[1]
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「もう、あんな風に飛び出してきちゃって良かったんですか?帰ったら余計に怒られると思うんですけど」
「はは……なんというか、子供の頃から染み付いている癖というか、衝動的にな。お前だって、笑顔のままフレデリクが早歩きで迫ってきたら逃げたくなるだろ?」
「それは、まあ。気持ちはわからなくないですけど」
群青色の瞳を照れくさそうに瞬かせる青年が、イーリスの王子だと誰が思うのだろうか。
ルフレはクロムの姿に溜息をつくと、行き交う人々にぶつからぬよう注意を払いながら歩みを進める。
細かな備品が足りないことに気づき買い出しに出ようと馬に跨ったはいいが、出発間際に半ば強引にクロムが飛び乗って来たのは想定外だった。「いいから早く出発しよう」と急かす彼を疑問に思ったが、背後から凄まじいプレッシャーを放ちながら迫り来るフレデリクに気づき、思わず手綱を引いて駆け出してしまったのが先程の話。
聞けば鍛錬に張り切りすぎた為か、訓練中に自警団アジトの壁を三箇所程度壊してしまったらしい。普段は穏やかな騎士が穴だらけになった壁を見た瞬間、長年の付き合いがあるクロムでさえ気圧されるような笑みを浮かべた為に流石のクロムも思わず逃げ出してきたらしい。怖いもの無しで向こう見ずに見える彼も、フレデリクには頭が上がらないのだと思うと少し愉快ではあるが。
確かにあのまま捕まっていたら恐ろしい目に合うことは想像に容易い。だからといって逃げても一時しのぎであり、ルフレまで共謀者として叱られる可能性が出てくるのだからたまったものではないのだ。
隣を歩くクロムをチラリと見る。象徴であるファルシオンではなく鋼の剣を剣帯から下げ、いつもさらけ出している聖痕を上着で隠している彼が「本当にすまん」と謝りながら申し訳なさそうにしているのを見ると、呆れや怒りが薄れて行くのを感じた。普段は精悍な顔立ちで戦場を見つめる彼だが、こうしていると普通の青年に見える。ルフレは小さく笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。
ルフレも目立たないようにと、動きやすい格好ではあるが町娘に扮した姿をしている。こうして雑踏を歩いていると、到底一国の王子と軍師には見えないだろう。
(もしかして、デートっぽく見えちゃってたりしませんかね?)
きっとクロムにその気は全くといってないだろうが(そもそも付いて来た理由が子供じみている)、こうしてすれ違う人の何人かはそう勘違いしているのではないかと想像し、こっそりと顔を緩めてしまった。しかし直ぐに彼には女扱いすらされていなかったことを思い出して顔を引き締める。
(クロムさんからしてみれば、私は親友以上妹未満みたいなものですからね……)
だからこそ、性別も身分も関係なくこうして遠慮なく言葉を交わせる仲になったのも事実ではあるが。
路の途中で恋人同士が手を繋ぎ、笑い合っている姿を見て心が重くなる。かといって、クロムとそういう関係になる自分の姿が想像できなかった。
甘い言葉を交わし合い、抱き合い慈しみ合う。軍内に恋人や家庭を持っている者はいるが、記憶がないルフレはそういう愛情にピンと来なかった。ただ、クロムに対して友情以上の感情を抱き、もう一歩進展したいという気持ちが確かにこの胸には蟠っているのは確かである。もっと触れたい、寄り添いたいのだ。
「帰ったらちゃんと謝ってくださいね?それについてきたからには、一緒に買い物を手伝っていただきますから」
「ああ、それはわかっている」
だけど彼にこの気持ちを悟られるのはなんとなく恥ずかしくて、わざと彼より一歩先に進んでつっけんどんに言ってみせる。「荷物持ちでもなんでもやるよ」と肩を竦めてみせるクロムの笑顔が眩しくて、気恥ずかしくなりルフレはぷいっと顔を背けた。些細なことで脈打ってしまう心臓に、いつからこうなってしまったのだろうかと自分を情けなく感じてしまう。
その時視界の端にチラリと見えた深い青。引き付けられるようにその色を追ってしまい、無意識に歩みが遅くなっていた為か、向かいから来た通行人とぶつかりそうになってしまった。
「きゃっ」
「ほら。ちゃんと前見てないと危ないぞ」
背後のクロムに肩を引っ張られ、現実に引き戻される。
衝突は免れたが、強く言った手前彼にたしなめられた気恥かしさに赤面した。
「ご、ごめんなさい。有難うございます」
「気をつけろ。……これだけ賑やかだと目移りしてしまうのもわかるがな、何か気になるものでもあったのか?」
クロムに尋ねられ、ルフレは思わず視線を先程の青色へと向ける。
そこは装飾品の露天商であった。盛況する市場の中でそことなく怪しげな雰囲気を漂わせているものの、並べられている商品は異国めいたデザインのものが多く何故か引き付けられたのだ。
(ああ、これだったんですね)
露天の前に並べられている群青色の石がはめ込まれたペンダント。
ツヤリと磨かれたそれは太陽の光に照らされて清涼な輝きを放ち、ルフレの目を捉えたのだ。
「ちょっと気になってしまって。少しだけ見ていってもいいですか?」
「別に構わんが。……お前もそういうの好きだったんだな、戦術書や本にしか興味がないかと」
「し、失礼ですね!私だって一応女の子なんですから!」
「あー、そうだったな。すまない」
「なんですか、まるで心の篭っていない謝罪は!!」
相変わらず女だと思っていないかのようなクロムの態度に怒る気すら失せてしまい、頬をふくらませたままズカズカと露天商の前に歩み寄った。
年寄りの細工師はチラリと見ただけで視線を地に戻す。それをいいことに、ルフレは気軽に先程から気になっていたペンダントを観察した。
大粒の石が嵌められているが、しっかりとした素材で作られている為丈夫そうだ。
濃く不透明な藍色の石は夜空のようで、星粒のような金色まで所々に輝いていた。銀の淵には咒いのように文様が刻まれているが、何の言葉かまではわからない。ファルシオンに刻まれている文字に似ているかもしれない、そう首を傾げた時今まで黙っていた細工師がポツリと呟いた。
「お嬢さん、それはお守りだよ」
「お守り、ですか?」
「ただのお守りじゃない。目先の幸運を期待するならこの石は持っていけないよ。この石は、持ち主に時として試練を与えることがある。でもそれを乗り越えれば、他人や自身の邪念をはねのけ真の幸福を得ることができるのさ」
確かに持ってみると予想以上にずっしりと重く、この目が冴えるような青さの石は装飾品気分で持つには重すぎるかもしれない。
だからこそ惹かれた。本当に迷った時、誤った時、導いてくれそうな重厚さがそこにはあったのだ。
「綺麗だな。欲しいのか?」
いつの間にか隣に立っていたクロムに驚き、ペンダントを取り落としそうになってしまう。
手元をじっと見つめてくる彼の瞳がこの石の色に似ており、だから強く惹かれたのかもしれないと気づかされて鼓動が跳ね上がった。
「い、いえ。綺麗だなーとは思ったのですが、その……今はいいかな、と。私個人で使えるお金もそんなに持ってきてないですし」
クロムに女性として見られていない上に、彼に似ていると思ってしまった為かなんとなく素直に欲しいと言えなくて、商品を戻そうとしてしまう。すると、それまで表情なくこちらを見ていた細工師がニヤリと口角を上げた。
「そうそうお嬢さん、この石にはこんな意味もある。『恋人たちの愛と夢を守る』、さ」
「!!」
今度こそ動揺を隠しきれず、ペンダントがポロリと手から落ちた。
それは反射的に伸びたクロムの手によって受け止められたが、ルフレは完全に取り乱してしまいあわあわと細工師に弁解を図る。
「ち、違うんです。彼とはその……上司と部下、いえ、友達なんです!だから、そのそういう関係じゃ」
「?ルフレ、顔が赤いぞ。体調でも悪くなったか?」
「おや、そういうことか。古くからの強大な恋守りとしてもいいんだよ、お兄さん」
「ッ!く、クロムさん、私先に武器屋さんへ行ってますから!!!」
「おい、ルフレ?」
からかわれているのか、真面目に買わせようとしているのか。ニヤニヤとしている細工師と、全く理解していないで見当違いな心配をしてくるクロムに対してこれ以上墓穴を掘りたくなくて、ルフレはその場から飛び出していった。
(ああもう、恥ずかしい!!そういうのじゃないのに!!!)
走りながらフードを被り、ルフレは茹で蛸のように赤くなった頬を人目から隠そうとした。
だけど目の奥にはあの夜空のような美しい青さと、クロムの顔が離れない。
あの細工師の目には最初、恋人同士に見えていたのだろうか。
それが少しだけ嬉しくて、でも相変わらず鈍い彼に腹を立てている自分がいた。
そして素直になれない自分にも。
(もっと素直になれればいいのに)
ふと脳裏におっとりとした天馬騎士がよぎり、ルフレは荒くなった呼気を吐いて落ち込んだ。
彼女のクロムに対する感情が恋愛によるものかは分からないが、慕っていることを隠さずにこちらが恥ずかしくなるほどのまっすぐな好意を向けている。自分も想いに素直になって、胸を張ってあのペンダントを買えたならば
(……でも、それ以前の問題なんですよね。やっぱり女として見られていないっていうのは)
悪気なく言い放ったクロムの言葉を思い出し、深い深い溜息をついた。
初めて言われた時は本当に彼のことをなんとも思っていなかったのだが、不器用ながらも姉の理想についていこうと剣を振るう彼の傍にいるうちに友人という境界はあっさりと壊されて、もっと近づきたいという気持ちが湧き上がってきた。そして、彼と談笑している女性達を見ていると苛立ちに変わり、笑顔を向けられるとどうしようもなく鼓動が跳ね上がる。
だからこそ、悔しい。お守りにすら素直に頼れないで、このまま友人関係でもいいと逃げ続けている自分自身が。
トボトボと歩き、武器屋の前にたどり着く。帰る頃まで、あの店はやっているだろうか。もう一度覗いてみようと肩を落としていると「ルフレ!」と声が聞こえた。民衆の中から藍色髪を一目で見つけ出し、ホッとしている自分も相当重症だと自嘲めいた笑みを浮かべる。
「急に駆け出すからどうしたのかと思った。迷子になるぞ?」
相変わらずこちらの気持ちを微塵も気づいていなさそうに心配してくるクロムに、ルフレは「ごめんなさい」と素直に謝る。
