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FE覚醒の小説や絵、妄想をたれながしています。
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連載していたDLC絶望の未来妄想捏造小説後編です。
今回からDLC本編とリンクしたお話になっています。時系列としては異界のルフレ登場~絶望3直前までです。





宝玉が嵌めこまれていない炎の台座を眺めながら、ファウダ―は酒杯を掲げ満足げに笑みを浮かべていた。
ペレジアという国を手に入れ、希望の象徴である聖王は殺された。そのことにより逃げられた器がギムレーとして覚醒し、いまも世界に絶望を振りまいている。
「素晴らしい。私の世代でこの光景を見ることが叶うとは」
竜神ナ―ガは討ち倒され、荒れ果てたこの地に絶望しきった民が滅びによる救いを求め信者の数は日増しに増えていく。
自身も父も器になり損ねたが、ギムレー教がこの世を支配する日を見ることが出来た。
人間達にさらなる絶望を与え、それが邪龍の力を増していく。生贄を増やす為にギムレーはゆっくりと世界を壊していくのだ。
器になれず悔しい想いをした日はもう来ないのだ。器の父として、ファウダ―は絶対的な地位に…人間の王として君臨することが出来るのだから。

ファウダ―は盃に口をつける。葡萄酒を嚥下しようとした時、鈍い痛みが身体を襲った。

「そこまでです、ファウダ―」

杯が手から零れおち、中身が石床に飛び散った。
口からは葡萄酒よりも赤い血が吐き出され、ファウダ―は崩れ落ちる。

「な、ぜ…」

どくどくと血が流れゆく腹部に手を当てながら、ファウダ―は驚愕で見開かれた目で突然の襲撃者を見ようとする。
暗くなっていく視界の中、冷たい目をした少女がこちらに斧を向け見下ろしていた。
その目に見覚えがあった。かつて器を産んだ女と、その一族の娘達。
そしてギムレーとなった娘ルフレの、怨痕に満ちた眼差しが重なった。

「おま、えは…まさか、」
「貴方の役目は終わりました。ただの信者集めの分際で調子に乗らないで欲しいです。
それとも、自分だけならギムレー様がもたらす滅びから逃れられるとでも思っていましたか?残念ですねぇ」

斧の刃がファウダ―の体を分断しようとゆっくり負荷を加えられていく。
一瞬でなぎ払う力があるのにわざと一思いに殺してこないのだ、まるでギムレーのように。
この身を貫く恐怖と痛み、そしてギムレーに魂を貪られるだろう歓喜が絶叫を上げるファウダ―の目に浮かんだ。そんな彼の様子を冷え切った心で見つめながらマークは吐き捨てるように呟く。

「ギムレー様は等しく滅びをお与えになるのよ…父さん」

前々から顔も知らない母親への哀悼の意と、ルフレにとって最愛の人をこの手で殺させるというこの世で最も残酷なことをさせた報いをこの手で晴らさせようと誓っていた。
例えむなしさしか残らないとしても、この胸の中に渦巻くどす黒い靄を晴らせるなら構わない。
ギムレーが描かれた石床に血だまりがみるみると広がっていく。
マークがファウダ―の体を両断仕切る前に、闇の中を雷撃が走っていった。それはギムレーを称える呪詛を無心で口にするファウダ―の胸に的確に刺さり、黒煙を上げて一瞬で止めをさす。

「姉さん、そんな下種の為に時間を使うのは惜しいよ」

返り血を浴びたマークがゆっくりと振り返れば、呪文書を携えた少年マークが無表情で歩いてきた。
血に濡れて立ちつくす少女の顔を優しくぬぐい、血だまりに倒れ伏せるファウダ―を一瞥する。
自分の祖父であり、父を殺させ母の人生を狂わした一因となった男に驚くほど感慨がわかなかった。未だに死体を見つめるマークの肩をそっと抱き、視線を逸らさせる。

