※多大なネタバレが含まれるため、Papilioシリーズ未読の方は閲覧注意です。
某所で連載していた「Papilio」シリーズ作品解説というか言い訳エントリーです。
つづきからレッツ☆言い訳
某所で連載していた「Papilio」シリーズ作品解説というか言い訳エントリーです。
つづきからレッツ☆言い訳
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まずは非常に長く誰得感のあるこのシリーズを読了して頂き、誠に有難うございます。
このシリーズは覚醒にハマってから絶対に書きたいネタだったので無事連載を終えることが出来て安堵というか、少しさみしい気持ちのような。
絶望マークの会話、撃破のセリフが切なすぎて、またマイユニと同性のマークは何者なのかという脳内考察を兼ねて楽しく書かせていただきました。
一応今回はクロルフ前提息子マークとして書いたのですが、私の脳内ではルフレ♂で娘マー子の場合でも二人の立場を逆にした感じで話が展開するのではないかと勝手に考えさせていただいています。
つまり、マーク♂がルフレ♂の腹違いの弟で、ルフレを慕って裏切るのにマーク♀が追従し結局マーク♂は次元の狭間に行って本編に登場しないという形で。
子世代との子供だと辻褄が合わないのでこの説は勿論間違っているとは思いますが…
書く事はないと思いますが、マーク♀verだとウードと兄妹だったりチキ娘だとしたらお話的に面白くなるのではないでしょうか。
ただマーク♀の方がルフレ依存率は高そうなイメージなのでまた違った展開になりそうですね。マーク♀の方が思い切りが良さそうというか。
他にもマークの正体説としては村娘or村男との間に出来た絶望未来マークが平和な未来からきたマークを乗っ取っているというか衝突して一つになった説とか考えていました。資料集にも細かい設定は載っていませんでしたし、もうマーク考察は尽きることがないですね!やったね!
本編の細かいネタとしては子世代は全員出すようにしました。シャンブレーだけセリフが少なくてごめんね。
あとImplevit冒頭とPapilio~1のラストが繋がっていたりとか。(成長したマークたちがチェスをする場面です)
腹部に傷を負う描写がマーク♀母とファウダー、マーク♂にあったりとかどうでもいい伏線も。多分誰も気にしないと思います。
あとタイトルの意味。
Papilio tertiadecima:13番目の蝶
Fragment tempus:時の欠片
Papilio Implevit:満たされた蝶
もしかしたら意味がおかしいかもしれませんが大体こんな和訳です。
13番目の蝶は子世代12人+マークペアで13番目
時の欠片はマーク♀の未来の暗示&マーク♂の忘れた記憶
満たされた蝶は…双子転生EDのことですね。
フィーリングでタイトルはつけてるので深い意味はあまりなかったりします。
あと執筆中に聞いてた曲としては
magia:kalafi○aさんの言わずもがなの名曲。かなりまどマギ意識してましたからね…
proof:ang○laさんのこちらも名曲。生まれてきた証明的な。
大事な瞼の裏:KO○IAさん。覚醒の話を書くときは大体聞いています。
あとラストについてですが、本当は双子EDは匂わせるだけで書かないつもりでした。
ただ反応を見る限りあまりにも後味が悪いかなと考え直して完結編であるImplevitを後付け。
一応すっきり終わらせたように見せましたが、欝展開大好きな私としては絶望未来ルキナは弟にもう二度と会えないだろうし、現代マクマクは離れることがないけど本編マークは本当の彼女に会えないという意味で救いはあるけどちょっともの悲しいオチに。記憶を取り戻した本編マークが時を渡って絶望未来の姉に再会することも可能性としてはあるんでしょうが。
このシリーズは覚醒にハマってから絶対に書きたいネタだったので無事連載を終えることが出来て安堵というか、少しさみしい気持ちのような。
絶望マークの会話、撃破のセリフが切なすぎて、またマイユニと同性のマークは何者なのかという脳内考察を兼ねて楽しく書かせていただきました。
一応今回はクロルフ前提息子マークとして書いたのですが、私の脳内ではルフレ♂で娘マー子の場合でも二人の立場を逆にした感じで話が展開するのではないかと勝手に考えさせていただいています。
つまり、マーク♂がルフレ♂の腹違いの弟で、ルフレを慕って裏切るのにマーク♀が追従し結局マーク♂は次元の狭間に行って本編に登場しないという形で。
子世代との子供だと辻褄が合わないのでこの説は勿論間違っているとは思いますが…
書く事はないと思いますが、マーク♀verだとウードと兄妹だったりチキ娘だとしたらお話的に面白くなるのではないでしょうか。
ただマーク♀の方がルフレ依存率は高そうなイメージなのでまた違った展開になりそうですね。マーク♀の方が思い切りが良さそうというか。
他にもマークの正体説としては村娘or村男との間に出来た絶望未来マークが平和な未来からきたマークを乗っ取っているというか衝突して一つになった説とか考えていました。資料集にも細かい設定は載っていませんでしたし、もうマーク考察は尽きることがないですね!やったね!
本編の細かいネタとしては子世代は全員出すようにしました。シャンブレーだけセリフが少なくてごめんね。
あとImplevit冒頭とPapilio~1のラストが繋がっていたりとか。(成長したマークたちがチェスをする場面です)
腹部に傷を負う描写がマーク♀母とファウダー、マーク♂にあったりとかどうでもいい伏線も。多分誰も気にしないと思います。
あとタイトルの意味。
Papilio tertiadecima:13番目の蝶
Fragment tempus:時の欠片
Papilio Implevit:満たされた蝶
もしかしたら意味がおかしいかもしれませんが大体こんな和訳です。
13番目の蝶は子世代12人+マークペアで13番目
時の欠片はマーク♀の未来の暗示&マーク♂の忘れた記憶
満たされた蝶は…双子転生EDのことですね。
フィーリングでタイトルはつけてるので深い意味はあまりなかったりします。
あと執筆中に聞いてた曲としては
magia:kalafi○aさんの言わずもがなの名曲。かなりまどマギ意識してましたからね…
proof:ang○laさんのこちらも名曲。生まれてきた証明的な。
大事な瞼の裏:KO○IAさん。覚醒の話を書くときは大体聞いています。
あとラストについてですが、本当は双子EDは匂わせるだけで書かないつもりでした。
ただ反応を見る限りあまりにも後味が悪いかなと考え直して完結編であるImplevitを後付け。
一応すっきり終わらせたように見せましたが、欝展開大好きな私としては絶望未来ルキナは弟にもう二度と会えないだろうし、現代マクマクは離れることがないけど本編マークは本当の彼女に会えないという意味で救いはあるけどちょっともの悲しいオチに。記憶を取り戻した本編マークが時を渡って絶望未来の姉に再会することも可能性としてはあるんでしょうが。
「Papilio」シリーズ真の最終回です。
クロルフ少々、姉弟会話がほとんどの決着編というべきか。
マーク出産間近のお話です。
クロルフ少々、姉弟会話がほとんどの決着編というべきか。
マーク出産間近のお話です。
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
花が咲き乱れる庭で蝶がひらひらと舞う中、ソプラノの声が広がっていく。
子供たちがきゃあきゃあと声をあげながらかくれんぼしている姿を、ルフレは東屋で見守っていた。
子供でいる時間はとても短い。あっという間に大きくなって、自分たち大人を軽々と追い越していくのだ。
だからこそ貴重で、宝物のようにキラキラとしたものに見えるのだろう。
それぞれが仲間達によく似ており、色とりどりの髪色をした子供達を追いかける息子の姿を微笑ましく見ていると、視界の外れにふと木陰で小さな影が揺れた。
フードを被った小さな影は、本をギュッと両腕に握りしめて遊んでいる子供達をじっと見つめている。
迷子だろうか?仲間たちの子供でこんな子はいなかったはずだ。しかし、どこかで見覚えがある姿にルフレは手招きをした。
「こっちへおいで」
一緒に遊びましょう?そう笑いかけてみると、子供はびくりと肩を震わせ木の後ろに隠れてしまった。城のバルコニーによくとまる臆病な小鳥のように。
「大丈夫、みんな友達が増えるって喜んでくれますよ」
そう言って歩み寄ろうとすれば、首を振りながらその子は後ずさりをした。
「できません」
「どうして?」
「わたし、ここにいちゃいけない子なんです」
フードの下から覗く瞳の色が誰かに似ていて、ルフレは誰だろうと首を傾げた。
誰でもいい、でもこの子を一人ぼっちにはできない。
うつむくその子の手を握ろうとさらに手を伸ばしたとき、横から小さな手が伸びてきた。
「みつけました!」
それは鬼ごっこをしているはずのマークだった。
彼は瞳を輝かせ、その子の手をしっかりと繋いでいる。
「やっとみつけましたよ、ぼく、あなたにあいたかったんです」
驚いたはずみか、その子のフードが下ろされよく見えなかった顔が顕になった。
その子はよくマークに似ているが、うねっている短い髪はルフレと同じ色をしていた。
彼女の唇が小さく動く。どうして、とかたどったように見えた。
「きょうからずっとずっと、いっしょです」
「でも、わたし」
「ね、かあさんいいでしょ?」
戸惑っているのか子犬のような目で見つめてくる少女と、笑顔だが決して離さない、と言わんばかりの瞳でこちらを見るマーク。
ルフレはそんな二人を交互に見つめると、満面の笑みで頷く。
「勿論!」
そう言って両手を広げ、二人の小さな背中を抱きしめた。
それは五の月の四の日の夜のこと。星が降ってきそうな日のことだった。
ルフレの出産が近いという。
入ってはいけない、という侍医とフレデリクの意見を無視して駆け込んだ部屋で、妻は脂汗を流し譫言を呟きながら眠っていた。
新たな命をこの世へと生み出すのには危険をともなう。
特に今回はルキナの時よりも腹が大きく、その体には負担が大きすぎるのではないかと侍医の話にクロムは落ち着いていられなかったのだ。
彼女の汗が滲む額をそっと拭う。半身、とは言ったがこの痛みは共有することが出来ず、和らげることもクロムには出来ない。祈りしか捧げられないのだ。
未来から第二子であるマークが来た、ということは無事に出産できたということなのかもしれないが、それでも不安は消えることがなかった。
彼女をもう二度と失いたくなかった。
縋るようにルフレの手を握ると、ことのほか強く握り返してくる。
見れば、彼女がうっすらと瞼を開いていることに気づかされた。
「起こしたか」
「クロ、ムさん」
吐く息は苦しそうだが、微笑みを返してくるルフレの姿に胸が傷んだ。
彼女は一人でその痛みを背負っているのに、人を気遣う気丈さは健在だったのだ。
「ね、クロムさん」
「どうした、何か欲しいものでもあるのか?」
「いいえ、違うんです。私、夢をみたの」
「夢?」
首を傾げて見せれば、彼女は汗をふきだしながらもゆっくりと語り始めた。
「未来は、かわりました。エメリナ様も、生きて、ギムレーも、消えて」
「ああ。お前と、みんなのおかげだ」
「ふふ、だから、生まれてくる子も、違うかも」
「ルフレ…?」
つないだ手に頬を擦り寄せると、彼女は苦しそうだか確かに笑ってみせた。
「きっと、家族が、ふえますよ…うっ」
「ルフレ!」
「だいじょ、ぶ…あなたは、ルキナと、待ってて」
腹を抑え、呻くルフレの姿にクロムは慌ててベルを鳴らす。
途端侍医達や産婆が駆け込んできて、にわかに騒がしくなる部屋からあれよあれよとクロムは追い出された。
どうやら本格的に出産が近いらしい。
呆然と閉められた扉を見つめていると、横腹に鈍い衝撃が走った。
「うお!リズか」
「お兄ちゃん、また無理言って病室に入ったでしょ~!」
「す、すまん」
「謝るのは私じゃないよ!」
姉に見た目は似てきて、中身も少女を抜け出ししっかりとし始めたリズの後ろから、二つの頭がひょっこりと顔を出した。
一人はリズの息子のウード。もう一人は、この時代のルキナだ。
「ルフレさんが心配なのはわかるけどね、ルキナの方がもっと心細いんだよ?それなのに、ルキナはウードの遊び相手してくれるし…もうお兄ちゃんったら、この子の方がよっぽどしっかりしてるってば!」
「う、すまないルキナ…」
女性は子を産むと強くなるというが、リズは目に見えて逞しくなっている気がする。しかも正論で反論の余地がないのだ。彼女の夫が「最近尻に敷かれている」と嘆いていたのも頷ける。
――リズでさえ母親の顔になっているのに、俺はまだまだ父親になれていないな
自分が情けなくなりながらもルキナを抱き上げると、「じゃあ大きいルキナとマークには連絡しとくからね!」とリズはウードの手を引いて去っていった。ウードは怒る母親に不思議そうな顔をしながらも、「じゃーねークロムおじさん、ルキナ!」と手を振ってきた。
「ウードの面倒を見てたんだって?偉いな、ルキナ」
「おかあさまがね、いいこにしててっていったから!ルキナ、おとうとはやくあいたいです!」
最近ますます背が伸び重くなっていくルキナの花咲くような笑顔に、クロムの不安は溶けていく。
見た目こそ自分に似たルキナだが、気遣いができる性格はルフレから受け継がれたようだ。
――そういえば、ルフレは家族が増えるって言っていたが、どういう意味なのだろうか?
マークが増えるのだから当たり前といえば当たり前のことだが。
疑問を抱いていると、扉の向こうからルフレの苦しむ声と指示を飛ばす侍医の怒声が聞こえた。
それまで笑顔だったルキナの顔が曇り、クロムの服の裾をぎゅっと握りしめてきた。
「おとうさま、おかあさま、だいじょーぶ?」
聖痕が刻まれた大きな瞳が、心配そうにこちらを見つめてくる。
その瞳が先ほどのルフレと被る。一度出産を経験しているとはいえ彼女も不安だろうに、クロムを気遣って送り出したのだ。
ルキナを頼むと言い残して。
――不安は誰も彼もが抱いている。それなのに、俺がしっかりしなくてどうする?