ある意味、彼のそういう鈍感さや抜けているに惹かれているところもあるのだから。
「顔、さっきから赤いぞ。大丈夫か?」
「なんでもないでーす……さ、買い出しを始めましょう。遅くに帰ったら余計にフレデリクさんに怒られてしまいますよ?」
不思議そうな顔をしたクロムを促し、ルフレは武器屋の扉を開ける。思ったよりも扉が重厚だったが、クロムが手を添えて開くのを手伝ってくれた。
今はいつペレジアと戦争が勃発してしまうかわからないという緊迫した状況、軍師と拾われた以上あまり浮かれている訳にもいかない。
それでも今日一日は、偶然とはいえ彼を独占できている。
自分でもどうしていいかわからずもどかしい想いをしたり、悔しかったりもするが。その幸せが、ルフレの心を占めていた。
***
「これで全部か?」
「ええ、そうみたいです。すみません、大分荷物を持たせてしまって……」
「そういう約束でついてきたんだ。当然だろ?」
戦術書や武器、薬等を軽々と持ち上げ笑うクロムにルフレもまた微笑み返す。
二人いるからとついつい買いすぎてしまったが、嫌な顔一つせずに荷物持ちに徹してくれる彼の優しさに感心した。彼ら兄弟は王族でありながら特別扱いを嫌い、身近にいてくれる。第一に守られるべき存在が果たしてそれでいいものか、と首を傾げたこともあったが、その気さくさがあるからこそ彼等を慕う者たちも多いのだと気づかされたのだ。
そして身分等忘れてしまう程傍にいてくれるからこそ、想いはどんどん膨らんでいく。
例え叶わなくとも。異性として見られていなくとも。一瞬でもこの人の傍にいれるならば。
「ふふ、今日は有難うございます。さ、帰りましょうか?」
「そうだな……ああそうだルフレ、その前に」
クロムはゴソゴソと懐を漁り、何かを取り出してきた。日の光が赤味を含んでくる世界で、藍色が揺れ光る。あっ、とルフレが声を上げると彼ははにかんだ笑みを浮かべてそれを差し出してきた。
「お前にこれを。ええと、前からルフレには世話になっていたから何か形にしたかったんだが、どうにも思いつかなくてな……最初は本でも贈ろうと思って書店を見てみたりしたが、俺にはどれがよいかさっぱりだしリズには女に贈るものではないと叱られた。だから、こういうものに興味を持っていて安心したんだ」
先程露天で見かけたペンダントが夕日に照らされ静かに輝いた。いつのまに、そう無意識に呟くと「いや、お前が駆け出した時にチャンスだと思って咄嗟に買ってた」と照れくさそうに彼が言う。
「そんな……高かったでしょう?受け取れません。第一、最初に助けられたのは私ですし」
「いや、お前は俺だけの為じゃない。皆の為によく働いてくれているだろう?お前が来てくれてから、自警団での怪我人が格段に減ったし武器の消耗も最小限になった。姉さんもお前を信頼している……本当に有難う、だから受け取ってくれないか」
俺からの感謝の気持ちだ、そう言ってクロムは半ば強引にルフレの首へ革紐を通されたペンダントをかける。
青い石が胸に当たりコツンと跳ね、ストンと収まった。まるでそこが納まるべき場所だったかのように。
「似合っている」
そう言ってクロムは満足そうに笑って、ルフレの頭をクシャリと撫でた。
彼の柔らかい笑みを見て、頬に血が昇った。しかし不思議と恥ずかしさは消えている。
正体不明の記憶喪失。そんなルフレを保護し、軍師として拾ってきてくれた人。真っ白だったルフレにインクを零すかのように、仲間や絆というものを教えてくれた。
感謝するのはこちらの方なのに、彼は以前からこうして気遣ってくれていたのだ。そのことが嬉しくて、ルフレは彼の髪色を映したかのようなペンダントをギュッと握り締める。
彼には与えられてばかりで、それでも足りなくて拗ねていた心が嘘のように舞い上がっていた。
傍にいたい。クロムにもっと認められ、助けになって。もっと近くで、一瞬でも長い時を。
例え、それがどんな形であろうとも。
「有難うございます。私、大事にしますね」
この胸にこみ上げて来た、負の感情よりも大きく温かいもの。それをいつものように隠さずに笑んでみると、クロムは少し驚いた顔をして、すぐに微笑み返してくれた。今まで見てきた中で、一番の柔らかな笑みだった。
「これからもよろしくお願いしますね、クロムさん」
「ああ、こちらこそ。なんだか、改めて言い直すと恥ずかしいものがあるな」
「……あら、クロムさんってそういうこと恥ずかしげなく言ってのける人だと思ってました」
「う、うるさい」
馬に荷物を載せながらからかってみると、クロムは少しだけむすっとした声で返してきた。彼の横顔が少しだけ赤く見えたのは夕焼けのせいだろうか。ルフレは大事にしようと胸元へペンダントを入れる。お守り石が肌のより近くで感じられ、くすぐったくなり彼に気づかれぬようこっそりと笑んだ。
「頂き物は嬉しいですけど、フレデリクさんからは庇いませんからね?」
「うぐっ、嫌なことを思い出させるなよ」
「一応、ゴマすり用にフレデリクさんの好物はお土産で買ってきたのですけど。あの人、公私は分けそうですから難しいかもしれません」
「……良くて説教3時間コースだろうな。だがお前とこうして息抜きできたから良かったかもしれない」
「それ、怒られた後でも同じこと言えますかね……でも、私も楽しかったです」
「だって、デートみたいだったから」とうっかり言ってしまいそうな口をつぐむ。
今は、まだ。
そうこうしているうちに鞭を入れられた馬がいなないた。
行きとは変わってクロムが手綱を引き、二人相乗りして帰路を急ぐ。茜色に染まっていた空は青みを増して行き、やがてこのペンダントのような満点の夜空になるのだろう。
記憶を失ってから初めて見た、あの人と同じ大好きな藍色の世界に。
ルフレは胸元に手を当てる。何度か硬質な感触を確認し、幸福感に浸りながら彼の広い背中を見つめていた。
「よし!俺は覚悟を決めた、これ以上遅くならないためにも急ごう。しっかり捕まってろ」
「はい、クロムさん!」
(何があってもこの背中を守ろう)
一番星が輝きたした道中を馬が勢いよく駆け出していく。
ペンダントにそっと祈りを込めたのを、前一点を見据えているだろう彼は知らない。
***
水面に輝く星が映る泉のほとり。
夜とはいえ暑さが残る時期だ。ルフレは水浴びをしようと愛娘を誘い、埃っぽくなっていたコートを脱いでいると、同じく薄着になった彼女の胸元で青く輝く物が目に入った。
「ルキナ、それは」
「これですか?」
金のカチューシャを外し、長く艶のある髪を纏めていたルキナが胸に手を当てる。鎖に通されたペンダントが月の光に照らされキラリと輝いた。
「これは、本当のお母様の形見なんです。子供の頃お母様が遠征する前に幸福のお守りとして頂いて、それきり……。この前うっかりと落としてしまったから、今度は肌身欠かさず身に付けようと鎖に通したのです」
愛しげに、そして何処か悲しげに。自身の髪色に似た、深い群青色の石が嵌っているそれを撫でる娘にルフレは思わず言葉を失った。しかしすぐに笑顔を浮かべ、自らの胸元を漁る。
「やっぱり。何処か見覚えがあると思ったら」
「?……あ!!」
あの日以来お守り替わりにしていたペンダントを掲げて見せると、ルキナは目を見開く。
そのペンダントは彼女が持っていた物と、寸部変わらぬ物だった。空の頂点をそのまま結晶化させたような青い石に、金の点が星のように入っている。
王族の娘が持つにしては少々華美さが足りないデザインの物を、ルキナは形見として大事に持っていてくれた。そのことが嬉しくて、ルフレは顔を綻ばせる。
「流石ルキナですね。これ、クロムさんから貰ったものなんですよ」
「お父様が?」
「ええ、そうですよ。まだ貴方が生まれる前……いえ、恋人にすらなってない頃に」
「その話、是非聞かせて頂けませんか?!」
石と似た色の目を輝かせ、ルキナが詰め寄ってきた。普段は気を張っているがやはり彼女も年頃の少女、特に敬愛する父にまつわる恋の話は聞いておきたいのだろう。
二つのペンダントが跳ねた。未来の自分は愛する子供達を置いて亡くなってしまったのだろうが、想いは託された。時を経ても色褪せぬこの石は、彼女の傍で見守っていてくれたのだ。
「ええ、勿論。このまま立ち話も何ですし、水浴びしながらでもどうですか?」
「はい、お母様!」
いそいそと服を脱ぎ出す娘が可愛らしく、ルフレも彼女を待たせてはいけないとキャミソールに手をかける。青色の石が胸にコツンとぶつかり、まだそんなに遠くないはずのあの日のことを思い返させ、一人でクスリと笑った。
ペンダントの石はラピスラズリです。「己の中や周囲の邪念を払い、正しき道を示す」というのがルフレさんにぴったりかなと。
ダークナイト姿を見て髪まとめたルキナ書きたい→ルキナのペンダントに関する話が書きたい→どうしてこうなった。
クロムさんは裸を見てから性差を意識する人だと思うので、この時点ではルフレさんに恋愛感情は抱いていないです。最初から好きだったと言ってた?そいつは罠だ。
一応11章までのクロルフはまだ結婚してないということでちょっと幼さを意識して書いています。
風雨に晒されてボロボロになった扉を片手で開ける。入口に付けられた母手製の鐘がシャラン、と鳴り響き、薬草で作られているカラカラに乾いたリースが揺れた。元々窓が少なく夕暮れで暗くなり始めた廊下を、ルフレは小走りで通り抜けていく。
「母さん!見て見て、今日はこんなに摘めたんだよ!」
黒い外套を風呂敷代わりに、沢山摘まれた木の実がルフレの足並みに合わせて跳ねてこぼれ落ちそうになる。しかし早く見せたいという気持ちから、さして気にせず書物をしている母の元へ駆け寄った。
「偉いですね、ルフレ。でも今日はいつもより遅かったわ」
「あのね、沢山なっている場所を見つけたから」
「ダメですよ。日が落ちれば、とても怖い竜が貴方を浚いにきてしまう。昔からそう言っているでしょう?」
「はぁい。ごめんなさい、母さん」
しょんぼりとしながら、ルフレは母の顔色を覗き込もうと視線をあげる。
赤みが増した夕暮れの光に照らされる母は、いつものようにフードをかぶっていた。
そのフードの下をみたい。
だけどどれだけ見つめてみても、彼女の顔は黒インクで塗りつぶされたように、真っ黒で見ることができない。
(母さんって、どんな顔をしていたっけ?)
