DLC絶望の未来妄想捏造小説シリーズです。
このシリーズは作者の妄想が凄まじく、ストーリーも暗くキャラ崩壊がひどいので閲覧注意です。
また人によっては残酷に感じる描写も含まれています。
簡単な説明としては二人のマークを中心としたクロルフ前提子世代メインの話となっております。
今回は前編、マーク♀の出生~裏切りまでとなっております。
このシリーズは作者の妄想が凄まじく、ストーリーも暗くキャラ崩壊がひどいので閲覧注意です。
また人によっては残酷に感じる描写も含まれています。
簡単な説明としては二人のマークを中心としたクロルフ前提子世代メインの話となっております。
今回は前編、マーク♀の出生~裏切りまでとなっております。
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「酷い有様ですね…」
足もとに広がる惨状にルフレは思わず眉をひそめた。
ファウダ―を追いかけて進軍したペレジアのとある館。しかし主は既に抜け出し、禍々しい竜の装飾がされた館は紅く濡れた祭壇を中心におびただしい死体が転がっていた。
みなルフレが長らく愛用している外套と似た衣装を身にまとい、あるものは祈りの態勢のまま、あるものは目を見開いて血を垂れ流して方陣型に倒れている。…恐らくは互いに自決しあった末路であろう。中には幼い子供の姿もあり、ファウダ―と決着をつけるために意気揚々と進んでいた仲間達は皆言葉を失っていた。
「ファウダ―の手のものか、呪術による洗脳か。或いは私達が進軍するのにパニックをおこしたのか…ギムレーを復活させようとあがいたのでしょうね」
そんなことしても無意味なのに。禍々しい紋章が刻まれた掌を握りしめながら、ルフレは悲しい目をして呟いた。クロムは妻である彼女の肩をそっと支える。
実の父であるファウダ―、そして邪龍の器であるルフレにはこの光景はあまりにも酷だ。
「おまえのせいじゃない、憎むべきはファウダ―だ」
「…わかっています」
ありがとうございます、そう振り返って微笑む彼女だが、人の感情に敏くないクロムでも彼女が無理していることはわかる。数多の死体をみてきたとはいえ、自分に関わることで起きた殺戮に心を痛めているのだろう。
「あまり長くいるべき場所ではないですね、生存者捜索をしたらすぐに戻りましょう。埋葬の手配もしておきます」
「そうだな、頼むフレデリク」
見かねたフレデリクが進言し、クロムが頷くと茫然としていた仲間達が各々に出来ることをしようと動きだした。
普段明るいリズ、マリアベルは互いに手を繋ぎうつむいている。死臭に満ちたこの空間に生の気配がしない。それでも彼女達は助けられる命を救おうと、杖を握り歩き出した。リベラは軽く膝をつき「神よ、異教ではありますが彼等をお導きください」と沈痛な表情で祈りをささげる。
戦争のむなしさは理解していた。だが無意味な殺戮の痕をむざむざと見せられることに慣れている者はいない。
「行こうルフレ」
「ええ…」
血だまりの中いつまでもたっている訳にはいかない、仲間の為にも早く目的を果たそうとクロムに促されルフレも歩き出すが、かぼそい声を聞いた気がして足を止めた。
「…ね…さ…?」
耳を澄まし、ルフレは声のする方へ顔を向けた。風音ではない、呻きに近いが確実に誰かが呼んでいる。
「どうしたルフレ?」
「生存者が!」
いぶかしげな顔をしたクロムの手から逃れると、聴覚を研ぎ澄ましルフレは血で濡れた床を駆けた。
まだ生温かい屍の山の中をかき分け、ルフレはついに声の主を見つける。
何かを抱きしめている華奢な体の女性が、濁りかけた目でこちらをぼんやりと見つめている。
「しっかりしてください!」と励ましながらルフレは彼女をそっと抱き起こした。
何かを言おうとした女性の震える唇からごぷりと血が漏れた。
「ねえ、さん…や、っぱり、ねえさん、なのね…?」
「姉さん?」
疑問を口にしようとしたが、ルフレは彼女の傷をみて思わず言葉を失う。魔術で貫かれたのか腹部には大きな穴が開いており、杖を持ってしても再生しない事は明確であった。
「いき、てたのね…器の子と、にげた…のに…」
器の子。それはまさか、私?
困惑するルフレを知ってか知らずか、瀕死の女性は血を零すのも気にせず言葉を続けた。
言われてみれば、彼女は若き頃の母に似ている。髪の色も瞳の色も同じ。彼女はもしかしたら、ルフレの叔母なのかもしれない。意識が朦朧としている為か、ルフレを姉と勘違いしているのだろう。
「にくん、でた…ね、さん…を…で、も…いま、なら、わ、かる…きもち…」
母に似た目元を細めながら彼女は何かを抱きしめていた両手を緩める。黒い布に包まれた小さなものが動くのに気付いて、ルフレは目を丸くした。
「この、こが…いる、から…ファウダ―さま、の子…いと、し…」
布がずれ、母と彼女、そしてルフレと同じ髪色をした赤子の顔が露わになった。泣きつかれたのか、それとも眠りの呪術をかけられたのか。頬を林檎色に染め、安らかに寝息を立てている。
ファウダ―はルフレ親子が逃げた後もギムレーの器作りを諦めていなかったのだ。恐らく母の一族と片っ端から交じり何の罪もない子供を作ってきたのだろう。もしかしたら今まで戦っていたギムレー教徒に腹違いの兄弟がいたのかもしれない。
唖然とするルフレを前に、女性は愛しそうにぎこちない手で赤子を撫でる。最後に深く息を吸い込むと、彼女は縋るように濡れた目でルフレに顔を向けた。今まで子供を守る為に辛うじて保っていただろう命の炎が、ルフレに会って安心したのか尽きようとしている。
「ねえ、さ、おね、が…マーク、だけ、で、も…」
「待って!行かないでください、貴方にはまだ聞きたいことが!」
力なく伸ばされた手がそのまま空を切る。ルフレがその手を握ろうとすると、弱弱しく輝いていた瞳から光が消えた。口元には微笑みを浮かべ、マークと呼ばれた幼子を残し彼女は逝ってしまったのだ。
聞きたいことが沢山あった。若い頃の母のこと、ギムレーのこと、そして残された自分の子と同じ名前の赤子のこと。
しかし彼女は二度と口を開くことが無いだろう。頭で理解していても、ルフレの胸はやりきれない想いで溢れ項垂れた。
自身に流れる血、そしてこの身に宿る邪龍が引き起こした悲劇。受け止めきるにはあまりにも重い事実だが、それでも逃げることは許されない。
そっと瞼を閉じさせ、リベラに教わった簡単な祈りを口にするとルフレは彼女の胸で眠る赤子を抱き上げる。白く小さな掌には邪痕はなく、温もりを求めてか外套を握りしめてきて思わず微笑んでしまう。名前だけでなく、顔までそっくりだったのだ。
「ルフレ!」
「クロムさん」
夫である彼が駆けよってくると、ルフレはようやく立ち上がり振り返った。
単独行動はするな、敵が何処かにいたらどうする。そう言おうとしたクロムだったが、彼女の胸に抱かれている赤子に目を丸くした。髪の色以外は今年生まれ、城にいる息子に瓜二つだったのだ。
「その子は…?」
ルフレは愛しそうに眠る子を撫でると、にこりと微笑んでこう言った。
「マ―クです。私の妹なんですよ」
*
こうしてルフレの姪であり腹違いの妹であるマークは連れ帰られ、王妃の歳が離れた妹としてルキナ、マークと共に育てられた。
ルキナはマークを本当の妹のように慈しんだ。王子マークは彼女をマーク姉さんと呼び親しみ、ルフレに教わる戦術で幼いながらも互いに軍師見習いとして競い合うことになる。
「あーまた負けました!」
「うふふ、マークさんが私に勝てると思うなんて100年早いですよ!」
悔しそうにマーク王子がチェスの駒を投げると、ちょろいですね、とマークが可愛らしい笑顔に似合わぬ毒を吐いた。
そんな2人を、ルキナは鍛錬に使った剣を磨きながら微笑ましげに見守っている。父に似て頭を働かすより体を使う方が好きなルキナは2人のチェスには混ざれない。自分も一応母に習っていたのだが、ハンデをつけて貰っても到底2人に勝てる気がしないのだ。従兄弟のウードはたまに意気込んで勝負を申し込むが、少女マークに大差で負けた罰として菓子をしょっちゅう巻き上げられている。
「あ、でも僕の方が生存者が多いですよ、母さんがチェスは戦術と違うと言ってましたから軍師としては僕の方が優秀ですね!」
「いいえ、勝負には私が勝ちました!さあマークさん、約束通り私にガイアさんの高級菓子をくださいね」
「えーあれは本当に貴重なんですよ~ガイアさんを落とし穴に嵌めてやっと手に入れたものなんですから…」
「約束事は約束事です。ね、ルキナさん?」
「ルキナ姉さんはどう思いますか?!勿論可愛い弟である僕を応援してくれますよね?」
性別と髪色だけは違う、そっくりな顔の2人に同時に話を振られ、ルキナは思わず噴き出した。
「マ―ク達は本当に仲良しですね」
お父様とお母様のように、互いの半身になればいいじゃないですか。
そう笑いながら言うと、2人のマークは同じタイミングで顔を見合わせる。
「「えー流石にあそこまでべったりしてませんよ…」」
「誰がべったりしているって?」
いつのまにか苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしたクロムが背後にたっており、「げ、父さん」「く、クロムさん」と気まずそうにマーク達は呟く。
「ウードに聞いたぞ、賭けごとをしてるんだってな。あと、ガイアを落とし穴に嵌めたのはどっちだ?」
「「びええええんごめんなさ~い!」」
「あ、こら待て!」
城の中庭を凄い勢いで駆けていく2人を、クロムは追いかけようとしてやめた。
いつもは口喧嘩ばかりしている2人だったが、ピンチになると妙に息があい変な所に罠を仕掛けていたりいつのまにか作っていた逃走経路に飛び込み追いつけたためしがない。
「…あいつら、逃げ脚だけは本当に早いな」
「私に似ましたね」
「お母様!」
むすっとした顔のクロムの傍らにルフレが苦笑しながら立ち、ルキナは剣を置いて駆け寄った。
フェリアの協力要請で出張していた母はルキナを抱きしめる。「俺が先じゃないのか」と少し口を尖らすクロムに「もう、あなたは子供ですか…」と顔を赤くするとルフレはルキナを一度離して今度は夫に抱きつき頬にキスをする。
「その様子だと、マーク達に手を焼かされていたようですね」
「…ああ、お前によく似て恐ろしく頭が良いからな。詳しい悪行はルキナから聞いてくれ」
なあ、ルキナ。そう少しだけ機嫌をよくした父に微笑まれ、ルキナは「はい!」と笑顔で答えた。
もう少し大きくなったらルキナは実戦の為剣を取り、ウード達と共に父の補佐に尽力するだろう。
そして2人のマークが母と共に戦術を練り、イ―リスを、自分たちを守ってくれる。
そうしたら今よりももっと素敵な世界を作れるに違いない。
仲睦まじく寄り添う両親と、それを遠くの木陰からにやにやしながら出刃亀するマーク達を見ながらルキナは考えていた。
そしてその未来はもう直やってくる。
その時は信じてやまなかったのだ。
しかしそんな幸せも、そう長く続かなかった。
聖王夫婦の訃報が大陸中に伝播し、喪が明けリズが聖王代理として一応の混乱を収束させると、片割れのマークが姿を消したのだ。
そして、世界は黒く塗りつぶされていく。
Ⅱ
それは5の月の麗らかな陽光に満ちた午後のこと。
マーク達の10度目の生誕祭が行われてすぐの日であった。
「マーク、話があります」
埃っぽい資料倉庫で戦術書をいつものように読んでいると、ルフレがいつになく真剣な顔で話しかけてきた。
悪戯をしかけたのがばれたのかしら、この前はフレデリクさんを罠に引っ掛けてしまったしそれかも。
きっと叱られる。ルフレはこう見えて怒ると壁を壊しまくる聖王さえも尻に敷く女性だ。
こう言う時は素直に謝るのが一番の得策だ。本を閉じ正座して緊張しながらもマークは言葉を待つ。しかし予想していた言葉はかけられず、ルフレは少しだけ迷ったように視線を彷徨わせていた。
「ルフレさん?」
「…これから話すことは貴方にとっては辛い話かもしれません。ですが、貴方にどうしても話しておきたいことなんです」
窓枠の影が母であり姉のような存在にかかる。晴れていた空はいつのまにか雲で翳っていた。
こんな顔したルフレさん、みたことない。マークは少しだけ不安を覚え、胸に抱えた戦術書を抱きしめる。
少しだけルフレは思巡した後、しかし決意したのか重い口を開いた。
いわく、マークはルフレにとって姪であり、腹違いの妹であること。
母は既に亡くなっており、父はギムレー教団の最高指導者ファウダ―であること。
そしてルフレがギムレーの器であること。
「ギムレーって、1000年前に封印された竜のことですよね?」
「そうです、忘れかけられた御伽噺は実在していたんです…これがその証拠」
そういって滅多に外さない手袋を引き抜くと、ルフレは手の甲をマークに見せてきた。