「さあ姉さん、ギムレー様の所へ帰ろう?僕達にはまだやるべきことがあるはずだ」
「…ええ、そのつもりです。有難うマーク」

斧についた血を汚らわしいもののように振り払うと、マークは肩に置かれた手を繋ぎ悠然と歩き出した。
先程マークが殺したであろうギムレー教徒達が口から煙を上げて立上がり頭を垂れる。
邪龍に祝福された子供達は赤く濡れた足跡を残して祭壇から去り、そこには血で汚れ鈍く輝く炎の台座だけが残された。




掃除や整備がままならず、荒れていくばかりのイ―リス城の一室。
ルキナは歴代聖王の肖像画が飾られているそこで、珍しくぼんやりと物思いにふけっていた。
父クロムの若き肖像。まだルキナが生まれたばかりのころの親子の絵。マークが生まれ家族4人で笑い合っている絵。直接壁に飾られている訳ではないが、母の妹であるマークのあどけない笑顔が描かれた小さな絵も机のわきに置いてある。これらは全て平和だったころ父達の仲間が描いたものだと聞かされていた。
二人のマーク。
一人はルキナの弟で、悪戯が過ぎる所があったが仲間想いの心優しい子だった。少し抜けている所が父に似ていて、聖痕がないことを気にはしていたが大きくなれば逞しく民を導けるだろう器の持ち主。
もう一人のマークは弟が生まれてしばらくした後に、母が連れてきた赤子だった。
従兄弟のウードもマークも男だったから、妹が出来たと大はしゃぎで彼女をあやしていた記憶がある。
弟のマークに負けじと悪戯好きでおしゃまな所があったが、賢く誰とも仲良くできる愛らしさを持つ可愛い妹分。
二人のマークと幼馴染達に囲まれて過ごす日々は幸せだった。出来ないことはない、ここにいる14人で未来を作ると幼心ながら誇りに思っていた。
だけどもうそんな日常は来ないのだ。
数年前、竜を駆るジェロームに乗せられ一人敵に立ち向かったマークを救いだそうとした時、ボロボロになった剣と無残に散っている呪文書を見た時の絶望を思い出す。結局死体はみつからなかった。
ここに来ると失ってしまったものの多さに辛くなって最近は行かないようにしていたのだが、毎日聞かされる死亡者の名前と侵略された領地の数に心が折れかけた時にいつのまにか来ていたのだ。

「ここにいるのは、私だけになってしまいましたね…」

ファルシオンの柄に手をかけ、ルキナはそっと目を伏せた。
ウードやシンシアは仲間達を連れこの城を去り、炎の台座に嵌めこむ宝玉を探しに行っている。
本当ならそんな危険な旅に出したくなかったが、国宝であるそれらを集めなければ覚醒の儀を取り行えないのだ。それしかギムレーを討ち倒す方法をしらないのだから。
逆に彼等が帰って来なければ、ルキナはこの城と国民もろともゆっくりと滅ぼされるしかない。
ファルシオンを握る手が震える。
本当はもう誰一人失いたくないし、祈るだけの日々も嫌だった。
しかし残されたルキナは人々の希望として王の姿を取り繕わなくてはならない。決して弱気な姿を見せてはいけないのだ。

「ルキナ、ここにいたのですか」

蝋燭のか細い光で照らされた部屋に帽子型の影がさした。

「ごめんなさい、探させましたか?」
「いえ、ルキナがここにいるのは珍しいなと」

幼馴染の青年ロランが旅装を整えた姿で立っているのをみて、ルキナは表情を翳らせた。

「その様子だと、行くのですね」
「ええ、炎の台座が見つからなければ元も子もありません。しばらくの間手助け出来ないのは心苦しいですが…」
「ロランは気にしないで、私が城を…民を守りますから。セレナとジェロームは?」
「ジェロームなら先に外の様子を見に行くって行っちゃったわよ」

ロランの脇からツインテールを揺らしてセレナが現れた。「あいつったら薄情よねー」と呆れた口調で髪をいじってルキナから目を逸らしている姿にロランは溜息をつくと、ルキナの耳元でそっと囁いた。

「いつもの照れ隠しですよ。そういうセレナもさっきまで会いに行くのを渋っていたじゃないですか」
「う、うるさいわね!何も言わないで出てったら今生の別れみたいでいやじゃない!」