生まれた時からずっと一緒で、片時も離れたことがないのに。ルフレは母の顔を思い浮かべることができない。そんな馬鹿な、と混乱しながら記憶の引き出しを片っ端から開けて行っても、断片的にすら描けなくて幼い彼女は焦りを感じた。
「母さん、ねえ……母さん?」
黒地に目らしき模様が描かれた、よく見れば不気味な外套を着た母。娘の呼びかけに、彼女はゆっくりと振り返る。
「ルフレ、ダメですよ。ここから出て行っては」
木の実を包み込んだ外套を手放してしまう。赤や紫の実が床に飛び散り、あるものは衝撃に耐え切れず潰れ、古い木床に黒い染みを作った。
夕闇に照らされた母の顔は、相変わらず真っ黒だ。
漆黒に塗りつぶされた、空虚な眼窩がただ見下ろしてくる。そして、呆然としているルフレの元へ倒れ込んでくる。
母が、母を構成していたものが目の前で崩れていった。
乾いた音を立てて、外套の下には骨の山が築かれていく。
「か……さ、ん……?」
散らばった木の実を踏み潰し、母だったものに触れる。
そしてその硬質な感触に、ルフレは叫んだ。
暗闇が支配しつつある小さな家で、独りきり。
*
「ルフレがまだ起きてこない?」
「ええ、姿をまだ見かけていないのです。特に出かけられているというお話も聞きませんし、クロム様なら何かご存知かと」
「いや、俺も今日はまだ見ていないが……」
ある日の自警団アジトでの事。フレデリクの報告に、クロムは首を傾げて答えて見せた。
ルフレは基本的に朝早い。クロムが朝の日課である鍛錬をはじめる頃には、皆の体調を見て回り、武器庫の補充具合、必要物資の買い出しリストの作成等忙しなく走り回っている位だ。
夜は夜でいつも遅いのだから、寝坊したならしたでゆっくりさせておいた方が彼女の為にもいいかもしれない。しかし流石にもうじき朝食を片付け始める時間だ。もしかしたら体調を崩して動けない可能性もある。
「わかった、俺が様子を見てくる」
「有難うございます。折角ですし、ルフレさんの仕事はある程度皆に分担して引き継がせて頂きます」
「助かる、頼むぞフレデリク」
フレデリクに手を上げて礼を言えば、深々と頭を垂れることで主君に応えた。いつもは剣術の鍛錬で容赦なくルフレを弾き飛ばす彼ではあるが、彼なりにルフレを心配しているのは伝わってくる。最初は彼女を疑っていたのが嘘のようだ。
フレデリクの厚意に甘えさせた方がいいだろう。遠征への長い旅路、そして新しく軍に加入してきた個性豊かなルキナを筆頭とする子供達との調和と策の調整。皆忙しいが、ルフレはその中でもなんでも自分でやろうと抱え込んでしまい、息を付く間もなく動き回っているのだ。
きっと起こせばルフレは慌てて仕事をしようと飛び出そうとするのだろう。折角の機会だ、今日一日は皆に任せて身体を休めて欲しい。そして何もかも背負わなくてもこの軍は回っていくことを教えてやるのだ。
「ルフレ、いるか?俺だ」
一応ノックはしてみたが、返事はない。熟睡しているのか、あるいは体調を崩しているのか。まさかとは思うが、無断で外出しているのか……ルフレに限ってそれはないだろう。
ためらいなくクロムはドアノブを引く。鍵はかかっていないことに安堵し、妻の姿を探した。
「……?」
寝台の膨らみを見て安堵仕掛けるも、違和感に気づきクロムは眉を顰める。
シーツを被ったその山が、どうにも小さすぎる気がする。しかし確かにルフレの気配はするのだ。
「起きろ。もう昼になってしまうぞ」
声をかけてみればもぞり、と動くそれ。しかしどうにも違和感を拭えず、クロムは床に落ちている本を踏まないよう慎重に近づいた。
「ルフレ、か……?」
漏れ出た呻き声が妙に高く感じて、眠りから覚めつつあるそれのシーツを思わず掴む。
するり、と剥がされたシーツから現れたのは、妻の姿ではなかった。
ノノかンンくらいの年頃の少女が、寝台の上に横たわっている。しかしブカブカでありながらも着ている服はすっかり見慣れたルフレの寝衣であり、髪の色も顔立ちも何処か彼女に面影がある。窓から差し込む日光が眩しかったのか、或いは温もりを失った為か。瞼がひくり、と動き少女はまた小さな声を上げた。
思わぬ展開に呆気に取られて言葉も出ず、クロムは固唾を呑んで少女が目覚めるその時を待った。
薄く開かれた瞳の色は、妻と同じ琥珀色だった。あどけない顔立ちの為かマークによく似ているその双眸は、起き抜けの為か焦点を結んでいない。よく磨かれた水晶のように、ただクロムの影を映しているだけであった。
「ルフレ、お前なのか?」
目を擦りまだ眠そうにしている少女に、恐る恐る問いかけてみる。ぼんやりとした表情で欠伸をしかけた彼女が口を塞ぐ。布ずれの音が、静かな室内でやけに響いた。
「お兄さん、誰ですか?どうして、私の名前を?」
怯えを含んだ瞳が向けられる。慌てて身体を起こし、キョロキョロと周囲を伺うと、彼女は肩までずるけた服をかき抱くようにして縮こまってしまった。
「こ、ここは何処ですか?母さん、母さんは……?」
まるで警戒する小動物のように怯える少女に、クロムは再び言葉を失ってしまう。
ルフレという名は同じ。しかし、目の前にいる彼女は初めてあったかのように反応し、明らかに恐れている。人攫いにでも思われているのかもしれない。
「父さん、母さんはいましたかー?」
「お父様。お母様の様子はどうでしょうか」
寝台の隅でうずくまる少女を前にどうしたものか、と真っ白になった思考をなんとか巡らせていると背後から子供たちの声が聞こえた。賑やかに入ってきたものの、クロム達の様子を見て彼らは口をつぐんでしまう。
「えっと……お父様?これは一体」
「その子、誰ですか?」
こっちが聞きたいくらいだ。溜息をつきかけ、クロムは横目で妻によく似た少女をチラリと見る。ルキナ達に気を取られていたようだが、視線に気づくと彼女はビクリと肩を跳ねさせた。子兎のように小さく震えている姿に、完全に怯えられてしまったのか、そんなに自分は怖い顔をしていただろうかとクロムは肩を落とした。
*
「ルフレさん、今から珍しい色の炎を起こしてみせるよ!……これをミリエルさんに言われた金属につけてみて、えいっ」
「わぁ、スゴイですリヒトさん!こんな緑色の火、初めて見ました!!」
「リヒトすごーい!おいしそうな色ー!」
「でも、戦いには何の役には立たないのです……」
「ンンさん、そんなことないですよ~。もしかしたらこれで悪魔が出たーって敵を攪乱できるかもしれません!」
はしゃぐ子供達の輪に混ざり、目を輝かせているルフレが窓の向こうに見えた。
素養のある子供達が魔術の訓練をしていた時に着ていた服を借り、リヒトの実験を見ている姿は一見すれば魔道士見習いの微笑ましい姿である。だが、元の姿を知っている身としてはどうも落ち着かない。
皺がよってしまいそうになる眉間を指で押さえ、クロムは室内へと目線を戻す。よく晴れた日だというのに、ここだけ妙に陰気に感じるのは、恐らくこの黒髪と銀髪の闇魔術師達が醸し出す気配のせいだろう。
「ええ、そうよ……彼女は紛れもないルフレよ」
「ちょっとタチの悪い呪いかけられちゃったんだね~。記憶も子供時代のものになっちゃったみたいだよ~。すぐ死ぬような呪いじゃないからよかったねぇ、クロム」
サーリャ達の答えに、安堵半分不安半分の気持ちでクロムは「そうか」とだけ答える。
二人の話ではどうやら昨夜、自警団のアジトを狙って広範囲の闇魔術が展開されたらしい。それは健常な精神の持ち主には全く効果のないものであるが、心の弱さ、脆さをさらけ出している者には作用するらしい。ルフレはここ最近忙しさと、屍島で判明した真実……ファウダーの娘であることでかなり追い詰められていたのかもしれない、と歯噛みする。
――どうして一番近しい自分が気付いてやれなかったのだろう。半身として、そして夫として。
「うっわ~、クロムすごい顔してるよ~?」
「大方自分のせいで、とでも思ってるんでしょ……ふん、ルフレは考えているよりもずっと繊細よ。あなたが思いつくようなわかりやすい要因で、あの人がこんな呪いひっにかかるわけないわ」
「それは、慰めているつもりなのか?」
「あなたを慰める理由が、私にあると思う?」
サーリャの鴉羽のように黒い瞳でじっとりと睨まれ、慌てて視線を逸らした。理由はわからないが、彼女はルフレに執着しているようでクロムに対する風当たりは妙に強い。相変わらず能天気そうに笑っているヘンリーと共に、頼りにはなるのだがまだ扱いに慣れていないのだ。ああみえても根は優しいんですよ、とルフレが言っていたことを思い返しながらクロムは話題を戻そうと咳払いする。
「どうやったら、元の姿に戻る?」
「呪い自体を解くのは簡単だよ~王子様がキスすればいいんだからねぇ」
「……は?」
「あ~。ふざけてるな、って顔してる!本当だよ、ね~サーリャ!」
「ええ、悔しいことに本当よ……でも、ヘンリーがいう程簡単な話ではないわ」
「そ~かな~、まあ僕達が解くよりは簡単だと思うんだけど」
「ま、待ってくれ。どういう意味なんだ」
鬱陶しそうに髪をかきあげるサーリャと、何が楽しいのか笑うヘンリーに慌てて問う。黒魔術師達は顔を見合わせると、魔術に疎いクロムにもわかりやすく噛み砕いて説明してくれた。
「呪いは人を強く想うことに似ているのよ。それは憎悪だろうと愛情だろうと、捧げる想いが強ければ強いほど威力を増すわ。ルフレはある特定の負の感情に晒されて、その身体を変質させられてしまった……普通の呪いならば私達で簡単に呪い返しできるけど、今回の呪いは特殊なの」
「特殊?」
「皆が簡単にかかるような呪いならね、呪った相手を殺しちゃえばちょいちょいっと解呪できるんだけど~。今回はルフレ自体に呪われちゃう原因があったから、無理に呪い返して殺しちゃうとルフレは一生あの姿のままだよ~!アハハ、クロムがあの姿のままでもいいっていうなら、な~んの問題もない呪いだよ!面白いこと考えたよね~!」
「面白いわけないわ……今のルフレは、何かに囚われてあの姿になっている。ルフレが今の記憶を取り戻して呪いを解かなければさらに若返って行き、次第に消滅してしまう。それだけは、絶対許さない……」
「なっ」
奥歯を噛み砕いてしまいそうな顔したサーリャの言葉に愕然とした。
ルフレが、消滅?
窓の外から聞こえる子供たちの歓声が、愕然としているクロムの頭の中に響いた。
「それをなんとかするのが、悔しいことにあなただけって言っているのよ。気を確かに持ちなさい」
ピシャリと言い放たれた言葉に、よろめきそうになった足をなんとか留まらせる。
そうだ、二人は呪いを解く方法があると言っていた。それをまだ聞いていないと、クロムはきっ、と視線を上げた。
「負の呪いに打ち勝つには、正の呪いをぶつければいい……例えば、互いを強く想い惹かれあう感情。それをルフレと交わせばいいの」
「それが王子様のキスってことだよ~。ね、僕ふざけてなんかいないでしょ?」
「だからっと言って、無理矢理しても呪いは解けないわ。いくらあなたとルフレが夫婦だからって、今のあの子には関係ない。あの子は軍師でもあなたの半身でもない、ただのルフレという名の女の子。それはあなたも体験しているでしょう?」
サーリャのジロリ、と向けられた視線に、クロムは苦々しげに頷いて見せた。
確かに今朝起こしに行った時、見知らぬ大人ということでルフレから怯えられてしまった。今はルキナ達の手で誤解は解かれているものの、やはり警戒されているようで少し距離を取られている。
無理もない、クロムからしてみれば姿は変われども妻であるが、現在の記憶がないルフレからしてみれば見知らぬ他人なのだ。それも愛想がないものだから、子供に恐れられても仕方がない。
とはいえ、ソールやヴェイクには懐いている姿を見ると少なからずショックを受けている自分もいる。
「今の俺に出来るのか……?」
「ふん、あなたが出来ないならば他がやればいいだけ。試しにヘンリー、あなたやってみる?」
「駄目だ。それだけは絶対駄目だ」
「冗談に決まっているじゃない。あなたにルフレを触れさせるのも本当は嫌だけど、ルフレはあなたを選んだ。だから、あなたがやりなさい。もし元に戻せなかったら、私があなたを呪うから……」
「アッハハ~クロム、頑張ってね~!今は忘れていてもルフレはルフレだから、きっと何処かで覚えてるよ~!」
相変わらず励ましているのかわかりにくい二人だが、それでも希望の糸口を教えてくれた。
クロムは二人にしっかりと頷き返す。
記憶がなくともクロムはルフレを愛していることに変わりはない。それにヘンリーの言う通り、ルフレの根底ではきっと今まで築いてきた絆が残っていると信じているのだ。
(それに、俺とお前ならば新たな絆を構築できるはずだ)
窓の外で色とりどりにちらつく光の中、笑顔のルフレを見る。
――絶対に、お前を消させはしない。
誓いを新たにし、クロムは「有難う」と物陰に佇む二人に振り返った。
*
リヒトの魔術実験は、偶然通りかかったミリエルとロランを交えて大盛況のうちに終わった。
最初は子供向けの初級魔法や雑学中心だったはずが、どんどん魔術理論が白熱していってしまった。やがてルキナでもよくわからない複雑な授業になってしまい、途中でノノが眠りだす始末であった。それでもルフレは目を輝かせ、時折何かを紙に書き込み「これ、何かの戦術にいかせませんでしょうか」とマークと共に意見していた。子供の姿とは言え、母は母に変わりないのだろう……幼い姿に不安を抱いていたルキナだったが、皆に混じり発言するルフレに安堵する。
少し遅い夕食を取りに行こうと、リヒト達と一旦別れ自警団の廊下をマークと並んで歩いていた。
(それにしてもまさか、お母様が姉のように慕って下さる日が来るとは……)
子供の扱いはマークやウード、そして自分達より年下である幼馴染を相手にしていたから慣れていた。ルフレもルキナにはすっかりと懐いてくれたようで、今もこうして手を繋いでいる。
「ここは気に入ってくれましたか?」
「はい、ルキナさん!軍人さん達って聞いてちょっと怖かったけど、ここの人はみんな良い人で……!歳が近い子もいて私、嬉しいです」
「かあさ……ごほん。ルフレさんの周りには、あんまり同い年くらいの子はいなかったんですか?」
「はい。山の中で母さんと二人で暮らしていたから。たまに近くの村に行くことはあったけど、こうして話す子はあまりいなかったんです」
「そうなのですか」
「だから、友達が沢山出来て嬉しいんです!……あ、私ったらはしゃぎすぎて、迷惑をおかけしていませんでしたか?」
心配そうに見上げてくるルフレに、ルキナとマークは揃って頭を振った。
「そんなことないですよー、ルフレさんがはしゃぎすぎっていうなら、僕なんかとっくにここから追い出されていますって!」
「マーク、貴方はもう少し落ち着きを持ちなさい。……お母さ、いえルフレさん。いきなりここにいて戸惑っているでしょうけど、心配しなくていいのですよ。ここにいる人は貴方を迷惑になんて思いません。ここにはいろんな事情で、いろんな国の人が集まっているのですから」
「ルキナさん、マークさん……有難うございます!」
頬を赤くしペコリ、と頭を下げる少女に自然と口元が綻ぶ。
見た目こそマークにそことなく似ているが、気遣いがよく出来る所は紛れもなく母だ。
マークと顔を見合わせ笑い合うと、ルフレがキョトンとした顔でこちらを見ていることに気づき首を傾げてみせる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。こんなこというのは、失礼かもしれませんけど。ルキナさんって、母さんみたいだなって」
「え?お姉さんではなくてですか?」
「はい。ルキナさん達といるとなんというか、あったかい気持ちになるんです。私、兄弟がいないから、お姉さんっていうよりも母さんみたいで……」
恥ずかしそうに目を瞬かせながらも手をギュッと握ってくるルフレに、ルキナは思わず目を丸くした。まさか母に「母みたい」と言われるとは。だが父クロムも母親が早世した為に、伯母エメリナを母代わりにしていたと聞いたことがあるから不思議な話ではないのかもしれない。
「あはは!ルキナさんもだんだん母さんに似て、所帯じみてきたのかもしれませんね!」
「マーク、それはどういう意味ですか……」
「わぁー、そんな睨まないでよ!お母さんにしたい人ランキング上位の母さんに失礼じゃないですかぁ!……ってあれ、ルフレさん?」
マークの軽口を小突くことで返そうとすると、小さな掌からの力が加わり不思議に思い振り返る。先程まで明るい顔をしていたルフレが、なにか思いつめた顔で俯いていた。
「あれ、私……」
「ルフレさん?どうかしました」
夕暮れ色に染まった廊下、窓の外から鴉の鳴き声が聞こえる。
「私、母さんと一緒に薬草つんだり、戦術教わったりしていたのに、どうして……」
ルフレの手が震える。彼女の異変に気づき、マークが「どうしたんですか?」と肩を揺さぶるもまるで聞こえていないようだった。
「ずっと一緒だったのに…なんで、母さんの顔……思い出せないの?」
救いを求めるようにルキナに向けられた琥珀色の瞳は、一体誰を映しているのだろうか?