隠されていた白い掌には紫紺に染まった禍々しい紋章が痣として浮き上がっている。書物で見たギムレー教団のシンボルと同じだと気付いた時、マークは背筋がぞくり、と震えた。
「あなたにはこれがないから安心してください。ですが、ファウダ―が…ギムレー教団が存在している限り、貴方の血は狙われ続けます」
手袋を嵌め直しながら、ルフレはマークに真っ直ぐと視線を向けてくる。
マークはまだ幼い為全てのことを理解はできない。だが現状自分がルフレに最も血が近いこと、そしていずれ生まれるかもしれない子供が器と化す宿命を背負っていることに気付かされたのだ。
「私がギムレーになる条件はわかりません…ですが、いつなってもおかしくない。だから貴方にこの事を話しておきたかったんです」
「そんな…ルフレさんは、ギムレーなんかに負けません!」
「ええ、私もそのつもりです。私達の代でなんとしてでもギムレーを封印します。貴方には背負わせませんから安心してください」
マークと同じ瞳の色をした彼女はそういって目を伏せ微笑むと、「そうだ、これを貴方に」と綺麗に折りたたまれた外套を渡してきた。
「これは…?」
「赤ちゃんの貴方をくるんでいた物です。恐らく貴方のお母さんが着ていたものでしょう。今の貴方にはまだ大きいですけど」
私のものとおそろいなんですよ。そう言うと、ルフレはマークの肩に外套を被せる。
厚手の布で作られたそれは確かにまだマークの体には重く丈が余ってしまい裾が床についてしまった。
「呪術がこめられているみたいで、多少の魔法や刃物じゃ破れません。いつか貴方の身を守ってくれるでしょう」
「ルフレさん…」
「怖がらせてごめんなさい、私が貴方を守ります。クロムさんも、ルキナも、マークも。だから、安心して…」
ルフレはそう言うと、マークの体を抱きしめてきた。
彼女は気付いていたのかもしれない。ある日いきなり連れてこられたという2人目のマークに王妃の隠し子ではないかと疑う者は多かった。元より王妃ルフレはペレジアの人間だった。民には受け入れられているが、保守的な貴族たちはルフレのこともマークのこともよくは思っていない。
子供ながら聡いマークは自身の危うい立場に気付かされた。聖王クロムやその周辺の者達が気を使っている者の、無意識の悪意を感じ取っていたのだ。
明るく振る舞ってはいるものの、心の中ではどこか不安で渦巻いていた。同時にルフレやその家族にも引け目を感じていた。自分はこの城の異物なのだと。
だから一日でも早くルフレの力になろうと、戦術を猛勉強していた。彼女の実子であるマーク王子に負けぬよう、ここでの存在価値を見いだす為に。
マークの大きな瞳に涙が浮かぶ。
どこまでこの人は、私のことを見とおしているんだろう。
いつのまにか貯め込んでいた寂しいという感情が溢れ出し、ルフレの胸に縋りついて泣いた。
実子のルキナやマークを抱きしめる姿に最近は何処か遠慮していて、凄く久しぶりに胸の温かさを感じる。
ふわりと感じた何処か懐かしい香りは、ルフレの物なのか、それとも実の母のものであった外套からするものなのだろうか。
これがお母さんの匂いなのかな。
泣きじゃくりながら、マークはぼんやりと考えを巡らせていた。
*
また頭が痛い。
城の私室でベッドに身体を埋めたマークは、頭を抱え一人で呻いていた。
声が聞こえる。
それも、死んだと聞かされたあの人の声が。
主治医やマリアベルには精神的なものだろうと言われたが、それとは違うと心の奥の自分が叫んでいる。サーリャにも呪術的は掛けられていないと診断されたことから、マークの中で確信したことがある。
…ルフレさんは生きている。邪龍の中にいるんだ。
信じたくない、けどどこか嬉しい事実にマークはぼろぼろと涙がこぼれる。
2人の訃報を聞いた時、崩れ落ちるルキナと彼女を支えるマークをみながらルフレが邪龍として覚醒したことに気付かされた。クロムの棺は重いのに対し、ルフレの棺は遺体が見つからなかったと軽かった理由もこれでつじつまが合う。
大人達はルフレもギムレーに殺されたと優しい嘘をついているが、恐らくルフレがクロムを殺したのだろう。そして子供達の中でその事実に気付いているのはマークのみだ。
あの人は生きている。そして最愛の夫を殺してしまったことに哀しみ、泣き叫んでいるのだ。今もたった一人で。
「私の中の血が、ギムレーの声を聞かせてるんだ…」
窓から見える血のように赤い月を見つめながら、マークは一人呟く。
腕の中にはルフレから貰った外套があった。これがないと、最近は満足に眠ることが出来なかった。幼児はお気に入りのブランケットがないと眠れないと聞くが、マークにとってはこれがそれに近いのかもしれない。
以前着た時にはぶかぶかだったそれに袖を通す。
マークの体にはまだ大きいが、それでも袖からは手が覗くし、裾も床につかない。ルフレの外套を思い出し、マークは自身の体を抱きしめた。やはり懐かしい香りがする。
鏡に映る自分の姿はまだ外套に着られている状態だけど、それでも少しずつ憧れの軍師像に近づいているに違いない。
この時の為に、私は戦術を学んできたんだ。
鏡の中の自分に頷いて見せると、マークは魔道書と護身用の剣を携えフードを被り長年親しんだ部屋からそっと出る。
警備の目はこの暗闇に紛れる外套ともう一人のマークと共に考えた逃走経路でなんとかなる。問題は、どうやってギムレーの元へ行くかどうかだ。幼いころマークや幼馴染達と脱走した塀の壁は当然修復されているし、なにより城の外は警備が多い。仮にうまく城を抜け出せたとしても、外は屍兵で溢れている。子供一人では無謀にも程がある。
なにか方法があるはずだ。軍師としての頭を働かせながらマークはすっかり荒れてしまった中庭で空を見上げた。
マークの顔に影が落ちる。雲でも翳ったかしら?そう疑問に思っていると、影はどんどん大きくなり、ついにはマークの真上にある大樹の枝に、みしりと音を立てそれは止まった。
ここで騒ぎを起こすのは得策ではないと、マークは冷静に、しかし震える手で剣を構える。
こんな時に飛竜が現れるなんて。冷や汗を掻きながらルフレのように相手を観察しようとすると、足首に巻かれた布に見覚えがあり、マークは目を見開いた。
「貴方は…」
まだ平和だった頃、幼馴染達と抜け出した森に傷ついた子竜が倒れていた。
退治しよう、と覚えたばかりの武器を振りまわして張り切るシンシアやウード達を可哀そうだと説得し、竜の言葉がわかるというジェロームやンン、杖が使えるブレディの手を借りて手当てしたことがあったのだ。
子竜はある日傷が治ったのか狩られてしまったのか森から姿を消し、ロランの「鶴の恩返しじゃなくて竜の恩返しがあるといいですね」との言葉を信じ一同は寂しい思いで解散したのだが、その時にブレディが包帯の代わりにと巻いたレースのハンカチが、ボロボロになりながらも竜の足首にあったのだ。
「…まさか、本当に竜の恩返し?」
すっかり大きくなった竜はうなずくようにばさりと漆黒の羽を広げると、マークの下に降り立つ。
そんなことが本当にあるのか。もしかしたらギムレーの罠かもしれない。
しかし今は罠でもいい。この城を抜け出し、一刻も早くギムレーの元へ行きたいのだ。迷えば迷うほど警備に見つかりやすくなる。
マークは覚悟を決めると竜の傍に駆け寄る。竜は促すように身を屈め、マークは固い鱗に覆われた背にしっかりとしがみついた。
ジェロームやその母セルジュに乗せてもらったことはあるが、ひんやりとした胴体に身震いをしてしまう。それでも竜は振り落とさず、マークの指示を静かに待っている。
「ギムレーの元へ連れて行って下さい」
そう震える声で呟くと、飛竜は静かに羽ばたきをして空へ浮かび上がった。
予想以上の風と衝撃にマークは目をつぶり、落ちないよう必死で竜の首にしがみつく。
ようやく振動に慣れ再び開いた瞳に、小さくなったイ―リス城が写った。
優しい記憶のある場所。大切な人々がいる場所だ。本来ならルフレがいなくなった穴を埋める為、マーク王子と協力して軍師になるべきなのかもしれない。
しかし、ルキナやマーク王子の周りには仲間がいる。大人だって少しは生き延びているし、幼馴染達もいる。
でも、ルフレは?マークの孤独を埋めてくれた優しい姉は、邪龍となってたった一人で苦しんでいるのだ。
ごめんなさい皆さん。ルキナさん、マークさん。
私はあの人から教わった戦術で、世界の敵になります。
冷たい風に翻弄されながらも、マークは真っ直ぐと目前の闇を見据える。心なしか、脳内に響くあの人の声が大きく、より悲痛なものになっている気がした。
彼女の視線の先には赤い月光を背景に、邪龍の巨影が浮かび上がっていた。
雷光のような頭痛が一瞬走り、顔をしかめ思わず羽根ペンを揺らしてしまう。
「うわ、やっちゃっいました…」
母の遺した戦術書にぼたり、と落ちた大きなインクの痕。溜息をつきながらマーク王子は広がっていく黒い染みをぼんやりと見つめていた。
このところ、奇妙な頭痛に悩まされ眠れない夜が続いてついつい勉強に精を出していたが、そろそろしっかり休まないといけないのかもしれない。この前もリズさんに叱られてルキナ姉さんの手刀で無理矢理失神させられたっけ、と苦笑しながらマークは椅子に寄りかかりながら何気なく窓をみつめた。
両親が死んでから空は淀んでいくばかりだ。今も不気味な赤い月がこちらをあざ笑うように見下ろしてくる。
早く大人になって、立派な軍師にならないと。
焦っても身長は急に伸びやしないからせめて知識だけはと母の資料庫に足を運んだが、これだけの戦術書を研究したのか、とそびえたつ本棚をみて逆に圧倒されてしまったのだ。
「母さんや父さんにはまだまだ教えてもらうことが一杯あったのに」
考えても仕方ないことだけど、と独り言を呟きながらマークはインク瓶の蓋を閉めた。縁に触ってしまっていたのか、手がいつのまにかべっとりと黒く汚れていた。
うわ、と思いながら手洗いに行こうと席を立つ。温かいものでも飲んで無理にでも気を休めないと皆の迷惑になってしまう。
「…マーク姉さんも起きてるのかな」
最近こちらと目を合わせてこない自分とよく似た少女の顔を思い浮かべる。
彼女は自分以上に不眠が酷いらしく、リズ達筆頭に大人達が心配していたが無理した笑顔を浮かべて本心は決して語らない。
皆神経をすり減らし切っていたが、中でも彼女の憔悴した姿は誰が見ても異常だと思っている。それでも彼女へ無理に深入り出来ないのは、皆自分のことで精一杯で疲れきっている為なのだろう。マーク自身もついさっきまでそうだったのだから。
原因不明の頭痛に悩まされている彼女に「持病まで似るもんですかね」と的外れなことを考えながら、ついでに彼女の分もハーブティーを作って貰おうとひんやりとした廊下へと足を進めた。
叔母というと怒るもう一人の姉を想いながらマークが扉を閉めた瞬間、赤い月明りに照らされた部屋の窓に飛竜が飛び立つ姿が映ったのだが彼はまだ気付かない。
※この作品には性描写が含まれております。18才未満の方は閲覧をご遠慮ください。
天候シリーズ第二弾。甘いクロルフのはず。
時期的にはルキナ加入~ヴァルム進軍前の本拠地での出来事です。
つづきから本編+作品解説。
紙の束を濡らさぬように気をつけながら、ルフレは外套のフードを被って水溜りが出来つつある道を駆けていた。
足りない武器の補充リストを作るために本拠地の武器庫に篭っていた為、いつの間にか降り出した雨に気づかなかったのだ。
確かに南から怪しい雲は来ていましたけど、とルフレは恨めしそうに跳ね上がる泥に汚されていくブーツを見た。折角の下ろしたてだったのに。
まあどうせすぐに汚れてしまうんですけどね、と内心ため息をつきながら宿舎へ向かおうとしていたその時、稲妻が薄暗い空を照らしルフレの視界を奪った。
「ひゃっ!」
その後すぐに聞こえた大地を裂くような音に、思わず立ち止まって身体を竦めてしまった。
随分と近くに落ちたのだろう。早く帰らなくてはと足を急がせようとして、ふと視界に入ったものにルフレは再び足を止めた。
(クロムさん…?)
土砂降りの雨の中、天を仰いでいる軍主をルフレは訝しげに観察する。彼の白いマントは泥が跳ねて随分と汚れ、長時間そこにいることを物語っていた。
雷に臆することもなく、クロムはそこに立っている。容赦なく彼の身体を打ち付ける雨を子供が罰を受けているような顔で、ただただ黙って受け入れていた。
「ってクロムさん!?何をしているんですか!」
いくら頑丈だからとは言え、長時間雨に打たれていたら風邪をひいてしまうかもしれない。
慌てて彼に駆け寄って手首をつかめば、彼はゆっくりと振り返った。
「、ルフレ」
一見してみればいつもと変わらない涼しげな表情。
しかし雨に濡れた彼の藍色をした瞳はどこか虚ろで、何かが欠けているように見えた。
「クロムさん?」
――泣いている?