そう噛みつくセレナの目元が赤いのに気付き、ルキナは思わず笑みを零す。昔から素直じゃない彼女のことだ、不安で泣き腫らしてしまったのだろう。そこをロランに捕まってしまったわけだ。
セレナは久しぶりに笑って見せたルキナを軽く睨みつけると、ズンズンと足音を立てて近づいてきた。

「いーいルキナ?私は…私達は絶対帰ってくるわ。先に行った馬鹿達も殺しても死なない奴らだし帰ってくる。そしたらあんたがギムレーをぶったおすのよ!約束!だからそんな不安そうな顔しないでよね!」
「セレナ、もっとお上品に話してください。とはいえ、セレナの言う通り僕達は必ず炎の台座を手に入れて帰ります。だからそれまで城をお願いしますね」

おでこをつついてくるセレナと微笑を浮かべるロランにルキナもまた頷いて見せた。
失ったものは取り返せないけど、これから失うかもしれないものは救いだすことが出来る。
そう信じなければいけないのだ。
彼等の決意を受け止め、ルキナは姿勢を正した。先程までの弱気な姿を、どこかで見守ってくれている家族達に見せるわけにはいかない。

「わかりました。ではせめて、貴方達の旅の無事を祈らせて下さい」
「ふんだ、祈りなんて必要ないわよ。どうせこの世界に神様なんていやしないんだから」
「セレナ。…それでは僕達はもう行きますね」

言葉とは裏腹に泣きそうなセレナを促すと、ロランはルキナを一瞥して部屋を後にした。
ルキナも彼等を見送ろうと立ちあがろうとした。そのはずみで蝋燭の灯が消え、暗い部屋にルキナ一人が残される。
…それでも、彼等は本当に帰ってくる?
閉まり行く扉を眺めながら。ルキナは不安が溢れていくのを感じた。
妹のように思っていたマークも憔悴していながら失踪直前まで笑顔を浮かべていた。
弟のマークも思い出の中では笑顔で、敵を迎え撃つとルキナに告げずそのまま見つからない。
お父様もお母様も、帰ってくると約束したのに。
――今度こそ、私は一人になってしまうのではないか?
絵画に描かれた大切な人達の顔を思い出し、ルキナは立ち止まってしまう。
何も告げずに一人で離宮に残った弟の後姿が、重い空気の中取り行われる両親の国葬が脳裏によぎり今ならロラン達を止められるかもしれないと一瞬でも考えてしまう。
…それでも今は、彼等の言葉を信じなければならない。
仲間達の覚悟に応えなければ。
ルキナは深呼吸をして自身を落ち着かせると、旅立つ彼等を見届ける為に絵画の間を後にした。




「ナ―ガの姫が動き出したようですね」

ルフレの姿をした邪龍がマーク達に笑いかける。毒のある艶やかな笑みに動じず、2人は静かに次の言葉を待った。

「炎の台座と宝玉を探しに姫君の騎士達は動き始めた…ですが、どれか一つでも欠けたら終わりです。…私の言いたいことはわかりますね?」
「はい、ギムレー様」
「心得ております」

頭を垂れたまま、2人は同時に言葉を放った。
ついにこの時が来た。
ギムレーは世界を食いつぶす最後の段階まで来たのだ。仕上げに今まで生かしていたルキナを殺して魂を喰らい、真の暗闇をこの世にもたらすつもりなのだろう。ナ―ガは既に滅ぼしているのだからルキナ達にもう手はないのだが、より絶望を色濃くする為に何も知らない彼女の希望の星を丹念に断っていこうという算段なのだろう。
人間を絶望に陥れる執念が、ギムレーという存在を生み出したのだろうか。はたまた、軍師であるルフレを器にしているからここまで用意周到なのだろうか。
…いずれにせよ、彼等はいずれ始末することになっただろう。ルフレの傍にいると決めた以上、こうなることはとうに覚悟していたのだ。