あれだけ血色の良かった頬を蒼白にし、唇を震わす少女。足をもつれさせた彼女を慌てて抱き止める。カタカタと震えるルフレを抱き上げ安心させるよう背を撫でると、ルキナは弟に目配せし、彼とは逆の方向へ走っていった。
*
「ルフレの容態はどうだ、ルキナ?」
「はい、大分落ち着いて来たみたいです。ですが、やっぱり暗い所が怖いみたいで……」
「そうか、大変だったな」
娘の頭を労わるように優しく撫でると、彼女は照れたように首を竦めた。「あー、僕にもやってくださいよー」と文句を言う息子を無視し、クロムは妻がいるだろう扉の向こうを見つめる。
「お前たち、まだ飯を食ってないだろう?俺がルフレに付いていてやるから行ってこい」
「え、でも父さん大丈夫?」
「俺だってリズの相手をしてきたんだ。さっきは驚かせてしまったが、今度は上手くやってみせるさ。……それに、俺があいつをなんとかしないといけないからな」
「?お父様、今なんて」
「なんでもない。ともかく行ってくるんだ。今日は助かった、有難う」
有難うと微笑んで見せれば、姉弟は少しだけ心配そうな顔をした。しかしすぐに頷くと、自分似の藍髪を揺らして食堂への道へ足を進める。
(まさかキスをしたら解ける呪いなんて、あいつらには言えないからな)
クロムは溜息をつきながら彼らの姿が闇に消えるのを見届けると、意を決してドアノブに手をかける。また怖がられてしまったら、と一瞬緊張したが、それでも自分は考えるよりも行動するしかないと思い直し扉を開けた。
「ルフレ、体調はどうだ?」
いつものぶっきらぼうさを隠し、なるべく優しい声音で語りかける。
ルフレは寝台に腰掛け、カンテラの傍で本を読んでいた。その姿を見てやっぱりルフレだ、と目尻を緩めると彼女が顔を上げる。
「クロムさん……ですか?」
「ああ、朝は驚かしてすまなかった」
「いいんです、私こそごめんなさい。むしろびっくりさせてしまったのは私の方ですよね」
奥さんの部屋で同じ名前の子が寝ていたら、びっくりしちゃいますよね。
そう悪戯っぽく笑うと、ルフレは本を閉じて向き直った。机の椅子を引き寄せ、クロムも腰掛ける。
「いや、いいんだ。何か食えるか?果物かパンしか持ってきていないんだが」
「有難うございます、いただきます……クロムさんって、イーリスの王様なんですよね?」
「正式にはまだ聖王代理、だがな」
「じゃあまだ王子様なんですか?ふふ、なんだか物語の王子様と全然違う」
「はは、よく言われるよ。王子らしくないって」
「あ、あのそういう意味じゃなくてですね!王子様って、もっと手に届かない存在みたいで、偉そうなんじゃないかって思っていたんです! でもルキナさんから聞いたのですが、クロムさんは偉い人とは思えないくらい、皆さんのことを気にかけてくださっています。私みたいな平民の子供にこうして食べ物を持ってきてくれるし」
「……ルキナ、あいつは一体何を話したんだ」
やや自分を美化しすぎているきらいがある娘のことだ、相当加飾されているのだろう。少し恥ずかしくなって顎を掻けば、あたふたとしていたルフレが花を綻ばせたかのように笑った。その笑顔に、妻の幼い頃に想いを馳せて目を細める。こうしていると、とても将来稀代の軍師と呼ばれるような姿に見えない。記憶がないから聞きようもなかったが、彼女にもこんな時代があったのかと、また一つルフレのことを知れたことが不謹慎ながら嬉しく感じた。
緊張はすっかり解けたようで、食事を取りながらルフレと和やかに語り合った。リヒト達と実験していたこと、リズに悪戯されたこと、マークの冗談がおかしいこと、ルキナが母のように見えたこと。何気ない日常の会話を嬉しそうに語るルフレは妻の姿というよりも、もう一人娘が出来たようでクロムの心も解かしていく。マークの次は女の子がいい。そんな早すぎる算段を立てながらふと窓の外を見ると、星が瞬き始めていた。
いくらルフレとはいえ、今は子供の姿。あまり夜ふかしさせるわけにはいかない。この調子で絆を深めていけば、いつかは口づけを許してもらえるだろう。
「ああ、長居してすまなかった。今日はもう寝ろ、歯磨きを忘れるなよ」
立ち上がり、ルフレの頭を撫でる。いつも触れている妻の髪より少しだけ柔らかい。それが心地よく、クロムは口角を上げて手を離そうとした。が、彼女に背を向けようとしかけた時手袋の裾をそっと掴まれた。
「ルフレ?」
振り返ると、それまで和やかに笑っていたルフレが不安そうにこちらを見つめていた。カンテラの光に、濡らした琥珀のような瞳が輝き揺れる。
「どうした?まだ体調が悪いのか?」
「あの……こんなこと言っても、困ると思います……けど、その……」
寝台が広く感じるのは、傍らで寝るルフレがいつも抱いている時より小さい為か。
カンテラをつけたままの部屋で、クロムは縮こまる少女の背中を見つめた。
事情を知らない者に見られたら、「軍主は幼い少女を愛好する趣味がある」とでも言われてしまいそうな光景だが仕方ない。それに彼女は縮んでこそいるがれっきとしたクロムの妻だ。いや妻だからって、この姿、それも子供の頃の記憶しかない彼女に手を出す気はさらさらないが。
「ごめんなさい、こんな歳なのに一緒に寝て欲しいなんて」
「いや、構わない。誰だって怖いものの一つや二つあるだろう?でもルキナやマークじゃなくていのか?」
ルキナ、という言葉に反応したのかシーツにくるまれていたルフレの身体がピクリと動く。
あんなに懐いていたのに、どうしたのだろうか。疑問に思いつつ彼女の小さな背中から目線をそらさずにいると、少女が小声で呟いた。
「ルキナさんと寝ると、母さん思い出してしまいそうだから」
「そう、なのか?」
「はい。変な話ですけど、私……母さんとの思い出はあるのに、顔が思い出せないんです。そこだけ真っ黒なんです。だから、これ以上母さんのこと思い返しちゃうと考えると、怖くて」
気丈だったルフレの語尾が震えている。すかさず彼女の背を撫で、「もう何も言うな」と声をかけた。
心の弱さ、脆さが露呈した瞬間にかかる呪いだと聞いたが、もしかしたら昨夜のルフレは何かの弾みで過去を思い出しかけたのかもしれない。暗闇や一人を異常に怖がるのも、きっと子供の姿だからという理由だけではないのだろう。
「マークだって、おまえ……あ、いや、自分の母親のことはよく覚えていたけど、父親である俺のことは綺麗さっぱり覚えてなかったんだ。不思議なことじゃない」
「でも、大好きだったんです……なのに、顔がないんです。きっと、ルキナさんみたいに笑いかけてくれたのに。これなら、最初から全部覚えてなかったほうが良かった……」
シーツが強く掴まれる。それまでルフレも子供の頃は母親と人並みの幸せを享受していたのだろう、と推測していたが、きっと何かあったのだろう。それも、悲しいことが。
街や村を通りかかった時、家族連れを見て時折辛そうな顔をしているルフレを見たことがある。どうしたのか、と問えば自分でも不思議そうな顔をしてみせた。記憶を失っても、母との辛い記憶が根底にこびりついていたのかもしれない、と推測しクロムは手を伸ばした。
「そんなことない、忘れられるとは辛いことだ。お前の母さんにも……きっと、お前自身も」
両腕に余るくらいに小さくなったルフレを抱きしめる。彼女は少しだけ身体を強ばらせたが、抵抗もせずにおさまっていた。
「大事だったからこそ、辛いんだろう?俺にもわかる、無理に思い出す必要はない。だが……忘れるなんて、言わないでくれ」
ペレジアの処刑場で、姉が飛び降りる姿を思い返しながら、クロムは少女の身体を強く抱きしめた。
世界で一番大事だった人。敵国民の憎しみすら受け止めて、姉は砂の彼方へ消えてしまった。
今でも悪夢に見て、その度力がなかった自身を悔やんだ。時には涙する時もある。
だからといって、この記憶を忘れたいとは思わない。
立ち上がるまで支え、平和な未来を築こうとついてきてくれる仲間がいたから。
――そして、手を握ってくれたルフレがいたから。
「クロムさん……」
少女の戸惑った声に、クロムはいつの間にか閉じていた瞼を開いた。
背中越しに抱いていたはずのルフレがこちらを見ている。クロムが知る妻よりもあどけなく、無垢な瞳。
しまった、と慌てて彼女から手を引く。彼女はルフレではあるが自分の妻であるルフレではないのだ。事情も知らず、仲良くなったばかりの男に抱きしめられても戸惑うだけだろう。
「す、すまない。俺としたことが、つい」
「い、いえ!」
いつも強引だ、と叱られているというのに情けない。場合によっては大声を出されるような行為だったかもしれないと青ざめていると、対照的にルフレは少しだけ頬を赤らめシーツの中に潜り込んでしまった。そしてあたふたとしているクロムを尻目にポツリと呟く。
「不思議です、クロムさんとは会ったばかりのはずなのに……凄く、安心するんです」
「それは、兄や父親という意味か?ならよかった」
「えっと、違うんです。その……」
もじもじと指を回している少女の動向を、目を丸くして見つめる。
ルフレはしばらく言うか言うまいか考えていたようだが、やがてシーツから少しだけ顔を出してクロムの顔を見上げてきた。
「私、父さんや兄さんがいないから、そういう気持ちがわからないだけなのかもしれませんが……多分、兄さんと言えばマークさんなんじゃないかなって思うんです。クロムさんには、その、また違った気持ちというか」
「ルフレ?」
「あ、あのクロムさん!クロムさんには奥さんもいるらしいですから、何言っているんだこの小娘ってなるかもしれません。けど……、私がもう少し大きくなったら、いつかちゃんと言わせてください」
顔を真っ赤にしてそう告げるルフレの顔が、初めて想いを通わせあった時と重なりあって見えた。
どうしようもない愛しさがこみ上げてくる。彼女は子供なんだ、と止めようとしても壁が崩されたかのように、果実のようにぷっくりと膨らんだ唇から視線が逸らせないでいた。
「って、私ったら何を言って……く、クロムさん、灯りを消させてください!クロムさんのお陰で、私暗くても平気にっ」
しどろもどろになりながら机の上にあるカンテラを消そうと手を伸ばすルフレの身体を再び抱きしめた。そしてそのまま優しく寝台に押し付ける。子供の姿の為か、シーツにいつもより少し色素の薄い彼女の髪が散らばった。
「待たない。……俺はお前が子供の姿だって、俺の記憶を失くしたって。愛しているんだ、ルフレ」
そしてそのまま、突然の行動に動けないでいるルフレに口づける。
次の瞬間、カンテラの火が消えてしまう程の勢いで魔力が放出された。闇色の本流に思わず目を塞ぐも、魔法陣の渦中にいるルフレの肢体を離さぬよう、強く強く抱きしめる。
吹き荒れる風の中、本が捲れる音や書類がパサパサと床に落ちていく音が遠くで聞こえた。
「あ、れ……クロムさん?」
月明かりが差し込む室内。再び訪れた静寂に気づかされ薄く目を開けば、青白い光の下で柔らかなラインがシーツの海に見えた。クロムの胸に今押し付けられているのも、子供特有の柔らかさとはまた違った肉感。視線を下ろせば、破けた夜着から白く膨らんだ胸が覗いている。