雨に濡れているだけかもしれないが、彼の目は潤んでいるように見えてルフレは一瞬虚をつかれたが、握り締めた手が冷え切っていることにハッとさせられる。
「ともかく帰りましょう!こんな所にいたら雷に当たってしまいますよ!」
話は後だ、そう思いルフレはクロムの手を引いて宿舎へと向かう。
いつもは頼りがいのある彼の手は母親に手を引かれる子供のように素直で、何も言わないで雨に打たれていた彼の心がわからないまま水たまりをバシャリと踏みしめた。
*
「姉さんのことを思い出していたんだ」
寝台に座り、意外と柔らかい藍髪をゴシゴシと布で拭いているとクロムがポツリと呟いてきた。
彼は窓に叩きつけられている雨粒をぼんやりと見つめながら言葉を続ける。
「鍛錬が終わってなんとなく見上げたら、姉さんが処刑されて逃げている時と空が同じ色だったんだ」
「…中央砂漠の時ですね」
クロムの髪を拭く手を止めルフレもまた雨模様を見つめ唇を噛む。
エメリナが身を投げ、命からがら逃げてきた時もこんな突然の雷雨だった。ぬかるむ砂地を皆絶望的な気持ちで走り、それでも女王の覚悟を無駄にしないようにと必死だった。
ギャンレルを倒し、クロムが聖王代理となった今、そんなに月日は経っていないはずなのにすごく昔のことに感じる。
「なあルフレ、今の俺なら姉さんを救えたと思うか?」
クロムの大きい背中が今だけは子供のように小さく感じる。表情は背中越しで窺い知ることはできないが、きっと迷子のように泣きそうな顔をしているのだろう。
エメリナはクロムの中であまりにも大きすぎる存在だった。そのことは今も変わりがない。
ルフレはそっと彼の背に寄りかかる。
「きっと、今の私たちになら出来ますよ」
現代のルキナが生まれ、ヴァルムヘの進軍準備をしている今、クロムは聖王代理として以前とは比べ物にならないくらいしっかりし、平和を導く王としての姿を民に見せている。
しかし本当はどうしようもないくらいに深い傷を負って、それを責務という瘡蓋で覆い隠していることをルフレは知っていた。普段明るいリズも、女王の傍に長くいたというフレデリクも。
ルフレは家族の記憶がないから、こんな時どう声をかけていいのかわからなかった。
――どうしたら、彼がふと覗かせる傷痕を埋める事ができる?彼の悲しみに寄り添える?
クロムの身体に腕を回しながらルフレは考える。
忘れてしまえ、なんて言えない。
きっと知略を凝らしても言葉では解決できないのだろう。
ならば行動でならばどうなのだろう?
彼のたくましい腹部を撫でながらルフレは背に頬ずりした。
きっと本当の意味で彼の傷を癒すことはできないのだろうけど、傷つき震えている時に傍にいることならば、ルフレにも出来るのだから。
「わかっている、どれだけ俺たちが強くなっても姉さんは帰ってこない」
しばらく雨音しか聞こえていなかった部屋にクロムの声が響く。
「だけど姉さんが命に変えてでも残してくれた平和の種は、俺たちが守れるんだ」
クロムの背しか見えなかった視界が揺れる。
雷が落ちたらしく一瞬部屋が明るくなった後、気づけばルフレの身体はベッドに押し倒されていた。
クロムの濡れた瞳が目に映る。
「成すべきことをわかっているのに、今でも割り切れないでいる自分が情けない」
「そんな情けない所を見せてくれるからこそ、皆貴方についてきてくれるんですよ」
彼の頬に手を伸ばしそう笑って見せればクロムはやっと微笑み返してくれた。
冷たいシーツが二人の体温を吸って温かくなっていく。
「なあ、お前はいつまでも俺の傍にいてくれるか?」
「貴方が嫌だ、といっても傍にいますよ」
「そんなこと言う日が来るとは思えないな」
二人で顔を見合わせ笑い、猫のじゃれあいのように身体を寄せ合った。
最初は子供の戯れのように触れ合っていただけだったのだが、次第に服の中に手が潜り込んでいることに気づいてルフレは慌てる。
「ク、クロムさん?こういうことは城に戻ってからに…」
「すまない、安心したら急にしたくなった」
照れた顔のクロムがルフレの手を導き、すっかり膨らんでいる自身に触れさせれば彼女の頬が赤く染まった。
「もう、ルキナ達もいるのにダメですってば」
「そういうお前も足を擦りあわせてどうしたんだ?」
尻を撫でられびくりと身体を震わせるルフレにニヤリと笑って見せれば、彼女は熱い息を吐いて「もうっ」とクロムの胸を叩いてくる。
「いいですか、絶対に声を出しちゃダメですからね!」
「ああ、努力する」
もう数え切れない程交わっているのに今でも初々しい反応をするルフレが可愛らしくて、その頬に口づけをする。
触れた唇の感触に怒る気も失せてしまったのか、今度はルフレから唇にキスをしてきた。
雨粒は今もリズミカルに窓を叩いている。
ルフレは赤面しながら寝台に横たわる夫のズボンに手をかけ、彼のモノを取り出すと髪をかきあげ覚悟を決めた。そんな妻の様子を、少しだけ身体を起こしてクロムは満足そうに見守っていた。
城ではルフレから誘ったことも多々あったが、ここは自警団本拠地だ。鍵こそ締めてあるものの軍主クロムの元にいつ誰が訪れてくるかはわからない。
(仕方ありません、早めに終わらせましょう…)
ルキナやマークがもし訪れてきたら…そう考えただけでゾクゾクと奇妙な感覚が体中走ってしまう。そうなる前にケリをつけなければ。
脈打つそれにそっと舌を這わせる。クロムの体がピクリと跳ねるのを感じ取ると、先端から根元まで優しく舌を滑らせた。
クロムは約束通り声を漏らさず、部屋にぴちゃぴちゃと濡れた音だけがやけに響く。奉仕しているのはルフレの方なのに何故だか妙に恥ずかしく感じてしまい、下腹部がきゅん、と切なくなった。ただでさえ彼の匂いで頭がくらくらしているというのに。
熱い先端部を口に含み手でしごけば、それははち切れそうな程みるみると大きくなっていくのを感じる。口の中に苦味を感じ、クロムが感じていることに安堵し舌を大胆に絡ませる。
そのまま出させてしまおう、と調子づき喉まで入れようとすればクロムに頭を掴まれズルリと引き離された。
「お前の中でイキたい」
唾液に濡れたそれを物欲しそうにみるルフレにそう囁く。
彼女は抗議するように見つめてくるが、クロムに耳朶を舐められ背中を震わせ文句を言う気も失せたようだ。
口を拭うと彼女は下着をおろし、自身の秘部に指を這わす。既に太腿まで愛液が伝っている程濡れていたそこを軽く解すと、身体を起し彼の上に跨った。
――彼に主導権を握らせてしまうと、容赦ない攻めについ声が出てしまうかもしれない。
ならば自分が制御して動けばいい話だ。
「私から動きますから、クロムさんは絶対に動かないでくださいね!」
「善処する」
ニヤニヤしているクロムを軽く睨みつけると、ルフレは彼のモノをそっと自分の秘部に導き腰を下ろしていく。
第一子を産み普段から愛されているそこは容易く彼自身を飲み込んでいき、ズブズブと侵入してくる感触に軽く背を反らせて必死で声を耐えた。
腹部が熱く満たされる感触に汗が落ちる。はあ、と湿った息を吐き柔肉が彼を馴染ませたことを確認すると、ルフレはゆっくりと腰を動かし始めた。
淫靡な水音がいつもより大きく聞こえいつも以上に羞恥心を煽られ意識していないのに引き締まってしまう。
クロムも同様なのか、ルフレの下で熱くため息をつき身体を震わせていた。
「いつも以上に濡れているな」
「そ、ういうこと、いわない、でっ」
攻めているのはルフレのはずなのに、腰を動かすたびにどんどん余裕が失われていく。
油断すると嬌声が溢れ出てしまいそうな口を抑えながらルフレは夫を睨みつける。それでも腰の動きは止めることはせず快感に身を震わせていると、扉が叩かれる音がして思わず身体を凍りつかせた。
「おいクロム、いるのか?聞きたいことがあるんだが」
何も知らないガイアの声に、恐れていた事態が起きてしまった、とルフレは目を見開き動きを止める。行為に夢中で外の様子など気にならななかったのだ。
しかしルフレの中のクロムは相変わらず熱く固く脈打っており、緊張で余計に締め付けてしまって変な声が出そうになってしまい慌てて口を抑えた。
「ああ、ガイアか…悪いが後にしてくれないか?」
窓が雷の音でビリビリと震える。
早く去って欲しいと願いながら声を抑えていると、不意に下からズン、と衝撃が走った。
驚愕して下を見れば、クロムが尻を掴み彼にしては意地の悪い笑みでこちらを見上げていたのだ。
「――ッ!」
一際感じる所を突き上げられ、ルフレは声にならない声を上げる。肉がぶつかり合う音と水音が部屋に響き、お願いだから雷鳴と雨音で掻き消えて、と沸騰する頭で祈った。
「この雨でやられて、今着替えの最中なんだ。すまない」
「俺だって野郎の裸なんぞ覗き見る趣味はねーよ。急ぎの件じゃないから明日でもいいぜ」
「悪いな」
何事もなさそうに会話するクロムの反面、不規則な律動でルフレは達しそうになり、指を噛み必死で嬌声が漏れ出ないよう堪えていた。
靴音が離れていくのが聞こえ、ルフレは安堵のため息をつく。その途端クロムに腕を引かれ、彼に跨っていたはずの身体が繋がったまま反転されてシーツに押し付けられた。
「こら、指を噛むな」
「ぁッ、クロム、さ、やぁ!」
抉るような深い突きで堪えていたはずの甘ったるい声を上げてしまい、再び指を噛もうとするもクロムに押さえつけられ叶わない。
ルフレの感じる部分を集中的に突けば彼女の身体は若鮎のように跳ね、クロムもまた焦らされていた分激しく彼女を求め無我夢中で腰を動かした。
「だめ、きこえ、ちゃうッ」
「聞こえても、いいだろ。お前は俺の、妻だ」
「そ、れとこれ、は、ぁん」
いつも以上にぬかるみ締め付けるそこが気持ちよくて、クロムは約束など忘れ彼女の胸に吸い付く。むしろ、ルフレに近づく男がいなくなるようもっと声を上げればいいとさえ考えていた。
ぷっくりと色づいたそこに舌を這わせれば、シーツを掴み悶えているルフレはより一層切なげに鳴く。傷つかない程度に歯を立て腰も激しく律動させれば彼女は足を弾かれたように震わせた。限界が近いのだろう。
「クロ、ムさ、ぁっ、わたし、も、う」
「ルフレ、いっしょ、に」
最奥を穿つよう腰を打ち付ければルフレはクロムの胴に足を絡ませ白い喉を仰け反らせた。
その瞬間快感に弾け、呻きながら彼女の中を熱い飛沫を注ぎ込んでいく。
全部出しきったことを確認すると、荒く息をつきながら二人は噛み付くようなキスをする。舌を絡み合わせ湿った口内をまさぐり合い、名残惜しげに柔らかい唇を舐め上げ顔を離した。
ルフレは暫く目を蕩けさせ行為の余韻に浸っていたが、ズルリと抜かれたクロムのものと白濁に正気を取り戻したらしく、茹で蛸のように赤くなってしまう。
「ひどいです…うごかないって、いったじゃないですか!」
「俺が我慢できない性格だってこと、誰よりも知っているだろ?」
「バカ!クロムさんの変態!きこえていたらどうするんですか!」
涙目になり枕でボスボス殴ってくるルフレだったが、快感の余韻がある為かその力は弱い。
笑いを噛み殺しきれていないクロムによってあっさりと枕を奪われてしまい、拗ねてしまったのかプイと背中を向けてきた。
「いいだろ、誰もお前に色目使わなくなるし一石二鳥だ」
「一石二鳥じゃありません!イーリスの軍師が色ボケしていると思われたら示しがつかないじゃないですか!!あぁガイアさん気づいていたらどうしましょう…ルキナ達に聞こえてたら…クロムさんのバカぁ…」
ルフレの滅多に見せない子供じみた行動が愛しくて、涙ぐんでいるらしい彼女を背中越しに抱きしめる。
いつの間にか雨は止んでいたようで、窓からは薄く日の光が差し込んでいた。
「すまない、久々だったから自制できなかったんだ。…それとも嫌だったか?」
「…嫌な訳、ないじゃないですか。クロムさんはずるいです。そうやっていつもうやむやにするんだから」
ルフレの目尻に浮かんだ涙をそっと掬うと、彼女はようやくクロムの胸に身体を預けてきた。
「さっき情けない姿を見られたからこれでお互い様だ」
そう耳元で小さく囁くと彼女は何か言いたそうな顔をしたが口を噤む。
今でも何かきっかけがあればすぐ姉エメリナのことを思い出す。
優しく抱きしめられたことも壁を壊してしまい叱られたことも、辛い思い出も良い思い出もあるが最後は決まって彼女が飛び降りる場面が目に浮かぶのだ。その度に自分がどうしていいかわからなくなり、目の前にあったはずの道さえ見えなくなって途方に暮れてしまう。
そんな時、ルフレは黙って傍にいてくれる。立ち止まる度に手を取って温もりを与えてくれる。
現代のルキナが生まれた今でも、こうして時々彼女に甘えてしまうのだ。
「…有難う、お前に出会えて良かった」
ルフレの首筋に頬を寄せ、強く抱きしめれば、彼女はそっとクロムの掌に自分のものを重ねた。
