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マーク誕小説です。papilio~終了後から5年後の話。
クロルフ夫婦がいちゃついているだけと、記憶を取り戻したマークの独白です。
クロルフ夫婦がいちゃついているだけと、記憶を取り戻したマークの独白です。
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「どうするんだ、この山」
「ごめんなさい、今日はいけると思ったのですが」
こんもりと皿に積まれた、甘い香りを漂わせるクッキーの山。一見するとちょっとこげている以外は普通だが、一度口にすれば舌を突き刺す鋼の味がするというやっかいな代物である。その山を構成する一枚を手に取りクロムはうんざりとした顔を浮かべ、ルフレは額を抱えうつむいてしまった。いつもよりも風味が引き出されたたそれらに、味見を手伝いをしていた幼いルキナですら、味見をすると苦笑いを浮かべる始末であったのだ。
「マーク達の誕生日だからと力みすぎてしまったみたいで……これは責任もって私の明日からの茶菓子にしますから、無理して食べなくてもいいですよ」
「いや、材料が勿体ないから食べる。大きいルキナやマーク、リズ達にも分ければいける量だ」
「お気持ちは嬉しいですけど、さりげなく被害者を増やさないでください!リズさん達なんか完全にとばっちりじゃないですか」
「リズだって俺によくわからない味の弁当だの菓子だの押し付けてきたんだからお互い様だろ。家族というのは助け合うものだ」
「この時代のウードさんの味覚が正常に育つか心配ですね」
未来から来たルキナやウードが王族だというのに妙に料理上手だったのは、自衛の為だったのかもしれない。彼らの不憫さに思わず涙が浮かびそうになった。そして、自分の不甲斐なさにも。
うなだれていると、クロムがポンポンと頭を優しく叩いてきた。
「しょぼくれてるから一応言っておく。調子がいい時のお前の料理、俺は好きだぞ?」
「うう、慰めはよしてください…ルキナ達に得意顔したくて、少し作りすぎた私が悪いんです」
「マーク達はルキナと同じく料理が得意になるといいな。少なくとも、俺やリズには似ないで欲しいものだ」
「二人いますから、どっちかは鋼の味を受け継ぎそうですけどね…そういえば、大きいマークは自炊しても鋼の味が取れないって言ってましたっけ」
クッキーを齧りながら笑う夫に、ルフレは苦笑を浮かべる。そして、先ほど「はがねのあじだー!」と叫びながら部屋から飛び出して行った双子に想いを馳せた。
一人は未来から来たマークと同じ性別の男の子。
もう一人は、未来ではいなかったと言われる女の子。二人共、未来から来たマークにはない聖痕が、片方ずつ目に刻まれていた。
ルフレの提案で二人に同じ名前をつけたものだから、ややこしさに最初は混乱した。が、周囲は時が経つに連れて慣れて行きニュアンスで呼び分け、マーク達も特に不自由なく聞き分けるようになった。未来から来たマークも大層お喋りであったが、この双子は幼いということも相まって輪をかけて賑やかであった。いつでも二人一緒なものだから悪知恵もよく働くようで、誕生日の今日も「窮屈な正装を着るのが嫌だ」と、見張りの騎士達、あのフレデリクの目さえも逃れて城内から抜け出そうとしていた始末である。幸い、二人を祝いに来た大きいマークの手によってなんなく捕らえられてしまったのだが。
「しかしあいつら、本当に式典が嫌だったんだな……あんなぶーたれた顔、ちんまい頃のリズでもしなかったぞ」
「あら、クロムさんだってよく壁を壊して逃げ出そうとしていたって、前ソワレさん話してくれましたよ?」
「む、昔の話だ!それも大昔だからな!くそっ、ソワレめ……いつこんなこと話したんだ」
「マーク達ったら、そんなところがクロムさんに似ちゃったのですかね」