「二手に分かれた希望の子達を、僕達が別れて罠に嵌めます」
「ギムレー様はその間に、ナ―ガの姫君を」

感情が込められていない男女の声にギムレーは満足げに笑うと、音もたてずこちらへ転移してくる。顔を伏せている2人の傍らに屈むと、腕を伸ばし抱きしめてきた。

「私の可愛い子供達…愛していますよ」

耳元で囁かれた言葉は夢にまで聞いて焦がれていた言葉。
ルフレのふりをした邪龍のわざとらしい笑い声に目蓋をぎゅっと閉じる。
それでもこの体は大事な人のもの。脳裏に響く本当の声は最近聞かないが、それでもルフレに変わりはないのだ。
この温もりがあれば生きていける。
罪に濡れることも出来ると、2人のマークは固く手を繋ぐ。

そんな二人の姿をギムレーの瞳の奥で、ルフレは悲しげに見守っていた。
この手は棘で貫かれ彼等を抱きしめることが出来ない。
動かないこの体は娘であるルキナも、大切な人達の子達を傷つけてしまうだろう。
それでもまだ希望はある。
針のように小さく細いけど、光はまだ射しているのだ。
遠のく意識の中、ルフレは幾分か成長したマーク達の姿を焼き付けて静かに目を閉じる。
来るべきその時の為に備えて眠りについた。




ギムレーの意識を少しだけ封じた時、ルキナがチキの亡骸を前に愕然としている姿が映る。
美しく成長した娘に対する喜びと、その顔を曇らす涙に胸が痛むが、この手は鉛のように重く彼女を撫でることが出来ない。

(ルフレ…あなたなのね)

精神だけの存在となり語りかけてきたチキを数瞬だけ見つめる。早く逃げて、そう念じれば彼女は小さくうなずき、時空の狭間へと溶けるように消えていった。
魂まで滅ぼそうとしたギムレーの動きを一瞬だけ止め、神竜の巫女であるチキを新たなるナ―ガへと覚醒させる。この数秒の為だけにルフレは今まで屈服したふりをしたのだ。

――チキさん、ごめんなさい。

ここまでだ。力を使い果し、ルフレは身体をギムレーに明けわたす。
曇った視界に映る娘は母の姿をした邪竜に怒りと哀しみを露わに斬りかかろうとする。
が、ギムレーは躊躇いが僅かに見受けられた斬撃を避け転移魔法を構築していった。
母の裏切りを知って、ルキナはどう思うのだろうか。絶望をより濃くするだろうか。
それでもあの子はクロムに似て強い子だ、天で輝く太陽のように、大きな影を振り払おうと立ち向かってくれるはず。

――ルキナ、貴方には辛い思いばかりさせてごめんなさい。どうか生きて…

ギムレーの体が光に呑まれる。その狭間に泣きながらファルシオンを構える娘を見て、ルフレは届くことがない祈りを捧げると暗闇色の茨の中で眠りについた。





彼女を見た時、そんな馬鹿な、と思った。
ギムレーかと思ったが彼女は今頃神龍の巫女を滅ぼしに行っているはずだからここにいるはずがない。それに、眼の前に立つ姿は自分が知るその人よりも若かったのだ。
荒野で一人マークは崩れ落ちる。血色に滲む夕焼けを見つめながら、マークは先程までの夢のような出来事を思い返した。


*


檻の中で屍兵に囲まれている少女達をみて、マークは古傷が痛むような感覚で顔を顰める。
今まで沢山の人間を殺してきた。中には知っている者、世話になっている者もいたから慣れているはずだった。しかし今回はその中でも特に親密だった幼馴染達を殺さなくてはならない。
武器を奪われ、今まさに命を奪われるという絶望に顔を引きつらせるノワール、諦めたように目をつぶり震えるンン、抵抗をやめ武人らしく死のうとまっすぐ屍兵をみつめるデジェル、そして足が震えながらも希望を捨て切れずにいるシンシア。
大切な人達だった、なるべくなら皆苦しまずに殺してあげたい。
合図を出せば、彼女達は一瞬で屍兵にその身を貫かれるだろう。握りしめた手が少しだけ震えていた。

「それでも生きて返すわけにはいかない。宝玉を届けさせるわけには行かないんですよ」

苦しみ嘆く母のか細い声、そして違う任務を行っているもう一人のマークを思い返しながらマークは視線を上げた。彼女ならもう幼馴染達を始末しているかもしれない、そう考えフードの奥で仄暗い笑みを浮かべる。