これだからリズに叱責されるのだ、と反省しながらクロムはルキナを抱き直した。
赤子の頃は戦争で相手をしてやれず、物心つく頃まで母親が傍にいることを許されなかったのだ。我が儘を滅多に言わない気丈な娘だが、誰よりも不安を抱いているに違いない。
「大丈夫だ。明日になったらマークに会えるぞ」
「ほんと?」
「ああ、だから母さんを心配させないためにももう寝よう。本を読んでやるから」
「やったぁ!おとうさま、だいすき!」
ぎゅっと抱きついてくる娘をあやしながら、クロムは隣に用意された部屋へと向かう。
ルキナが寝る頃には正念場を迎えているのだろう。命を産みだすため一人戦う妻の為にも、クロムは今できることをしなければならないのだ。
そして、数時間後彼はルフレが言った言葉の意味を理解する。
「うーん、やっぱり思い出せませんね…」
ランプに照らされた文字をなぞりながら、マークは一人で頭を抱えていた。
結局戦いの後も記憶が戻ることはなく、少しでもきっかけを見つけるため世界を巡っているのだが欠片も思い出すことが出来ない。
「母さんも思い出してないらしいし、まあいいんですけどね…」
「何がいいんですか?」
「あ、ルキナさん。起きてたんですね」
長い髪を垂らしてこちらを覗き込んでくる姉に、マークは笑みを浮かべてランプを消そうとした。
マーク一人では心配だと、戦いが終わったあと彼女もついてきてくれたのだ。
「ええ、どうも眠れなくて。あ、消さなくても大丈夫ですよ」
「そうですかー、母さんのこともありますしね」
「マークはどうしたんですか?そんな難しそうな顔して戦術書を読んでいて」
見られていたことがちょっと恥ずかしくて、マークは「いや…ちょっと記憶を取り戻そうと」と頭を掻いた。
「アズールさんがこの字は女の子の字だ!って言うから思い出そうとしていたんですけど、さっぱり思い出せなくて…ルキナさん、僕の周りにこんな字をした人いませんでしたか?」
「流石に文字だけだとわからないですね…ごめんなさい、お役に立てなくて」
「いえいえいいんですよ~、思い出せない僕が悪いんですしアハハ」
首を傾げる姉に手を振ってみせるが、彼女は顎に手を当て「でも、こんな字の人は身の回りにいなかったような…」と呟いた。
「未来の貴方が、見ず知らずの人の字を戦術書に簡単に書き込ませるとは思えないんです」
「え、そうなんですか?というか、未来の僕はシリアスな感じだったんですか?」
「…時代が時代でしたからね。ある意味、思い出さないほうがいいのかもしれません」
顔を翳らせる姉にマークも言葉を失ってしまった。
言伝でしか聞いたことがないが、普子供たちは皆屍兵が跋扈する世界を生き抜いて来たらしい。食べ物も満足にない世界と聞いても、マークにはピンとこない辺り幸せなのだろう。
特に姉ルキナは新たなる聖王として年若くから重圧を背負って生きていくことを強いられてきた。
時折見せてきた激情や悲愴な覚悟は、その経験があってからこそだと気づかされたのは随分後の話だった。
――記憶を失う前の僕は、どんな人だったんだろう。
自分のことながら他人事のように考えて、マークは戦術書を撫でる。
ルキナに直球で聞いたこともあるのだが、いつも言葉を濁されることからあまりいい人物像が想像できない。
「記憶を失っても、貴方は私の弟に変わりませんから無理に思い出そうとしなくてもいいんですよ」
「…えへへ、有難うございますルキナさん」
母や父がしてくれるように頭を撫でられ、マークは少しだけ赤面しつつもそれを受け入れた。
そう、記憶を失ってもこの血と絆に変わりはない。
だけど、それでも知りたいと心の奥底で呻いている自分がいる。
知らなくちゃいけないんだ、と叫んでいる。
(そうはいっても、思い出せないんだから仕方ないじゃないですか)
少しだけむくれて戦術書の文字を睨んでいると、突如扉が開き「伝令です!」と天馬騎士が入ってきた。
「どうしましたか?」
「リズ様から、もうすぐルフレ様が出産されるとのことです!」
「予定通りですね。行きましょうルキナさん!」
二人が夜遅くまで起きていたのも、臨月だという母ルフレが気になって仕方なかったからである。
本を閉じてルキナに向き直ると、少しだけ渋っている顔をした。現代の自分と家族にあまり干渉したくないのか、遠慮しているだろう。こうして旅に出ているのもきっと迷惑をかけたくない想いからなのだろう。
「行きましょうよルキナさん。貴方の笑顔を見せたら、母さんもきっと安心します」
「マーク…」
「それとも仮面つけて行きますか?温泉の売店に売っていたから僕も買っちゃったんです、これでダブルマルスごっこができますよ!」
「そ、それはちょっとやめましょう」
照れながら「わかりましたから」と言う姉にアハハと笑ってみせると、マークは伝令の騎士に礼を告げランプを手にとった。
「いや~、それにしても僕じゃなかったらどうしましょう」
「?どういうことですか、マーク?」
「ルキナさんがいた未来から、この時代はちょこちょこ変わっているんでしょう?もしかしたら未来が変わって、僕じゃない赤ちゃんが生まれてくるかもしれませんよ?」
城の廊下を歩きながらマークは何気なしに言ってみせると、「それは」とルキナが言葉を濁らせた。
「あ、深い意味はないんですよ!もしそうだったら、面白いな~って」
「笑い事じゃないと思いますけど」
「もしかしたら聖痕がある子かもしれませんし、可愛い女の子かもしれないじゃないですか。もし違ったとしても今の僕は消えないと思いますし、そっちの方が楽しいと思うんですけどね」
そうだ、賭けてみますか?と笑顔で振り返れば、ルキナは少し神妙な顔をしてこちらをじっと見つめてきた。
「無理にでも笑わせようとしなくていいんですよ、マーク」
「ルキナさん?」
「…貴方には話していなかったのですが、未来の貴方は聖痕がないことを気にしていたんです。今の貴方みたいに笑って誤魔化していたのですが。私は自分に精一杯で、そんな貴方に気づいても何も言ってあげられなかった」
立ち止まり、遠くを眺めるようにマークを見据えるルキナにドキリとした。
何故だかこの情景に、妙な既視感があったのだ。
悲しげにこちらを見つめる姉と、それをさらりとかわし向き合おうとしない自分。その時の胸を指す痛みも、どこか身に覚えがあった。
「だから冗談でも、そんなことを言わないで」
――記憶を失う前の僕も、こうしてルキナさんを悲しませていた?
世界が急速に離れて、飴細工のように曲げられていく感覚。
目眩のようなそれがマークの身を襲ったが、「あ、いたいたー!」と慌ただしい声に現実へと引き戻された。
「マーク、ルキナ!」
「リズさん…」
「ちょうど良かった、生まれたよ!」
金髪を揺らし、息を切らしながらも満面の笑みでそう告げる叔母に、二人は思わず顔を見合わせた。
「ホントですか?」
「むー、いくら悪戯好きの私でもこんなめでたい状況じゃ嘘なんてつかないよ!ほらほらこっちこっち!」
リズは相変わらず元気よく飛び跳ねながら城の廊下を駆けていく。
先ほどまで話していた内容が内容なので姉弟の間には微妙な空気が流れていたが、「早くー!」と急かされる声にハッとさせられ叔母に続いた。
「ふっふーん、きっとびっくりすると思うよ~」
「リ、リズさん、ビックリするって…」
「まさか、ほんとに僕じゃないとか?」
「それは秘密!ほら、ここだよこの部屋!」
元気のいい彼女に追いつき、母が出産を終えただろう部屋の扉前を神妙な面持ちで見つめている。
二人の気持ちなど知らずに、リズは「ジャジャーン!」と無邪気に扉を開けた。
「ルフレさん、お兄ちゃん、連れてきたよー!」
手を振る彼女の視線の先。
そこには、ぐったりとはしているが頬に赤みがさしているルフレと、彼女を労わるように横抱きしているクロムの姿があった。
そして、白い身くるみに包まれてルフレの胸に吸い付いている赤子の姿にルキナとマークは釘付けになる。
「二人?」
「えっへへー、正解は双子ちゃんだったのです!どう、ビックリしたでしょ?」
「お前が生んだんじゃないだろ、リズ」
うっすらと生えた柔らかい髪色は、一人は藍色。
もう一人は母と同じ色のものだった。
「こんな形で未来が変わるなんて…」
「ああ、俺も驚いた」
驚きすぎて掠れた声しか出せないルキナに、クロムは笑いながらルフレの額へ唇を寄せる。
彼の眼差しはとても穏やかで安らぎに満ちていた。
「それも一人は男の子、もう一人は女の子だ」
「名前、どうしようっかー、ねえねえ、ルフレさんは何か考えてある?」
ルフレは疲れて声が出ないのか、ふるふると軽く首を振って否定する。
そして、驚愕で入口に立ったままのマークを目にすると、そっと微笑み手招きする。
マークだけにしかわからないように、声無く唇だけを動かしながら。
この子、知ってる?
そう小さく口が動いたようで、マークは母譲りの瞳を大きく見開いた。
ちょうどその時、赤子の一人がお腹一杯になったのか胸から口を離し、首がまだ座っていない赤子を母は慎重に動かし、こちらへ向けて来た。
まだ目も開かれていない、赤くて皺だらけで同じ人間とは思えない全てが小さな生き物。
それでもマークにはわかった。
それが血の力なのか、絆の力なのかわからない。
ただ突如与えられた奇跡に、歓喜に湧いている部屋でマークはただ一人震えていた。
「マーク、姉さん」
口から溢れた言葉に反応するかのように、赤子は泣き始めた。
慌てる父と姉、落ち着いている母と叔母。
その狭間を漂うように、マークは目眩がする世界の中一歩、また一歩と彼女へ近づいていった。
泣き出した赤子の手を、もう一人の赤子の小さい掌が握っている。
マークは恐る恐る泣いている赤子へ指を伸ばした。
赤子は差し出されたマークの指を、もう片方の紅葉のような掌でぎゅっと握ってきた。
瞬間、様々なものが流れ込んできた。
バラバラに隠されていたパズルのピースが、急速に嵌められるかのような記憶の本流。
多すぎる情報量に揉まれるマークだが、小さな掌がこの世界へとつなぎ止めてくれた。
忘れたくなかった。
忘れちゃいけなかった。
ずっと記憶の底で探していた、大切な半身。
羽を取り戻した蝶が再び空へと舞い上がるかのような感覚に、マークは現実へと返された。
「やっと、みつけましたよ」
赤子をあやそうと様々な玩具を持ったクロムとリズ、ルキナはマークの言動を不思議そうに見つめている。
ルフレだけは、そんな息子の姿を目を細めて静かに見守っていた。
「僕は、貴方に会いたかったんですね…」
忘れていてごめんなさい、そう呟くと、いままでけたたましく泣き叫んでいた赤子は嘘のように泣き止んだ。
代わりのように、マークの頬に涙が伝う。
抱えきれないものを一人で背負って、知らない間に一人にしてしまった。
でも、それも今日で終わり。
今度こそ二人で生きられるんだ。
この優しい世界で、何も知らない「僕」じゃない「僕達」は。
「ずっとずっと一緒ですよ。マーク姉さん」
日付はいつのまにか五の月五の日に変わって、新しい朝を迎えようとしている。
朝露に覆われる城の中庭で薄れゆく月明かりを受けてひっそりと蝶が羽を輝かせ、ひらひらと薄明の空へと飛び立っていった。
DLC絶望の未来妄想捏造小説最終回。
今回が一番捏造妄想がひどいので閲覧の際注意をお願いします。
時系列としてはギムレー撃破~数ヵ月後本編までです。
今回が一番捏造妄想がひどいので閲覧の際注意をお願いします。
時系列としてはギムレー撃破~数ヵ月後本編までです。
覚醒の儀を終え、光を放つ神剣ファルシオンを手にしたルキナに深々と貫かれた。
これでようやく終われる。
子供達の哀しみも苦しみも、全て消し去ることが出来る。
ゆっくりとファルシオンが引き抜かれ、ルフレの身体はよろめいた。
自分の中のギムレーが苦しむ声が聞こえる。神竜の力に魂が砕け、もうじきこの身体は崩壊を始めるだろう。
厳しい顔をしたルキナも、この先は笑顔で暮らすことが出来るだろう。
――ありがとう、私の可愛い娘
この手を愛娘へと伸ばしたかったが、ギムレーとして消えた方が彼女も悔いずに済むだろう。
この身が空へと消えゆく前に背後にいる11人の子供達を見た。かつての仲間達の血を強く継いだ英雄達が、固唾を呑んでルキナを見守っている。
彼等も随分と苦しめてしまった。赦されるつもりは決してない、けれども彼等の幸せを願いルフレはそっと目を閉じる。
異界の勇者たちも無事に返した。最後にクロムへと寄り添う自分自身をみつけ、まだあの世界の自分が最悪の選択をしていないことに安堵した。
思い残すことがあるとすれば、二人のマーク。
自分の元へと寄り添う為に、世界の敵となった優しい子供達。
あの子達は今、泣いてはいないだろうか。
空へと溶けていく意識の中、ルフレは最後に姿の見えぬ彼等を抱きしめようと穴だらけになった両手を広げた。
「大丈夫だ、ルフレ」
肉体が粒子となり崩れ落ちそうになるルフレの背後からそっと温もりが与えられる。
まわされた逞しい腕と胸の感触。この記憶があったからこそ、ギムレーの中で身を苛む絶望に耐えられた。ずっとずっと、思い描いてきた優しい声にルフレは振り返る。
「クロムさん」
「おかえり、友よ。…やっと、迎えにこれたな」
光の中、クロムが微笑んだ。
待ち望んでいた笑顔にルフレは涙する。
血を流しそれでもお前は悪くない、と言ってくれた優しい人。
その温もりに身体を預ける。懐かしい香りが鼻腔を擽り、とめどなく涙があふれてきた。
「クロムさん、クロムさん…」
「頑張ったな。お前も、ルキナも…道は違ったけど、マークも」
「私…あの子達を置いて逝ってしまった…取り返しのつかないことをしてしまった…」
「お前が気に病むな」
ルフレの涙をそっと指で拭うと、クロムは邪痕が消えた掌を握ってきた。
彼は聖王として立つルキナと仲間達の姿を見つめると腕を引いてくる。
「行こう、みんなが待っている」
「そうだよルフレさん!」
「見せつけてくれるわね…ルフレが嫌がっていたら呪う所よ」
「随分待たせたわね」
光の中、懐かしい仲間達の姿が見える。
皆待っていてくれたのだ。
ファウダ―に操られ、最悪の事態を引き起こした自分なのに。
「ふふ、異界の私達に比べたら皆さん老けてますよね」
「お前もだろ」
「そうでした」
温かい涙が頬を濡らしていく。それでもルフレは笑顔だった。ぼろぼろになった心が春を迎えた草原のように芽吹いて行くのがわかる。
「あとは私達の子供に任せましょう」
「俺達に似てつえぇガキどもだから心配すんなって!」
「まあま年寄は仲良く高みの見物といこうぜ、再会の酒でもかわしながらな」
「あー、グレゴまた呑んでるー!」
なにもかも同じな騒がしい仲間達。
笑顔で待ち受ける皆と、微笑みながらももう二度とはぐれぬようルフレの手を握るクロム。
「さ、行こう」
「ええ」
強い光が包み込む世界へ、二人は足を進める。
絆と異界の奇跡に感謝しながら、ルフレの意識は空へと還っていった。
*
本当は、最後の時になっても迷っていた。
例えギムレーに蝕まれていたとしても、どんな形であってもルフレがその中で生きていけるのならば世界なんて滅びたっていいのではないかと。
しかしそう考える度に異界の援軍で指示を飛ばすルフレの眩しい姿を思い出してしまう。
記憶のなかよりも少し若い彼女の傍にはクロムがいて、ルキナがいて、…そしてルキナの弟であるマークがいた。
アズ―ルとウード、ブレディとシャンブレーを救うために二手に別れる藍髪の姉弟の頭を撫でて送り出し、夫とともに行動を始めるルフレをみて、マークは一つの結論に至った。
異界に私という存在はいない。
少なくとも、ルフレさんの傍にはいないのではないかと。
て緊張した面持ちながら生き生きとクロムと共に屍兵を蹴散らしていくルフレの姿を見て、マークは竜に縋りつきながら恐怖と後悔に駆られていく。
たまたまその場にいなかっただけなのかもしれない。だが視界が真っ暗になって斧を持つ手が震えてしまう。
(私がギムレーだったらよかったのに)
(そうすれば、こんな悲しい事態を引き起こさなかったかもしれない)
戦いのさなか背中合わせになりクロムに微笑みを交わし合うルフレの姿に耐えきれなくなり、マークは戦場を脱してしまった。
マークとルキナは引き裂かれ姉弟で争うこともなく、愛する母の傍にいれる。
ルフレもクロムを殺すことなくあんなにも苦しむことはなかったのかもしれない。
教会までどうやって帰ったかは覚えていない。気が付くとマークは軽蔑し滅ぼしたはずの神に向かい懺悔を続けていた。
ルフレを救うこともできない。