肩を竦めてルフレもクッキーをつまめば、夫は「悪かったな」と憮然とした顔を向けてきた。肩を竦めて刺々しい視線を受け流し、窓の外を何気なしに見つめる。初夏が近づき、若葉が青々と輝いている良い天気の日だ。2対の蝶がひらひらと舞うように外を飛んでいき、風に乗って高く昇っていく。
「でも早いものですね、もうマーク達も5歳ですか」
「ああ、本当にそう思う。行軍の日々が遠い昔みたいだ。……お前がいなくなって、戻ってきたのも。」
ポツリと呟かれた言葉にクッキーをかじっていた口を止める。
邪痕が消え失せた自らの手に、気づいたらクロムの手が重なっていた。
「不思議なものだ。こうしてお前が帰ってきて、イーリスも落ち着いて、家族が増えたというのに…まだ、お前が何処か行ってしまわないか、と思ってしまう自分がいるんだ」
「クロムさん……」
「我ながら女々しいとは思う。だが、こうしてお前に触れていないとどうしようもなく不安に感じる時があるんだ」
きっと今が幸せだからだろうな。
そう言ってはにかむ夫の表情に、ルフレは胸を締め付けられた。
マーク達が生まれた夜も、クロムは出来るだけ傍にいてくれた。もう愛しい者を二度と失いたくないという気持ちからだろう、彼の気持ちが痛いほどわかる。なにせ半身なのだから。
だからルフレは彼の掌を握り返した。私はここにいる、と証明するように。
「クロムさん、もう私はどこにも行きません。死が二人を分かつ時まで、貴方の傍にいさせてください」
「当たり前だ、むしろ死んでも離さないぞ。……なあ、あの時みたいにもう嘘つかないよな、ルフレ?」
「誓いのキス、しましょうか?」
「それは男がいうセリフだろ…まあいい、してくれ」
「もう、現金な人」
繋いだ手はそのままに、目を閉じてクロムに顔を近づける。クロムもまたルフレの腰を引き寄せ、妻からの口づけを待った。
吐息を感じるほどに二人の顔が近づく。もう幾千幾万とくちづけを交わしているが、やはりこの瞬間はいつだって胸が高鳴るものだ。
あと数センチ、数ミリ。ゆっくりと熱が近づいてくる。
「「とーさん、かーさん!!マークにーさんがねー」」
「うおおおおお!?」
「きゃああああっ!!」
唇が触れ合いそうになる瞬間。子供たちのあどけない声に、甘い雰囲気はどこへやら、二人は慌てて互いの身体を突き飛ばすようにのけぞった。その衝撃で、クッキーの山がガラッと崩れ落ちる。
「とーさん、かーさん、どーしたの?」
「かおまっかだよ、かぜ?」
「なんでもない!」
「なんでもないです、なんでもないですから!!」
「マーク!!お父様とお母様の邪魔をしてはダメですって!」
「ねーさん、ぼくたちなにもわるいことしてないよー」
「おとしあなもほってません!」
「る、ルキナ?!お前、いつから……」
いつの間にかマーク達の前に立ち、通せんぼしている小さなルキナに二人は顔を青くした。
二人きりだと思っていたというのにいるということは、彼女はこの部屋の何処かにいたと言う事で。
幼い娘に初々しい恋人のような姿を見せてしまった気恥かしさから二人でしどろもどろしていると、「邪魔してはいけませんからねっ!」と釈然としていない様子の弟妹を連れて、エプロンをふりふりと揺らしながらルキナは部屋から出て行ってしまった。
「ああ、ルキナ、これはですね、その!……って、もう行ってしまいましたか」
「全く。ルキナのよくわからん気の使い方はお前に似たな」
「クロムさんの人の話をまるで聞かない所もそっくりですよ!」
嵐が去った後のように、再び静まり返った部屋。赤い顔のまましばし人軽くにらみ合って、すぐに二人して破顔する。
こうした何気ない幸せを噛み締められる日々が、世界が、愛しくて仕方がないのだ。
「子供達も行ったみたいですし。マーク達の誕生会をやる前にルキナのお言葉に甘えてキス、し直しちゃいます?」
「お前、帰ってきてから大胆になったな。昔は自分からは出来ないって恥ずかしがってたのに」