「ルフレ!元の姿に戻ったのか」
「元……?一体、何の話でしょうか。あれ、今日は一人で寝ていたはずなんですけど……」
クロムが腕の中に抱いているのは先程までいた少女ではない。よく知る妻でありイーリスの軍師、ルフレであった。彼女は戸惑うようにキョロキョロと視線を動かし、呑気そうに伸びをする。
「……今日の記憶がない、ということか?」
「へ?今日って、私ベッドに入ったばかりじゃ……う、頭が痛いです」
「いや、いいんだ。お前が無事なら、それで」
幾度となく愛した肢体を再び強く抱き竦めると、ルフレは不可解そうに首を傾げてみせた。
しかし夫の抱擁を受け、満更でもなさそうな顔でクロムの背に腕を回す。
「……なんだかよくわからないですけど、長い夢を見ていたような気がします。最初は怖い夢をみていたような……でもルキナがお母さんで、マークがお兄さんな面白い夢のせいか、そんなに夢見が悪い気はしませんね」
「はは、それはおかしいな。俺はなんだった?」
「クロムさんはですね……いえ、なんでもありません」
少女の姿の時と同じように目を潤ませ、恥ずかしそうに視線を背ける妻。大人になっても可愛らしいところがある彼女に小さく笑みを浮かべると、髪を撫で上げ額に口づけをした。
「クロムさん、どうしたんですか?今日はいつにも増して優しいですね」
「そうか?俺はいつだって優しいだろ」
「自分で言いますか、もう」
彼女に軽く額を指で弾かれ、クロムが苦笑してみせると彼女も笑ってくれた。
寝台の上でもつれ合い、今度はルフレから口づけされようとするその時だった。
「父さん母さ、ルフレさんの様子はどうですかー?」
「遅い時間にごめんなさい、でもどうしても気になって……」
突如開けられた扉、そして寝台上の両親を見てそれまで浮かべていた笑顔そのままに凍りつく子供達。
ルフレは元々着ていた子供用の夜着が千切れ、裸に近い格好だった。クロムこそ服を着ていたものの、妻を押し倒してじゃれあっているままの態勢である。
「あれ、母さん元にもど……」
「ご、ごごごごめんなさいお父様お母様!!私達は何も見ていません!!!見ていませんから!!!」
ルフレが顔を蒼白にさせクロムを押しのけるよりも早く、ルキナが疾風のごとくマークの襟首を掴んで扉をバタンと締めた。電光石火の早業に、二人してポカンと開いた口のまま閉ざされた扉を見つめる。
そして、一足先に我に返ったらしいルフレが茹で蛸のように顔を赤くし、枕をクロムの顔面に叩きつけてきた。
「うおっ!?ルフレ、いきなり何をするんだ!!」
「それはこっちのセリフです!!!クロムさん、この際部屋に忍び込んだことは目を瞑ります……でも鍵くらい締めてくださいって私、何度も言いましたよねぇ!?」
「ご、誤解だルフレ、これには理由がっ」
「それにまた、服をこんなにもビリビリに裂いて!!衣類だって貴重な物資なんですからねっ!!!」
「だから、それには理由が……!」
「言い訳は聞き苦しいですーっ!」
真夜中、突如勃発した夫婦喧嘩。一日の休息を取ろうと眠りにつこうとしていた皆が聖王夫婦の騒ぎに気づき、厳格な副団長がやってくるまで部屋の前に集い乱痴気騒ぎに耳を傾けたという。
*
「母さん、見て見て!私が考えたの、この戦術どう思う?」
少女は洗濯物を干している母の元へ駆け寄り、戦術書に書き足した文字を得意げに見せた。
水しぶきが弾け、風に乗って輝く。少女の声に、母の手が止まった。最近は手荒れが多く少しカサついているが、色々なものを産み出し、時に夜が怖いと言えば撫でてくれる、娘自慢の掌。
麗らかな光の下、母は振り返る。森から吹いたそよ風が、彼女がずっとかぶっていたフードをそっと下ろさせた。
「ルフレ」
そこにあったのは、少女が待ちわびていた笑顔であった。
ぼんやりと春の霞がかかっているかのように朧気で、じっと見続けたら水面に映る残像に触るように、砕けて消えてしまいそうだったけど。
日溜まりにいる世界で一番大好きな母を見て、ルフレは満足そうに微笑み返した。
某MJPを見て、記憶を人為的に消された子供が時折背を優しく叩かれる夢を見ると言っていたことから書きたくなったネタ。
ルフレさんはあっけらかんとしているけど、記憶がないことを少し気にしていたらいいな~と思いながら書いていました。タイプ2だとあんまり容姿が変わらなそうですが気にしない。
きっとルフレさんは最後まで母親のことを思い出さないのでしょうが、それでも奥底に母親の愛情が残っていたらいいな~。そもそもルフレ母ってどんな人なんでしょうね、タイプ3っぽい女性だったのか。どうキャラメイクしてもルフレさんは髪色以外ファウダーパパに似せられないから、完全にお母さん似なんでしょうね…娘は父親に似るというのにファウダーパパ涙目。
あとこのクロムさんを書いている時「おまわりさんこっちです」という声が脳内で聞こえました。流石にクロムさんは子供には手出ししないはず。え、明らかに妹より年下っぽいタイプ2に手を出して孕ませているって?愛さえあれば関係ないよね!
スパコミの無配ですが久しぶりのクロルフ小話です。いつもより短め。
ED後の家族の光景。
ED後の家族の光景。
翠の契り
「かあさん、ちょっとこっちきて!」
すっかりと暖かくなった南風に乗り、何処か遠くへと運ばれていく白い綿毛。本を捲る手を止め、何気なしにその様子を眺めていると、藍髪をひょこひょこと跳ねさせながら小さなマークが手招きしてきた。
(また落とし穴でも仕掛けてきたのかしら)
悪戯盛りの息子の手には乗るまいと、口元を引き締め東屋から出る。しかしその心配は杞憂に終わりそうだ。彼の傍にある茂みにはしっかりものの姉であるルキナがちょこんと、夫であるクロムがどかりとあぐらをかいて座っていたのだから。
「どうしたんですか、マーク?それに皆揃って」
「こっちこっち!ちょっとすわって!」
「え?あ、こらマーク、急に引っ張ったら……」
目を輝かせた息子に外套を強く引っ張られ、体勢を崩し白詰草の茂みへと膝をついてしまう。洗ったばかりの服が、と思わず嘆きたくなったが、次の瞬間笑い声と共に小さな手が伸びてきて、ルフレの頭に何かを載せてきた。
「お母様、にあいます!」
「?……あら、これって」
ルフレの頭には一回り大きかったそれはずるりと目の高さまで落ちてきて、一度外してみるとそれは白詰草の花冠であった。多少歪に結ばれているものの、可愛らしい花がしっかりと編みこまれている。
「セレナに教えてもらったんです。おんなのこならつくれてあたりまえ
だって。でも一人じゃ、どうも上手くいかなくて……」
マークとお父様に手伝ってもらったんですよ、そう言って頬を赤くしはにかむルキナと、草の汁で緑色になった指を得意げに見せるマーク。そして手持ち無沙汰なのか、シロツメクサの花を左手でくるくると回しているクロム。子供達に混じって花に囲まれている夫に思わず吹き出すと、「なんだ」とじろりと睨まれてしまった。笑みを堪えきれず彼から目を逸らす。繊細な花冠を崩さないよう、そっと持ち直してルキナに向き直った。
「なんでもないでーす。それにしてもルキナ、これだけの大きさの物を頑張りましたね」
「えへへ、お母様にあげたくて」
「ここがねえさんで、ここがぼくがやったとこ!あ、このガタガタなとこがとーさん!」
「そういう余計なことは言うなマーク」
クロムは憮然とした顔で息子の額を指で弾き、「うひゃ、いたいですとーさん!」とマークは大げさに肩を竦めた。
「子供の頃、リズとマリアベルに付き合って作ったことがあったが、その時よりはマシに編めたんだからな」
「ふふ、その時はもっとすごいものが出来たんでしょうね」
「ああ、なんだかよくわからない団子みたいな塊になって、解けなくなった」
「うわぁ、とーさんぶきよー!」
「……そこまで行くと、一種の才能に思えます」
唖然とした顔のマリアベルと呆れ顔のリズが容易に想像できてしまいルフレは口元を押さえてくつくつと笑った。涙が出るまで腹を抱えているマークは勿論、笑っていいものか戸惑っていたルキナも母の笑みにつられてふきだしてしまう。
照れたのか、クロムは藍髪をくしゃくしゃと掻きあげる。そして未だに笑い続けているルフレの右手を強引に取ると、薬指に何かを嵌めてきた。
「俺でも、手伝っているうちにこれくらいは作れるようになったんだからな」
「クロムさん、これは」
「指輪、のつもりだ」
ルフレの指に嵌められたもの、それは一輪の花と四葉があしらわれた草の指輪だった。やはり少し歪でちぎれている部分もあったが、途中で分解することもなくしっかりとルフレの指に巻きついている。
「お父様、凄く頑張って作っていたんです」
「ルキナねえさんにおしえてもらってたよー」
「お前たち、そういうのは母さんに言うなと!」
赤くなったクロムと、彼が作ったという指輪を交互に見る。かつて暗愚王や覇王、そして邪竜と戦った聖王が血眼になって四葉を探し、娘に教わって指輪を編んでいるとは誰が想像できるだろうか。
結婚した時に貰った紋章入りの指輪は、公務の時以外はなくさないようにと鎖に通してネックレスとして首にかけている。永遠の誓いとして渡されたそれも嬉しかったが、今こうして嵌められた指輪も同じように愛しかった。
それは金の指輪と違って、すぐに枯れて朽ちてしまう儚いものだけど。姉の急逝から王位を継ぎ戦いの日々に明け暮れ、平和とは何か悩んでいた不器用な青年がようやく作り出すことが出来た、かけがえのない物なのだ。
邪竜の器の証しであった不気味な痣が消えて、手袋をする機会がめっきりと減ったルフレの指に納まる新緑の契。そして頭を飾る皆の想いが込められた花冠。数刻もすれば変色し、しなびてしまうだろうけど。それでも一刻も長くそのみずみずしさを保てるよう。再び眠りについた神竜に祈りを捧げると、ルフレは大きく腕を広げ愛しい者たちに抱きついた。
「ありがとう、クロムさん。ルキナ、マーク……」
3人纏めては流石にこの腕には入りきらなくて、しかしルフレの意図を察したクロムが、向かい側で子供達を挟み込むようにぎゅっと抱きしめる。
「わ、くるしいよっ」
「お父様お母様ったら!」
くすぐったそうに顔を見合わせて笑う子供たちの鈴のような声が心地よくて、彼らの肩に頬擦りした。
今はまだ小さな肩にも、いずれ国を背負う為の重圧がのしかかってくるのだろう。未来から来た子供達と違って絶望に満ちた世界にはならないとは思うが、それでも人が人で有り続ける限り争いは目にすることになるだろう。
それでも。
ルフレは彼らの肩越しに夫を見る。クロムはルフレの視線に気づくと、澄んだ青い瞳を細めて微笑みかけてきた。
――そうだ、彼という強い光が傍にある限り。私はこの子達を、この国を守る策を生み出すことが出来る。
四葉の指輪が嵌められた薬指に、クロムの少し無骨な指が絡まる。それに応えるよう、ルフレもしっかりと彼の目を見て微笑み返した。
エイプリルフールネタのクロルフです。
ペレジア戦後、本来ならば強制結婚するはずのクロムがまだしていないという状況。二人は支援C程度?