言葉がなくても気持ちが伝わる。口があまり達者ではないこの関係が心地よく、それ故失うことを誰よりも恐れていた。
それはルフレとて同じだった。クロムの吐息と温もりを感じながらそっと窓に視線を向ける。
そして「あっ」と小さく声を上げた。
「見てくださいクロムさん、虹が」
鉛色の雲の切れ間からはいつの間にか青空が覗き、そこに七色の光が橋を駆けていた。
目を輝かせて雫に濡れた窓を見上げるルフレに釣られ、クロムもまた目線を上げた。
先ほどの雷雨が嘘のように清々しい光景に、自分自身の中に積もった汚泥も洗い流されていく気がする。
「折角ですから見に行きましょう!」
「俺としてはさっきの続きをしたいんだが…」
「ダメです、約束を破ったんですから一週間はお預けですよ」
ニッコリと凄みのある笑みを浮かべて尻に伸ばした手を叩かれ、クロムはしょんぼりと肩を落とした。
まだ体のうちにある欲の炎は冷め切っていないのだが仕方ない。ルフレを本気で怒らせると怖いのだ。
「ほら、早く行かないと消えちゃいますよ!」
明るい声で脱ぎ散らされた服を渡してくるルフレに苦笑いをすると、クロムは諦めてそれを受け取った。
一足早く服を着込み色気の欠片もない妻に着るのを手伝ってもらう。まだ僅かに濡れた髪を掻き上げ、二人仲良く手を繋いで乱れた寝台からゆっくりと立ち上がった。
――どんなに激しい雨でも止まない雨はないんだ。
日光に煌く濡れた草木を踏みしめ、覗いた青空へと駆ける虹を愛しい人と見上げながら、クロムは満たされた気持ちで答えを導き出した。
あとがき
声を抑えて羞恥プレイっていいよね!という自分の趣味が存分に詰め込まれている作品ですねテへ。
クロルフは精神的な結び付きからの肉欲になると思うので、あまりエロは過激にならないと思うのですが今回はクロムさんの性格がちょっと違いますね。
クロルフは実は二人共独占欲が強いと思うのでたまに羞恥プレイをして楽しんでいるんじゃないでしょうか、雪に咲く華よりも回数を重ねてスムーズになっている二人が書けていたらいいですね。
本拠地は絶対夫婦だったらこっそりと致してますよね(汚れた視点)
表紙イラストはラストシーンっぽいイメージで。
「ルキナねえさん、すごいですよ!まっしろです!」
「待ってください、危ないですよマーク!」
藍色髪の子供たちが目を輝かして銀世界へと飛び出していった。
一夜を通して降り続けた雪で外は一面白く覆われ、目に眩しいほどに染め上げられている。
フレデリクの手によって嫌というほど厚着させられ、うずうずしていたマークの好奇心は外に出るなり火花のように弾け、中庭へと駆け出していった。
ルキナはそんな弟を諌めながらも自身もまた楽しみで仕方なかったらしく、さくさくと踏みしめられる雪の感触に跳ね回っている。
――まるで雪うさぎみたいだ。
ルフレ自身も襟巻きをしながら子供たちのはしゃぎ回る様子を微笑ましい気持ちで見守っていると、「元気だな」と背後から声をかけられ振り返る。
「クロムさん、その格好」
「…フレデリクが風邪をひくからと仕方なく、だ」
クロム様を風邪から絶対死守、と編みこまれた桃色のマフラーをまいている夫に笑いを噛み殺しきれず噴き出すと、彼は少しだけ不機嫌そうに視線を逸らしてきた。
「ご、ごめんなさ、でも、おかし…あははっ」
「そんなに笑うな。似合わないとはわかっているが、これしか手持ちがないみたいでな…夜なべして編んだと真顔で言われたら断るわけにもいかないだろ?」
ヴェイク達に見られたら死ぬまで話のタネにされる、そう行ってクロムは少しだけ遠い目をした。
ルフレはこらえきれずひとしきり笑うと、目に浮かべた涙を拭いながら雪を散らして中庭を駆ける二人を再び眺める。
「イーリスでこんなにも雪が積もるなんて久しぶりですね」
「あの時以来じゃないか?確か、ルキナが生まれる前の冬だ」
「ああ、そういえば」
ルフレはあの時を思い返そうと目をくるりと動かす。
あの時は確か賊の討伐の為に従軍していた時だ。比較的温暖なイーリスでは雪が降ることはあれども積もることは珍しいからよく覚えている。
「あの時は熱かったな」
「なに言っているんですか、雪が降ったから暑いわけ…」
変なことを言うクロムに怪訝な顔で振り返ると、彼がやけにニヤニヤしている。
「忘れたのか?あの薪小屋のこと」
「!!!」
腰から背骨にかけてのラインをさすられてようやくその時のことを思い出し、冷えて白磁のようになっていたはずの頬が林檎のように赤くなった。
「お前がいきなり脱ぎだした時はびっくりしたぞ」
「だ、誰かが聞いているかもしれないからそういう話は外ではやめてください!」
「さっき笑った仕返しだ」
笑いながら抱き寄せてくるクロムを軽く睨みつけるが、ルフレは熱い雪の夜を余計鮮明に思い出し、茹で蛸のように真っ赤な顔になってしまった。
*
鉛色の空を見上げながらルフレは白い息を吐く。
フェリアとの軍議のために山道を進軍していたクロム自警団一行だったが、途中で賊に襲われている村人と出くわし、近隣を荒らしているという話を聞いてしまった。
躊躇う素振りを見せずに「助けよう」と断言した軍主に逆らう者はおらず、こうして賊退治へ趣いたわけだが、どうにも天気が優れない。
鋼の剣を持つ手が悴んでいる。
フェリアは雪の日が多いと聞くが、イーリスはうまく山脈に遮られているためか雪雲が運ばれてくることは少ない。
しかしどうも今日は違うようだ。
分厚く空に垂れ込む雲に嫌な予感がして、ルフレは身震いしながら剣を鞘へとしまう。
ルフレは元々寒さが得意ではない。出来れば村へ引き返して様子を見たかった。
「あ、雪!」
「わぁ、雪だ雪だ!ねえねえガイアー、はちみつかしてー」
「馬鹿、こんな寒さで雪なんか食ったら腹壊すぞ!」
案の定空からふわふわと粉雪が舞い降り始めた。
無邪気にはしゃぐリズやリヒト、ノノ達とは裏腹に冬の厳しさを知る者たちは顔を険しくさせる。
「ロンクーさん、これは」
「…ああ、この雪はフェリアの雪だ。これからもっと酷くなる」
フェリアに長く暮らすロンクーが言うのだから間違いないだろう。これ以上積もってしまえば温暖な気候で訓練された騎馬達は身動きを取れなくなってしまう。
彼に例を言い、クロムに相談しようとルフレは彼の姿を探すが、随分先に進んでしまっているようだ。
「クロムさん」
大きな声で呼んでみた。雪は音を吸収するとミリエルから聞いたことがあるが、道を薄く白に染めるそれは確実に視覚と聴覚を鈍くさせていく。
以前ライミから仕掛けられた城門前の攻防時とは違い、ここは山道だ。ただでさえ見晴らしが悪く道が細いのに軍が分断されたら非常に危険なのだ。
注意深く足を進めながらルフレはクロムの姿を探す。彼の潔白さを表すかのような白いマントが、この雪の中では余計に彼の姿を見つけづらくさせている。
雪がますます強まってくる。先程までひらひらと舞い落ちる雪にはしゃいでいた者たちも、いつの間にか体温を奪うように叩きつけられる雪に言葉を失っていた。話そうにも呼吸をする度に目や鼻に雪が入ってくるのだ。
「クロムさん!」
白い世界でようやく見つけた見慣れた藍色に、ルフレは安堵する。
寒さに少し顔を強ばらせている彼を見て、思わず駆け寄ってしまった。それがいけなかった。
クロムを探している間に足首まで積もっていた雪は木の根を隠しており、ルフレは引っ掛けてしまい体勢を崩してしまう。運悪くそこは急斜面で、知識はあるものの雪国での実戦経験が少ないルフレが咄嗟に体勢を直せるわけもなく。
声をあげるよりも前に、ずるりと雪の塊ごと彼女の身体は傾いで行った。
「ルフレ!」
何が起きたのかわかっていないままのルフレが斜面へと飲まれていく。
クロムは駆け寄り必死で手を伸ばした。今まさに斜面へと落ちていく手を掴んだはいいが、彼の足場も不安定であり、勢い付いた身体はルフレの重さで体勢を崩してしまった。
「クロム様!」
「お兄ちゃん!」
仲間たちの声がみるみると離れていく。
せめて衝撃からルフレを守ろうと、クロムは彼女の身体を引き寄せ強く抱きしめ斜面を滑り落ちていった。
「貴方はなんて無茶をするんですか」
雪と泥まみれになってしまった外套を叩きながら、ルフレは怒りを帯びた声で呟いた。
同じくマントを外し干しているクロムはバツの悪い顔で「すまん」とだけ言って火のそばに腰掛ける。
幸いにも二人は崖から落ちることもなく岩にぶつかる事もなく下へと滑落し、雪が緩衝材となったおかげで細かい傷と痣くらいしか外傷は出来なかった。
雲の切れ間だった為か丁度雪も勢いを弱めていた時に無人の薪小屋を見つけ、無事滑り込むことができたのだ。
とはいえ外は夜が近いのかみるみる暗くなっていくし、雪もまた酷くなってきた。
――無理に合流するよりも、ここで一夜を明かすほうがよさそうだ。
雪が叩きつけられ軋む扉の音に耳を傾けながらクロムはため息をつく。火をつけたとはいえ、簡素な造りの小屋では寒さを防ぎきることが出来ず吐く息は白いままだ。
小屋があるということは人里も近いだろうし、雪に慣れていないクロム達が下手に動くよりもここで暖をとっていたほうが安全だ。フレデリクが死ぬほど心配するだろうが仕方ない。
問題は彼女だ。
そっぽを向いて座っているルフレを横目に、クロムは頭を抱えた。
普段は温和な彼女が珍しく怒っている。
「俺の判断ミスだ。少し気が急いていたみたいで皆を危険に巻き込んでしまった」
「違います!…いえ、それもありますが、そうじゃないんです」
寒いのか手を擦り合わせながら、それでもルフレの口調は刺々しい。
どうしたものか。こんな気まずい状態で彼女と一夜を明かさないといけないのか。
他人の感情には疎い方であるクロムは炎越しに彼女のむき出しになった白い肩を見つめることしかできない。
どれだけの時間が経ったのだろうか。窓がない部屋では察することができないが、冷え込みはますます増していくことからもうとうに日は暮れてしまったのかもしれない。
空腹と寒さで容赦なく眠気が襲い来る。うっかり寝てしまわない為にも悴む手でファルシオンの手入れをしていた時だった。
「ルフレ?」
それまで携帯していたらしい戦術書を読んでいたらしい彼女が立ち上がる。
何事か、と動向を伺っていると、彼女は着ていたキャミソールをたくし上げ始めたのだ。
「おい…ルフレ?」
「クロムさん、貴方も脱いでください」
「うお?!」
ルフレの唐突な発言に、思わずファルシオンを取り落としてしまった。
唖然としているクロムを前に、彼女は服を脱ぎ去ってしまった。
焚き火に彼女の滑らかな背中がみえて慌てて視線をそらすも、彼女はそうこうしているうちに下まで脱いでいるようで、しゅるり、と布が擦れる音がした。
――まさか、寒さで頭がおかしくなったのか?
見てしまわないように手で顔を覆い隠していたクロムだったが、足音が聞こえた為思わず手の隙間からのぞき見てしまう。
ブーツだけは身につけているようだが、ルフレの足のラインが見えてしまいクロムの頬は火が噴いたかの如く赤くなってしまった。
以前ちょっとした事故で彼女の裸は見たことあるのだが、それでも実際目の前にすると気恥ずかしい。
「後ろ向いていますからクロムさんも早く」
「何故脱ぐ必要があるんだ!」
「戦術書を読んでいたら、寒い時は人肌と触れ合うことで暖を取れると書いてあったんです。私が寒いので早くしてください」
「触れ合う!?」
思わず声が裏返ってしまった。
しかし彼女は冗談をいっている口調でもない。
「隠すものがない仲って貴方が言ったことじゃないですか」
「そ、そうだがそれとこれは話が…」
「上から上着を被せますからお互いの裸は見せずに済みますよ、だから安心して…くしゅんっ」
混乱しかなり狼狽していたクロムだが、ルフレのくしゃみでようやく我に返った。
――ルフレの戦術書に書いてあることなのだから本当のことに違いない。
こちらが変な気を起こさなければ問題はないはずだ。それに裸のルフレをこのまま放置していたら風邪を引かせてしまう。
(ええい、俺も男だ!)
クロムは覚悟を決めて上着のボタンに手をかけた。
服がはだける度に突き刺すような冷気が肌に触れ身震いしてしまう。上手く指が動かずかなり手間取ったが上半身だけ脱ぎさると、クロムは「脱いだぞ!」と顔を覆いながらルフレに向かって叫んだ。流石に下まで脱ぐことには気が引けたのだ。
「では、じっとしていてください」
彼女はクロムの前に座ったようで、素肌が触れ合う感触にクロムの鼓動は跳ね上がった。
肩にバサリと布が掛けられ蓑のように巻きつけられ二人をすっぽり覆う。
「もう隠さなくても大丈夫ですよ」
ルフレの声に両手を顔から離せば、どうやらそれは先程まで乾かしていたマントと外套を被せられたらしく確かに互いの裸は見えない。彼女の後頭部しか見えないのだが。
(そういう問題じゃないだろう!)