「それは昔の話、結婚したばかりの頃でしょう?それとも今更恥じらった方が、貴方的にはそそりますか?」
少し頬を膨らませて言って見せれば、クロムは口角を上げてぐいっ、と顔を近づけてくる。
彼の意を酌み、微笑み返してから今度こそ、とルフレは瞼を閉じて彼の唇に口づけを落とした。
*
クロムとルフレが口づけを交わす数刻前。
王子と王女の誕生日を祝う国旗が、城下町のいたるところに掲げられ温かい風の中翻っている。双子を祝い賑わう民衆を窓枠に腰掛けながら眺め、マークはぼんやりと物思いにふけっていた。
――父と母を飲み込もうとうしていた死の運命は覆された。そしてマークが知る未来とは少しずつ分岐し、新しい世界を構築し始めている。
例えばひねくれた所がある幼いセレナは素直に育ち、ジェロームも相変わらず人見知りではあるが、他者を拒絶することはない。未来では幼い頃に死に別れた両親と共に暮らし、仲間である彼らとはまた違った性格に育ちつつあるのだ。ギムレー教団も解体され、曇りなき平和な未来が訪れ始めたのだからズレが生じてもおかしくはない。未来では死したはずの叔母であり前聖王であるエメリナも、バジーリオ達の庇護の元フェリアで穏やかに暮らしているという。
そして最も異なるのは、聖王夫婦の下に双子が生まれたということだ。
自分以外は知らないだろうもう一人の“マーク”。ギムレーを滅ぼした為に異世界でも呪縛が放たれたのか、それともルフレという因果にたぐり寄せられたのか……。詳しい理由はわからないが、母の提案で彼女もまた「マーク」と名を与えられた。皆に祝福されて健やかに育ち、そして今年、二人共5歳になったのだ。
交差する二つの旗に目を細め、マークは無意識のうちに一冊の本の背を撫でる。元いた世界の少女、姉のように慕っていたマークの字が書き加えられた、母の形見である戦術書だ。
そっと髪を揺らす風が、民衆の活気に満ちたざわめきを乗せてくる。
生まれ育った世界とはまるで違う優しい世界。知っているようで、知らない世界。重なり合っているようで、しかし少しずつ噛み合わない為に、記憶を取り戻したマークは取り残されている気がするのだ。
そのズレに何故か目眩がして、戦術書を抱きながらぎゅっ、と目を伏せた。
*
「僕は、ルキナさんがいた世界とは別の世界から来たんです」
5年前に記憶を取り戻し、少し経ってからマークは姉に告白した。
「未来の僕にはルキナさんと、もう一人……マーク姉さんという大切な人がいました。一人で母さんを守るという彼女を追いかけて、僕はイーリスを、ルキナさん達を裏切ったんです」
カンテラに灯された炎が揺れる。暗がりの中でルキナの表情はよく見えない。
こんなことを急に言われても彼女は戸惑うだろう。だが、彼女の本当の意味での弟でないことを伝えなければいけないと思ったのだ。
「あ、だからってルキナさん達がいた未来の僕が裏切っているってことはないと思いますよ!未来にはマーク姉さんは存在しなかったのだから……もしルキナさんが未来に戻る機会があったら、本当の“マーク”を探してあげてくださいね。少し違うとはいえ、僕は僕なんだからきっと図太く生きてますよ!もしかしたら空腹で倒れてるかも」
冗談めいた笑みを浮かべてそう言った瞬間、室内に映し出された影が大きく揺れ動いた。
気づけばマークはルキナに抱きしめられていた。いつの間にか身長を追い越し、彼女の方が縮んだのではないかと思ってしまったこともある。しかし、今マークを抱きしめているルキナの胸の中は、幼い頃に刻まれた母のように広く感じた。
「ルキナさん?この歳で抱きしめられるのは、ちょっと恥ずかし……」
「この時代のお父様もお母様も、私達を本当の子供のように慈しんでくれました。それと同じ、私が貴方のことを本当の弟でないと思わないわけないでしょう?」
顔を上げれば、薄明かりの中ルキナは微笑んでいた。父にも母にも似た、優しい表情で。