ギムレーの忠実なる駒にもなりきれない。
片割れのマークを巻きこんでしまった。
ルフレと共にいる、守り続けるという誓いが呪詛となってマークの小さな胸を締め付けた。
今となってしてきたこと全てが、彼女を苦しめているのではないかと恐怖に刷り変わっていく。
そんな中、彼が傍にいてくれた。
マークはいつだってそうだ。一番つらい時、寂しい時にはいつのまにか傍にいてくれて手を繋いでいてくれる。
チキの話から、異界のルフレから貰った戦術書に道標が記してあると希望を見いだしたのだ
ならば私も信じてみよう。この身体に流れる血と絆という物を。
(2人だったら何でもできるって、マークは言っていましたからね)
――例え私が本当の歴史ではルフレさんの傍にいてはいけない存在だったとしても。
ルフレさんを、そしてマークを想う気持ちは、確かにここにあるから。
チキの合図である蝶を模した光が暗闇の中で舞い、二人は同時にルフレの戦術書へ魔力を注ぐ。
二つの戦術書はほぼ同じ内容が書いてあったが細部の術式に違いがあり、念の為統一しておこうと自分の字で加筆しておいたが無事に発動できたようだ。重なりゆく光の陣に安堵しながら、マークはルフレの心に届くよう無心で呪術を紡いでいく。
(ルフレさん、ごめんなさい)
彼女が救われることだけをただひたすら願いながら意識を集中していく。精神を操る術は禁呪に近いものなのだろうか、魔力の消耗が激しい。ましてや相手は人間ではない、竜だ。
二人は歯を食いしばりながらそれでも集中力を切らさず、膝をついてこの身にある全ての魔力を注ぎ続けた。
ギムレーの強大な意識が抗っているのか、時折身体を巡る血が沸騰しているかのように熱くなり、茨のように絡みつく雷撃のような痛みが走る。もう一人のマークと手をしっかり握り合いながら、本を取り落としそうになる執拗な痛みに耐えた。
――ルフレさんはこの痛みを耐え続けていたんですね。
ずっとずっと、独りぼっちで。
彼女の苦しみを理解し、マークの頬に涙が伝う。
それでも在りし日の彼女の微笑みと、戦場で見た姿を思い浮かべ最後の力を振り絞った。
その雫が地面に落ちる頃、不意に痛みから解放され身体が軽くなった。
思わず意識を失いかけ前のめりに倒れ込むが、マークの手により支えられる。
「おわったの…?」
「成功、したかな」
魔力をほぼ使い切ったせいで、身体に力が入らず息は荒く意識が朦朧としている。
光の陣が消えた聖堂は光が入らず暗いはずだったが、割れたステンドグラスから橙色の光がうっすらと漏れて二人の姿を鮮やかに照らし上げた。
ギムレーがこの世界に出現してから、日の光は滅多に射さなくなった。
ルキナはもしかしてルフレの姿をしたギムレーを討ち倒したのかもしれない。
そして、ルフレの魂は。
もう慢性的に襲ってくる頭痛はしなかった。
暖かい風が吹き込み、戦術書のページを捲る。風に乗って、どこからか「ごめんなさい」という優しい声が聞こえる。
この風は大地に命をもたらす風。この光は命を育てる光だ。
マークの目から涙が零れる。
きっと私達は成功したんだ
私を見つけて、一人になった私を救ってくれたあの人はもう…
「ねえマーク、私達、出来たんですよね?あの人を助けること、出来ましたよね?」
マークは魂が抜かれたようにぼんやりとした顔でステンドグラス奥の太陽を見つめていた。
橙色に染め上げられた瞳が不意に見開かれる。輝くその瞳に黒い人影が写っていた。
「姉さん、危ない!」
「え?」
腕を引かれ、マークが事態を把握する前に暖かいものが顔に飛び散る。
普段より嗅ぎ慣れていた生臭くて鉄くさい匂いに顔をひきつらせた。
振り返るよりも前に不気味な呻き声が轟く。少年のマークが背中越しに剣を抜き、襲いかかろうとしていた屍兵を貫いていたのだ。
「マーク!!」
屍兵が紫煙となって消えていく。
同時にマークを庇うように盾となっていた彼が崩れ落ち、もたれかかるようにしなだれかかってきた。その腹部には錆びた剣が突き刺さり、黒い血が滲んでいた。
「迂闊…でしたね…」
僕達らしくないです、そう微笑む彼の口元からは血がしたたり落ちていた。
術を発動するのに集中しすぎて屍兵の接近に気がつかなかったのだ。みるみるうちに血の気が引いて行く彼と傷口を抑えようにも溢れ出す血液。
明らかに致命傷だった。血を浴びるのも見るのも慣れてきたのに、マークは顔を青ざめさせ彼を呼ぼうとする声を引きつらせる。
「マ―…ク…」
「僕、後悔、して、ませんよ…マーク姉さん、について、った、ことも…ギムレー様に、ついたこと、も…」
彼の本当の笑顔を久々に見た気がした。
昔のように穏やかな笑みで語りかけてくるマークだったが、その度にぽたぽたとマークの顔に血が落ちて行く。
「いろ、いろ…まちが、えた…けど…僕は…母さんを、マーク、姉さんを、…」
「やめてください、マーク!」
そんなに血を流しているのに無理して笑わないで。
私のせいじゃないなんて言わないで。
マークが首を振るのも気にせず、クロム譲りの藍髪を赤く濡らしながらマークは微笑み手を伸ばしてきた。ルフレが昔してくれたように、愕然としている頬を撫でてくる。
「嫌だよ、置いて行かないで…貴方までいなくなったら、私、私…!」
「ごめ…ねえさ…」
――罪も二人で背負えばいいと思っていた。
いつかくる裁きも咎も、二人でいるなら分け会えると信じていた。
それなのに彼は私を置いて行く。
一度刃を向けたというのに心優しさ故に居場所を捨てた半身は、私を庇って命を落とそうとしている。
そんなの絶対におかしい。
本当は、彼だけがルフレさんの傍にいるはずだったのに。
マークの手を握りしめる掌が熱い。それなのに彼の手はどんどん冷たくなっていくのだ。
「ルキ、ナ、ね、さん…なら、きっ、と…ひとり、じゃ…」
「マーク…マーク?」
頬に触れていた指先がふと力を失い、ゆっくりと地へ落ちていく。
彼が目蓋を閉じ、やすらかな顔で言葉を途切れさせた。まだ心臓の鼓動はあるが、意識を失った以上、命を落とすのはもう時間の問題だろう。
ルフレの血を継いだ少年を、この世から失いたくない。
何故私ではなくて、彼なのだろうか。
ぐったりとした彼の身体を床に優しく横たえる。
赤みを増して緋色となった日の光に照らされ、ステンドグラスは朽ちかけた祭壇とマーク達を幻想的に彩った。
(…ルフレさん…)
マークはそっと手袋をはずす。
死にゆくマークに対して祈りを捧げるように跪き、先程から焼けるように痛む掌を組んだ。
その掌には、六つ目の痣が焼け付くように浮き上がっていた。
「私が、マークを守りますから」
*
執務室で大量の書類に署名していく中、ルキナは溜息をそっとついた。
「おっ、流石のルキナも疲れたか?」
「あ、ごめんなさいウード。そういう訳じゃないんです」
イ―リスの王族として一時的ではあるが執政に関わることになったウードにからかわれ、ルキナは苦笑いをして首を振る。
「…ギムレーを倒した時のこと思い出してしまって。ごめんなさい、仕事中に」
「ふっ、無理もない。あの時の戦いは俺達を極限まで追い詰め、二つの星の血を継ぐこの俺でも自らの死を覚悟したものだった…まさにヘブンズオアヘルズゲート・レジェンドエンドブラッディクロ」
「ウード、口を動かすなら手を動かしてほしいものです」
「うがっ…!この復興案、書いても書いても終わりが見えねえじゃねえかよ!休憩くらいしていいだろロラン!」
「貴方も信じがたいですが仮には王族、戦後処理くらいはしてください。普段から長々とノートに書きこむのはお手の物でしょう?これさえ終わればクロム自警団に加えてあげますから」
ロランにあっさりと反撃されて何も言えず、苦虫を噛み潰したような顔で羽根ペンを再び持つウードにくすりと笑うと、ルキナは再びあの日のことを思い返した。
異界から助けに来たという若き姿の父と母の姿のこと。
ギムレーとなった母の口元が微笑んだように見えたが、すぐに黒い粒子となり空へと消えてしまったこと。
全てが夢みたいな出来ごとだった。しかし窓から射す温かい陽光と青い空にこれが現実だと教えられる。
「お父様、お母様…」
ギムレーを倒したあの日、雲の切れ間から覗く久しぶりに射す日光の中に父と母の姿が見えた気がした。
これで全てが終わったのだ。
ルキナ達は邪竜に勝った。あの日から屍兵の数は見るからに減っていき、作物の種も芽を出し始めたとンンやシャンブレーからの手紙にも書いてあった。事実荒れ果てた中庭には少しずつ緑が戻り、どこからか飛んできた種によって小さな花が咲き始めている。
世界は確実に再生の道を歩んでいる。しかしルキナの胸は完全には晴れなかった。
父と共に死んだと思っていた母がギムレーだったこと、この手で留めを刺したこと。異界とはいえ、もう二度と会えないと思っていた両親に逢えてもっと話をすればよかったという後悔。
そして、依然消息を掴めない二人のマークの安否。…恐らく亡くなっているだろうが、遺体が見れないだけにまだどこかで生きてると信じたい自分がいる。
――今この場所に彼等がいてくれたら。
空席になっている椅子を見つめながらルキナは再び溜息をつく。
今までは失ってきたものを仕事の多さでごまかしていたが、一段落つき息を抜きざるをえない今、犠牲のあまりの多さを中々受け止めきれず、こうして回顧と後悔を繰り返している。
「ルキナ、顔色が悪いぞ。やっぱり休むか?」
「お茶でも淹れましょうか?シャンブレーがいい薬草を送ってきたんですが」
「2人とも有難う。でも私は大丈夫です」
先程から溜息をついてばかりのルキナを心配し、顔を覗きこんでくる二人に微笑んで手を振る。
いくらなんでも気が緩み過ぎただろうか。まだまだやることは沢山あるというのに。
気合を入れ直して羽根ペンにインクをつけていると、ドアが勢いよく開いきインク液が零れそうになった。
「失礼!ルキナはいる?」
「デジェル、どうかしたのですか?」
短い髪を汗ばませたデジェルが息を切らして入ってくる。
彼女は公務の手伝いをしているロラン、ウードの代わりに新生クロム自警団を率いており、現在は生き残りの兵士達に地獄の鍛錬を課しているとへろへろになっているアズ―ル達に聞いた。
あまり騒ぎ立てるタイプではないデジェルが珍しい。目を丸くしていると、彼女は汗を拭いながらぷっくりと膨らんだ唇を動かした。
「それが、イ―リス城上空に竜が出たって新兵が…」
「竜だと?」
「奇襲ですか」
緩んでいた顔を引き締めるウードと呪文書を手に立ち上がるロランに、「それが…」とデジェルが眉をしかめて言葉を続けた。
「最初は私達も敵だと思ったんだけど、どうも違うみたい。武装した人間は乗っていないし、何かがくくりつけられているというか」
「は?なんだそりゃ」
「こっちが弓を向けても空を旋回するだけで攻撃してくる気配が無いし…あ、今あそこに降りてくるわ!」
デジェルが指を刺した方向を見ると、窓の外に黒い竜が翼を悠々と伸ばし降り立つ姿が見えた。恐らく中庭に向かったのだろう、城内から悲鳴が聞こえ、ルキナは思わず席を立った。
「ルキナ、貴方はここにいてください。なにかあったら危険です」
「そうよ、新手の罠かもしれないわ」
「民を守るのが王たる私の仕事です。それに、敵でなければなにかを伝えてきたのかもしれない」
どこかで見覚えがあるような気がする竜に、何故だか胸騒ぎがした。
ファルシオンを携えていることを確認すると、ルキナは制止を押し切って執務室から飛びだていた。
「る、ルキナ…」
「ノワール、大丈夫ですか?」
中庭に出ると、涙目で腰が抜けている少女を見つけ慌てて助け起こす。
少し気弱な彼女は取り落としたらしい弓を拾い上げると、表情を豹変して矢を番えた。
「フハハハハ、この薄汚い竜め!折角人が乙女な気分で球根植えをしていたというのにこの我を驚かせるとは万死に値する!!!あの世へ行くがいい!!!」
「ノワール、落ち着いてください」
「死体なぞ背負いおって悪趣味極りないわ!ええい貴様はカラスか?!私に嫌がらせをするためにわざわざ担いできたのか?!」
「…死体?」
疑問に思い矢尻の先をみると、竜は球根が散らばった花壇の上で悠然と羽根を休めていた。
確かにその背中には何か人らしきものが縄でくくりつけられている。
竜が姿勢をずらした際に見えた藍色の髪に、ルキナは思わず息を呑んだ。
そしてぼろぼろになった黒い外套を見つけた時、言葉よりも先に足が動いていた。
「マーク!」
座り込みまどろんでいる竜にとびつき、無我夢中で麻縄を解いた。
ずるり、と落ちてきた身体を抱きとめ、ルキナは胸に耳を当てる。
弱弱しいが、鼓動は確かに動いている。
次にルキナは藍色髪の顔を持ち上げた。
眼を固く閉じ青白くやつれてはいたが、まぎれもなくルキナの弟マークであった。
――生きていた。
その事実にルキナは彼を抱えたまま脱力し、膝を折る。
おっかなびっくりと近づいてきたノワールも、彼女の腕の中で眠る少年に眼を丸くした。
「嘘…マークなの…?」
「どうした、なにがあった?」
ルキナを追いかけてきた幼馴染達もマークの姿に言葉を失い、いち早く冷静さを取り戻したロランがブレディを呼びに駆けていく。
ルキナはひんやりとしたマークの額に自らのものを重ね合わせ静かに涙を流す。
彼女の剣帯に収まっていたファルシオンが冴えた光を放ったように見えた。
Ⅳ
――あの時、確かに僕は命を落としたはずでした。
風にふんわりと揺れる紗幕を眺めながらマークはぼんやりと考える。
目覚めた時には、もう戻ることが無いと思っていた自分の部屋にいた。
深く刺されていたはずの腹部には傷一つなく、竜によって中庭まで運ばれたと聞いた時マークは軽く混乱した。
助けたはずのマークはその場にいなかったらしく、夢でも見ていたのかと本気で考えてしまったが衣服には血染みがべったりとついていたという。
(マーク姉さんは、どこにいったのでしょう)
あの時確かに繋いでいた手をかざしながら、ベッドの上でマークは溜息をついた。
大切な人を守る為に最後くらいかっこよく死にたかったというのが本音で、眼を覚ました時のルキナの顔を見た時に胸の奥がじくりと痛む。
一応王族だというのに国を捨て実の姉さえも裏切って、滅びの加担をした罪深い自分に涙を流して貰う価値なんてないのに。
――母さんがいないこの世界に、裏切り者の僕の存在価値はあるのでしょうか。
しばらく眠っていたらしく萎えてしまった身体のせいでなにもかもが億劫で、マークは窓から差し込む光から逃れるよう眼を伏せる。丁度その時ノックが聞こえた。
「マーク、起きてるか?」
相変らず蛮族に身間違えられる程の凶悪な人相をしたブレディがこちらを伺ってきた。
傷はふさがっているというのに、彼は毎日杖を持ってやってくる。見た目に反して面倒見の良い彼の優しさも、今のマークにとっては痛みにしかならない。
「…起きてますよ、ブレディさん」
「ああん?お前また飯食ってねえじゃねえか」
「僕はいいです。皆さんだってお腹空いてるんでしょう?他に回してあげてください」
「ったく、てめえは…病み上がりなんだからしっかり食わねえと駄目に決まってんだろが!」
どかりとベッドの脇にある椅子に座ると、ブレディはマークにパンを差し出してくる。
食欲がないのは本当だが、蛇にらみしてくる彼に押され思わず受け取ってしまった。
小さくてぼそぼその黒パンだが、今でも草の根を食べている人たちが大勢いる現状ではとても贅沢なものだ。
――生きる意欲を失っている自分には勿体無い。
手にとったものの食べようとしないマークの姿にブレディはため息をつくと、うねった短髪を掻きむしりながら口を開いた。
「あのなぁ、あんまりルキナを心配させるんじゃねえぞ」
「…今更ですよ。僕が何をしたのか、貴方も聞いてますよね」
以前マークが犯した罪の告白を思い出したのか、一瞬ブレディの指が止まった。しかしすぐにマリアベル譲りの目尻を釣り上げてマークを見据えてきた。
「ああ。それとこれは別、とは言わねえけど…お前は戻ってきた以上、生きなきゃいけないんだよ」
「でも僕は母さんの為に貴方たちを裏切りました。現に僕は貴方たちを始末しようとしてましたよ、ブレディさん」
「だけどよ、俺たちは生きてる。そしてお前もな。みんなすべてを許そうとは思っちゃいねえよ…でもお前を責めても過去を変えられるわけでもねえ。ならさっさと元気になって償おうとかお前は考えねえのか?」
それが生き残った奴の責任ってやつだ、そう言ってブレディは杖で肩を叩きながら口元を歪ませる。