この布の下にはルフレの裸体がある。男に比べたら柔らかい肉体が、クロムの胸板に押し付けられているのだ。
確かにルフレの言うとおり二人分の体温が篭って先ほどよりも暖かいのだが、それよりも彼女の体の感触に身体が熱くなってしまっている方が大きい気がする。
少し腕を動かせば二人を包む布は剥がされ、裸体が顕になってしまう。
それどころか、少し体重を加えただけで彼女の身体を押し倒すことができるのだ。
(って俺は何を考えているんだ!!)
湧き上がってきた邪念を振り払うようにクロムは頭を振る。
ルフレの表情を窺い知ることはかなわないが、後ろでこんなことを考えていると思われたら失望されるに違いない。
ルフレは大切な人だ。軍師として、親友として、…そして、女として。
一応けじめとしてペレジアとの決着まで正式に付き合わない、と二人の間で決めていたのだが、その決心が彼女の体温で溶けてしまいそうになる。
冷静さを取り戻そうと瞼を閉じれば余計に彼女の柔らかさと匂いを感じてしまい落ち着かない。
暴発してしまう前に無理にでも引き剥がした方がいいのか。しかし彼女を言うとおり暖を取るにはこれが最適な方法で、その温もりをいつまでも感じていたいと考えてしまう浅ましい自分がいた。
むしろもっと欲しい。髪の隙間から覗く白い項を見つめながら理性との駆け引きをしていると、「クロムさん」と唐突に話しかけられ心臓が跳ね上がった。
「な、なんだ」
「さっきは怒ってしまってごめんなさい。私、助けてもらったのに」
そのことか、と内心安堵しながら「今更どうした」と平静を装って語りかければ、彼女は背を丸めながらポツリポツリと呟き始めた。
「私、自分に腹を立てていたんです。それを貴方に八つ当たりしてしまった…もっと早く天候に気づいていれば貴方を止めることができました。挙句、貴方を巻き込んではぐれてしまって。もうすぐペレジアとの戦争が控えているのに」
「ルフレ…」
「今になって自分に記憶がないのが恨めしいです。知識は沢山あっても、私には経験が圧倒的に足りない。本来なら軍主である貴方を優先的に守らなくてはいけないのに、貴方まで遭難させてしまうなんて軍師失格ですね」
貴方は優しいから許してしまうんでしょうけど。
そう小さく笑うと、ルフレは膝に顎を乗せ縮こまった。浮き出た彼女の背骨がクロムの腹部に当たる。
「だからせめて、クロムさんが風邪を引かないようにしますね。貴方が風邪を引いたら皆さんが心配しますから」
特にフレデリクさんなんて、つきっきりで看護して自分が倒れちゃいそうですし。
そう笑いながら話すルフレに、クロムの興奮は少しずつ覚めていく。そして同時に胸の内で黒い感情が芽吹いていくのを感じた。
ルフレは基本的にクロムを軍主として見ている。
軍師なのだからそれが正しいのだろう。しかし、それだけでは満足しきれない自分がいる。
時折どこまでも冷静に物事を見つめている彼女に苛立ちを感じる時がある。
クロムのため、軍のために身を粉にして働く彼女の姿を見て、軍師として拾ったのは自身なのに、城へ連れ帰り縛り付けたいといった感情が湧き上がるのだ。
もっとさらけ出して欲しい。
誰にでも等しく接するルフレの薄皮を破り、もっといろんな感情を見たい。
そして踏み込んで自分だけ足跡をつけてしまいたいのだ。雪のように真っ白だろうその内面へ。
服をずらしてしまわぬよう、クロムは彼女の腹部へと腕を回した。
彼女の身体が微かに震えた。身体がより密着し、彼女の心臓の音まで聞こえる気がした。
「こうすれば、もっと暖かいだろう」
「ええと…クロムさん、私これでも嫁入り前の女子なんですよ?」
「知っている」
少しだけ身を捩る彼女を逃さぬよう、かっちりと両手をつないだ。
派手に動けば二人を包む布は落ち、冷気の中二人の裸身がさらされてしまう。それを理解している為か、ルフレはさほど抵抗せずクロムの腕の中に収まった。
「なあ、お前は俺じゃなくてもこんなことをするのか」
「え?」
「風邪をひかせたくないのならば誰だってそうだろう?例えばヴェイクやガイア、ロンクー達と二人きりでもこうするのか?」
「なんでその人達なんですか…」
彼女の耳が火照ったかのように赤く色づく。
はっきりと明言しない彼女に焦れて、クロムはさらに腕の力を強めて彼女の耳元で言葉を重ねた。
「お前は誰の前でも脱いで見せるのか?それとも俺が軍主だからなのか?」
「違います、私は」
「言えないのか?」
薄い花びらを一枚ずつ捲るように暴きたい。ルフレの本心を。
くすぐったそうに首を縮こませる彼女に吐息を吹きかければ、観念したかのように小さな声をあげる。
いつもの背筋がピンと伸びた軍師としての姿ではなく、クロムの目の前にいるルフレは恥じらう乙女のようだった。
「クロムさん…だからです」
「だったら顔を見せてくれないか?」
「貴方って、たまに意地悪ですよね」
かすれた声でそういうと、もぞもぞと服の中を動いてルフレがようやくこちらを向いた。
焚き火に照らされ微かに潤んでいる瞳はどこか背徳的で、クロムは背筋からゾクリと這い上がる何かを感じる。
以前自由を知りたいと言ってガイアに連れて行かれた盛り場にいっても、こんな衝動は感じなかった。
彼女たちは裸よりも際どい格好でしなだれかかってきたが、欠片も心に響かなかったが今は違う。
彼女の睫毛の影が震える度、その柔らかく暖かいものがもっと欲しいと無意識に喉を鳴らした。
「私、貴方を失いたくないんです。恩を返したいというのも勿論あります。でも、それ以上に…」
「わかっている。俺もだよ、ルフレ」
続きの言葉はわかっていると言わんばかりにルフレの唇に自らのものを押し当てた。
気持ちを伝えた時に交わしたきりしていなかったキス。彼女は驚いたように少しだけ息を飲んだが、すぐにクロムへ身体を委ねた。
焚き火がパチリと爆ぜるのを合図に二人は唇を離す。視線が交錯し合ったとき、ルフレがふふ、と笑って口元を抑えた。
「どうした」
「いえ、初めてした時のこと思い出して、つい」
「あれは忘れろ…」
クロムは頬を赤らめ苦笑いをする。
お互いに不慣れだったということもあり、勢いをつけすぎて記念すべきファーストキスは歯と歯がぶつかり合うという非常に残念な結果に終わった。
二人で声を上げて悶絶してしまい危うく他の人に見られるところだったことを思い出し、おかしいのかルフレは肩を震わせ笑い続けている。
「悪かったな、下手くそで」
「いいえ、あれもいい思い出です。私にとって大事なファーストキスですから…うふふ」
「上書きしてやろうか」
「え、…んむっ」
再び彼女の唇を捉え、今度は丹念に唇を重ね合わせた。
少しだけ開いたそこから舌を入れるとルフレの身体がびくりと跳ねた。しかし大丈夫だ、と言うように背中をさすれば彼女は大人しくなり、されるがままになる。
拙い動きで口内に侵入し、彼女の舌を探し絡めた。ぬめるそれが触れ合うたびにルフレはピクピクと震える。
少しだけ怯える彼女の中はとても熱い。
そのことに気をよくし舌を抜く。二人の間で繋がる銀糸が切れた瞬間、ルフレは魚のように口をパクパクさせて荒く息を吸った。
「ど、どこでこんなこと覚えたんですか!」
「知りたいか?」
ニッと笑うとクロムはルフレに体重をかけた。
あっけなく彼女の身体は床へと倒れ、パサリと落ちたクロムのマントを下敷きにして隠されていた裸体が露になった。
「あの、クロムさん?こ、こういうのは結婚してからじゃないと」
「すまない、だがもう我慢できないんだ」
ルフレの外套を肩にかけた状態で、クロムは彼女の首筋に唇を寄せた。
まっさらなそこに赤い花を咲かせていく。その度にルフレの喉は震え、肩にかけられた手は力なく床に落ちていった。
「もう、いけない人」
「脱げって言ったのはお前だろう?」
覚悟しろ、そう笑うとクロムの唇は首筋下へと這わされ、鎖骨に口づけを落とした。
ルフレはそんな彼に何か言おうとしたが諦めたようで、与えられるもどかしい快感に小さな声をあげる。
雪で世界から隔離されたこの空間では、今だけ聖王代理という立場を忘れることができる。
男と女。むき出しにされた本能だけがそこにあった。
好きな女の裸を前に我慢が出来る男なんているものだろうか?
甘い香りにクラクラしながらクロムは貪るようにルフレを求めた。
既に日が沈み寒さは厳しさを増しているはずだったが、肌を晒し合っている二人の間にはそれを感じさせない熱があった。
唇や指が這わされる度に、ルフレは切ない声を上げた。知識こそはかろうじてあったようだが記憶にない快感が弾け、戸惑うように身を捩り、それがまたクロムの欲をそそる。
王族として子を成すための指導こそ前々から受けていたが実践するのは初めてだった。しかし、普段決して見せないあられもない姿を晒すルフレが愛しくて仕方ない。最初こそ壊れ物を扱うような手つきで触れていたが、次第に調子づき、恥じらう彼女の中を暴くように掻き混ぜていく。
獣のような熱い吐息も、むせび泣くかのような官能の声も、外を覆い尽くす雪が吸収してくれることだろう。
早く繋がりたい。欲求に抗えずクロムは猛る自身を取り出しぬかるむそこに押し当てた。
とろんと目を熱で浮かせていたルフレの瞳が見開かれた。クロムの胸板に力なく手をかけ、ふるふると首を振る。
「クロムさん、それはまだ、ダメ」
「もう遅い、ルフレっ」
今更止められるはずがなかった。弾む胸に汗がポタポタと落ちる。
解けてとろけてはいるがその蕾はまだ小さく、ルフレは体内に入り込んできた異物に苦悶の声をあげた。
その様子に心を痛めながらも一度ついた火は消すことは難しく、クロムは彼女をあやすように口づけてさらに奥深くを求めて侵入していく。
途中でブツリ、と薄い肉が切れる感触がした。
「わ、たし…はじめて、だったんです、ね」
苦しげだが、どこか安堵したような声を漏らすルフレの何もかもが愛おしい。
目尻にいつの間にか浮かんでいた涙を吸う。彼女もそれに応えるようにとクロムの頬に口づけをした。
もう抑えることは出来なかった。
余裕なくルフレの名を呼ぶと、にじみ出た血を潤滑剤にクロムは腰を動かしていく。
動くたび喘ぎ、口を抑えようとする彼女の手を取り床へと押し付けた。
「クロム、さん、ぁっ」
「ルフレ、もっと、もっとだ」
燃え上がる炎が揺れ動くたび、濡れた瞳が交錯する。
全てを喰らい尽くすように、クロムは無心に腰を動かし続ける。
その度に色々な表情を見せるルフレもまた、いつしか痛みは消え頭を白く染める程の快感に震えていた。
「だいすきだ、ルフレ」
「わたし、も」
生まれも境遇も違う二人が一つに流れ込み混ざり合う。
繋がる心と身体の心地よさに二人は同時に震え果てた。
それでも足りない。
抱きしめ合ったままうなずくと、クロムとルフレは一晩中交わり続けた。
雪が解けるほどに熱く、深く。
*
「あの後大変だったんですからね!フレデリクさんが絶対死守と書いたハチマキをつけて一週間はやたら可愛いクマが縫い付けられた上着を手につきまといますし、うかつにみなさんと一緒に水浴びできませんし、体の節々は痛くて戦闘に支障がでそうになりますし!」
「仕方ないだろう、初めてだったんだからな。今ならあの時よりずっとうまくなっていると思うが試してみるか?」
「昨日も実践してみせたでしょう!…クロムさんの破廉恥。こんな姿見せたらルキナ達に幻滅されますよ!」
「どっちのだ?」
「両方です!バカッ!!」
今はどこかへ旅に出ている未来から来た子供達と、目の前を駆けていく子供達を思い出して余計にルフレは顔を赤くさせクロムの手をぺちりと叩いた。
とはいえ無事に現代のマークを産んで、彼とほぼ毎夜愛し合える幸せに口元が自然と綻んでしまう。
もしあのまま消えてしまったら、彼らとこうして幸せを育むことはかなわなかったのだから。
(もしかして、この痴話喧嘩もナーガ様は聞いていたりするんでしょうか)
禍々しい紋章が消え去った掌を撫でながら、ルフレは澄みきった冬の空を仰ぐ。
だとしたらものすごく恥ずかしい。このにやけきった顔もお見通しなのかもしれない。
慌てて冷気で頬を冷やそうと頬を叩いていると、子供たちの甲高い悲鳴が聞こえた。
「きゃーマーク!」
「うわぁぁん、ねーさん助けてー!」
見ればふきだまりに足を取られたようで、マークが下半身すっぽり埋もれた状態でジタバタともがいていた。ルキナが必死に引っ張り上げようとしているものの、子供の力ではびくともせずむしろルキナの足まで埋もれていっている始末だ。
「わーん、僕このまま雪だるまになって死んじゃうんですかー!とーさぁぁん、かーさぁぁぁん!」
「全く、大げさだなアイツは」
「元気でいいじゃないですか」
クロムは大きく白いため息をついてからルフレに向き直り微笑む。
ルフレもまた微笑み返すと、「今行くから待ってろ!」と叫んで駆け出していった。
軽々と二人を持ち上げる夫と歓声をあげる子供達を見つめながら、ルフレは幸せを噛み締めた。
暖かくイーリスを照らす日の光が積もった雪を少しずつ解かしていく。
もうすぐ春だ。
色とりどりの花が咲き誇る季節になったら、大きいルキナ達も誘ってハイキングにでも行こう。鋼の味と評された料理もこの冬中に練習して、おいしいお弁当を作って皆で楽しもう。
ルフレはそう心に決めて、三人分の足跡が付いた雪原をたどるように雪を踏みしめた。
あとがき
初☆クロルフR指定第一弾。
全ジャンルでは結構一方通行だったり無理やりモノが多かったので終始ラブラブなクロルフは物凄く新鮮な気持ちで書けました。というかクロルフで和姦以外だとあまり思いつかないんですよね…公式でいちゃつきすぎというか。