クロ+ルフに近い(最後はクロ→←ルフ?)いつもと毛色が違った話なので糖度には期待しないでください。
ペレジア戦後、本来ならば強制結婚するはずのクロムがまだしていないという状況。二人は支援C程度?
クロ+ルフに近い(最後はクロ→←ルフ?)いつもと毛色が違った話なので糖度には期待しないでください。
当分終わりそうもない書類の山をうんざりとした顔で見つめると、ルフレはしばし休憩を取ろうと頬杖をついて窓の外を眺めた。
僅かに開けられた窓からは春の温かい風が吹き込んでくる。冬には見かけなかった小柄な鳥が窓枠に止まり、つぶらな瞳でルフレの顔を見つめてくる。その愛くるしさに相好を崩し、ビスケットでも持っていなかったかと立ち上がった瞬間。慌ただしいノックの音が聞こえ、ルフレは誰だろう、とドアノブに手をかけた。
「ルフレさんルフレさん!」
「リズさん、どうかしたのですか?あら、いい匂い」
「でしょでしょ!いつも忙しいルフレさんに、私から差し入れのお弁当だよ」
「お弁当……も、もしかしてリズさんの手作りですか?」
開け放たれた扉に驚いた小鳥が飛び立っていく。代わりに現れたのはこれまた小鳥のように忙しなく、可愛らしい少女だ。小包を持って駆け寄って来たことに一抹の不安を抱きつつも、ニコニコと無邪気な笑顔を向けてくる彼女を無碍にすることはできない。しかしアーマーナイトであるカラムを卒倒させたという噂があるリズのことだ、きっと凄まじい味がするのだろうと覚悟を決めて引きつった笑いみ浮かべる。
「うん、そうだよ!あ、でもガイアさんに手伝ってもらったんだー。ジャジャーン!」
ルフレの悲壮な覚悟も露知らず、リズは弾ける笑顔で包みを開き、バスケットの蓋を開けた。恐る恐る中身を覗き込んでみる。焦げが目立っていたり歪だったりするものの、そこにはちゃんとした形になっているサンドイッチが収まっていた。
「美味しそうですね」
「ほんと!?精霊の粉とかガイアさんに止められて入れなかったから、いつもより見た目が綺麗じゃないと思うんだけど」
「リズさん、いつも何を入れて料理していたんですか……」
今日ほどガイアに感謝した日はない。なんだかんだと面倒見のいい盗賊に後で感謝しなければ、と苦笑いを浮かべて、「一ついいですか?」と首を傾げているリズに断りをいれた。
「うん、食べて食べて!ルフレさんの為に作ったんだから!」
「有難うございます、それでは頂きますね」
王女という身分でありながら、出会ってからずっと身分差を感じさせずに気遣ってくれるリズの厚意に目を細める。立場上料理なんてしなくてもいいだろうに、特別扱いを嫌う彼女は不慣れながらも人並みにやってみせようと努力しているのだ。時としてそれが空回りしようとも。
兄であるクロムと同じだ。聖王代理となり自分以上に忙しい日々に追われている彼の姿を思い浮かべながら、ルフレはサンドイッチにかじりついた。
「ど、どうかな?」
大粒の翠玉のような瞳が、こちらを伺うようにじっと見つめてくる。
最初の一口目ではざりっと嫌な感触がしたが、口に広がる味自体は素朴で、空腹だったことも相まって美味しく感じた。歯触りは悪いが、炒り玉子と鶏肉、葉野菜が挟み込まれたサンドイッチにルフレはにっこりと微笑んでコクリと頷いた。
「美味しいですよ、とても」
「やったぁ!やっぱり蛙肉が決め手だったのかなぁ!」
「そうですね、このお肉がとてもジューシーで…ってええっ!カエル!?」
二つめのサンドイッチへと手を伸ばしかけた手が止まる。ギョッとした顔でリズを見れば、「そうだよー」とやけにニヤニヤしながら指をくるくると回していた。
「アジト近くの池でね、こーんなにおっきいカエルが沢山獲れたの!ドニが食べられるっていうから、捌いて貰ったんだ!」
「か、カエル…確かに国によっては食用となる、と本で読んだことはありますが、こうして食べるのは初めてというか、意外と普通な味なのですね……」
一見(見た目以外は)普通のサンドイッチをまじまじと眺めていると、リズが何かにこらえきれなくなったのか噴出し、腹を抱えて笑い出す。突然の笑いにルフレは眉を寄せて彼女を見つめれば、満足そうな顔で王女はこちらに向き直った。
「その顔!その反応が見たかったの、ルフレさん!」
「リズさん?」
「問題です!今日は4の月何の日だ?」
「あっ」
しまった、と思わず顔に出せば、リズは「へっへーん」と胸を張りながらツインテールを揺らす。
「今日は4の月1の日、エイプリルフールです!蛙肉は嘘だよ、引っかかったー!」
「うう、やられました。こういうイベントはリズさん好きそうだってわかっていたのに……」
「私悪戯大好きだもん!でも最近は1の日になるとみんな警戒しちゃうから、ここまで気持ちよく引っ掛てくれる人は久しぶりなんだ!」
「お兄ちゃんもフレデリクも、最近はまず疑ってかかるんだもん」と口を尖らせる彼女に、ルフレは曖昧に笑うことしか出来なかった。今までどんなイタズラをしてきたのだろうか、散々辛酸を舐めさせられてきただろう二人を想像すると、ちょっと微笑ましい。
そんなことを考えていると、「見事に引っかかったルフレさんにお願いがあるんだー!」と声を弾ませてリズが見上げてきた。
「あのね、さっき言ったみたいに私が今日なにか悪戯しても二人共警戒しちゃうから……ルフレさんがお兄ちゃんを引っ掛けて欲しいんだ!」
「私がですか?」
「うん、ルフレさんはここに来て初めてのエイプリルフールだし、あまり疑わないと思うの。お兄ちゃん最近なんだか疲れているみたいだから、ここはスカッと笑わせてあげようよ!」
「い、いたずらすることがストレス解消になるのですかね…?」
「なるよ!悪戯マスターの私が言うんだから!」
大きな瞳を輝かせながらそう言い張るリズに疑念を抱くものの、確かに最近のクロムは何かと溜息をついている。バカバカしい嘘でもついて、無理にでも笑わせた方が気分転換に繋がるかもしれない。リズがこうして嘘をついたのも、決して引っ掛けた反応を見るだけではなく、仕事で根が詰まっている自分に息抜きをさせるためだろう。現に彼女の手には火傷の痕やら絆創膏が巻かれているのだから、単に騙したいだけじゃなかったはずだ。
人を和ませる嘘ならば、今日この日にうってつけである。それに、クロムの呆気に取られた顔が見てみたいという悪戯心が芽生えてきたのだ。ルフレはニヤリと口角を上げ、期待に胸を膨らませているリズに向き直る。
「……そうですね、いい案かもしれません。よし、軍師である私に任せてください。とびきりの嘘を考えてみせます!」
「うん、その調子その調子!ルフレさん、ファイトー!」
一方同時刻。
「くしゅんっ!」
「まあクロム様、お風邪でしょうか?」
「いや、ちょっと埃が……おいスミア、その上着はどこから取り出してきた」
「フレデリクさんから、クロム様が体調を崩された時に着せるようにと仰せつかって」
「……悪いが、それはいらないと伝えておいてくれないか。それとすまないが、何か飲みものを持ってきて貰ってもいいか?」
「はい、わかりました!」
桃色の毛糸で「クロム様絶対死守」と縫い込まれたファンシーな上着を抱きながら、スミアはふんわりと笑顔を浮かべて退出していく。フレデリクの厚意はよくわかるのだが、正直趣味じゃないそれを最近やんわりと断るようにしてきた。が、今度はスミアを使ってきたかと頭を抱えたくなった。無意識なのか、上目遣いで目を潤ませてくる彼女に頼まれるとどうにも断れない。「フレデリクめ……」と従順なふりをして意外に頑固な従者を恨めしく思っていると、控えめなノックの音が響いた。
スミアにしては早い、誰だろうと疑問に思っていると「私です」と聞き慣れた声に、思わず顔の筋肉を緩める。
「なんだ、ルフレか。入れ」
「なんだとはなんですか。その様子だと、お互いまだまだ仕事が溜まっているようですね」
入室してきたルフレも疲れた顔をしていて、肩を竦めて「だな」と返した。気心の知れた親友である彼女が髪をいじりながら笑いかけてきて、クロムも一度休憩にしようとインク瓶の蓋を締める。スミアが茶を淹れてきてくれるだろうからちょうどいい。
「それでどうしたんだ、何か至急の案件があった、という様子でもなさそうだが」
「うーん、至急というわけではないのですが」
髪を弄りながらそうぼかす彼女に違和感があり、クロムは思わず眉を顰めた。いつもはすぐに本題に取り掛かるのに、今日は何故か目も合わせてこないうえに話題をぼかしてくる。それに、浅黒い隈が浮き出ているものの爛々と目を輝かせているのだ。しかし何が変なのかをどう伝えればいいのかわからず、クロムは書類を整えながら、黙って彼女の言葉を待った。
「個人的な話なのですが、やっぱり半身である貴方へ真っ先に伝えたくて」
「なんだよ、今日のお前妙だな……で、話って?」
「私、彼氏が出来たんです」
ルフレは頬を染め、もったいぶりながらもそうポツリと呟く。
麗らかな陽光が差し込む部屋の空気が一瞬ピシリと凍りついた、気がした。
(あれ、意外と驚かないですね?)
いつも通り憮然とした顔でこちらを見てくる青年に、ルフレは少しだけ焦りを感じた。
計画だともっとクロムは大げさに驚いて、種明かししたら悔しそうに「お前に出来るわけないよな」と笑ってくれるはずだったのだが。
これでは悪戯失敗だと焦り、「け、結婚も考えているんですよ!」と思わず追加する。だがクロムは相変わらず眉を顰めたままこちらを覗き込んでおり、流石にわかりやすい嘘過ぎただろうか、とルフレを落ち込ませた。
(それにしたって、もっと驚いてくれたっていいじゃないですか!なんですか、そんなに私は彼氏できそうもない顔をしていますか!?)