ブレディは僧侶だ。見た目こそ子供が泣き出すほどに怖いが、人を肉体的にも精神的にも癒せる器の持ち主である。
口には自信があったが、彼に精神論で勝てる気はしない。
「それに、お前は自分にしか出来ないことを信じてやったんだろ?ならいいじゃねえか」
ニッと笑ってマークの頭を無遠慮にぽんぽんと叩くと、彼は席を立ち「さっさと食って早く元気になりやがれ」と言い残しのそのそと去っていった。
――やっぱりみんな人が好すぎます…
掌の中に残った小さなパンを転がしながらマークは目を細めた。
昔からそうだった。もうひとりのマークが竜を助けると言い出した時も、最初は怖がっていたはずなのにいつのまにか皆真剣に協力してくれた。ブレディなんかは「がんばれよ」と必死で声をかけつつ涙をこぼしながら覚えたての治癒術を使っていたのだ。彼の家の家紋が縫われた絹のレースハンカチまで使ってマリアベルに怒られていたが。
その時助けた竜はいまだイーリス城におり、この部屋の窓からもその姿を見ることができる。
のんびりとあくびをしている竜を見つめながら、マークはこの竜の本来の持ち主である少女に想いを馳せた。
いつも彼女のそばを片時も離れなかった竜が、今はマークを見守るようにそこにいる。
彼女は本当にどこへ消えてしまったのだろう。
竜に聞けばわかるのかもしれないが、生憎マークには竜の言葉はわからない。ジェロームは遠くに旅へ出ていると聞いているから頼ることもできない。
「マーク姉さん…」
「知りたいの?」
唐突に聞こえた声に思わず視線を上げる。
いつのまにか窓枠に翠の髪を揺らした女性が座っており、こちらを静かに見つめていた。
「神竜の巫女…」
「今はナーガよ」
紫水晶のようにきらめく瞳を悪戯っぽく揺らしながらチキは笑う。戦いの後眠りについたと聞いたが、たまに気配だけは感じていた。恐らくルキナを見守り、マークを見張っていたのだろう。
「そんな怖い顔をしないで。貴方も体調が良くなってきたみたいだし、そろそろ真実を教えてもいいかと思って来たの」
「真実?」
「ええ、あの子は何もいいたくなかったみたいだけど、貴方には知る権利があるわ…ここだと長話ができないから、虹が降る丘に来て」
それだけ言うと、チキはマークが瞬きをした瞬間に消えており、後には風に揺れる紗幕だけが残されていた。
*
「ルキナ姉さんは来る必要なかったのに」
「病み上がりの貴方を一人で行かせるわけには行きませんから」
竜の手綱を握りながら後ろに座る姉に話しかければきっぱりとそう告げられ、マークはため息をついた。
今頃城はルキナがいないと大騒ぎになっているだろう。ならば天馬騎士を護衛に連れてくればいいのにと言えば「彼らは忙しいから」とあっさり言われ、無鉄砲なところは父譲りだと軽く呆れてしまった。
「僕が信用できないのはわかりますけど、王が無断で外出するものではないと思いますよ」
「違います!」
腹部に回された手に力を込められた。若干苦しい程の力に文句を言おうと振り向くと、ルキナはマークの背中に顔を押し付けて目を伏せていた。
「私は貴方をまた失うのが怖いんです、マーク。…それに、私は貴方達の姉です。あの子のことなら私も知りたいから」
「姉さん…」
「マーク、私たちは姉弟なんです。絶対に、もう一人で背負い込まないでください」
ルキナはマークがしてきたことを告白しても憤りも悲しみもぶつけてこなかった。
「お母様の傍にいてくれたんですね」とだけ言って、ただマークを抱きしめてきたのだ。
何度も約束を破って傷つけてきたのに、どうして許そうとするのだろうか。
絶望に満ちた世界へ一人だけ責任を負わせてしまったのだから、恨んでもおかしくないというのに。
「…見えてきました、もうすぐ虹が降る丘です」
雲の切れ間から虹とナーガを祀る神殿が覗き、マークは黙って竜を降下させていく。
――今はマーク姉さんのことだけを考えよう。
何も言わずに消えた彼女の真意を知らなければ、前に進めないのだ。
*
「悪いわね、こんなところまで来させて…やっぱりここじゃないと疲れちゃうみたいだから」
ギムレーの召喚した屍兵に蹂躙され荒廃したはずの神殿だったが、天井が崩れ落ちた所から光が差し込み、小さな花が壊れた床の隙間から咲いておりどこか神々しかった。
イーリス城に安置されていたチキの亡骸はこの神殿に移されたらしく、今目の前にいるチキはファルシオンの力もあるためかいつもより鮮明に姿が見える。
「ルキナも来たのね」
「はい、突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいの、来てくれて有難う。なんのおもてなしも出来ないけど」
チキはルキナにニッコリと微笑みかけると、表情が固いままのマークに向き直り歩み寄ってきた。
「貴方にとっては辛い事実かもしれないけど、言っていい?」
「構いませんよ。その為に来たんですから…マーク姉さんは、どこに」
――彼女がなぜ言いたくなかったのか、知らなければならないのだから。
マークの覚悟を確認すると、チキは腹部に手を当ててきた。
光が直接当たっているかのような温もりを感じてくすぐったい。
「私もすべてを知っているわけじゃないけど…やっぱり今の貴方には竜の力を感じる。これではっきりしたわ」
「どういうことです」
「マークはね、死に逝く貴方を蘇らせたの。人を蘇らせる術は代償がとても大きいって聞いているわ」
「そんな、まさか」
マークは言葉を失い凍りつく。ルキナも同様だった。
チキは二人の顔を交互に見つめると、マークから手を離して囁くように呟いた。
「マークは恐らく、自分の身体を代償に貴方を助けたんだと思うの。でもね、彼女は完全に死んでいない」
「肉体がないのに死んでないって、そんな馬鹿なこと!」
「普通はありえないわ。でも、私だって肉体はないけど生きている。それと同じだとしたら?」
「…どういうこと、なんですか?」
チキは愕然としているマークからルキナに視線を変えた。やはり要領を得ていない彼女に「ねえルキナ」と語りかける。
「貴方に前、ギムレーを滅ぼせるって言ったわよね」
「え、ええ…」
「あれは嘘ではないんだけど、実際は少し違うことに気づいたの。確かに貴方はギムレーを倒し、肉体を滅ぼすことに成功したわ。封印ではないからもうこの世界に現れることはない。でも、私の力じゃ精神までは完全に滅ぼせないの」
「え?」
「ギムレーはこの世界から滅ぼせたけど、邪悪な意思はこの世界が有り続ける限り滅びることがないの。かつてマルスに倒された暗黒竜メディウスやギムレーが現れているように、いつかギムレーみたいな存在はまたこの世界に現れるわ。神竜に押さえつけられた竜達の心の隙に取り入って、遠い未来に邪竜はまた訪れる」
冴えた輝きを放つファルシオンを見つめながら、チキは悲しそうに呟いた。
二人もまた言葉を失い立ち尽くす。
あれだけの犠牲を払ったのに、ギムレーみたいな存在はまた現れるのだ。
父が死に、仲間達の両親も殺され、大量の民が苦しみ死んでいき、母もギムレーを道連れにして消滅した。
これだけ犠牲を払ったのに、いつかはまた歴史は繰り返すというのだ。
「そんな顔をしないで、貴方たちがしてきたことは無駄ではないわ。少なくとも今の未来は守られたし、この先何千年かは平和が続くのよ。…話を戻すね。さっきも言ったとおり、ギムレーの意識の残滓はまだ生き残っていた。そしてその力を利用して、あの子は貴方を蘇らせることに成功したの、マーク」
再び向き直るチキに、マークの鼓動はドキリと跳ね上がる。
疑問の声をあげたかったが、舌が乾いてうまく声が出なかった。
「あの子はルフレの次に器としての血が濃かったみたいだから、弱っていたギムレーは彼女に取り入って傷を癒そうとしたみたい。だけど砕かれた意識じゃ彼女に適わず逆にうまく力を利用されたみたい。…ここからは推測なんだけど、あの子は全てを知って、背負ったんじゃないかしら。
ギムレーを自分の中で飼うことで、邪竜の復活を少しでも遅らせるために」
「そんな、じゃあマーク姉さんは」
「今は時の狭間に自分自身を閉じ込めているわ」
あの子もルフレに似て無茶な考えをする子ね、そう呟いてチキは視線を空に向ける。
マークは自分の心臓に手を当てた。
姉を助けたはずが、自分が助けられていた。
互いの半身だと誓い合ったのに、彼女だけが全てを背負って行ってしまったのだ。
――ずるいです。
確かに動いている心臓の鼓動を感じながら、マークはうつむく。
守りたい、失いたくないと決めていた彼女に二度も置いていかれた。しかも今度は、もう手が届かないところに行ってしまった。
――自分一人だけ犠牲になって、身勝手ですよ、姉さん。
戻ってきてから欠如していた感情が湧き上がってくる。
置いていかれた哀しみ、怒り。それらがごちゃ混ぜになって涙になり、マークの頬に雫が伝った。
ルキナはそんなマークの背を支え、手を重ねそっと握り締めた。
「でも、ギムレーを完全に滅ぼせる世界が一つあるわ」
しばらく言葉なく泣いているマークを前に黙っていたチキだったが、思い出したかのように言葉を放ち、マークは反射的に顔を上げた。
「その世界は別世界からの介入でギムレーになったルフレと、なっていないルフレが存在している世界なの。そこならルフレ自身が手を下すことで、ギムレーが完全消滅するかもしれない可能性があるわ…ほら、ルキナもマークも会ったはずよ、あの時代のルフレなら出来るかもしれない」
「お母様が、生きている世界…?」
よくわかっていないルキナと、理解し真剣な顔でこちらを見てくるマークを確認するとチキは言葉を続けた。彼女の周りに光がさし、周囲が厳かに照らし出された。
「でも、あの時代のルフレが失敗したらギムレーに取り込まれてまた悲劇は繰り返されるの。私もあの世界の人たちに助けられたから何かしてあげたい、けど私はここから離れることができない。だからマーク、勝手かもしれないけど貴方にお願いがあるわ」
チキが白い手を差し伸べてくる。かすかに光を放つそれは聖像のようで、マークは思わず見入ってしまった。
「戻れる保証はないのだけれど…異界からの援軍として、あの世界へ行って欲しいの」
「チキ様、それは!」
今まで黙っていたルキナが慌てて口を挟んだ。
だがマークは姉を優しく手で制し、「いいんです姉さん」と首を振る。
「チキさん、僕は行きます」
「マーク!」
「ルキナ姉さん、ごめんなさい。でも、僕はできることなら何でもしたいんです」
姉の気持ちが今となっては痛いほどわかる。
置いてかれて一人になる寂しさ、切なさ。優しい姉のことだからいつまでも心を痛め続けるのだろう。王として強く生きていかなければならない彼女の助けになれなかったことに申し訳ない想いで一杯になった。
それでもマークは決意したのだ。
もう一人のマークが孤独の中生き続けることを決めたのだから、迷いはなかった。
母を救える世界があるなら今度こそ救いたい。
異界の母たちがこの世界に光を取り戻せる助けをしてくれたのだから、今度は自分が助ける番だ。
「身勝手な弟で、今まで沢山迷惑かけて、傷つけて…償いも出来ずに、ごめんなさい」
縋るルキナの手をそっと包み込むように握り、マークは悲しげに微笑んだ。
ルキナの聖痕が刻まれた瞳が見開かれる。彼女は何かを言いかけようと何度か唇を動かしたが、しばらくして決意したように唇が引き締められる。
「それが、貴方の使命なんですね」
「ルキナ姉さん…」
「私こそ、何も知らなかったんです。お母様が生きていたことや、貴方達二人の想いも気づかなかった」
「姉さんは何も悪くないんです」
頭を振ればルキナが手を伸ばし抱きしめてくる。マークも姉の背中に腕を回す。
久しぶりに本当の意味で向き合えた姉弟を、チキは優しい眼差しで見守っていた。
「私の分もお母様を守ってください…私はお父様とお母様、そしてマークが守ってくれたこの世界を守ります」
「必ず助けますから。有難う、姉さん」
「だから、絶対に死なないでください。命を粗末にしないで、これは約束です」
今度こそ、守ってくれますよね?
そう涙を浮かべながら微笑み、ルキナは小指を差し出してきた。
マークはしっかりと頷き、彼女の指に自身のものを絡める。
この温もりは決して忘れないようにしよう。
目を閉じ、しっかりと心の奥底に焼き付けるよう確かめた。
そして少年は時を超える。
悲しみの中、守られた命とたった一つの希望を信じて飛び立った。
母を今度こそ救ってみせる。
それだけをただひたすら願って。
*
「うわぁ、それにしてもずぶ濡れになっちゃいましたね…」
「インクが滲んじゃってるけど、乾かせば多分読めるよ」
ここは異界の温泉地。なぜか温泉に群がる屍兵達を軽く一掃したあと、マークはアズールとともに石の上へ腰掛けていた。マークは頭をタオルで拭きながらブクブクになった戦術書を難しい顔で眺め、アズールは先ほど貸したもう一冊の方をめくっている。
「うーん、炎の魔術を使ったら一瞬で乾くような気もしますが」
「いや、多分君の魔力じゃ火力出過ぎて燃え尽きちゃうと思うんだけど」
「では魔力が低い方に呪文書使わせて見せましょうかねー、父さんとかダメかな?」
「…なにげに怖いもの知らずだよね、君って」
悪魔で真剣に考えているらしいマークに苦笑いしながらアズールは戦術書に目を通す。
一応初心者向けらしいが、戦術に心得がない彼には理解するのがなかなか難しそうだ。
――けどこれを覚えたらみんなの役に立てるし、何よりルフレさんに褒めてもらえてオマケにモテそうだし頑張ろう!
彼は彼で不順なことを考えながら読みすすめていると、落書きのように術式が書かれているページに書かれた文字がふと目に付いた。
ルフレやマークの字でない、小さくて丸みを帯びた可愛らしい字だ。
「ねえマーク、君記憶を失う前に彼女でもいたの?」
「藪から棒にどうしたんですか、アズールさん」
「ほら、これ女の子の字でしょ?ルキナの字でもないし」
その箇所を指差すと、マークはきょとんとした顔で首を傾げてみせた。
「それ、こっちの戦術書だけにあるんですよね。僕もちょっと気になってたんです」
「きっと彼女だよ!くっそー、戦術を教えるフリして彼女をちゃっかり作ってるなんて…ずるいよ!僕より年下のくせに!」
「ええーどうしてその発想になっちゃうんですか?そんなにモテたいんですか?!」
「当たり前だよ!ううっ…ジェロームにしろブレディにしろずるいよ、この裏切り者ぉ!」
「わわ、チョップはやめてください!」
なぜか涙目になってぽかぽかと叩いてくるアズールを水で膨らんだ戦術書で防ぎながら、マークは先ほどの字を思い返す。
ルフレの字でもルキナの字でもない。勿論仲間の少女たちの字でもない。
恐らくマークが記憶を失う前に書き込まれた時なのだろう、アズールの言うとおり、彼女がいたのかもしれない。
――でも、彼女ではない気がする。
この字を見ても恋愛感情のような胸のときめきを感じない。
その代わり、なぜだか妙に懐かしさを感じてしまう。
(大切な人だったのかな)
アズールの手から逃げ切りマークは戦術書の文字をなぞった。
しかし感傷的になるものの一向に思い出せる気配はなく、マークははあ、と深くため息をついて戦術書を閉じた。
「うーんダメです、思い出せません!」
「やっぱり彼女だって!」
「でもこれ、人間の意識を縛る術が書いてありますよ?彼女がそんなデンジャラスなもの書きますかね…」
「う、確かにそんな恋人はやだな」
半べそをかきかけていたアズールにマークは戦術書を手渡した。その時、遠くから「マーク!」と声を掛けられ振り返る。
「あ、父さん!丁度いいです、父さんに頼みたいことが…」
「ルフレから聞いたぞ、お前、死んだふりをして周りを心配させたんだとな」
「え」
「しかもルフレを泣かせたと」
湯気とともに現れたクロムはいつもよりむすっとした顔をしており、本能的に危険を感じ腰を浮かせる。
「やばいですアズールさん、父さんめちゃくちゃ怒ってます!」
「あーそうだね…クロムさんはルフレさん大好きだからね…」
「ここは逃げるが勝ちです、逃げましょう!」
「え、なんで僕まで?!」
アズールの腕を掴んで石から飛び降りると、マークは一目散に逃げ出した。
クロムは怒ると非常に怖い。捕まれば最後、壁に穴を空ける腕力でゲンコツをしてくるうえにフレデリクの特別説教コースが待っているのだ。ことに母に関することだ、いつも以上に叱られるに違いない。
こんな時のために、ばっちりと逃走経路は確保してあるのだが。
そう、いつもこうやって二人で罠を作って、父から逃げ回って、母に窘められていたような…
(二人?)