一応お互い初体験を意識して、クロムさんがあまり上手じゃなくルフレさんも感じきれていない初々しさが出てたらいいな、と勝手に思っています。
雪山で遭難シチュはいつか絶対書いてみたいと思ってたので無事野望成就出来てよかったです。
余談ですが、私の中のフレデリクは過保護になりすぎているんじゃないかと…でもその気遣いが時に鬱陶しいと思いつつもクロムはありがたく思っているんじゃないですかね。
ちなみに表紙イラストは見えづらいですがクロルフが描いてあります。
ルフレさんのタイプは銀髪パッツンパイユニが正解。
ギャンレル討伐後、強制結婚のタイミングを逃したクロルフの話。
シリアスで糖度は低めですがハッピーエンドです。
つづきから本編+作品解説。
シリアスで糖度は低めですがハッピーエンドです。
つづきから本編+作品解説。
「ルフレさん、お仕事中失礼ですが、貴方にご相談があります」
暖かい昼下がり、あくびを噛みしめながらいつも通りルフレは執務を行っていると向かいの机で同じく調印をしていたフレデリクが問いかけてきた。
効率を最優先する彼が仕事中に話しかけてくるなんて珍しい。ルフレは一旦羽根ペンを置いて「なんでしょうか?」と耳を傾ける。フレデリクは心なしか神妙な顔持ちでルフレの目をじっと見つめていた。どこか試すようなそれに少しだけドキリとする。
「クロム様の縁談の話です」
「縁談?」
「エメリナ様亡き今、イーリスの士気を上げる為にも貴族達はクロム様に縁談を勧めています。私としては早すぎると思いますが、新しい聖王のアピールとしても有効であり、今回の事件もあり次期後継者を早々と作っておきたいという意見は最もです」
「…確かに」
渋い顔をして発言するフレデリクにルフレもまた苦い想いを抱きつつ頷いた。
まだエメリナの喪も明けていないというのにクロムにこんな話をするのは酷だと思う。しかし聖王代理という地位は、世界で最も愛していたという彼の姉を悼む暇さえ許さない。貴族達が言っていることは戦争で疲弊した国民の求心力を上げる為にも間違っていない事なのだ。
「そこでクロム様の婚約者…次期王妃になる者について、貴方の意見を聞いておきたいのです」
実直な従者がこちらの真意を探るように見据えてきた。
それは軍師として意見を求められているのだろうか、それとも。
今は仕事中だから深い意味はないだろうと、ルフレは考えをそのまま口にする。
「貴族達に推される者と結婚するのは王家の権力失墜に繋がると思いますが、まだ若く執政に慣れていないクロムさんの強力な後ろ盾を得る手の一つです。
ですが国内の混乱が残る今、私はなるべくなら信頼のおける自警団の者と結婚するのがいいかと。…そうですね、テミス伯の子女であるマリアベルさんは聡明で王妃に最適だと思います。その他にも由緒ある騎士の家系で民からの人気もクロムさんとの信頼も厚いソワレさん、平民との融和政策を取るならばスミアさんがいいかと思います」
フレデリクの目が細められている。睨みつけるような視線に内心驚きながらもルフレは構わず言葉を続けた。
「フェリアとの蜜月をアピールするならば他国の嫁…オリヴィエさんが容姿人気共にいいでしょうね。ですがこれは私の軍師としての一意見です。最終的にはクロムさんが決定することですから彼の友人としては悔いがない選択をして貰いたいです」
「それだけですか」
深く溜息をついた後、フレデリクは厳しい視線を向けながらルフレに語りかけてくる。
「それが貴方の本心なのですか、ルフレさん」
「どういうことですか」
「貴方のことですからクロム様のお気持ちをご存じなのでしょう?何故そんな他人事のように言うのです」
フレデリクには勘付かれていたのか。ルフレは眉を顰めながら重い溜息をつく。
ペレジアとの争いが終わった後、多忙を理由にルフレがクロムから身を遠ざけていることを気にかけていたのだろう。この忠実な従者も妻がいることだからいい加減クロム離れしたらいいのにと思いつつ、ルフレは平静を取り繕ろった後に軍師としての厳しい視線を投げかけた。
「それがどうしたというのです?私はクロムさんの親友で軍師です。イーリスの国益になる候補を勧めて何かおかしいと?」
「貴方自身がクロム様の妻になり支える、という方法もあるではないですか」
「…冗談やめてくださいフレデリクさん。私はギムレー教団最高司祭の子でギムレーの器ですよ」
睫毛を伏せてルフレは自嘲気味に笑う。
イーリス自警団の門戸を叩いたのも今でこそクロムを支える為だったが最初は違った。
ギムレーの器である自身の身柄の保護と、ファウダ―に対する個人的な復讐。
他の仲間達とは明らかに違う後ろ暗い理由があったのだ。
「ペレジアとは停戦をしているとはいえ、教団とファウダ―が今更ギムレー復活を諦めるとは思えません。近いうちにこちらに対し何かしらのちょっかいをかけてくるでしょう。それにペレジアからの難民を受け入れているとはいえ、両国間の溝は当分埋まりそうもない。仮に私が王妃となったとしても、先代での戦争やエメリナ様の事がありましたから…民から到底受け入れられないでしょうね」
「私は貴方の出自について聞いている訳ではありません。それにクロム様はそんなことを気にされる方では…」
「だからこそです!」
ルフレは一際大きい声で言葉を放った。
口を挟もうとしたフレデリクはルフレが滅多に見せない感情的な姿に少し目を大きくし口を閉ざす。
「あの人は誰にでも手を差し伸べ助けてしまう器の持ち主です。それが彼の長所でもあり、王としては致命的な欠点になりかねない…個人の想いなんて関係ない、私は軍師として嫌なんです。不安の目は確実に取り除いていきたいんです!私のせいでクロムさんが悪く言われるのも彼に余計な負担がかかるのは絶対に避けたい…これが私の望みです」
傍に置いてあった呑みかけの紅茶に波紋が走る。
ルフレは思わず立ち上がって力説していたことに顔を赤くした。
思わずムキになってしまった。これでは軍師失格だ、とルフレはうつむく。
「ごめんなさい、怒鳴ってしまって…」
「いえ、私こそ余計なお節介をしてしまったみたいですね」
フレデリクも少しだけ罰の悪そうな声で呟いた。踏み込んではいけない箇所に触れてしまったと自覚しているのだろう。彼とてクロムとの仲を心配しての質問だっただろうに、と罪悪感が増す。
「ともかく、私は彼のことをよい親友、半身として…そして軍師として必要があればずっと支えていきたいと思っています。この想いに嘘偽りはありません。」
「そうですか、ルフレさんがそう言うならそれでいいのです。私からは何もいうことがありません」
ですが。彼は言葉を続けながら気遣わしげな瞳でルフレを覗きこんだ。
「クロム様はそんな理由で納得されるお方ではありませんよ」
そうだ、きっと彼は理屈をこねた所で退く男ではない。
それが彼の危うさでありルフレを救う良さでもあったのだけど。
ルフレは座りなおすとフレデリクからそっと視線を逸らし、再び執務の資料を開いて作業を再開しようとした。
「…きっと身近で危険を共にしたから、それを恋愛と勘違いしているんです、吊り橋効果というものを以前本で読んだことがあります。クロムさんも平和の中で落ち着けば、王として成すべきことに気付くはずですよ」
自分にも言い聞かせるように呟きながらルフレは羽根ペンにインクをつける。
フレデリクには一つだけ嘘をついている。本当は一人の女性としてもクロムの傍にいたい。
だがその想いは彼の為に封印すると決めたのだ。まだエメリナが生きていた頃に裸を見合ってこれで隠し事のない一心同体の親友だと笑い合ったのだからきっと出来るはずだ。
――このまま距離を置いて自分が男として見ていない事がわかれば、クロムもきっと目が覚めるだろう。そう、自分さえうまく立ち振る舞えばいいのだ。
何かを振り切るようにペンを走らせるルフレを見つめ、フレデリクは反論しようとしたが言葉が見つからずやりきれない思いを抱えながら冷めて渋くなった紅茶を飲み干した。
*
それから数週間後の夜。
クロムははやる心を押さえて月夜に照らされる廊下を歩いていた。
最近フェリアやイーリス領主達との会談やペレジアとの戦後処理で各国を走り回っていたが、ようやく状況は落ち着き久方ぶりにイーリス城へ帰って来られたのだ。
誰と会っても話題になるのは縁談やら世継ぎの話で正直辟易としていた中、久しぶりに帰るイ―リス城は落ち着いていて、忙殺されて忘れていた姉との思い出が蘇り少し感傷的になる。
――早く彼女に会いたい。
クロムはポケットに入っている小さな箱の角に触れながら微かに笑みを浮かべる。
ルフレとは裸を見られて親友の誓いをした後どこか気まずくて顔を合わせられず、そうこうしているうちにエメリナが連れ去られてしまった。それ以来、軍議以外のことをあまり話せずにいる。
あの頃は姉を失って余裕がなかったが、いつも傍らにはルフレがいてくれた。彼女がいてくれたお陰で逆上して突撃することなくギャンレルを討つことが出来たのだ。
本当はギャンレル討伐後に告白しようと心に決めていたのだが、祝辞を述べるスミア達自警団面子に囲まれ、さらにバジーリオとフラヴィアが軍を巻きこんで大宴会を始めてしまった為に、なんとなくいいそびれてしまった。
宝飾品の類はわからないが、同行していたリズにも意見を聞いたから大丈夫だろう。
ルフレは喜ぶだろうか。以前女性の扱いを云々と説教されたから驚かれるかもしれない。
そうこう考えているうちに私室の扉前まで来ており、クロムは深呼吸する。
やはり緊張する。しかし会いたい気持ちの方が勝って思わず強めにノックをした。
「ルフレ、いるか?」
気合を入れてノックしたものの返事がない。
…よくよく考えたら帰ってきた時は既に日が暮れており、今は真夜中と言ってもいい時間だ。
窓から見える満月にいくらなんでも焦り過ぎたか、と溜息をついてしまう。
これだから俺はデリカシーのない男だとか言われるんだと思っていると扉が少しだけ開かれた。
「クロムさん…?」
暗がりでよくは見えないが、ルフレはトレードマークである黒い外套を着ているようで、少なくともまだ就寝はしてなかったことに気付かされ安堵する。
「今日御帰りだったんですね、お疲れ様です」
「ああ、ただいま。…少し話がしたいんだが、いいか?」
ルフレは一瞬だけ戸惑ったようで扉がキィ、と音を立てる。
無理もない、明日も仕事があるのに無茶をさせてしまっただろうかと少しだけ後悔したものの、「構いません」と小さく頷き彼女は扉を開き招き入れた。
「おまえとゆっくり話すのも久しぶりかも知れんな」
「そうですね…」
帰る場所がない彼女の為に用意した城の一室もいつのまにか本だらけになっており、呆れ半分関心半分で見まわしているとルフレが香草を浮かべた水差しを持ってきた。
「ごめんなさい、厨房もお休みしていて大した振る舞いも出来ませんが…」
「いや、俺こそ夜遅くにすまん。だがお前にどうしても話したいことがあってな」
ルフレの手によってグラスに注がれている水が微かに揺れたがクロムは気付かない。
クロムはその間落ち着かずポケットにしまい込んだ箱に触れたりファルシオンの鞘をいじっていたりしたが、彼女が席に座ったことを確認すると意を決し口を開いた。
「実は、縁談の話が俺に来ていて…」
「ええ、知っていますよ」
さらりと口を挟むルフレに、意気込んでいたクロムは出鼻を挫かれ彼女を思わず見つめてしまう。
彼女は微笑みながら、しかし決してクロムの方を向かずにランタンの明かりで照らされるグラスを見つめていた。
「フレデリクさんから聞きました。ふふ、クロムさんもまだまだ公務で忙しいというのに大変ですね」
「ああ、それでその件についてなんだが」
「それでクロムさんは、誰と結婚なさるつもりですか?」
クロムの言葉に重ねるように、ルフレが矢継ぎ早に質問してくる。
今日のルフレは少しおかしい。いつもはこちらの話をしっかりと聞くのに、どこかそわそわしているというか、心あらずというか。
クロムが疑問に思い口を閉ざしていると、すかさずルフレが言葉を続けてきた。
「やはり今回の行軍に連れて行かれたスミアさんですか?お二人は仲がよろしいですし、女性らしく可愛らしい。きっと民からも平和の花嫁として受け入れられるでしょうね」
「…ルフレ、何を言っているんだ?」
「それともソワレさん?マリアベルさん?もしかして、オリヴィエさんですか?…それとも、私にも言えない方を隠し玉に持っているとかですか?嫌ですね、クロムさんったら水くさい」
「ルフレ!」
ルフレの睫毛が震える。しかしそれでも彼女は視線を合わせてこない。
グラスの縁に指先を這わせながら、ことさら明るい声を出してくる。
「クロムさんが結婚したら、私も身を固めないといけませんね!独身のままだと皆さんに誤解されちゃいます…傾国の美女なんてあだ名がついたら少し嬉しいですけど、私の容姿ではちょっと無理でしょうし」
「ルフレ、俺の話を聞け!」
水差しが倒れ、机と床に水が跳ね広がる。転がり落ちた水差しがパリンと音を立て砕け散った。
気付けばクロムは机を乗り出し彼女の手首を握りしめていた。
「…クロムさん、痛いです」
離してください、とルフレが睨んでくる。しかしクロムはそれに怯むことなく見つめ返した。
「俺の話をちゃんと聞けばな」
「…貴方は王となる身。いくら私のことを女と思っていなくとも、不用意に未婚の女性に触るものではありません」
未来の奥様と喧嘩になりますよ、そう他人事のようにのたまう彼女にクロムはふつふつと怒りが湧いてきた。