ルフレは異性同性関係なく接するせいか、仲良い友人は多いもののこれといった相手は特にいないし浮いた噂もない。だからこそこの冗談を選んだのだが、それにしたって反応がないクロムに憤りすら感じてしまった。だが思い返してみれば、敵を蹴散らす相手からしてみれば悪鬼のような存在で大体血にまみれており、私生活も熊肉を狩ってそのまま丸焼きにして貪るような女だ。
行動を思い返してみると端から嘘だとわかるに違いない、と悲しいかな自分でもつい思ってしまう。
(……うう、完全に外しちゃいました。やっぱり悪戯はリズさんにかないません)
「それでももう少し反応して欲しかったな」と何て表現していいかわからないモヤモヤした感情を抱えながら、無反応なクロムを見て溜息をついた。一人で勝手に盛り上がっていた分、ネタばらしするのにも気が重い。
それでもなるべく冗談めかせようと無理に笑顔を作って口を開いた、その時だった。
「きゃあああああ!」
「あの声はスミアさん?どうしたんですか、敵襲でもあったんですか?!」
昼下がりの柔らかい空気には似つかわしくない凄まじい音と、絹を裂いたような悲鳴が響き渡り、ルフレは反射的に駆け出していた。
だから気づかなかったのだ。出て行ってしばらくした後に、クロムの手から書類がバサバサと落ちていくことを。新兵訓練の報告をしにソールとソワレが訪れるまで、部屋で硬直していたのだ。
*
「ルフレさーん、ね、嘘はどうだった?」
「リズさん、ですか。はあ……」
夕食時。スープの器を持って声を弾ませ聞いてくるリズに対し、ルフレのテンションはこれ以上なく下がっていた。
茶器を持ったまま転び、そしてその衝撃で脆くなっていた壁を打ち砕いたスミアを救出し、平謝りする彼女と共に修繕した後。額を腫らせていたものの対した怪我はなかった彼女に安堵しつつも、食堂についた途端どっと疲労が押し寄せてきて木製のスプーンを彷徨わせていた。
そういえば嘘なんてついていましたっけ、と思い返し器の淵に沿ってクルリとスープをかき混ぜる。
「失敗しちゃいました、クロムさん全然驚かないんですよ」
「あちゃー、ルフレさんでもダメだったか。それで、なんて嘘ついたの?」
「私に結婚を前提にした彼氏がいます、と」
あの時のクロムの反応を思い出し、少しだけむっとした顔でそう言えばミルクベースのスープを飲んでいたリズが突然咽せた。慌てて背中をさすってやれば、「ルフレさん、それはまずいよ…」と涙目で彼女が訴えてくる。
「お兄ちゃん、最近なんで悩んでいたのかわかる?」
「?ええと、仕事が多いから疲れているのかな、と」
「お兄ちゃんもお兄ちゃんだけどルフレさんもルフレさんだったよ。もう、なんで鈍いのかなぁ」
「どういうことなのですか?」
スプーンを握りしめて嘆くように呟くリズについていけず、ルフレはきょとんとしてしまう。
どういうことなのだろう、何か自分に原因があったのだろうか?多少獣臭さは残るもののじっくりと煮込まれた肉を頬張りながら首をかしげてみせる。その様子にリズは大げさに溜息をつき、「あのね」とルフレの耳に口を寄せて小声で言った。
「お兄ちゃん、最近お見合いの話が沢山来ててね。そういう話にはナイーブになっているみたいなの」
「え、そうだったのですか?」
「やっぱりお兄ちゃん、ルフレさんには言ってなかったんだ。そんな気は薄々してたんだけどさ」
「そんな大変な時期に、私無神経なこと言っちゃったんですね…あぁ、なんてことでしょう、私ったら」
クロムに想いを寄せている女性は多々いるらしいが浮いた話を特に聞かず、そしてルフレ以上に恋愛ごとに興味なさそうな彼が、見合い話に前向きになれるはずもない。ただでさえ政治や執務に慣れていないというのに仕事も忙しく精神的にもいっぱいいっぱいな日々だ、余計にストレスが溜まっているだろう。
しかし王としての立場上、早めに伴侶を決め後継を産まなければ民も安心できない。それに、慕われていたエメリナが亡くなった今。彼自身がその身をもって、イーリスに明るいニュースをもたらさなければならないのだ。
とはいえ、クロムが結婚すると考えるとツキンと胸が痛む自分がいる。そして、彼氏がいると言っても反応しなかった彼の顔を思い出し、深く溜息をつきかけ慌てて首を振った。
(クロムさん、真剣に悩んでいるだろうに私は自分のことばっかり……こんなんじゃ失望されちゃいますよね)
ともかく後で謝らないと、そう考えながらルフレが頭を抱えたその時だった。
それまで和気藹々としていた食堂に、「ルフレッ!!」と緊迫した声が響き渡る。
見れば藍髪を乱し、息を荒げながらクロムが扉前で仁王立ちしていた。軍主のただならぬ様子に和やかだった皆は表情を固くさせ、彼の一挙一動を見守る。
「あちゃー、お兄ちゃんったら言ったそばから」
「く、クロムさん、どうされましたか?」
離れていても伝わる気迫に、ルフレは食器をそのままに腰を浮かせる。嘘に怒っているのだろうか、それとも何か問題でもあったのだろうか。先程のリズからの話もあり、気まずさはありながらも敵襲だったらと考えると彼に接触しないわけにはいかない。皆からの視線が痛いが、一先ずクロムと話そうと扉まで歩み寄った、その時だった。
「相手は誰なんだ」
「は?」
「お前と結婚する奴は誰だと聞いている!」
瞬間、食堂からざわめきが消えた。
何かの冗談か、とルフレは思わずクロムの顔を見るが、海の底のような青い瞳は至って真剣で、何故か怒気まで含ませてこちらを睨みつけている。
「えーと、クロムさん。話がわからないのですが」
「とぼける気か、それとも俺には言えないような相手か!!」
クロムの覇気にひゃっ、と首を竦めるルフレだったが、そこでようやくあることに気づいたのだ。
(私、あの話を嘘だって言っていない!)
スミアと別れた後、彼の部屋に戻ることなく食堂へと直行してしまったのだ。ルフレは顔をサァッと青ざめさせる。クロムは冗談だと思ったからこそ無反応だったと勘違いしていたが、どうやらそれは違ったようだ。
皆の視線が痛い。まさかこんな大事になるとは。クロムの真剣な表情に嘘だと笑っていうことも出来ずパニックになり、ルフレは思わず彼の脇を擦り抜けて外へと飛び出していった。
「ルフレ、何故逃げる!?相手は誰なんだよ!!」
「ご、ごめんなさーい!」
「謝るような相手なのか!!待て、ルフレーッ!!!」
旋風のようにルフレを追いかけるクロムに、傍にいたマリアベルが「なんですの、あの二人は」と呆れ混じりに呟く。リズもまた盛大に溜息をつき、「こっちが聞きたいよ…」とすっかり冷めてしまったスープを口に含んだ。
*
「これでもう、逃げられないぞ、観念して言うんだ」
太陽も沈み、空に星が瞬き始めた外。
クロムは壁にもたれかかり同じく荒い息を上げているルフレを、両手をつくことで閉じ込めて肩で息をつきながら睨みつけた。
彼女は汗を流しながらも露骨に視線を逸らしてきて、それがますますクロムの神経を逆撫でさせる。
「クロムさん、その、ですね」
「口籠もるような相手なのか?……半身である俺にも言えないような相手なんだな。最近顔を見せないと思ったら、そうかそういうことだったのか」
「だからですね、あの…それは仕事が忙しかったからで、別にそういうわけじゃ」
「じゃあなんだよ!」
グッと顔を近づけてそう叫べば、ルフレはビクリと身体を震わせた。彼女が滅多に見せぬ怯えた瞳でこちらを見ていることに気づき、クロムはふと我に返る。
――ソール達に呼ばれるまで、ルフレの告白がどういう意味か考えられなかった。一番近い存在だと思っていた彼女に、そういう関係の相手がいるという事実を受け止められなかったのだ。
しかし、ルフレはクロムの半身である以前に、一人の人間だ。普段の彼女からは想像できないが恋だってするだろう。そのことに対して、クロムは一々口を挟む権利はない。リズはともかく、ルフレは家族ではないのだ。…いまこの瞬間まで、妹のように思って気付かなかった。
「すまん」
彼女から顔を離し、頭を下げる。ルフレが決めた相手だ、きっとしっかりした男だろう。
少なくとも、大臣から勧められる見合いを受ける気にもなれず、王族の責務から逃げたがっている自分よりは。
(何を勝手に焦っていたんだろう、俺は)
それでも、何の相談もなく、何の兆候もなく自分の手から離れようとするルフレを恨めしく思う自分がいた。彼女ならいつまでも傍にいてくれると信じきり頼りきっていたことが情けない。そして、同時に胸の中を靄が覆っていく。それは言葉に出来るほど実体があるものでなく、しかし鉛のように重く湿っていて、鈍色にクロムの心を占めていくのだ。
「クロムさん」
心配そうに、腕の中で縮こまる彼女がこちらを見つめてくる。いつもと同じはずなのに、彼女はもう何処か手に届かない存在のように見えて。何故かドキリ、と鼓動が早まってしまい、いけないと頭を振った。彼女はもう、誰かのものなのだ。
「悪かった、責めるつもりはなかったんだ。だが、どうしても気になってな。俺はお前の、半身だから」
半身、という言葉が、声に乗せるといつもより重く感じてクロムは表情を暗くさせる。
様々苦難を乗り越え、ここまで築き上げてきたルフレとの友情は変わらない。だが人生を共にするだろう伴侶がいる彼女に、軽々しくこの言葉を使っていいものなのか。
(たとえルフレに相手がいたとしても、半身だと思う相手は俺だけでいて欲しいというのは都合が良すぎるだろうか)
まだ誰かもわからない相手に嫉妬めいた感情を抱いてしまい、そんな子供じみた自分に苦笑を浮かべて彼女に向き直る。
「誰だろうと、お前が選んだ相手だ。口を挟むつもりも反対するつもりもない。だから、教えてくれないか?」
心の靄に無理やり蓋をして、クロムはルフレの肩に手を掛けてそう笑いかける。ルフレの瞳に映っている自分がちゃんと笑っていることを確認し、安堵した。
――そうだ、誰であろうと受け入れる準備は出来ている。それが、半身というものだろう?