ふと感じた既視感に世界が揺れた気がした。しかし前を走るアズールと後ろから聞こえる足音に意識を取り戻し、マークはそのことを忘れ必死で脚を動かす。
「こら、待てマーク!」
「びぇぇぇぇんごめんなさい!!」
「だからなんで僕まで逃げなきゃいけないのー!?」
「ふふ、相変わらず元気ですね」
「あれは元気というレベルを超えているのです」
湯けむりの中全速力で掛けていく二人と父を見ながら微笑むルキナに対し、ンンは心底呆れた声を出した。
女子達は一足先に入浴を済ませ、ユカタという特殊な着物を着ながら幻想的な雪景を眺めていたのだ。
「元気なことはいいことです。未来では、こんな風にはしゃげるマークを見れなかったから」
「ルキナ…」
和やかな顔で逃走劇を見守っているルキナにンンは言葉を失う。
確かにもう会えると思っていなかった両親に出会え、笑い合うことができるこの世界は夢にでもみなかった光景だった。
ンンはマークとあまり面識がなかったが、未来ではこんなに子供っぽくはしゃいでいる少年ではなかったと記憶している。笑顔なのは笑顔なのだが、どこか張り付けたようなわざとらしさを感じたのだ。
「ルキナさーん、見てないで助けてくださいよー!守ってくれるって約束したじゃないですかー!」
「ルキナ、マークを捕まえろ!」
ぼんやりと感傷に浸っていると、必死で逃げるマーク達と物凄い勢いで追いかけてくるクロムが目の前を通り過ぎていった。
「相変わらず騒がしいわね」
「です…」
「ふふふ、じゃあ私はお父様の助太刀をしてきます」
呆れる少女たちを見回し幸せを噛み締めながらルキナはゆっくりと立ち上がる。
――今だけは、はしゃいでもいいですよね。
舞い落ちる色とりどりの紅葉に心を弾ませながら、ルキナはマークたちの元へ駆け出していった。
*
少女の足元には光り輝く波紋が広がっていた。
その波紋はだんだんと小さくなりそれに連れ空間を元の闇に満たしていく。
「これで本当に良かったんですか?」
暗闇の中浮かんでいる少女の傍らに、白い影が寄り添っている。
少女はウェーブしている短い髪を揺らし、掌に浮き上がる紋章を見つめながら寂しげな笑みで頷いた。
「忘れたほうがいいんです、私のことなんて」
ギムレーの力を用いて時の狭間で沢山の世界を見てきた結論。
彼の側に私はいなかった。クロムが父親でない世界でも、幸せに暮らしている世界でも。
そして私がルフレさんと同じ魂の娘である世界のどれにも、彼の存在はいなかった。
きっと私たちは表裏一体。どちらかが光に出れば、どちらかが影にならなければいけない存在。
しかしどういうわけか運命を歪めて、私は彼の傍に来てしまった。
私を心の枷にして、彼を光から引き剥がしてしまったから。
今度こそ、光の中に生きて欲しい。
私のことなんて忘れて幸せになって欲しいから。
だから時の狭間で、別世界のギムレーの差金である屍兵に襲われている少年の記憶を奪ったのだ。
「ルフレさん、私は今まで貴方たちに守られてきました。だから私が今度は守る番なんです」
「でも、あなただけが苦しむことはないんですよ。私は貴方にも妹として、娘として、幸せになって欲しかった」
「いいんです、私は貴方が時々会いに来てくれるだけで満たされるから」
手を取り頬ずりしてくる少女の小さな体を白い影は抱きしめる。
その柔らかい胸に顔をうずめながら、少女は密かに願った。
ごめんなさい、マーク。
貴方の未来に幸運を。
そしてもし、違う世界の私が生まれ変わることができたら。
「今度こそずっと、一緒に居たいですね」
最後の波紋が消え、世界は再び闇色に染まった。
連載していたDLC絶望の未来妄想捏造小説後編です。
今回からDLC本編とリンクしたお話になっています。時系列としては異界のルフレ登場~絶望3直前までです。
今回からDLC本編とリンクしたお話になっています。時系列としては異界のルフレ登場~絶望3直前までです。
宝玉が嵌めこまれていない炎の台座を眺めながら、ファウダ―は酒杯を掲げ満足げに笑みを浮かべていた。
ペレジアという国を手に入れ、希望の象徴である聖王は殺された。そのことにより逃げられた器がギムレーとして覚醒し、いまも世界に絶望を振りまいている。
「素晴らしい。私の世代でこの光景を見ることが叶うとは」
竜神ナ―ガは討ち倒され、荒れ果てたこの地に絶望しきった民が滅びによる救いを求め信者の数は日増しに増えていく。
自身も父も器になり損ねたが、ギムレー教がこの世を支配する日を見ることが出来た。
人間達にさらなる絶望を与え、それが邪龍の力を増していく。生贄を増やす為にギムレーはゆっくりと世界を壊していくのだ。
器になれず悔しい想いをした日はもう来ないのだ。器の父として、ファウダ―は絶対的な地位に…人間の王として君臨することが出来るのだから。
ファウダ―は盃に口をつける。葡萄酒を嚥下しようとした時、鈍い痛みが身体を襲った。
「そこまでです、ファウダ―」
杯が手から零れおち、中身が石床に飛び散った。
口からは葡萄酒よりも赤い血が吐き出され、ファウダ―は崩れ落ちる。
「な、ぜ…」
どくどくと血が流れゆく腹部に手を当てながら、ファウダ―は驚愕で見開かれた目で突然の襲撃者を見ようとする。
暗くなっていく視界の中、冷たい目をした少女がこちらに斧を向け見下ろしていた。
その目に見覚えがあった。かつて器を産んだ女と、その一族の娘達。
そしてギムレーとなった娘ルフレの、怨痕に満ちた眼差しが重なった。
「おま、えは…まさか、」
「貴方の役目は終わりました。ただの信者集めの分際で調子に乗らないで欲しいです。
それとも、自分だけならギムレー様がもたらす滅びから逃れられるとでも思っていましたか?残念ですねぇ」
斧の刃がファウダ―の体を分断しようとゆっくり負荷を加えられていく。
一瞬でなぎ払う力があるのにわざと一思いに殺してこないのだ、まるでギムレーのように。
この身を貫く恐怖と痛み、そしてギムレーに魂を貪られるだろう歓喜が絶叫を上げるファウダ―の目に浮かんだ。そんな彼の様子を冷え切った心で見つめながらマークは吐き捨てるように呟く。
「ギムレー様は等しく滅びをお与えになるのよ…父さん」
前々から顔も知らない母親への哀悼の意と、ルフレにとって最愛の人をこの手で殺させるというこの世で最も残酷なことをさせた報いをこの手で晴らさせようと誓っていた。
例えむなしさしか残らないとしても、この胸の中に渦巻くどす黒い靄を晴らせるなら構わない。
ギムレーが描かれた石床に血だまりがみるみると広がっていく。
マークがファウダ―の体を両断仕切る前に、闇の中を雷撃が走っていった。それはギムレーを称える呪詛を無心で口にするファウダ―の胸に的確に刺さり、黒煙を上げて一瞬で止めをさす。
「姉さん、そんな下種の為に時間を使うのは惜しいよ」
返り血を浴びたマークがゆっくりと振り返れば、呪文書を携えた少年マークが無表情で歩いてきた。
血に濡れて立ちつくす少女の顔を優しくぬぐい、血だまりに倒れ伏せるファウダ―を一瞥する。
自分の祖父であり、父を殺させ母の人生を狂わした一因となった男に驚くほど感慨がわかなかった。未だに死体を見つめるマークの肩をそっと抱き、視線を逸らさせる。
「さあ姉さん、ギムレー様の所へ帰ろう?僕達にはまだやるべきことがあるはずだ」
「…ええ、そのつもりです。有難うマーク」
斧についた血を汚らわしいもののように振り払うと、マークは肩に置かれた手を繋ぎ悠然と歩き出した。
先程マークが殺したであろうギムレー教徒達が口から煙を上げて立上がり頭を垂れる。
邪龍に祝福された子供達は赤く濡れた足跡を残して祭壇から去り、そこには血で汚れ鈍く輝く炎の台座だけが残された。
掃除や整備がままならず、荒れていくばかりのイ―リス城の一室。
ルキナは歴代聖王の肖像画が飾られているそこで、珍しくぼんやりと物思いにふけっていた。
父クロムの若き肖像。まだルキナが生まれたばかりのころの親子の絵。マークが生まれ家族4人で笑い合っている絵。直接壁に飾られている訳ではないが、母の妹であるマークのあどけない笑顔が描かれた小さな絵も机のわきに置いてある。これらは全て平和だったころ父達の仲間が描いたものだと聞かされていた。
二人のマーク。
一人はルキナの弟で、悪戯が過ぎる所があったが仲間想いの心優しい子だった。少し抜けている所が父に似ていて、聖痕がないことを気にはしていたが大きくなれば逞しく民を導けるだろう器の持ち主。
もう一人のマークは弟が生まれてしばらくした後に、母が連れてきた赤子だった。
従兄弟のウードもマークも男だったから、妹が出来たと大はしゃぎで彼女をあやしていた記憶がある。
弟のマークに負けじと悪戯好きでおしゃまな所があったが、賢く誰とも仲良くできる愛らしさを持つ可愛い妹分。
二人のマークと幼馴染達に囲まれて過ごす日々は幸せだった。出来ないことはない、ここにいる14人で未来を作ると幼心ながら誇りに思っていた。
だけどもうそんな日常は来ないのだ。
数年前、竜を駆るジェロームに乗せられ一人敵に立ち向かったマークを救いだそうとした時、ボロボロになった剣と無残に散っている呪文書を見た時の絶望を思い出す。結局死体はみつからなかった。
ここに来ると失ってしまったものの多さに辛くなって最近は行かないようにしていたのだが、毎日聞かされる死亡者の名前と侵略された領地の数に心が折れかけた時にいつのまにか来ていたのだ。
「ここにいるのは、私だけになってしまいましたね…」
ファルシオンの柄に手をかけ、ルキナはそっと目を伏せた。
ウードやシンシアは仲間達を連れこの城を去り、炎の台座に嵌めこむ宝玉を探しに行っている。
本当ならそんな危険な旅に出したくなかったが、国宝であるそれらを集めなければ覚醒の儀を取り行えないのだ。それしかギムレーを討ち倒す方法をしらないのだから。
逆に彼等が帰って来なければ、ルキナはこの城と国民もろともゆっくりと滅ぼされるしかない。
ファルシオンを握る手が震える。
本当はもう誰一人失いたくないし、祈るだけの日々も嫌だった。
しかし残されたルキナは人々の希望として王の姿を取り繕わなくてはならない。決して弱気な姿を見せてはいけないのだ。
「ルキナ、ここにいたのですか」
蝋燭のか細い光で照らされた部屋に帽子型の影がさした。
「ごめんなさい、探させましたか?」
「いえ、ルキナがここにいるのは珍しいなと」
幼馴染の青年ロランが旅装を整えた姿で立っているのをみて、ルキナは表情を翳らせた。
「その様子だと、行くのですね」
「ええ、炎の台座が見つからなければ元も子もありません。しばらくの間手助け出来ないのは心苦しいですが…」
「ロランは気にしないで、私が城を…民を守りますから。セレナとジェロームは?」
「ジェロームなら先に外の様子を見に行くって行っちゃったわよ」
ロランの脇からツインテールを揺らしてセレナが現れた。「あいつったら薄情よねー」と呆れた口調で髪をいじってルキナから目を逸らしている姿にロランは溜息をつくと、ルキナの耳元でそっと囁いた。
「いつもの照れ隠しですよ。そういうセレナもさっきまで会いに行くのを渋っていたじゃないですか」
「う、うるさいわね!何も言わないで出てったら今生の別れみたいでいやじゃない!」
そう噛みつくセレナの目元が赤いのに気付き、ルキナは思わず笑みを零す。昔から素直じゃない彼女のことだ、不安で泣き腫らしてしまったのだろう。そこをロランに捕まってしまったわけだ。
セレナは久しぶりに笑って見せたルキナを軽く睨みつけると、ズンズンと足音を立てて近づいてきた。
「いーいルキナ?私は…私達は絶対帰ってくるわ。先に行った馬鹿達も殺しても死なない奴らだし帰ってくる。そしたらあんたがギムレーをぶったおすのよ!約束!だからそんな不安そうな顔しないでよね!」
「セレナ、もっとお上品に話してください。とはいえ、セレナの言う通り僕達は必ず炎の台座を手に入れて帰ります。だからそれまで城をお願いしますね」
おでこをつついてくるセレナと微笑を浮かべるロランにルキナもまた頷いて見せた。
失ったものは取り返せないけど、これから失うかもしれないものは救いだすことが出来る。
そう信じなければいけないのだ。
彼等の決意を受け止め、ルキナは姿勢を正した。先程までの弱気な姿を、どこかで見守ってくれている家族達に見せるわけにはいかない。
「わかりました。ではせめて、貴方達の旅の無事を祈らせて下さい」
「ふんだ、祈りなんて必要ないわよ。どうせこの世界に神様なんていやしないんだから」
「セレナ。…それでは僕達はもう行きますね」
言葉とは裏腹に泣きそうなセレナを促すと、ロランはルキナを一瞥して部屋を後にした。
ルキナも彼等を見送ろうと立ちあがろうとした。そのはずみで蝋燭の灯が消え、暗い部屋にルキナ一人が残される。
…それでも、彼等は本当に帰ってくる?
閉まり行く扉を眺めながら。ルキナは不安が溢れていくのを感じた。
妹のように思っていたマークも憔悴していながら失踪直前まで笑顔を浮かべていた。
弟のマークも思い出の中では笑顔で、敵を迎え撃つとルキナに告げずそのまま見つからない。
お父様もお母様も、帰ってくると約束したのに。
――今度こそ、私は一人になってしまうのではないか?
絵画に描かれた大切な人達の顔を思い出し、ルキナは立ち止まってしまう。
何も告げずに一人で離宮に残った弟の後姿が、重い空気の中取り行われる両親の国葬が脳裏によぎり今ならロラン達を止められるかもしれないと一瞬でも考えてしまう。
…それでも今は、彼等の言葉を信じなければならない。
仲間達の覚悟に応えなければ。
ルキナは深呼吸をして自身を落ち着かせると、旅立つ彼等を見届ける為に絵画の間を後にした。
「ナ―ガの姫が動き出したようですね」
ルフレの姿をした邪龍がマーク達に笑いかける。毒のある艶やかな笑みに動じず、2人は静かに次の言葉を待った。
「炎の台座と宝玉を探しに姫君の騎士達は動き始めた…ですが、どれか一つでも欠けたら終わりです。…私の言いたいことはわかりますね?」
「はい、ギムレー様」
「心得ております」
頭を垂れたまま、2人は同時に言葉を放った。
ついにこの時が来た。
ギムレーは世界を食いつぶす最後の段階まで来たのだ。仕上げに今まで生かしていたルキナを殺して魂を喰らい、真の暗闇をこの世にもたらすつもりなのだろう。ナ―ガは既に滅ぼしているのだからルキナ達にもう手はないのだが、より絶望を色濃くする為に何も知らない彼女の希望の星を丹念に断っていこうという算段なのだろう。
人間を絶望に陥れる執念が、ギムレーという存在を生み出したのだろうか。はたまた、軍師であるルフレを器にしているからここまで用意周到なのだろうか。
…いずれにせよ、彼等はいずれ始末することになっただろう。ルフレの傍にいると決めた以上、こうなることはとうに覚悟していたのだ。
「二手に分かれた希望の子達を、僕達が別れて罠に嵌めます」
「ギムレー様はその間に、ナ―ガの姫君を」
感情が込められていない男女の声にギムレーは満足げに笑うと、音もたてずこちらへ転移してくる。顔を伏せている2人の傍らに屈むと、腕を伸ばし抱きしめてきた。
「私の可愛い子供達…愛していますよ」
耳元で囁かれた言葉は夢にまで聞いて焦がれていた言葉。
ルフレのふりをした邪龍のわざとらしい笑い声に目蓋をぎゅっと閉じる。
それでもこの体は大事な人のもの。脳裏に響く本当の声は最近聞かないが、それでもルフレに変わりはないのだ。
この温もりがあれば生きていける。
罪に濡れることも出来ると、2人のマークは固く手を繋ぐ。
そんな二人の姿をギムレーの瞳の奥で、ルフレは悲しげに見守っていた。
この手は棘で貫かれ彼等を抱きしめることが出来ない。
動かないこの体は娘であるルキナも、大切な人達の子達を傷つけてしまうだろう。
それでもまだ希望はある。
針のように小さく細いけど、光はまだ射しているのだ。
遠のく意識の中、ルフレは幾分か成長したマーク達の姿を焼き付けて静かに目を閉じる。
来るべきその時の為に備えて眠りについた。
Ⅱ
ギムレーの意識を少しだけ封じた時、ルキナがチキの亡骸を前に愕然としている姿が映る。
美しく成長した娘に対する喜びと、その顔を曇らす涙に胸が痛むが、この手は鉛のように重く彼女を撫でることが出来ない。
(ルフレ…あなたなのね)
精神だけの存在となり語りかけてきたチキを数瞬だけ見つめる。早く逃げて、そう念じれば彼女は小さくうなずき、時空の狭間へと溶けるように消えていった。
魂まで滅ぼそうとしたギムレーの動きを一瞬だけ止め、神竜の巫女であるチキを新たなるナ―ガへと覚醒させる。この数秒の為だけにルフレは今まで屈服したふりをしたのだ。
――チキさん、ごめんなさい。
ここまでだ。力を使い果し、ルフレは身体をギムレーに明けわたす。
曇った視界に映る娘は母の姿をした邪竜に怒りと哀しみを露わに斬りかかろうとする。
が、ギムレーは躊躇いが僅かに見受けられた斬撃を避け転移魔法を構築していった。
母の裏切りを知って、ルキナはどう思うのだろうか。絶望をより濃くするだろうか。
それでもあの子はクロムに似て強い子だ、天で輝く太陽のように、大きな影を振り払おうと立ち向かってくれるはず。
――ルキナ、貴方には辛い思いばかりさせてごめんなさい。どうか生きて…
ギムレーの体が光に呑まれる。その狭間に泣きながらファルシオンを構える娘を見て、ルフレは届くことがない祈りを捧げると暗闇色の茨の中で眠りについた。
彼女を見た時、そんな馬鹿な、と思った。
ギムレーかと思ったが彼女は今頃神龍の巫女を滅ぼしに行っているはずだからここにいるはずがない。それに、眼の前に立つ姿は自分が知るその人よりも若かったのだ。
荒野で一人マークは崩れ落ちる。血色に滲む夕焼けを見つめながら、マークは先程までの夢のような出来事を思い返した。
*
檻の中で屍兵に囲まれている少女達をみて、マークは古傷が痛むような感覚で顔を顰める。
今まで沢山の人間を殺してきた。中には知っている者、世話になっている者もいたから慣れているはずだった。しかし今回はその中でも特に親密だった幼馴染達を殺さなくてはならない。
武器を奪われ、今まさに命を奪われるという絶望に顔を引きつらせるノワール、諦めたように目をつぶり震えるンン、抵抗をやめ武人らしく死のうとまっすぐ屍兵をみつめるデジェル、そして足が震えながらも希望を捨て切れずにいるシンシア。
大切な人達だった、なるべくなら皆苦しまずに殺してあげたい。
合図を出せば、彼女達は一瞬で屍兵にその身を貫かれるだろう。握りしめた手が少しだけ震えていた。
「それでも生きて返すわけにはいかない。宝玉を届けさせるわけには行かないんですよ」
苦しみ嘆く母のか細い声、そして違う任務を行っているもう一人のマークを思い返しながらマークは視線を上げた。彼女ならもう幼馴染達を始末しているかもしれない、そう考えフードの奥で仄暗い笑みを浮かべる。
――感情や思い出なんていらない。僕達は母さんを守ることだけさえ考えればいいんだ。
燃え盛る炎の中、マークは処刑の合図を出そうと手を振り上げる。その時、ぱちぱちと爆ぜる音しか聞こえなかった建物に光が満ち、複数の足音が轟いた。
「母さん!」
「父さん?!どうしてッ?」
屍兵が呻き倒れる音に少女たちが驚愕の声を漏らす。
マークも慌てて振り返れば、救出されていく少女たちの姿がこの目に映る。
有り得ない光景に動揺するが、すぐにギムレーが以前話していたことを思い出した。
(異界の援軍…!)