こんなにもルフレのことを想っているのに、彼女は見当外れのことを言うばかりか身を固めるだの言いだす。
それが許せない。もう我慢ならなかった。
月光に照らされる彼女の体をぐい、と引っ張り寄せ肩を掴み無理矢理こちらを向かせ夜にも構わずクロムは叫んでいた。
「俺はお前のことを女だと思っている、それに俺が好きなのはお前だ、ルフレ!」
声の振動でランタンの炎が大きく揺れた。
衝動にまかせて告白してしまったことに内心しまった、と顔を顰める。
もう少しこう、ムードというものがあっただろうに、と疎いながら失敗した、と後悔する。
ルフレは一瞬目を見開いたが、すぐいつもの顔に戻りクロムの胸をそっと押した。
「ごめんなさい、私は貴方の事を異性だと思えません…親友として、私は貴方のことが好きです」
そう言ってルフレは髪をなびかせクロムの腕からすり抜けていく。
断られることは考えていた。だがあまりにもあっさりとした幕引きに、クロムは茫然と離れていく彼女の姿を目で追う。
ルフレは窓の前に立つと、窓枠に手を当て小さな声で呟いてきた。
「それにクロムさん、貴方の想いもきっと勘違いですよ」
「勘違い…?」
「そう、勘違い。貴方はエメリナ様を失くして心が弱っていたから精神的支柱を求めていただけなんです。たまたま私が傍にいたからそう思いこんでしまっただけ…もっと視野を広げてください。見回してみれば、貴方を想うふさわしい女性は沢山いますよ?」
確かにあの時は我武者羅で、縋りつくものがないと怒りで我を忘れてしまいそうで半身だと手を繋いでくれたルフレに頼っていたのだ。
しかしそれだけではない。そう言いたかったのに言葉が足りない。
結局ルフレに口では絶対にかなわないのだ。
否定できずに黙って見せれば、彼女はそうでしょう?と笑顔で振り返る。
青白い月明りを背景にして微笑んで見せる彼女は戦場で見せる凛とした姿とはかけ離れて、か細い一人の女性がそこにいた。
「それに軍師と軍主がそういう仲になっては皆に示しが尽きませんし、いざという時正確な判断も出来ません。大丈夫、妻でなくとも私は必要とされなくなる日まで貴方の傍にいます。貴方が立派な王になる姿を友として臣下として見守っていきたいですから」
もうギムレーに振りまわされるだけの人生じゃないですからね。
そう呟くルフレの声が微かに震えているのを聞き逃さず、クロムははっとする。
必要とされなくなる日?
…いつ、誰がそんな日を決める?
彼女はなんだかんだと理由をつけて、いずれクロムの元を去ってしまうのではないか?
クロムの為といいつつ、身勝手な理由で。
「さ、明日も仕事があります。クロムさんもそろそろ休まないとまたフレデリクさんにお小言言われちゃいますよ?」
嫌だ。
もう大事なものは失わないと誓ったのだ。
クロムは再び窓の外を見上げるルフレの小さな背中にそっと近づく。そして紫の痣が刻まれた掌に手を重ね背後から抱きすくめた。
逃げ回っていてもいずれはこうなることはわかっていたから、早めに傷つけて決着をつけておきたかったのだ。
ルフレは窓の月を見上げながらそう考えていた。
夜道を優しく照らすその星もよく見れば傷だらけなのを知っている。
クロムが太陽だとすれば、私は月になれればいい。
彼の眩い光を受けて、闇の中密かに見守っていければと思っていたのだ。
そしていつか自分がした選択を笑える日が来る。彼の子を、彼の行末を祝福する日が来るのだ。
冷たいガラスに額を当てそう願っていると、不意に温かい感触を感じ視線を掌に向ける。
皮のグローブに覆われた大きな手がルフレの邪痕に刻まれた手に重ねられていた。
「勘違いなんかじゃない」
先程の感情的な声とは打って変わって低く静かな声に、ルフレの鼓動は跳ね上がる。
「確かにお前はペレジアとの動乱の時に傍らにいてくれたし支えてくれた。それは紛れもない事実で俺はお前の優しさと強さに寄りかかっていた。…でもそれは決して誰でも良かったわけじゃない」
もう片方の手でしっかりとルフレの腰に手を回しながらクロムは言葉を続ける。
逃れなくてはいけない。
そう思っても重ねられた手はビクともしない。
違う、自分が動けないのだ。…本当はこの温もりを誰よりも求めていたのはルフレ自身だ。
「お前が何を気後れしているのかわからないが…俺は本当にお前が好きだ。半身であるお前じゃないと駄目なんだ。我ながら女々しいと解っている…だが一時的な気の迷いだとお前には思ってほしくない」
そう静かに告げられると掌に指が絡まってくる。
本当は振りほどかないといけないのに、ルフレは瞳から零れそうな涙を押さえるのに必死で出来なかったのだ。
この人はなんで、こうも簡単に人の心へと踏み込んでくるのだろうか。
深く深く牢に封じたつもりの想いをあっさりと見つけ出し掬いあげていくのだろうか。
――違う、彼の優しさに寄りかかっていたのは私だ。
人を疑わず、負の感情に塗れていたルフレを包み込み、時には叱咤してくれた太陽のような人。
敵国の自分をあっさりと受け入れ軍師として頼ってくれた彼を独り占めしたかった醜い心を知られたくなくて、彼の太陽のような光をギムレーの器という一片の濁りから遠ざけようと思ったのだ。
「…泣いているのか、ルフレ?」
窓越しに涙を零す姿を見られたのか、彼の優しい声音に堪えようとしていたものが溢れ出していく。雫が月光の光で輝き、床に跳ねて散っていく。
「私は…私はファウダーの娘で、貴方を復讐の道具にしようと近づきました。それでもいいんですか?」
「知っている。お前から話してくれただろう」
「ギムレーの器で…女らしくなくても、気品ある達振る舞いもできません…そんな人を選ぼうなんて、貴方は馬鹿です、大馬鹿です…」
「全部構わないし、馬鹿でも構わない。お前を失うくらいなら愚かな王でいい」
「…ほんとに、酷い王様、ですね…」
そう、彼に理屈は通じない。
いつだってこうして、行動に起こしてしまう力がある。
剥がれてくる心の殻を受け止めるように、クロムはルフレの流れる涙を掬って行く。
握りしめられた掌が、指の先が熱い。その温かさに建前も言葉も失いルフレは嗚咽をあげながら泣いた。
そんな彼女の体をクロムはより強く片方の手で抱きしめる。
もう言葉なんていらなかった。
水差しの破片がランタンと月光で煌めく中、男女はようやくお互いに向き合う。
そしてそのままゆっくりと、繋いだ手はそのままにふたつの影は重なり合った。
「…私、貴方のことが好きです。貴方しか見えなくなるくらいに」
「俺もだ、ルフレ」
自然と互いに目を伏せ、口づけを交わす。離れていた魂を確かめあわせるように何度も。
机に広がり端から零れ落ちていた水はいつのまにか乾いており、天上の月だけが、2人の姿を祝福するように優しく照らし出し見守っていた。
*
「それで2人仲良く遅刻というわけですか」
「…すまんフレデリク」
「ごめんなさい…」
にこにこといつも以上に微笑んでいるフレデリクを前に、クロムとルフレは内心青ざめながら仲良く頭を下げていた。
結局あの後夜遅かったということもあり2人して抱き合って寝坊した。
起こしに来たリズも邪魔しては悪いとそそくさと退散したことも重なりフェリアとの閣議の報告会を大幅に遅刻してしまったのだ。
フレデリクは笑っている時が一番厳しい、と身を持って知っている2人は軽く恐怖を覚えながら彼の言葉を待つ。
「…リズ様が大体は報告してくれましたから会議は問題なく取り行えました。ルフレさんは前日まで調印で忙しくクロム様も長旅にお疲れでした。よろしいでしょう、今日はゆっくりとお休みください」
「い、いいのかフレデリク?」
意外な言葉に目を丸くし、2人で顔を見合わせてから恐る恐るフレデリクを見上げる。
彼は相変わらず微笑んでいたが、背後でこちらの様子を見守っていたリズが苦笑いしているのを見て嫌な予感がした。
「ええ、これから婚礼の儀で忙しくなりますからね。早速明日にはクロム様には国賓の手配と各国での催し物の打ち合わせ、ルフレさんには婚礼衣装の採寸や王妃としてのダンス、教養レッスンがございます。ここ数カ月のスケジュールを組ましていただきましたが…」
満面の笑みを浮かべるフレデリクが見せてきたびっしりと埋まっているスケジュール表に軽く眩暈がした。空欄が見当たらない、遠目に見れば文字で真っ黒に埋まっている。
彼は確実に怒っている。そう察すると、クロムはルフレの手を握った。
ルフレは突然の行動に顔を少しだけ赤らめつつ、コクリと頷いてくる。
「…逃げるぞ、ルフレ」
「ええ!」
そう言うなり2人はくるりと背を向け絨毯の上を駆け出していった。逃げながらも互いに笑い合い、その姿は未来の聖王夫婦というよりも普通の恋人同士のようで、女官や近衛騎士達は温かく見守りつつ彼等の為に道を避けていく。
好奇心から事の顛末を見守っていたリズは「あちゃ~…」と笑いながら首を竦めフレデリクの様子を伺ってみた。
「お待ちください、話はまだ終わっていませんよ」
緊急時以外は決して廊下を走らない騎士は背筋を伸ばしながら速歩で恋人達を追いかけていく。
しかしその顔は先程のようなどこか威圧感ある笑顔ではなく、安堵が伺える晴れやかで柔和な笑みを湛えていたのだった。
作品解説
断章ルフレとクロムの話です。記憶ありルフレさんはギムレー教団のことでしがらみを感じて、本編よりすさんでいたらいいなと妄想して書いていました。
やっぱりギムレーの器というのはかなりの引け目を感じるのでしょうが、クロムさんだったらそんなこと気にしないで強引に押し切るだろうなという願望が現れています。そんな彼だからこそルフレさんも依存しているんじゃないでしょうか。
月守~とタイトルが似ているのは一応繋がっている設定がありますがあまり生かされていませんね。
失敗したのはフレデリクの相手がある程度固定されてしまうようなセリフを入れてしまったこと。フレスミフレマリフレソワの方に申し訳ない…あとフレオリフレセルか。
一応クロルフ以外のCPに関しての方針としては読み手のご想像にお任せしようと考えているので今後はこのようなことがないようにしたいかと。
ちなみに作者の脳内設定では全編大体リズちゃんが肉さんのお相手です。
某所に投稿した記念すべき覚醒第一弾小説。
クロルフ前提、本編終了後の小さいルキナとマルスとの出会いを書いたお話。
つづきから本編+作品解説です。
クロルフ前提、本編終了後の小さいルキナとマルスとの出会いを書いたお話。
つづきから本編+作品解説です。
「どうしましょう…」
ルキナは途方に暮れていた。
先程までルキナの服をオレンジ色に染め上げていた日差しは陰り、一番星が寂しそうに輝いている。それまで暖かく包み込んでくれていた草花がひんやりとし始め、夢中になって木の実を拾っていた幼いルキナはようやく事態を理解し始めていた。
「おとうさま、おかあさま…」
いつも優しく包み込んでくれる両親を思い浮かべ、涙がこみ上げてくる。
しかしすぐにむっとした顔になり、ぶんぶんと頭を振るった。
―ルキナはお姉さんなんだ―
―ルキナはもうお姉ちゃんなんだから―
最近一日に一回は聞く言葉。
母に抱かれている弟が羨ましくてだっこをせがんでも、フレデリク達に制される。
父クロムも母と弟の傍にいて最近あまり剣術の稽古をしてくれず、リズも従兄弟であるウードを構っており遊んでくれることが減った。
みんな、マークのほうがすきなんだ…
侍女や兵士も、新しく生まれたマーク王子の話ばかりをし、ルキナだけ取り残された気分であった。
ルキナは王女という立場場歳の割には賢明で、それ故あまりしつこく遊んでほしいとも言えず、夜泣きが多いマークの相手に疲れ果てている母に泣きつけず、最近は一人で外遊びをしているのだ。
しかしいつもはルキナの動向に目を光らせているフレデリクは公務で外出しており、それを好機にといつもはいかない場所へと探検に行っていたら、いつのまにか迷ってしまっていたのだ。
どうしよう。
刻一刻と暗くなる世界に、自分に覆いかぶさる木の陰に焦りを感じるが城の者達はみつからない。
父も母も、マークの傍にいて自分がいなくなったと気付いていないに違いない。
ついには足下がみえ辛くなり、木の根に足をとられ転んでしまった。
冷えた草のちくちくとした感触と、膝の痛みに耐えかね、ついに我慢していた涙が零れおちた。
ないちゃだめルキナ。おうじょなんだから、…おねえさん、だから…
自分にそう言い聞かせるも、視界はますます歪んで、かみしめた口からは嗚咽がこぼれる。
おねえさんになんて、なりたくなかった。
マークがいなければ、母は今でも寝る前に本を読んでくれただろうし、大好きな父と稽古できたのに。
…そこまで考えて、ルキナの目からはぽろりと涙がこぼれた。
おとうさまも、おかあさまも、もうルキナのこといらないんだ…
止めようとしても、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「どうしたの?」
不意に声をかけられ、ぐしょぐしょになった顔を上げた。
「こんな時間に外にいたら、風邪をひくよ」
おとうさまに似ている。しかし、おとうさまにしては背が低い。
青紫に染まった空の下、藍色髪の青年が手を差し伸べてきた。
フレデリクが知らない人に話しかけられてもついていっては駄目です、としつこく言ってくる為一瞬ルキナは躊躇った。だが、クロムとどこか雰囲気が似ている青年であること、一人で心細くなっていたこともあり、素直に彼の手をとってしまう。
「…あなたはだれ?」
黒い仮面をつけた青年は、しばし沈黙する。
おとうさまにも似てるが、もっとよく知っている人に似ている?