――感情や思い出なんていらない。僕達は母さんを守ることだけさえ考えればいいんだ。

燃え盛る炎の中、マークは処刑の合図を出そうと手を振り上げる。その時、ぱちぱちと爆ぜる音しか聞こえなかった建物に光が満ち、複数の足音が轟いた。

「母さん!」
「父さん?!どうしてッ?」

屍兵が呻き倒れる音に少女たちが驚愕の声を漏らす。
マークも慌てて振り返れば、救出されていく少女たちの姿がこの目に映る。
有り得ない光景に動揺するが、すぐにギムレーが以前話していたことを思い出した。

(異界の援軍…!)

マークは奥歯をぎりり、と噛みしめる。常に高慢で自信に満ちている邪龍が唯一懸念していた出来事が、異世界のナ―ガによる干渉だった。
このままだと運命が変わってしまう。そうなる前に彼等をここで葬らなければ支障が出る。
戦局を変える為に新たなる屍兵の召喚をしようと意識を集中した。しかしその瞬間凄まじい勢いの炎が護衛にと配置していた屍兵を炭に変えていき、マークは舌打ちして呪文書を開き臨戦態勢に入る。
呪文を構築し終わり、炎が障害を燃やしつくした時、眼の前に現れた女性にマークは目を奪われた。
見知った髪の色が炎を背景になびいている。理知的な瞳が凛と輝き、こちらを見据えてきた。

「そんな、まさか…」

黒魔術の陣が消失する。
闇色の外套を身にまとったルフレは、愕然とするマークを不思議そうに見つめてきた。


*


手元にある戦術書をめくりながら、マークは目蓋を伏せる。
やはりなにもかも同じだ。ページの折れ目も筆跡も、全て母の形見であり肩身離さず持っていた戦術書と一致していたのだ。
異界の援軍が送り込まれている以上、軍師である母がいてもおかしくないのだが、そこでかわした会話がマークの心をより乱していく。

(異界の母さんとはいえ、突飛なことをするのは変わらないんですね…)

大切な人に似ているから、そんな理由で異界の母は何故か戦術書を渡してきた。
そして「この世界の私は思って貰って幸せだ」と、明らかに怪しいマークに微笑んで見せたのだ。
ギムレーである母が見せることのない笑顔に、戦意と懐疑心が砕け散る。
父クロムの声が聞こえ、母が振り返った時に耐えきれなくなってしまい、マークは転移してしまった。異界の父にまでこの姿を見られるのは嫌だったのだ。
 
恐らく幼馴染達は運命を覆して助かり、姉の元へ宝玉を運ぶだろう。作戦は失敗したのだ。
きっとギムレーは怒り、折檻を受けるだろう。それだけなら構わない。
このままだと、ルキナは運命を変えてしまう。
ギムレーごと母を失ってしまうかもしれないのだ。
混乱して散り散りになった思考が恐怖に染まる。マークは戦術書をしまうと、ふらりと立ち上がって日没の空を見上げる。

「姉さんに…ギムレー様に、援軍を伝えないと…」

足元が恐怖と動揺でおぼつかない。それでも腕の中の戦術書を強く抱きしめながらマークは歩みを進める。涙が気付かず零れ落ち、乾いた大地にしみ込んでいっても構わず歩いた。



*


マークと落ち合う予定となっていた朽ちた教会の先端が見える。
ひしゃげた十字に止まる黒竜を見て、彼女はもう帰っているのか、とおぼろげに考えながら腐りかけた扉に手をかけた。

「姉さん…?」

教会の中は蝋燭がともされることなく、しん、と静まり返っている。
手近にあった燭台に火を灯してマークは足を踏み出す。コツンコツンと妙に響き渡る自分の足音が心を妙にざわめかせた。

「マーク姉さん」

やっと見つけた小さな人影にマークは駆け寄る。
破壊された祭壇にもたれかかるように、少女のマークは座り込んでいた。顔を突っ伏している彼女の肩にそっと触れると、髪に隠れていた顔が露わになった。
マークの瞳は赤く充血し、目じりは涙で滲み蝋燭の火できらめいている。