マークは奥歯をぎりり、と噛みしめる。常に高慢で自信に満ちている邪龍が唯一懸念していた出来事が、異世界のナ―ガによる干渉だった。
このままだと運命が変わってしまう。そうなる前に彼等をここで葬らなければ支障が出る。
戦局を変える為に新たなる屍兵の召喚をしようと意識を集中した。しかしその瞬間凄まじい勢いの炎が護衛にと配置していた屍兵を炭に変えていき、マークは舌打ちして呪文書を開き臨戦態勢に入る。
呪文を構築し終わり、炎が障害を燃やしつくした時、眼の前に現れた女性にマークは目を奪われた。
見知った髪の色が炎を背景になびいている。理知的な瞳が凛と輝き、こちらを見据えてきた。
「そんな、まさか…」
黒魔術の陣が消失する。
闇色の外套を身にまとったルフレは、愕然とするマークを不思議そうに見つめてきた。
*
手元にある戦術書をめくりながら、マークは目蓋を伏せる。
やはりなにもかも同じだ。ページの折れ目も筆跡も、全て母の形見であり肩身離さず持っていた戦術書と一致していたのだ。
異界の援軍が送り込まれている以上、軍師である母がいてもおかしくないのだが、そこでかわした会話がマークの心をより乱していく。
(異界の母さんとはいえ、突飛なことをするのは変わらないんですね…)
大切な人に似ているから、そんな理由で異界の母は何故か戦術書を渡してきた。
そして「この世界の私は思って貰って幸せだ」と、明らかに怪しいマークに微笑んで見せたのだ。
ギムレーである母が見せることのない笑顔に、戦意と懐疑心が砕け散る。
父クロムの声が聞こえ、母が振り返った時に耐えきれなくなってしまい、マークは転移してしまった。異界の父にまでこの姿を見られるのは嫌だったのだ。
恐らく幼馴染達は運命を覆して助かり、姉の元へ宝玉を運ぶだろう。作戦は失敗したのだ。
きっとギムレーは怒り、折檻を受けるだろう。それだけなら構わない。
このままだと、ルキナは運命を変えてしまう。
ギムレーごと母を失ってしまうかもしれないのだ。
混乱して散り散りになった思考が恐怖に染まる。マークは戦術書をしまうと、ふらりと立ち上がって日没の空を見上げる。
「姉さんに…ギムレー様に、援軍を伝えないと…」
足元が恐怖と動揺でおぼつかない。それでも腕の中の戦術書を強く抱きしめながらマークは歩みを進める。涙が気付かず零れ落ち、乾いた大地にしみ込んでいっても構わず歩いた。
*
マークと落ち合う予定となっていた朽ちた教会の先端が見える。
ひしゃげた十字に止まる黒竜を見て、彼女はもう帰っているのか、とおぼろげに考えながら腐りかけた扉に手をかけた。
「姉さん…?」
教会の中は蝋燭がともされることなく、しん、と静まり返っている。
手近にあった燭台に火を灯してマークは足を踏み出す。コツンコツンと妙に響き渡る自分の足音が心を妙にざわめかせた。
「マーク姉さん」
やっと見つけた小さな人影にマークは駆け寄る。
破壊された祭壇にもたれかかるように、少女のマークは座り込んでいた。顔を突っ伏している彼女の肩にそっと触れると、髪に隠れていた顔が露わになった。
マークの瞳は赤く充血し、目じりは涙で滲み蝋燭の火できらめいている。
「マーク…わたし…」
震える声の少女をマークは何も言わず優しく抱きしめた。
傷だらけの頬と、骨が浮き出た彼女の背中を撫でながらマ―クは理解する。
「姉さんの所にも、母さん達が来たんですね」
腕の中で彼女が驚いたように顔を上げる。
どんぐりのような瞳に自分も同じだ、と頷いて見せれば、彼女は絞り出すように泣き声をあげた。
「私…逃げてきちゃったんです。異界のルフレさんだって知っていたけど…あの人の笑う姿みたら、戦えないっ…!」
「姉さん…」
「ねえ、私達は何のために戦ってたの?笑顔のルフレさんをもう一度みたかったのに…その為ならなんだって出来るって、私、決めていたのに…!」
涙も枯れ果て胸に額を押し当て震える彼女をあやすように撫でながら、マーク自身の心にも同じような疑問が膨らんでいくのを感じる。
ギムレーとなった母ルフレは、異界のルフレのように微笑みを向けることは決してない。
邪竜の一部として生き続け、夫を殺し世界を壊す罪に嘆き苦しむことしかできない。
それが本当に母の幸せなのか?
孤独な彼女の哀しみへと本当に寄り添えているのだろうか?
一度疑念が湧きだすと、奈落の底に転がり落ちていくように先が見えなくなっていく。
自分達はこれからどうすればいいのだろうか?
このまま放っておけばギムレーは異界の干渉にあい、運命を変えられてしまう。
しかしルキナに討たれて解放された方が母は幸せなのではないか?
仮に干渉を振り切ったとしても、当初の予定通りルキナを殺して世界を掌握したら、今度こそ母の心は壊れてしまうのではないだろうか?
「僕にはわからないですよ、姉さん…」
視界が滲み、母と同じ髪色の頭がぼやけてみえた。
それが先程の異界との邂逅を再び思い出させ、マークは一滴の涙を零す。
迷った時の指針の見つけ方など、戦術書には載っていない。
月が無い夜に小舟で航海に乗り出したような心のぐらつきを繋ぎとめるように、マークはひたすら震える少女を抱きしめることで迷いを消そうと試みた。
「私なら、その答えを知っているかもしれないわ」
風もないのに蝋燭の炎が揺れる。聖堂にひびく声に二人して顔を上げた。
半壊したステンドグラスの下、砕けた聖像の上に尖り耳の女性が立っている。
月明りもないのにきらきらと輝く翠の髪に、マーク達は驚愕の声を漏らした。
「神竜の巫女?!」
「何故、貴方はギムレー様が殺したはず」
仲間と別れ孤独なルキナに、より深い絶望を与える為殺されたはずのチキが、静かにこちらを見つめてくる。
残忍なギムレーが早々と彼女を逃がすとは思えない。そう凝視していると、チキは物音一つ立てずマーク達の傍へ降り立った。
「そうよ、私は死んだわ。でも魂までは滅ぼされなかったの…ルフレのおかげでね」
「母さんが?」
彼女は茫然と抱き合っているマーク達をすり抜けていき、こちらに柔らかな微笑みを向けてくる。確かに身体が触れたはずなのに肉体の感触がせず、ようやくチキが精神だけの存在でいることに気付かされた。
「そう、ルフレの残っていた意識がギムレーを止めてくれたの。だから私はこの世界の新たなるナ―ガとして覚醒出来た。…多分だけど、これもルフレの策のうちじゃないかしら」
「どういう意味なんです?それに策って」
「ルフレはね、たびたびギムレーの深層意識に潜り込んで異界と接触していたみたいなの。だけどもう彼女には時間が無いわ。私を助けるのに最後の力を振り絞って、ギムレーに全て呑まれそうになっている」
「そんな、それじゃルフレさんは」
「ルキナを殺して世界を支配出来たら、天才軍師の記憶なんていらないもの。いつかギムレーはルフレの魂を完全に吸収してしまうわ。…勿論貴方達も」
マークはうつむき唇をかむ。
自分の命は惜しくなどないが、母が殺されてしまったら元も子もない。それこそ、姉と国を裏切った意味がなくなってしまうのだ。
「ルフレは貴方達の力を必要としているわ」
ほのかに光を放ちながらそう告げるチキを二人は食い入るように見つめる。
何故ギムレーと敵対するナ―ガが自分達に接触してきたのか、罠ではないかという考えも浮かんだが、成すべきことを見失っているマーク達は縋るしかなかったのだ。
「ギムレーはじきにルキナの元へ現れる。最後の仕上げをしようと仲間もろとも彼女を殺すつもりよ。…でもギムレーはまだ私が復活したことに気付いていない。覚醒の儀を行う最後のチャンスがあることを知らないの」
「…母さんがギムレーと共に封印されるのに加担して欲しいんですか?」
「封印じゃないわ、滅ぼすのよ。イ―リス城に私の亡骸が眠っているから、より強くファルシオンの力を継承できる…でもそれには時間が必要、だからルフレにはもう一度目覚めて欲しいの。それには貴方達の血が必要だわ」
「どういうことなんですか?」
チキはちらりと少年のマークの足元を見る。少女のマークを抱きしめたはずみで落ちた二冊の戦術書を指さして見せる。そして静かに、しかし聖堂に響き渡る声で言い放った。
「ルフレは生前に、自警団のみんなと人の意識を縛る呪術を考えていたみたい。自分がギムレーになった時の為に、とある戦術書に書きとめておいたと。残念ながら邪龍には人間の理が利かないらしくて、サーリャが行使してみて駄目だったらしいけど。…でも、貴方たちなら出来るかもしれない。ルフレ、そしてギムレーの器としての血を継いだ貴方たちなら、一時的にでもギムレーの意識を抑えられるかもしれない」
マークは思わず戦術書を拾い上げ、その術が書いてある場所を探す。
これよ、とチキが指さして見せて二人は目を見開いた。
それは様々な戦術と添削されたページの後、ルフレの単なる走り書きだと思っていた項に書かれていた術の構築式だった。ルフレは思いついたことをなんでも書きとめておく癖があったから、思わず手元にあった戦術書に書いてしまったのかもしれない。
どこまでルフレの手の内なんだろうか。神軍師と称えられた彼女の才に、越えられない壁と底知れなさを感じ二人はそっと身震いした。
「貴方達の血、そしてルフレとの絆があれば、彼女の魂を救えるかもしれない。苦しむ彼女を解放してあげられるわ。…勿論貴方達には辛い選択だとわかっている。でも、本当に最後のチャンスなの」
力を貸して、そう辛そうに呟くとチキは手を伸ばしてくる。
彼女もかつてクロム達と共に戦ったと聞いたことがある。かつての仲間が苦しむ声が聞こえ、苦しんでいるのだろうか。
「マーク姉さん」
「マーク」
二人同時に顔を見合わせ声が重なる。
それはギムレーを裏切り、ルフレの肉体を本当に消してしまう賭けだ。
例え中身が邪龍でも、それはまぎれもなく大切な人のものなのだから。
本当に彼女を救えるのだろうか?
それが彼女の幸せなのだろうか?
戦術書を抱きかかえながら二人のマークはしばらく言葉を失くし、互いの瞳の奥を覗きあう。
かつてクロムとルフレが互いの半身だったように、彼等は世界を裏切ってから半身として生きてきた。
お互いの考えていることならば、言葉にしなくともわかる。
二人は頷き合い、手を重ねた。
二人で一つ。世界を裏切る覚悟も、母を救う覚悟も一緒だった。
二人なら何でも出来るんだ、と互いの掌から感じる温もりに勇気づけられた。
「僕たちは、世界よりも母さんを取りました」
手を取りあいゆっくりと立ちあがる二人を、チキは宙を漂い青白い月のように見守っている。
「これで許されるとは思っていません」
「それでも僕は、」
「私は」
この重すぎて押し潰されそうな罪も、二人でなら背負っていける。
崩れ落ちた聖像の前で誓いの祈りをするように、二人はチキの前で力強く頷いて見せた。
DLC絶望の未来妄想捏造小説第二弾。
今回はマーク♂が裏切るまでの話がメインとなっています。
補足としてはこの小説だと本編よりもエメリナ暗殺が遅くずれていて、親世代は子供たちが割と大きくなっても生き残っていたという設定になっています。(クロム死亡が大体ルキナ13才くらい)
今回はマーク♂が裏切るまでの話がメインとなっています。
補足としてはこの小説だと本編よりもエメリナ暗殺が遅くずれていて、親世代は子供たちが割と大きくなっても生き残っていたという設定になっています。(クロム死亡が大体ルキナ13才くらい)
数年前、まだこの世界に青空が広がっていたころ。ルキナと2人のマークは幼馴染達と共にこっそり城を出かけるのが日課になっていた。
活気にあふれる街を見たり、外に広がる森や野山で遊んだり。見つかったらクロムにげんこつを喰らいフレデリクに長時間説教されるのだけど、それでも懲りずに集まった仲間達で小さな冒険に行くのが楽しかった。
「なあ、へんな匂いしないか?」
タグエルの少年シャンブレーが鼻をひくひくさせて立ち止まる。臆病だが感覚は人一倍優れた彼の言葉に子供達は立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回す。
「そうかしら?」
「しないと思うけど…」
「フハハわかったぞシャンブレ-、貴様さてはびびってんだろ?」
「ちちち、違うよ!ほんとにするんだってば!」
セレナとデジェルは首を振り、ウードはシャンブレ-を小突きからかう。
いつもの光景だ。シャンブレ-は些細なこと(例えば犬に吠えられた、蛙が飛び出してきた等)に絶滅する!とおおげさに怯え、皆を笑わせるのが日常だった。
マークも皆につられ笑っていたが、傍らで一人難しそうな顔をしているンンに気付き笑みを止める。
「どうしたんですか、ンン?」
「…いえ、わたしもなにか感じるです」
シャンブレ-の気のせいではないと思います。幼女の姿でありながら自分達と年齢が近いマムクートの言葉に、皆は笑うのをやめ顔を見合わせた。
「ほらみろ、俺の鼻を信じろって!」
「ど、どうしよう…この森、クマが出るって…」
「く、クマ?!おいノワール本当か!」
「ほ、ほんとよ…父さんが昔、ここでクマをしとめたって…」
「ええー僕今までクマに踊り見られてたかもしれないの?!恥ずかしいなあ…」
「今はそういう問題じゃねえだろ!クマだぞクマ、俺達に勝てんのか?」
「力試しにはもってこいね」
「正義のヒーローシンシアの相手に不足はないわ!」
「あんた達馬鹿なの?!そんなへなちょこな武器で本気で勝てると思ってるの?あたしは嫌だから!」
「分析では僕達の戦力での勝率は…」
「…えーと。皆、少し落ち着きましょう?」
こほん、と咳払いした最年長であるルキナの言葉に思い思いのことを口にしていた皆は黙った。
仲間達の中でも最年長であるルキナは皆の姉的存在であり、マークはそのことが少しくすぐったくて誇らしい。
「セレナの言う通り、不用意に戦うのは危険です。私とジェロームで様子を見てきますから、皆は待っていてください」
子世代の中でも最も武術に秀でた2人に口を挟むことは出来ず、またルキナに逆らう者もおらず、一先ず子供達は従った。
しばらくして戻ってきたジェロームの口から森の奥に親からはぐれ傷ついた子竜がいること、こちらを襲うほどの体力がないことを告げられ一同は不安と好奇心の入り混じった顔で互いを見る。
「今なら竜を倒せるチャンスってことだよね!」
「子供とはいえ竜は竜です。傷が治れば人里に下りて危害を加えるかもしれません」
「竜殺しのウードになれるチャンスってわけか…血が騒ぐぜ!」
「わ、わたしは反対…竜よ、怖いわ…勝てっこないわよ…」
「私も反対ね。竜とは別の機会に正々堂々と戦いたいわ」
「ぜ、絶滅するー!」
まったく意見がまとまりそうもない子供達を見て、ルキナはどうしたものかと溜息をついていた。
そんな彼女を横目に見ながら面白そうな意見があったら乗ろうかな、程度にしか考えていなかったマークだったが、傍らで珍しくうつむいている少女のマークが口を開く。
「ジェロームさん、竜の傷はどれくらい酷いんですか?」
「…羽根の付け根と足を怪我しているが飛べない事はない。ただ親とはぐれている、そう長くはもたないだろう」
「可哀そうです…おかあさんとはぐれてさみしいですね…」
竜に縁あるジェロームとンンが表情を暗くする。それを聞いて決心したのか、マークはいまだに好き勝手意見を言い合っている仲間達にくるりと振り返った。
「ねえねえ皆さん、私達だけの手で助けませんか?」
*
「マーク姉さんがこういうこと言いだすなんて珍しいですね」
近くにあった小川でブレディから借りたハンカチを浸している彼女にそう問いかければ、「私のことそんなにひどい女だと思ってたんですかー?マークさんは酷いです」とふくれっ面で返してきた。
当初ジェローム達以外は難色を示していた仲間達だったが、マークの巧みな話術と「自分達だけでなにか成し遂げたい」という欲求に魅力を感じ、各々に出来ることをしようと2人1組で森の中に治療に必要な材料を集めに向かったのだ。
「だって、対ドラゴンナイトを想定しての実験をします!とかいいそうだったですし」
「さすがに今にも死にそうな相手にはやりませんよ!反撃されたら私の魔術じゃまだまだ勝てそうもないですし…それに」
小川の中でゆらゆらとレースのハンカチが揺れている。その揺らめきを見つめながらマークはポツリと呟いた。
「一人ぼっちはかわいそうです」
水面を映しているせいか彼女の瞳は涙をたたえている様に輝いていた。
ドキリ、とマークの鼓動が跳ねあがる。
泣いているのか?一瞬そう見えて聞こうとしたが、次の瞬間にマークはこちらを振り返りニコリと微笑んだ。
「なんちゃって。それにロランさんが言ってたんです、ソンシンの昔話みたいに竜の恩返しがあるかもって」
お菓子をたくさん持ってきてくれたり珍しい宝石をくれたりすごい戦術書を私にくれるかもしれないんですよ、とハンカチを絞りながら彼女はいつものようにおどけてみせた。
「ああ、それは名案ですね!恩を売って得する大作戦、姉さんらしいや」
「竜は鶴より強いし頭もいいはずだからきっとご利益がありますよ!さ、みなさんのところへ戻りましょう!」
マークは濡れたハンカチを握りしめ、太陽のような笑みを浮かべた。そんな彼女を複雑な思いで見つめながら、母と同じ髪色をヒョコヒョコと揺らす少女を追いかける。
昔は髪色以外鏡に映った姿のようだった。しかし、彼女の背を追い越した位から、本当に注意しないと気づかないが少しずつ距離を取られている気がする。少し前までなんでも本音を言い合い喧嘩して姉ルキナにたしなめられていたが、最近はうまく話題をすり替えられて彼女は激しい感情をぶつけてこなくなった。
偶然同じ名前を持つ叔母に、マークは日増しに複雑な感情を抱いていく。常に対等な目線でお互いにとって最大の理解者だと信じていたかったのに。
(本当に双子だったら、この関係も変わってたんですかね?)
