめられてしまい、クロムは「なんでもないんだ」と緩く首を振った。
「僕にはわかりましたよ父さん。ずばり、母さんに見惚れていたんですよね!よ、おしどり夫婦!」
「おしどり!おしどり!」
「……あまり親をからかうと、お前だけ抜きにするぞマーク」
「わわ、それだけは堪忍です!」
絵に描いたかのように眉を八の字に寄せるマークと、その顔がおかしかったのかはしゃぎ出す子供達。成長したルキナと共に苦笑いを浮かべ、日々成長していく娘の重みを感じながら妻の元へと歩み寄っていく。
「なんだかよくわかりませんが、惚れ直してくれましたか?」
「お前まで変なこというな。ほら、行くぞ」
「うふふ、さては照れていますね」
目元を薄紅に染め笑うルフレにクロムはますます赤くなり、思わず視線を宙へと向ける。そしてぶっきらぼうにポツリと呟いた。
「……もうこれ以上ない程お前に惚れているからな」
「!」
途端に真っ赤になってしまった彼女と、「かーさんりんごみたい!」とケラケラ笑う幼いマーク。お返しだ、と言わんばかりに口角を上げ、ルキナを抱いたままクロムは片手で舞散る花弁を一枚掴み取った。
何度はぐれても会いに来てくれるとルフレは言ってくれた。ならば、何度でも彼女の手を引き寄せその名を呼ぼう。愛する家族と共に、もう二度と彼女を失うことのない世界を作る為に。
ルフレさんは犠牲になる選択を後悔していないし、もし必要に迫られたならまた同じ選択をすると思います。
クロムさんもクロムさんで平和になった後でもルフレさんの選択に対して納得出来なくて、事あるごとに揉めていると思います。だからもうそんなことないように頑張っていこうみたいな。
半身だけど最後まで互いの主張は譲り合わないというか…
王という立場にいながら大切な人を切り捨てきれない彼の未熟さというか青さがクロムさんの魅力だと思います。上に立つ者でありながら親しみを感じるというか…