ルキナは不思議そうに首を傾げ、綺麗な形をした唇を見つめていると、青年は慌てて顔をそむけた。
「…僕は、マルスだ」
「マルス?おーじさまの?」
マルスという言葉を聞き、ルキナは目を輝かせた。
おかあさまが寝る前に読み聞かせてくれた王子様の名前。
悪竜を倒した大昔の偉い人。彼が竜を倒した剣が、おとうさまの持っているファルシオンだと聞いたことがある。
確かに仮面以外はおとぎばなしのマルスとそっくりで…幼いルキナは気付いてなかったが、このマルスもまた、神剣ファルシオンを携えていたのだ。
憧れの王子様が会いに来てくれた。ルキナが涙を忘れ、頬を紅潮させる半面マルスは少しだけ仮面の奥で罰が悪そうな顔をした。だがすぐに口元に秀麗な笑みを浮かべると姫君に向き合う。
「君が怖い竜にさらわれないよう、迎えに来たんだ。父君と母君が心配している」
城まで送ろう。そうマルスは囁き歩き出そうとするが、父と母と聞いた瞬間ルキナは先程まで泣いていたことを思い出しうつむいてしまう。
「いけません」
「何故?」
「おとうさまとおかあさまは、ルキナのことなんてだいじじゃないんです」
城にいる小さな弟のことを思い出し、ルキナは頬を膨らませた。
城に帰ったら、またおねえさんなんだからと叱られてしまう。おとうさまとおかあさまも怒っているかもしれない。ひょっとしたら、もうルキナと遊んでくれないかもしれない。
思い出したらまた涙がこみあげてきた。マルスの指をぎゅっと握り、いやいやと頭を振る。
「そんなことはないよ、二人は君を大切に想っている」
「だって、マークばっかり…おとうさまはけいこしない、おかあさまはほんをよんでくれない…」
「なるほど、そういうことか…」
懐かしい。そう小声で呟いたが、しゃくりをあげる幼いルキナには聞こえない。
自分にもそんな時期があったのだ。
母の腕に抱かれ、父が生まれたばかりの弟を無愛想ながら笑わそうとしている姿を、むくれた顔で遠巻きに見ていたあの頃。両親の愛情を奪われるかもしれないという無意識の恐怖に襲われ、よく城を飛び出していた。
寂しかったのは事実である。しかし、絶望の中を駆け使命を果たした今、それはとても尊い思い出となり、胸の奥で輝き続けている。
泣いている幼い自分を見て、その思い出の欠片がちくり、と心を刺してきた。
今泣いているこの少女の両親は救われた。しかし、自身の本当の両親はー…
「じゃあ僕が少しお話をしてあげよう、小さな姫君」
ルキナに視線をあわせるよう、マルスは膝をつき肩を持つ。
涙に潤みながらもしっかりと聖痕が刻まれた青い瞳が、こちらをきょとんと見つめてくる。
「おはなし?」
「そう、悪い竜を倒した王様、そしてそれを助けた軍師の物語だ」
「ぐんし?おーじさまのおはなしじゃないの?」
ルキナが泣きやんだことを確認し、マルスはゆっくりと語り始めた。
そう昔じゃない話。君がまだ赤ちゃんだったころ。
あるところに、王様と、彼を手助けする良い軍師がいました。
二人はとても仲良く、イ―リスの平和を見守っておりました。
しかし心優しい軍師は、実は悪い竜だったのです。
悪い竜は倒さなくてはなりません。悪い竜は王様と仲間を呑みこみ世界を真っ暗にしてしまうからです。
良い軍師は王様をふりきって、悪い竜と共に消えてしまいました。
こうして悪い竜は倒されました。しかし、王様はとても哀しみました。良い軍師は、その身と引き換えに世界を平和にしたのです…
「なんでぐんしはきえちゃうんですか?ファルシオンがあればたおせるんでしょ?」
「王様はそうしようとしたんだ。でもね、そうすると悪い竜がまた生れてしまうんだ。
君の子供の子供の子供…随分先になるけど、また悪い竜が出てきてしまう
軍師は未来を守る為に消えたんだ。」
ルキナの知っているおはなしとちがいます。そう呟いて姫君は難しそうな顔をした。
単純明快な物語しか知らない子供にはまだ早かっただろうか。マルスは苦笑いすると、「でもね」と付け足す。
「哀しむ王様の下に、消えたはずの軍師は戻ってきた。何故だと思う?」
「?」
真剣にわからない、そんな顔をしたルキナに、…まだ幼い別世界の自分に微笑みかける。
「軍師にはね、王様がいた。仲間がいた。そして大好きな人との間にできた子供がいた。
その人たちが帰ってきてほしいと願ったから、軍師も、その人たちの下に帰りたいと思ったから帰ってこれたんだ。絆の力で奇跡が起きたんだ」
「きずな?」
「そう、絆。王様の下に、そして君の下に帰りたいから戻ってきたんだ。軍師ルフレは」
おかあさまだ!驚きの声を上げるルキナに頷くと、マルスは小さな手を包み込む。
この手は若い父の亡骸に触れることはない。母の姿をした邪龍に剣を向けることはない。
希望に満ちた世界で老いた父に譲られたファルシオンを握り、母に教えられた知識で民を導くことになるのだ。
…少しだけ羨ましいと思った。しかし妬んでも仕方がない。
例え元の世界に帰ることが出来なくても、自分にはこの世界の為にまだ出来ることがあるはずだ。
もう一つのファルシオンを使って、陰でこの世界の平穏を守ることが出来る。
「君に会いたいと願ったから、君の母君は帰ってきたんだ。父君も、君を守る為に悪い竜と戦った。勿論、君の弟も大事だろう。でも、二人とも君を想っているんだよルキナ」
「…ほんとに?」
「本当さ。英雄は嘘をつかない。その証拠に、ほら」
ルキナの耳に手を沿え、耳をすますように促す。
城がある方角が騒がしいことに気付いたルキナは、目を丸くして見せた。
「二人とも、今頃君を探して大慌てだろうね」
「おとうさま、おかあさま…」
ルキナはさくらんぼ色の唇を噛みしめる。両親に会いたいという気持ちと、怒られるかもしれないという罰の悪さがせめぎあう。
「そんなに心配しなくても大丈夫。二人とも、怒りやしないよ。むしろ駆けよって苦しいくらいに抱きしめてくるに違いない」
フレデリクがしばらく目を光らせてそうだけど。
自分自身の幼い記憶がくすぐったくて自然と笑みをこぼしてしまう。しばらく幼いルキナは忠実な騎士につきまとわれ、不機嫌になることだろう。
しばらく悩むように瞳を揺らしていたルキナであったが、かすかに聞こえた声にぴくりと肩を震わす。
「おとうさま…」
「ふふ、君を呼んでるよ」
お城までエスコートさせていただきます、姫君。
絵本の王子のようにルキナの手を取る。涙に濡れた瞳と視線が合う。
こくり、と頷くのを確認すると、マルスは子供に合わせるようゆっくりと歩き出した。
目指す場所は、新しく空いた壁の穴。
戦いが終わった後、幼い自分と稽古をしたときに父が作った大きい穴があるはずだから。
*
「おとうさま!おかあさま!」
「ルキナ!ああ、無事でよかった…」
「俺が作った壁の穴からでてったのか…通りで見つからないわけだ」
「通りじゃないですクロムさん、壊したら修繕を頼むよう私は何回言えばいいんですか」
「いやー…すまない。ルキナも、ちゃんと俺がみてやればよかった」
「…いえ、私こそマークにかかりきりで。ごめんなさいルキナ、貴女に寂しい思いをさせてしまいましたね」
「ううん、ルキナ、おねえちゃんですから。それに、マルスがね、あいにきてくれたの!」
「マルス?」
「うん、マルスがね―…」
遠ざかる親子の声を聞きながら、ルキナは漆黒の仮面を外した。
ジェロームにもう一つと借りていた仮面が役に立った。両親は気にするなというが、やはり現代の自分へ不用意に干渉してはいけないと戒めている以上姿を偽る必要がある。
それでも知っておいてほしかった。例えギムレーがよみがえることのない世界だとしても、失ってから知る愛を伝えておきたかったのだ。
「いやールキナさんの名演技、噂には聞いていたんですが素晴らしいですね!」
「…見ていたんですか、マーク」
趣味がいいとはいえませんよ。そう咎めると、しげみからひょこっとマークが顔を出した。
記憶が一向に戻る気配のない弟は悪気のなさそうな笑顔を浮かべ、「父さんと母さんが結婚する前の、伝説の姿をみれてよかったですよーかっこよかったです!よ、色男!」と褒められてるのかけなされているのか分らない事を言っている。
「マーク…貴方が生まれたばかりの自分に会いたいというからこんなことになったんです、仮面が無かったらどうなってたかわかりますか」
「そうなんです!僕、すっごく可愛かったんですよ?!覚えてなくて残念だったから見れて良かったです、あ、赤ん坊の頃は誰でも覚えてないですねアハハ」
「…こちらの話を全く聞いてないですね」
僕もその仮面をつけて自分の前にかっこよく登場してみたいです!と相変わらず好き勝手なことを言ってくる弟にルキナは叱る気も失せて苦笑してしまう。
今でこそ底抜けに明るく自由なマークだが、ギムレーが蘇った世界では無理矢理イ―リス王子としてはりついた笑顔を浮かべ、ついには戦乱の中姿を消してしまった。そのことを知っている以上、ルキナは中々マークを叱れず、ついつい甘やかしてしまうのだ。
もう少し経てば、こちらのルキナも言葉を覚えたての弟に手を焼かされることになるであろう。
そんな微笑ましい光景は、かつて自分自身も体験したものだ。二度と戻ることができない、大切な思い出。
「さ、ルキナさん、目的も果たしましたし宿に帰りましょう!僕おなかペコペコです」
相変わらずルキナの感傷も気にせず、自由気ままなマークが手を差し伸べてくる。
弟の手はいつのまにか自分よりも一回り大きくなっていて、思わずルキナは目を細めてしまった。
確かに本当の両親も、弟も、守るべき国も失った。でも今、両親達がつかみとった希望の世界には家族がいる。そして、輝かしい未来が待ち受けているもう一人の自分がいる。
ルキナの中でギムレーを滅ぼす誓いをしてから止まっていた時は、ようやく動き始めたのだ。
「そうですね、帰りましょう」
振り返り、父が壊した穴をみつめる。
その穴の向こうで幼いルキナと遊びながらこちらに微笑みかけてくる両親を確認すると、マークの手を取り、ルキナは柔和な笑みを浮かべて星に照らされる森を歩きだした。
――――あとがき
覚醒創作欲が湧き上がってtwitterで盛り上がり書いたお話です。
ルキナはあまり現代の自分と干渉したくない、出来れば二度と会わない方がいいと考えていたので変装してイーリス城に来てるんじゃないかと。
ト○ロ的な童話っぽさというか。この後もちょこちょこルキナはマルスに変装してチビルキナに会いに行って、チビルキナの初恋の相手になったり、ウードやマーク達を巻き込んで紋章ごっこをしてるんじゃないかと妄想してます。ちなみにシーダ役はブレディちゃんです。
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流離(さすら)
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NLでもBLでもホイホイ食っちまうぜ
ゲームとかガ○ダム大好きな腐り人。
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Serch