「どうしたんですか、マークさん?」
大きな瞳がこちらをのぞき込んでくる。先に行っていたと思っていた彼女が目前まで迫っており、マークは思わず身を退けた。
自分の感情は隠そうとするのにこちらの心配はしてくる彼女に、いっそのことこの想いを素直に言おうかと一瞬考えた。
だがじっとこちらを伺ってくる瞳になぜだか言葉を失って「なんでもないです」と笑ってごまかしてしまう。
「恩返しに何が返ってくるのかなーっと考えてました!」
「ふふ、そのためにはちゃちゃっと手当てしませんとね」
お互い本当の気持ちに蓋をして表面上に笑いあった。お互いを知りすぎているからこそ、どう言葉にしていいかわからないのを二人とも気づいていたのだ。
「いいだしっぺなんだから姉さんたちに遅いって余計に怒られちゃいますね」
「ですね、アハハ」
小さな手に握り締められたハンカチから陽光に輝く雫がポタポタと落ちた。
遠くからこちらを呼ぶルキナ達の声が聞こえる。
ほら早速です。
そう言おうと傍らにいたはずの少女にマークは視線を向けた。
陽だまりにいたはずの彼女の姿はなく、いつのまにか森には黒い底なしの闇が広がっていた。
*
「…マーク、マーク!」
肩を揺さぶられ、マークは意識を急浮上させ瞼を開く。
聖痕が刻まれた蒼い瞳と視線がかち合い、マークは先ほどまで夢を見ていたことにようやく気づかされた。
「ル、キナ姉さん?」
「よかった…」
ルキナは張り詰めていた頬の筋肉を緩め、マークを抱きしめてきた。彼女に触れられた肋骨あたりが傷み、どうやら敵の攻撃を受けて気を失っていたようだと悟る。
「ね、姉さん、痛いで、す」
「ご、ごめんなさい」
今杖を使える者を連れてきますね、そういって藍色の髪を揺らし駆けていく姉の後姿を眺めマークは痛む肺を気遣いながらゆっくりと溜息をついた。
よりによってこんな時にあの夢を見るなんて。
穴の開いた天井から覗く淀んだ空が現実を突きつけてくるようで、ある意味夢を見ていたままのほうが幸せだったのかもしれないとつい考えてしまう。
昼間なのか夜なのかわからない濁った空。両親が死に、保護者となってくれたリズや守ってくれた大人たちも無限に沸いてくる屍兵に殺された。マークは未熟ながら軍師として聖王の座を継承した姉をサポートしていた。現在も幼馴染達と別れて押し寄せてくる屍兵から国民を守る為に東の離宮を拠点として防衛戦を繰り広げている。
かつて両親や姉達と楽しい休暇を過ごした離宮も度重なる襲撃でボロボロになり、堅牢な骨組みだけがマーク達を今も守ってくれている。
昔はマーク姉さんもいたっけ。
ルキナが連れてきた僧侶の杖で傷を治されている間、目前に広がる荒廃とした中庭を見つけながらぼんやりと考えていた。
マーク姉さんはどこに行ったのだろう?
数年前の夜に忽然と消えた彼女を想う。度重なる悲劇に心労が溜まり精神的におかしくなってしまった末の失踪と言われているがそれは違うとマークは考えている。
失踪する直前の彼女は憔悴していたとはいえ、その瞳に意志の輝きを失っていなかった。屍兵で溢れる外の世界を無意味に飛び出していく程彼女は愚かでないし、理性もあったはずだ。
ではどこへ?彼女は何をしに危険な外へ?
考えこもうと思考を働かせると鋭い頭痛が走り、マークは思わず頭を押さえた。
「マーク、大丈夫ですか?」
傍らにいた姉が心配そうに覗きこんでくる。父譲りの濁りなくまっすぐな視線に気後れを感じて、マークは心配させまいと無理矢理顔の筋肉を動かして笑って見せた。
「大丈夫です姉さん。変なとこ打って目がチカチカするだけですから」
間抜けなところみられちゃいましたね、かっこ悪いなーあはは、と昔のように能天気に笑って見せようとした。だがルキナが表情を晴らさせることはなくマークへと手を伸ばしてきた。
「…そうやって無理に笑わなくてもいいんです、マーク」
傷だらけの手がマークの前髪を撫でてくる。その手つきが、眼差しが母のものと似ていて、マークは思わず目を見開いて姉を見つめた。
「貴方がいつもそうやって私を気遣って笑ってくれていることを知っています。でも、貴方は私の弟です。…辛いこと、悩んでいることを隠さないでいいんです」
見抜かれていたのか。最近そんなに余裕が無かったのかな、と笑みを消して沈黙する。
両親が亡き今、希望の象徴として期待を一身に背負うルキナの負担に少しでもなりたくなかった。姉にはただ真っ直ぐ前を見て突き進んで貰いたかったから今まで以上に猛勉強して、母が遺した戦術書を擦り切れるまで読んで本当の感情に蓋をした。
――これじゃあ僕は何のためにいるかわからないです。
軍師としても半人前で、象徴たる聖痕のない自分だからこそ、せめても心配されないようにしていたのに結局迷惑をかけている。せめて、マーク姉さんがいれば。
2人でいれば、母さんには及ばないだろうけど姉を充分助けられる策が思いついただろうに。
「僕は大丈夫ですよルキナ姉さん。昔の夢を見てセンチメンタルになってただけですから」
「…マーク…」
「ほらほら、そんな顔しないでください。アズ―ルさんじゃないけど笑顔笑顔。それに僕まで眉間に皺が寄っていたら湿っぽくなっちゃうでしょ?」
丁度治療が終わった様だ。僧侶に礼を言うと、マークは姉の手から逃れるように立ちあがる。
気絶していた間も戦況は容赦なく変わっていく。味方は長期戦になる程体力を消耗していくが、相手は屍兵だ。長引けば長引くほどこちらが不利になるのだ。
「もうすぐ味方の飛兵がやってくるはずです、もう一息です姉さん。撤退前にちゃちゃっと片づけちゃいましょう!」
「…わかりました、でも決して無理はしないでください」
貴方を失ったら…そう言いかけてルキナが唇をかみしめた。
姉は後悔している。もっと大きければ両親を救えたかもしれない。妹のように思っていたマークを失わずに済んだかもしれないと。姉の責任ではないが、もしかしたらという想いが彼女の王としては優しすぎる心を苛んでいるのだ。そして弟や仲間を失う恐怖で常に苛まれていることも。
マーク姉さんがいなくなるのもわかる位辛い現実だ。
それでも僕達は生きていかなければならない。
ルキナの言葉に応えずマークは魔導書を手に背を向ける。
先程から頭痛が酷い。叫び声にも似た痛みに顔をしかめるが、すぐに平静を取り戻して思い出の中庭を踏み荒らす侵入者達を睨みつけた。
(悪いですが、貴方達にはストレス解消のはけ口になって貰います)
中庭にまばゆい雷光が走り、腐肉が焦げる匂いと辛うじて立っていた彫刻が崩れる音がする。
まだあどけなさの残る顔と裏腹に鬼神の如く魔術を行使するマークにルキナは胸騒ぎを感じた。
彼を呼びとめなければいけない。このままでは弟であるマークも精神的に限界を迎えて、自分の前から消えてしまう気がする。思わずマークに手を伸ばそうと足を踏み出した。
しかし援護部隊に忍び寄る屍兵に気付き、弟を止めようとした手でファルシオンを握りしめルキナは駆け出した。
お父様とお母様の分も私が守ればいい。それに話ならこの戦闘が終わってからも出来る。
今はこの戦いに集中しなければ自分の命が危ないのだから、と言い聞かせルキナは剣を振るうことに集中した。
「いたいた!おーいルキナ、マーク!」
陣を包囲していた屍兵があらかた片付いた頃。肩で息をついていると羽音と共にこの時代でも上空から明るさを失っていない少女の声が聞こえた。
「シンシア、無事だったんですね!」
「もっちろん!私は正義のヒーローなんだから簡単に倒れないわ!」
「…無駄口を叩いている暇はない。ロラン達が住民の避難は終わらせた。私達も撤退するぞ」
「ジェロームの言う通りですね。シンシア、乗せて頂いてもいいですか?」
「うん、私の武勇伝沢山聞かせてあげるから!」
さあ、乗って乗って!と疲れこそ見せているものの本当の笑顔を失わないでいるシンシアが眩しかった。ルキナから笑顔を自然に引き出せている彼女を見ていると自分の奥底に沈む淀みに気付かされて、思わず視線を逸らしてしまった。
「それじゃ、一足先に戻ってるね!」
僅かに生き残った天馬騎士達と行動を共にする為、シンシアはペガサスを操り浮上して行く。
ルキナの気遣わしげな目線に気付いたが、すぐに彼女の姿はペガサスの羽根に隠れやがて空の向こうへと消えていった。
「私達も行くぞ」
早く乗れ、と手を伸ばしてくるジェロームにマークは静かに首を振る。ジェロームは仮面に隠された眉をひそめたようだが、彼の愛竜ミネルヴァの鳴き声に視線をシンシア達が去った空と反対の方角へ向けた。
「…成程な」
視線の先には多数の天馬と相乗している弓兵が迫っていた。数こそそこまで多くないものの、今ここで射られたら天馬騎士もそれに乗る支援隊も甚大な被害が出ることは明確であった。
――確実にこちらの手を読んだうえで殺しに来ていますね。だが追撃が来ることくらいこちらも予測済みだ。最も戦力を分断しているから僕一人で相手にすることになってしまったけど。
「このまま帰れば味方に甚大な被害が出るかもしれません。ここは僕が引きとめますから」
「お前一人では心もとない。私も援護する」
「いえ、僕一人で充分です。僕の倒し忘れがあった時の為にもジェロームさんは後ろからシンシアさんを援護してください」
元よりこうするつもりだった。シンシアは突撃する傾向があるから防衛線には向いていない。冷静に戦局を見据えるジェロームがペガサスの護衛には最適だろうと考えたうえだ。ペガサスだけを狙い隠れながら戦えば一人でも充分戦えるだろう。
「僕のことは気になさらないでください。折を見て撤退しますから」
「…お前に何かあると、ルキナが悲しむ」
「大丈夫ですって!むしろ僕はシンシアさんが勢い余って姉さんを落とさないかの方が心配ですよ、あの人ちょっとドジな所ありますから」
ジェロームさんが心配してくれるなんて珍しいですね~、そう笑って見せれば渋い顔をしてみせたようだ。だが屍と化したペガサスの不気味ないななきを聞き、あまり時間はないと悟り彼は手綱を握る。
「死ぬなよ。死んだらミネルヴァの餌にする」
「え~それは嫌だなぁ」
根は優しい少年に苦笑いして見せると、仮面に隠されていない口元が笑みを象る。それを合図にミネルヴァが漆黒の羽を震わせ、空へと飛び立っていった。
「嫌な役を押し付けてしまってごめんなさい、ジェロームさん」
シンシア達を追うジェロームとミネルヴァの姿を確認すると、マークはぽつりと呟いた。
死ぬつもりはない。が、援軍が追加されればどうなるかはわからない。自分でも少し無茶だと思うが、周辺住人救出に戦力を取られている為これ以上人員を割けないのだ。それに聖王たるルキナは一刻も早く安全な場所に行くべきだ。
姉は怒るし悲しむだろう。しかしジェロームの言葉なら説得力があるはずだから納得してくれるはずだ。多分。
一度姉から思考を切り替え、改めてマークは迫りくる軍勢に目を向ける。
非常に手を読みやすい相手ではあるが、逆にこちらの手も完全に読まれている気がする。厄介な相手に変わりはないのだ。
願掛けを兼ねてマークは母の遺品である外套のフードを被る。こうすれば恰好だけでも偉大な軍師であるルフレに近づいた気がしたからだ。
「向こうの軍師は僕と同じ思考回路の持ち主なのでしょうか、そもそもギムレー側に軍師なんているんでしょうかね?」
誰もいなくなった離宮で一人呟きながら、マークは呪文書を開き集中する。相手はまだこちらに気付いていないようだ。
「地の理はこちらにありますからね。伊達にマーク姉さんと迷子になりながらかくれんぼしていたわけじゃないですよ!」
レクスカリバーの魔法陣を紡ぎ出すと、先陣を切るペガサスに向け魔力を放出した。目論見通り一体目が地面に落下していき、編隊を崩された屍兵たちは散り散りになっていく。
確実に仕留めていこうとマークは足を翻し、柱の陰に隠れながら次々と魔法を撃っていった。
ペガサスの羽根が雪のように舞う中を黒い外套を纏ったマークは駆けていく。
ボロボロになった魔道書とすっかり欠けてしまった剣を抱えながら、こういう時だけファルシオンが使えたら便利なんですけど、と溜息をつきながら次の獲物を探す為に空を見上げる。
大方敵は片づけたはずなのだが気配が消えない。
もしかしたら増援が来ているのかも、ギムレーは大人げないですねと緊張感のないことを考えながら柱に寄りかかった。
もし援軍が来たら流石に持ちそうもない。魔道書も剣も使えてあと数体と言ったところだろう。
――ルキナ姉さんに叱られてしまいそうですけど優しい思い出があるこの場所で死ねるなら悪くないかもしれません。
自嘲気味に笑みを浮かべながらマークは吹き抜けにある噴水痕を見つめる。
かつてそこは花に囲まれ水が絶え間なく吹き出し、夏の暑さから涼を得ようとマークと共に遊んでいた場所であった。
今は花も枯れてしまい淀んだ水しか溜まっていない場所ではあったが、そこにあしらわれた初代聖王と踏みつけられている邪龍の像は健在であり当時の面影は残っている。
「ああ、ついに幻聴だけでなく幻覚が見えますね…僕も末期です、なんて」
もう水の流れることのない噴水の傍らに見なれた人影が見えた気がして、マークは思わず目をこすった。屍兵の体液でも目に入ったのかもしれない。
しかし再び目を開いてもそこには黒い人影があり、マークの身に緊張が走る。
よくよく見ればそれは自分が来ている外套とほぼ同じ物で、そしてフードからはみだす髪の色は亡き母と同じ色だった。
そんな、まさか。
ギムレーの呪術にでもかけられたのか。
魔道書を開くのも忘れ硬直するマークの気配に気づいたのか、外套の主がゆっくりと振り返る。
認めたくなかった。
だが、思い当たる節はいくつもあって。
会いたくないけど会いたくなくて。
相反する感情がマークの中でせめぎ合う。見たいけど見たくないという想いと裏腹に、彼女はこちらに視線を向けてきた。
「マーク、姉さん」
乾いた喉で彼女を呼ぶ。
ルフレとそっくりな目元の、感情を失ったように硬質な輝きを放つ瞳がこちらを見据えてきた。
Ⅳ
荒廃した庭園に立つ少女は失踪したマークだった。
背丈は記憶の中より伸びていてふっくらとしていた頬は少しこけていたものの見間違う筈がない。
マーク王子はしばらく絶句していた。こんなところで消息不明になっていた彼女に会えると思っていなかったのだ。しかし見つめあっていてもしかたない、ぎこちなく口に笑みを浮かべなるべく親しげに語りかけた。