耳を塞ぎたい、知りたくないと何故か恐ろしく感じてしまう心も押さえつけ深呼吸する。そして、今度こそ何も言うまいと静かに言葉を待った。
二人の間を訪れた沈黙。ルフレはしばらく視線を逸らし、また合わせるという挙動不審な行動を取った後、意を決したのか口を開く。彼女の緊張が伝わり、クロムもまた身を固くさせた。
「ごめんなさい、クロムさん!あの話は嘘なんです!!」
「………………何、だと?」
泣きそうな声でそう叫ぶルフレに、クロムは思わずポカンと口を開け、彼女のつむじを眺めることしか出来なかった。
*
「そういうことだったのか、緊張して損したぞ」
「本当にごめんなさい、貴方がそんなに信じるとは思わなくて」
並んでアジト近くの草むらに座り、しきりに謝ってくるルフレに「もういいから顔上げろ」とクロムは苦笑いして彼女の頭をポンポンと叩く。
毎年リズから仕掛けられているから警戒していたつもりだったが、まさかルフレが嘘をつくとは思っていなかったのだ。ルフレの相手が誰なのかと聞いて回った時、ソールやソワレが顔を見合わせて含みのある笑みを浮かべた時に気づくべきだった、とうなだれているルフレを見つめながら思う。
「我ながら、いい冗談だと自信があったんです。でも、貴方がお見合いで悩んでいるなんて気づかなくて……私、半身失格ですね」
「俺も冗談だって見抜けなかったんだ。お互い様だろ?」
「そういえば、なんでそんな大切なこと相談してくれなかったんですか?女の私からなら、違った意見も聞けるでしょうに」
少しだけ不満そうな顔で見てくるルフレに、クロムは思わずうっ、と言葉を詰まらせる。
実際、それまで何度か相談しようと考えていた。しかし、自分でも何故だかわからないが話を切り出すことが出来なかった。会ったこともないが違う女の話を彼女にする勇気がなかったのだ。
最初は自分にとってあまり興味のないことだったからに違いないと思い込んでいた。しかし、今ならこちらを見つめてくる彼女、そして嘘だと告白されるまでの自分の心境を考えると、その答えに手が届きそうで。
しかしあと一歩、このぐしゃぐしゃな感情に名前を付けることが出来ず、照れからクロムは手元にあったクローバーをブチブチとむしりながら答えた。
「なんとなく、だ」
「なんとなくって……確かに私は多少、いえかなりガサツなところもありますけど、一応女の子なんですよ?貴方の好みを知り尽くしている訳ではないですけど、いい相手を選ぶ基準くらいなら」
「いや、その話はもういいんだ。今日でなんとなくわかったことがある、だから見合いは一旦保留にしてもらうつもりだ」
「なんですか、それ」
呆れたように肩を竦めてみせるルフレだったが、その顔は何処か安堵しているように見えて、クロムも釣られて微笑む。そういえば書類に見合いにと日々追われ、ゆっくりと笑い合える時間は久々な気がする。
突然降りかかった聖王代理というクロムには少々重すぎる荷を下ろし、安心してありのままを話せるのはやはりルフレだけだ。
「今日は色々と疲れたな」
「ええ、本当に……」
「もう面倒だから、結婚相手はお前にするかな。ルフレ」
「あらクロムさんったら。エイプリルフールだからって、そういうバレバレの嘘はいけませんよ?」
「真にうけちゃったらどうするんですか?」と膝を抱えてクスクスと笑う彼女だが、髪で隠された頬が赤くなっていることに気づかされる。クロムもふっ、と笑い、「冗談だ」と言ってみせた。
そう、今日は嘘をついてもいい日だ。どんなに真摯に言葉を伝えようとも、虚飾されているものと誤解され、笑いに変えられてしまう日。
だけど、明日からは違う。
もう少しで自分が抱え、持て余しているこの感情に名前をつけることが出来る。
(その時は、ルフレに伝えよう。この胸に占める本当の想いを)
二人してひとしきり笑いあった後に、春の空をふと見上げる。
冬に比べて霞みがかって見える三日月は、この手に届きそうだと思ってしまうくらい近くなっているように感じた。
支援Cからでもこいつら強制結婚するんだよなぁ…それってどうなんだ、と思いながら書いてみた話です。
個人的にクロルフは裸を見てお互いが異性だと意識してから恋が加速する、と思っていたのですが、いつも裸を覗き合っているのもあれかなーと思い、こんな切欠があっても面白いかしら、と。
クロムさんもルフレさんもはっきりと自覚するまでにかなり時間がかかりそうですが、自覚してからは早いと思います。とき○モGSでいうと友好が長くて好きからときめき期間が短い的な…(伝わりにくいネタ)
タイトルのコマドリ、なんとなくフィーリングでつけた仮題だったのですが、北米版だとマイユニのデフォネームが「ロビン」=コマドリだったので採用しました。構想段階だと肉さんが「屍兵の肉を入れました」とリズちゃんに嘘付いたりしてたのですが尺的にカット。リズちゃんが沢山書けて楽しかったです。
「ルキナ、マーク!何処にいるんですかー?」
淡い桃色の花弁が、ハラハラと舞い降りてくる。うっすら霞がかかったかのような幻想的な世界に、愛しい藍髪の子供達がいないかとルフレは必死で探していた。
ここはソンシン。国内の動乱が収まったとのことで、王女サイリから聖王とその家族が正式に招待されたのだ。
ソンシンとイーリスの友好式典を無事終え、折角だからとサイリに連れられ異国の建築や文化を楽しんでいた。が、目にするもの全てが初めてのものに興奮した子供達は、両親や側近の騎士達が目を光らせていたにも関わらず、忽然と姿を消してしまったのだ。
「ルフレ、こっちにはいなかったぞ」
「そうですか……」
クロムが肩に積もった花弁をはたきながら駆け寄ってきて、ルフレは顔を曇らせる。
最も好奇心が強い時期だ、恐らくはマークが何か珍しいものに引っかかり寄り道しているのだろう。歳の割にしっかりとしたルキナが付いているのだから、さほど心配する必要はないのかもしれない。
だが彼らを産んだ母親としての感情が、楽観視を許さなかった。
もし土手に落ちてしまっていたら。
攫われてしまっていたら。
暗殺者に狙われているのではないか。
信頼できるサイリの手引きがあるとはいえここは異国の地、子供達が泣いているのではないかと焦燥感に駆られ、ルフレは別の方角を探そうと足を踏み出す。
しかし不意に手を掴まれ、それは叶わなかった。
「クロムさん?」
夫の不可解な行動に眉を顰める。早く子供達を探しに行こう、と言いたげに手を引いてみるもより強く握られてしまい、ルフレは首を傾げて彼に振り返った。
「俺の気持ち、わかったか?」
「え?」
「お前が消えた時の、俺の気持ち」
一体何を言っているのだろう?子供達が消えた焦りで頭が真っ白になっていたルフレは、彼の瞳を覗いて思わず息を呑んでしまう。
いつもは印象的に煌いている青い瞳が、花吹雪の中切なげに揺らいでいた。未来を見据える双眸が、少しの怒りと寂寥を滲ませて桜に霞むルフレの姿を映している。
「何も言わずに行って、俺はどれだけお前を探したと思っている?確かにあれが最善の方法だっただろう。だけど、お前が戻ってこないんじゃないかと待つ人間はどうなる?」
「クロムさん……」
握り締められた手首が痛い。しかし彼の気持ちを悟ったルフレはその痛みを受け入れ、夫の瞳をしっかりと見つめ返し言葉を待った。
「……すまん、それとこれは別だな。過ぎたことをくどくど言っても仕方ないというのに」
子供達を探しに行こう。罰が悪そうに視線を逸らし
手を離そうとしてきたクロムの掌を逆に握り締めた。
「いいえ、クロムさん。貴方に酷いことをしたって、ようやく理解できた気がする。私の場合、貴方と約束したのに一方的に破ったのですから」
「ルフレ……」
「でも、私は戻って来られた。貴方が……貴方達が呼んでいてくれたから。私、もしまた同じ状況に置かれたとしても同じ選択をすると思います。でも、必ず戻ってきますから」
一年に一度、限られた時期に咲くという花が温かい風の中舞う。例え今咲いている花が散ってしまったとしても、時が巡ればまた同じように咲き誇るのだ。
未来では最愛の人を自らの手で殺すという選択をしてしまったけど、その縁がこの時代にもたらされたお陰で運命を変えられたのだから。
「何度はぐれても離されても、私は必ず戻ってきます。クロムさんの元へ」
白と桃が混ざり合う霞の中で、ルフレはそう言ってクロムに抱きついた。邪痕が消え、まっさらになった掌で彼の胴に手を回す。そして彼の胸に納まると、にっこりと微笑みかけた。
クロムは少しだけ目を瞠った後、呆れ混じりの笑みを浮かべてルフレの頭に手を置いた。
「そんなに何度も俺の前からいなくなる気か?」
「例え話です!それに、次からは貴方が離そうとしてくれないでしょう?」
「当たり前だ。もうあんな想いはごめんだからな」
二人の頬を柔らかな花弁が撫でていく。そのくすぐったさに身を竦めていると、クロムが力強く抱きしめてきた。
「俺だって何度でもお前を探しに行く。……それ以前に、お前が何を言ってももう絶対に離しはしない」
「……ごめんなさいクロムさん。私ももう貴方を置いていかないように努力します」
「努力かよ」
軽く額をぶつけられ、「いたっ」とルフレは小さく叫んだ。「そこは約束しろ」と不貞腐れた表情で呟くクロムに思わず苦笑いを浮かべると、「おかーさまー!」と高い声が背後から聞こえた。
「ルキナ、マーク!」
「全くおてんばなお姫様と王子様ですよ!この僕を落とし穴に嵌めるなんて……一体どんな教育をしたらこうなるんですか!ねえルキナさん」
「貴方も子供の頃よくフレデリクさんを落とし穴に嵌めていましたよね、マーク」
「えへへ、それは記憶がないのでノーカウントです」
「お前たちが連れ戻して来てくれたのか、助かった」
護衛という名目で半ば強引に連れてきた未来からの成長した子供達と、この時代に生まれてきた彼らと同じ名前の子供達。未来から来た二人が手を離すと、元気の塊のような幼子達は両親めがけて、勢いよく転がり出す鞠のように駆け寄ってきた。ルフレはルキナを、クロムはマークを抱き止め、きゃっきゃっ、とはしゃぐ彼らを抱える。
「ありがとう、二人共。本当に助かりました……サイリさんにも見つかったと伝えないと」
「僕たちは護衛ですから!あ、お礼はあそこの売店で売っていたサクラモチというお菓子でいいよ母さん!」
「無償じゃないのですね」
呆れたように肩を竦めてみせるルキナと、どんぐりのような瞳を揃って輝かせる小さなルキナとマーク。そんな子供たちの様子に、クロムとルフレは思わず顔を見合わせた。
「サクラモチ?おかし?」
「ほら、こっちのルキナさんは興味津々ですよ~。小さいマークも気になりますよね?ね?」
「うふふ、わかりましたから。みんなで食べましょう。ね、クロムさん?」
ガマンできないと言わんばかりに手足をばたつかせるマークを抱き直し、ルフレは夫に微笑みかけた。
雨のように降り注ぐ花弁で霞むルフレが少しだけ儚く見えて、クロムは春の嵐のように心乱れた。だが風はいつか必ず吹き止む。彼女の笑顔が、そして彼女との間に設けた子供達が、不安で吹き飛ばされそうな心を繋ぎ止めてくれる。
「お父様、どうかされたのですか?」
おずおずと聞いてくる成長したルキナと、「どーされました?」と姉のような存在の言葉を真似してくる小さなルキナ。二人の娘に印象的な双眸で見つめられてしまい、クロムは「なんでもないんだ」と緩く首を振った。
「僕にはわかりましたよ父さん。ずばり、母さんに見惚れていたんですよね!よ、おしどり夫婦!」
「おしどり!おしどり!」
「……あまり親をからかうと、お前だけ抜きにするぞマーク」
「わわ、それだけは堪忍です!」
絵に描いたかのように眉を八の字に寄せるマークと、その顔がおかしかったのかはしゃぎ出す子供達。成長したルキナと共に苦笑いを浮かべ、日々成長していく娘の重みを感じながら妻の元へと歩み寄っていく。
「なんだかよくわかりませんが、惚れ直してくれましたか?」
「お前まで変なこというな。ほら、行くぞ」
「うふふ、さては照れていますね」
目元を薄紅に染め笑うルフレにクロムはますます赤くなり、思わず視線を宙へと向ける。そしてぶっきらぼうにポツリと呟いた。
「……もうこれ以上ない程お前に惚れているからな」
「!」
途端に真っ赤になってしまった彼女と、「かーさんりんごみたい!」とケラケラ笑う幼いマーク。お返しだ、と言わんばかりに口角を上げ、ルキナを抱いたままクロムは片手で舞散る花弁を一枚掴み取った。
何度はぐれても会いに来てくれるとルフレは言ってくれた。ならば、何度でも彼女の手を引き寄せその名を呼ぼう。愛する家族と共に、もう二度と彼女を失うことのない世界を作る為に。
ルフレさんは犠牲になる選択を後悔していないし、もし必要に迫られたならまた同じ選択をすると思います。
クロムさんもクロムさんで平和になった後でもルフレさんの選択に対して納得出来なくて、事あるごとに揉めていると思います。だからもうそんなことないように頑張っていこうみたいな。
半身だけど最後まで互いの主張は譲り合わないというか…
王という立場にいながら大切な人を切り捨てきれない彼の未熟さというか青さがクロムさんの魅力だと思います。上に立つ者でありながら親しみを感じるというか…
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ゲームとかガ○ダム大好きな腐り人。
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