「マーク…わたし…」

震える声の少女をマークは何も言わず優しく抱きしめた。
傷だらけの頬と、骨が浮き出た彼女の背中を撫でながらマ―クは理解する。

「姉さんの所にも、母さん達が来たんですね」

腕の中で彼女が驚いたように顔を上げる。
どんぐりのような瞳に自分も同じだ、と頷いて見せれば、彼女は絞り出すように泣き声をあげた。

「私…逃げてきちゃったんです。異界のルフレさんだって知っていたけど…あの人の笑う姿みたら、戦えないっ…!」
「姉さん…」
「ねえ、私達は何のために戦ってたの?笑顔のルフレさんをもう一度みたかったのに…その為ならなんだって出来るって、私、決めていたのに…!」

涙も枯れ果て胸に額を押し当て震える彼女をあやすように撫でながら、マーク自身の心にも同じような疑問が膨らんでいくのを感じる。
ギムレーとなった母ルフレは、異界のルフレのように微笑みを向けることは決してない。
邪竜の一部として生き続け、夫を殺し世界を壊す罪に嘆き苦しむことしかできない。
それが本当に母の幸せなのか?
孤独な彼女の哀しみへと本当に寄り添えているのだろうか?
一度疑念が湧きだすと、奈落の底に転がり落ちていくように先が見えなくなっていく。
自分達はこれからどうすればいいのだろうか?
このまま放っておけばギムレーは異界の干渉にあい、運命を変えられてしまう。
しかしルキナに討たれて解放された方が母は幸せなのではないか?
仮に干渉を振り切ったとしても、当初の予定通りルキナを殺して世界を掌握したら、今度こそ母の心は壊れてしまうのではないだろうか?

「僕にはわからないですよ、姉さん…」

視界が滲み、母と同じ髪色の頭がぼやけてみえた。
それが先程の異界との邂逅を再び思い出させ、マークは一滴の涙を零す。
迷った時の指針の見つけ方など、戦術書には載っていない。
月が無い夜に小舟で航海に乗り出したような心のぐらつきを繋ぎとめるように、マークはひたすら震える少女を抱きしめることで迷いを消そうと試みた。

「私なら、その答えを知っているかもしれないわ」

風もないのに蝋燭の炎が揺れる。聖堂にひびく声に二人して顔を上げた。
半壊したステンドグラスの下、砕けた聖像の上に尖り耳の女性が立っている。
月明りもないのにきらきらと輝く翠の髪に、マーク達は驚愕の声を漏らした。

「神竜の巫女?!」
「何故、貴方はギムレー様が殺したはず」

仲間と別れ孤独なルキナに、より深い絶望を与える為殺されたはずのチキが、静かにこちらを見つめてくる。
残忍なギムレーが早々と彼女を逃がすとは思えない。そう凝視していると、チキは物音一つ立てずマーク達の傍へ降り立った。

「そうよ、私は死んだわ。でも魂までは滅ぼされなかったの…ルフレのおかげでね」
「母さんが?」

彼女は茫然と抱き合っているマーク達をすり抜けていき、こちらに柔らかな微笑みを向けてくる。確かに身体が触れたはずなのに肉体の感触がせず、ようやくチキが精神だけの存在でいることに気付かされた。

「そう、ルフレの残っていた意識がギムレーを止めてくれたの。だから私はこの世界の新たなるナ―ガとして覚醒出来た。…多分だけど、これもルフレの策のうちじゃないかしら」
「どういう意味なんです?それに策って」
「ルフレはね、たびたびギムレーの深層意識に潜り込んで異界と接触していたみたいなの。だけどもう彼女には時間が無いわ。私を助けるのに最後の力を振り絞って、ギムレーに全て呑まれそうになっている」
「そんな、それじゃルフレさんは」
「ルキナを殺して世界を支配出来たら、天才軍師の記憶なんていらないもの。いつかギムレーはルフレの魂を完全に吸収してしまうわ。…勿論貴方達も」