「マーク姉さんったら、こんな辛気臭い所でなにしているんですか?いきなりいなくなって皆心配していたんですよ?ルキナ姉さんなんか何枚も食器を割っちゃうくらい動揺していて」
「馴れ合いはよしましょう、マーク」
彼女は氷のように冷えきった声でマークが近づくのを制した。
先程は外套の中に隠されていたせいで見えなかったが手には可憐な彼女に似つかわしくない大きな斧が握られており、マークを牽制してくる。
「貴方は気付いているんでしょう?私が何でここにいるか」
「姉さん…」
「本当は屍兵にやらせるつもりでしたが、貴方が残ったせいで予定が狂いました。屍兵はこちらの考えた通りに動きますがイレギュラーには弱い。チェスでは貴方に勝っていましたが、実戦ではそうはいきませんね」
突きつけられている鈍い光を放つ使い込まれた斧に、マークは言葉を詰まらせる。
その可能性は考えてきた。相手側の策がかつて姉とチェスで対戦していた時とどこか似ていて、誰にも言えなかったが実際に戦いの中に身を置くことで益々疑念は深まっていた。
それでも今この瞬間まで認めたくなかったのだ。馬鹿げた考えだと笑って否定していた。
だが眼の前のマークは現実を無情にも突きつけてくる。無感情な瞳が愕然としているマークを映し出した。
「私はギムレー様の配下になりました。ここにいるのも貴方を殺す為です」
言葉が終わるや否や彼女が斧を振り被ってきた。咄嗟に剣で受けるも斧の重量に耐えきれず真っ二つに折れてしまいマークの体は衝撃で吹き飛ばされた。
受け身も取れずに固い壁に叩きつけられ苦悶の声を上げる。立ちあがろうとするもいつのまにか間近に迫ったマークに斧の頭で腹を強く押さえられ身動きが取れない。
「…どうして…」
歪んだ視界でかつての姉を見上げる。
屍兵になってしまったのか?思わず瞳の色を確認したが赤く輝いておらず狂気に囚われている様子もない。感情こそ瞳に込められていないが、操られている様子もなく静かに意志の輝きを放っている。
「私にはルフレさんがいない世界なんて意味ないですから。自分の力を活かせる場所に行ったまでです」
「そんな…母さんはこんなこと望んでないですよ」
「貴方にはわからないでしょうね、イーリスの王子様」
わからなくていいんですよ。
そう彼女が呟いた時、長い睫毛に伏せられた瞳に初めて感情らしきものが浮かぶ。
よかった、少しは躊躇ってくれているみたいだ。
自らの命が危険にさらされているというのに、姉が完全に人間らしさを失っていないということにマークは何故か少しだけ安堵していた。
「マーク姉さんが自由な人だってことは知っています。でもそんな理由で裏切るなんて僕には
考えられない。姉さん、本当の理由は何?」
「…貴方とお話している時間はあまりないんです、ギムレー様が待っているの」
「もしかして、母さんに関係することなんですか?」
斧の柄が震える。
その隙を見てマークは彼女の斧から逃れ、すかさず呪文書を開いて風を放った。
細かい装飾をされた斧が彼女の手を離れ向かいの壁にぶつかった。
明らかに動揺している彼女の前でマークは呪文書を投げ捨てる。使用限界が近くぼろぼろだったそれは地面にぶつかってバラバラになり床に散らばった。
「母さんが関係している以上、僕は姉さんと戦えません。それでも僕を殺すというなら、それだけの理由があると考えます…そこにいる竜に僕を噛み殺させて構いません」
そういって両手を広げ敵意がないことを示しつつ屋上に止まっている黒竜に目を向ける。武器を捨てたことで一先ず襲ってくる気配は見せていないが、彼女の指示があればすぐにでも降下してくるだろう。
彼女は微動だにしない。風圧でフードの影になっていた顔は露わになり、明らかに躊躇った様子でマークの前に立っている。
「正気なんですか?私は貴方を殺しに来たんですよ?」
「確かにちょっとおかしくなってるかもしれない。けど僕は正気です。マーク姉さんとの絆を信じていますから」
これは賭けだ。姉を取り戻す最後のチャンスかもしれない。
マークはゆっくりと足を踏み出す。彼女は竜を呼ぼうと手を上げかけたが、その指先が震えていることに気付いていた。
一歩、また一歩と彼女の影に近づいていく。彼女はその間も大きな瞳にあしらわれた睫毛を震わせ身動きできずにマークの紺色の髪を映した。
やがて手を伸ばせば届く距離まで来た時、マークはゆっくりと手を下し膝からゆっくりと崩れ落ちた。
「どうしてなの、この日を覚悟していたはずなのに!あの人の為なら、友達でもルキナさんでも、マークさんだって殺せるってギムレー様に誓ったのに…」
「姉さん」
「来ないでください!早くここから立ち去って、今なら見逃してあげますから…」
黒い外套の裾を掴みながらマークは弱弱しく叫んだ。
恐る恐る彼女の肩に手を置いた。抵抗しない彼女の肩があまりにも痩せこけ、小刻みに震えていることに気付きマークは目を瞠った。
名前だけでなく殆ど同じ見た目のマークとはいつもケンカばかりしていて、「ルフレさんの妹なんですから私の方がお姉さんです」と言って憚らなかった彼女のこんな弱弱しい姿見たことない。
床にぽたぽたと雫が落ち黒い染みが出来ていく。いつも自分より一枚上手で自信に満ちた笑顔を欠かさなかった彼女が泣いていることに気付いた時、マークは思わず彼女を抱きしめていた。
「姉さん、ずっと一人で戦ってきたんですね」
公務で忙しかった母が寂しいと拗ねるとよくこうやって抱きしめてくれたことを思い出し彼女の背に手を当てる。
ウェーブかかった髪がびくり、と揺れる。竜がいつマークの命を奪うかとか、屍兵の増援の可能性等もうどうでもよかった。
かつて尊い日々を共に過ごし、半身のように思っていたマークを放っておくことなんて出来なかったのだ。
「ずるいです、こんなの…こんなの、って…」
あの人達と似た顔でこんなことしないで、そう絞りだすように少女のマークは言うと、幾分かたくましくなった弟分の胸に額を押し付けて涙を流す。
その涙の冷たさに少年のマークは言葉を失くす。ただ無言であやすように彼女を抱きしめていた。
どれだけの時間が経ったのだろうかいつも翳っているこの世界では解らない。
冷え切っていた身体が少し温まったことを確認すると、マークはそっと彼女の体を離した。
「姉さん、そろそろ話して貰えませんか。…あの人って、母さんのことですよね?」
ギムレーとなにか関係があるのですか。そう問いかけると、涙に濡れた彼女の唇が震えた。
「言えません」
「姉さんが必死になることなんて母さんのこと以外思いつかないですよ。もう今更隠し事しなくてもいい仲じゃないですか」
そう笑って見せても彼女はうつむくばかりで答えようとしない。蓋をしていた感情を溢れさせてもどうしても口を開いてくれる様子はなくて、まだ拒絶されているのかと悲しくなってくる。
「困ったなあ、もう打つ手がないや。お手上げです姉さん」
そう言ってマークは溜息をついて空を見上げた。先程と変わらず黒竜がマーク達をつまらなそうに見守っていて思わず苦笑いしてしまう。
――マーク姉さんを見守っているあの竜なら知りませんかね、いや仮に知っていてもジェロームさんみたいに竜の言葉わからないから無理か。
竜に助けを求めても仕方ないか、とふと視線をずらす。
そこにありえないものがいた。
あってはならないものが、こちらを楽しそうに見下していたのだ。
「まあ、陳腐で美しい姉弟愛ですこと」
いつの間に昇っていた赤い月を背景にそれは妖艶に笑って見せた。マークの記憶にあるその人が決して見せない毒のある表情で。
しかし姿形声までその人そのもので、瞬きすら忘れ見いってしまう。
腕の中にいるマークの体が一際震えた。
「遅いと思って折角迎えに来てあげたと思ったらこんな所で遊んでいたのですね。マークには後で罰を与えなくてはいけないと」
それすらこの子は喜んでしまうのでしょうけど。
そう嘲笑するように言ったと思ったら、いつのまにかマーク達に吐息かかかる程接近されていた。
心拍が上がり冷や汗が流れる。知っている人の姿形なのに放つプレッシャーは人間離れしていて心臓を握られているようだ。
「感動の再会だというのに何か言うことはないのですか?もう一人のマーク」
懐かしくてずっと夢に見て焦がれた指先がマークの頬に触れる。
間近に迫った顔は紛れもない母ルフレのものであった。
「この器もさぞかし喜んでいるでしょうね、愛しいクロムさんに似てきた息子のことを」
「…ギムレー様…」
「マーク、貴方には失望しましたよ。大きい口を叩いていた癖に小憎たらしいナ―ガの娘は愚か、この聖痕なしの出来そこないすら始末出来なくて」
母の姿をしたそれは縋ろうとしてきた少女のマークを侮蔑の目で見下してきた。
(違う、これは母さんじゃない)
恐怖で歯の根が合わなくなっていく。絶え間なく襲ってくる頭痛に耐えながら、それでもマークは確かめる為に声を絞り出す。
「貴方は、何者ですか」
「器の息子の癖に察しが悪いですね…我はギムレー。この世に破滅をもたらす者」
手の甲に刻まれた六つの目がある不気味な紋章を掲げながらギムレーは嗤い、マークはようやく理解した。大人達は嘘をついていたことを。
真実は邪龍となった母が聖王たる父を殺し世界に破滅のトリガーを引いたのだ。
母が手の甲を押さえるようにうつむく癖があったこと、この離宮の噴水にある邪龍の像を見て顔を翳らせる時があったが、まさか邪龍の器だったなんて。御伽噺に語られる程の古い血は脈々と続いていたのだ。
「そう、ルフレはお前に何も言わなかったのですね…聖痕がないとはいえ、お前も一応ナ―ガの血を引いているからでしょうか」
「ギムレー様、やめてください!貴方の手を煩わせるまでもありません。彼は私が!」
「元よりそのつもりです。こんな半人前の虫けら、生贄にもなりやしない」
だからさっさと殺しなさい、可愛い私のマーク。
そう言い残し、ギムレーは哄笑を上げて跡形もなく消えた。
笑い声が響いた後離宮には金切り声のような風音しか聞こえなくなり、まるで悪夢を見た後の様に2人のマークが取り残された。
「あの人は生きているんです」
長い間佇んでいたが、少女のマークが声を震わせ呟いた。
「ギムレーになってしまったとしても、あの人は存在しているんです。あの人を一人ぼっちになんかできない。一人ぼっちの私を救ってくれたのはルフレさんだから」
「…だからあの夜、姉さんは出ていったんですか?」
彼女はこちらを見ずにコクリと頷く。そして腕から逃れるとマークに背を向け片手を上げた。
静観していた竜がすぐさま合図に応え彼女の前に降りてきた。
「貴方にはルキナさんがいる。あの人の血もナ―ガの血も流れている。でも私には何もない、邪龍の血が流れているただのマーク。だから私はあの人の元に帰らなきゃいけないんです。その為には貴方だって殺してみせる!」
何もできず茫然と立ち尽くすマークの前で、竜に跨った彼女が襲いかかってくる。
マークの体もろとも砕こうと竜がこちらに向かってきたその時、慢性化していた頭痛が一際強く頭に響いた。
(やめて!)
「…母さん?」
マークがそう呟くやいなや、竜の背に乗ったマークも同じく頭に手を当て、目を見開いていた。
先程のギムレーと同じ性質だが声音が違う。なによりあの邪龍がいまさら姉を止めるとは思わない。
声と共に頭痛は引いて行く。同時にまともに働いていなかった思考がようやくまとまりだした。
マークは母が生きていると言った。そしてあれ程まで変わりはて詰られたとしても、マークがギムレーに固執している理由がようやくわかったのだ。
母はギムレーの中で文字通り生きている。
生きて今までずっと、マークに呼びかけてきたのだ。
それが邪龍の血がなせるものなのかほんの少しの奇跡なのかはわからない。
だがその事実はマークの中で何かを崩れさせた。
父のように立派な為政者に、母のように聡明な軍師にならなければと無理矢理自分の中で創り上げてきたものが音を立てて壊れていったのだ。
「マーク姉さん、僕も連れて行って下さい」
うなだれて竜の手綱を握りしめている姉に言い放つ。
脳裏にマークを信じて戦ってきた幼馴染達と悲しげな瞳をしたルキナの言葉を思い出す。今も彼女は自分を待っているのかもしれない。
それでももう迷ってなどいなかった。
母が生きて苦しんでいる。そして片割れであるマークはそんな母に寄り添おうと一人で必死にもがいているのだ。
「1人1人では未熟でも、2人ならどんなことにでも立ち向かえます。僕達は互いに半身なんです!出来ないことなんてない!」
黒い影に向かって必死で手を伸ばす。どこからかギムレーの笑い声が聞こえる気がしたが、構わずマークは歩みを止めなかった。
自分はもうイ―リス王子ではない、ギムレーの血を引く忠実な配下になったのだ。
「もし信じられないというのなら、この場で僕を八つ裂きにしてしまって叶わない!だから姉さん、」
共に堕ちましょう。
そう風の中で叫んだ刹那、マークの体は巨大な影に包まれ、限界まで伸ばした手は繋がれていた。
*
「なんて母想いの可愛い子供たちなんでしょう」
感動しましたよ。全く感情が込められていない声でそう白々しく嗤うとギムレーは背後を振り返る。
闇色の棘に全身を貫かれたルフレは朦朧とした意識の中、自身と同じ姿をした邪龍が見せる現実に言葉も出せず項垂れていた。
「これでナ―ガの子と私の血、お前が愛した者の子と子が争い合う素晴らしい舞台が整いましたね。滅びまでの退屈しのぎに丁度いいショ―です」
雷雲の中手を繋ぎこちらを向かってくるマーク達と、神亡き世界で祈り続けるルキナが映し出される。まるでルフレの心を浸食するように自分と同じ姿をした邪龍は茨のような棘を刺してきて、磔刑のようにこの体を貫いていった。
(クロムさん…)
際限なく続く身体と心の痛みは愛する人を手に掛けた罰なのだろうか。
暗闇に塗りつぶされる意識の中、ルフレはひたすらクロムのことを思い浮かべ自分を消すまいと抗い続けた。終わりが見えない絶望の中、彼が遺してくれた只一筋の光に縋り続けるしかなかったのだ。
どうか、不甲斐ない私の代わりにあの子たちを見守ってください
クロムの今際の笑顔を思い浮かべながら、ルフレは身を苛む棘に耐えようと闇の中一人で涙を零した。
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ゲームとかガ○ダム大好きな腐り人。
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