マークはうつむき唇をかむ。
自分の命は惜しくなどないが、母が殺されてしまったら元も子もない。それこそ、姉と国を裏切った意味がなくなってしまうのだ。

「ルフレは貴方達の力を必要としているわ」

ほのかに光を放ちながらそう告げるチキを二人は食い入るように見つめる。
何故ギムレーと敵対するナ―ガが自分達に接触してきたのか、罠ではないかという考えも浮かんだが、成すべきことを見失っているマーク達は縋るしかなかったのだ。

「ギムレーはじきにルキナの元へ現れる。最後の仕上げをしようと仲間もろとも彼女を殺すつもりよ。…でもギムレーはまだ私が復活したことに気付いていない。覚醒の儀を行う最後のチャンスがあることを知らないの」
「…母さんがギムレーと共に封印されるのに加担して欲しいんですか?」
「封印じゃないわ、滅ぼすのよ。イ―リス城に私の亡骸が眠っているから、より強くファルシオンの力を継承できる…でもそれには時間が必要、だからルフレにはもう一度目覚めて欲しいの。それには貴方達の血が必要だわ」
「どういうことなんですか?」

チキはちらりと少年のマークの足元を見る。少女のマークを抱きしめたはずみで落ちた二冊の戦術書を指さして見せる。そして静かに、しかし聖堂に響き渡る声で言い放った。

「ルフレは生前に、自警団のみんなと人の意識を縛る呪術を考えていたみたい。自分がギムレーになった時の為に、とある戦術書に書きとめておいたと。残念ながら邪龍には人間の理が利かないらしくて、サーリャが行使してみて駄目だったらしいけど。…でも、貴方たちなら出来るかもしれない。ルフレ、そしてギムレーの器としての血を継いだ貴方たちなら、一時的にでもギムレーの意識を抑えられるかもしれない」

マークは思わず戦術書を拾い上げ、その術が書いてある場所を探す。
これよ、とチキが指さして見せて二人は目を見開いた。
それは様々な戦術と添削されたページの後、ルフレの単なる走り書きだと思っていた項に書かれていた術の構築式だった。ルフレは思いついたことをなんでも書きとめておく癖があったから、思わず手元にあった戦術書に書いてしまったのかもしれない。
どこまでルフレの手の内なんだろうか。神軍師と称えられた彼女の才に、越えられない壁と底知れなさを感じ二人はそっと身震いした。

「貴方達の血、そしてルフレとの絆があれば、彼女の魂を救えるかもしれない。苦しむ彼女を解放してあげられるわ。…勿論貴方達には辛い選択だとわかっている。でも、本当に最後のチャンスなの」

力を貸して、そう辛そうに呟くとチキは手を伸ばしてくる。
彼女もかつてクロム達と共に戦ったと聞いたことがある。かつての仲間が苦しむ声が聞こえ、苦しんでいるのだろうか。

「マーク姉さん」
「マーク」

二人同時に顔を見合わせ声が重なる。
それはギムレーを裏切り、ルフレの肉体を本当に消してしまう賭けだ。
例え中身が邪龍でも、それはまぎれもなく大切な人のものなのだから。
本当に彼女を救えるのだろうか?
それが彼女の幸せなのだろうか?
戦術書を抱きかかえながら二人のマークはしばらく言葉を失くし、互いの瞳の奥を覗きあう。
かつてクロムとルフレが互いの半身だったように、彼等は世界を裏切ってから半身として生きてきた。
お互いの考えていることならば、言葉にしなくともわかる。
二人は頷き合い、手を重ねた。
二人で一つ。世界を裏切る覚悟も、母を救う覚悟も一緒だった。
二人なら何でも出来るんだ、と互いの掌から感じる温もりに勇気づけられた。

「僕たちは、世界よりも母さんを取りました」

手を取りあいゆっくりと立ちあがる二人を、チキは宙を漂い青白い月のように見守っている。

「これで許されるとは思っていません」
「それでも僕は、」
「私は」

この重すぎて押し潰されそうな罪も、二人でなら背負っていける。
崩れ落ちた聖像の前で誓いの祈りをするように、二人はチキの前で力強く頷いて見せた。
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