その笑みを浮かべる相手は違う。過去に苦しませてしまった姉の姿を思い返してしまい、眉を顰めるとルキナは優しく背中を叩いてきた。
「それに、貴方が私の本当の弟でないとしても。共に戦い助け合い、一緒にお父様に叱られたりファルシオンを果物で切ったり、悪戯ばっかりするけど常に私やみんなを和ませてくれた貴方との絆は変わりません。貴方がいてくれたから、私達は、お父様たちは避けようがないと思われた運命を変えられた」
「ルキナさん」
「来た世界は違っても、貴方はもうひとりのマークとお母様を守ろうとしたのですね。私、お父様が倒れた時にやっぱり運命は変えられないと思った。お母様を信じられなかった、あんなに大好きだったのに。だから、有難うございますマーク。異世界の私の代わりに、お母様の傍にいてくれて……」
目の前にいるルキナはマークの本当の姉ではないはずだ。なのに、あの時の姉と同じ言葉をかけてマークを抱きしめてくれる。
(世界が違っても、姉さんは姉さんなんだ……)
記憶がないマークを我が子とすぐに認め、実子のように接してくれた両親と同じように、彼女はマークという存在を肯定してくれる。戦禍の中はぐれたという本当の弟と出会えたと今まで思っていただろう彼女を、ぬか喜びさせてしまったのではないかと不安に思っていた気持ちがバカみたいだ。
「ルキナ…姉さん」
幼く愚かだったあの時とは違い、マークはもう大人と言って差し支えのない年齢になっていた。だが、こらえきれずマークは姉の胸にすがりつく。心の枷が外れたように、頬に涙が伝っていった。なんて自分は幸せ者なのだろう、取り返しのつかないことをしてきた自分には痛いほど染みる愛情が苦しくて、嬉しくて。涙が塩辛くて仕方ない。
(僕はあの時姉さんに命を分け与えられて、生きてきてよかったんだね)
「僕は、姉さん達に会えて、この世界にこれて、よかった……」
カンテラの柔らかい光の中。いつもの笑顔を崩し咽び泣くマークを、ルキナは何も言わず静かに抱きしめていた。
記憶の中にかすかに残る、言葉は少ないが時に苦しすぎる程抱きしめてくれた父のように。
*
「「マークにーさんいたー!」」
綺麗に重なったソプラノに、物思いに耽っていたマークは目を開ける。
振り向けば髪の色とくせっ毛具合以外は全く同じ容姿をした双子が、目を輝かせこちらを指差していた。
「パーティーこないって、かーさんがさがしてたよー!にーさんもおたんじょーびなのに!」
「はがねあじのクッキーのやま、へらすのてつだえってとーさんいってた!!」
こっちきてよー、とパタパタと足音を揃えて二人のマークはやってくる。裾をグイグイと引っ張られ、思わず手から落ちそうになった戦術書を慌てて窓枠に置いた。
「わかりました!わかりましたからそんなに引っ張らないでくださいよー、服が破けちゃいますって!」
この世界の自分と同じ存在と、元いた世界の少女マークに兄と呼ばれ慕われるのは未だにくすぐったい。笑って窓枠から降りれば、それまで悪戯っ子のように笑っていた二人が揃ってキョトンとした顔で首をかしげた。
「マークにーさん?」
「んー、どうかしましたか?厳選熊肉燻製セットも必殺他殺大全もさっきプレゼントで渡したでしょう?もう僕の懐はすっからかん…」
「にーさん、ないてるー」
「どっかいたいの?」
「えっ」
右目、左目と別々に聖痕が刻まれている大きな瞳に見つめられ、マークは一瞬呆気に取られた。
慌てて頬に触れれば、濡れた感触が指先に伝わった。
止めようと思っても何故か止まらず、マークは慌てて外套の裾で目元をゴシゴシと擦る。
「あーわかったー!」
「かーさんのクッキー、そんなにたべるのいやなんだ!」
「まずいもんねー!」
「あ、いや、そうじゃなくてですね」
「かーさん、とーさん!マークにーさんがねー!!」
子供達はキャッキャッと笑い、手を繋いで駆け出していく。
それがかつて両親や姉に悪戯を仕掛けた時の自分たちと重なり、視界はますます涙でぶれて、崩れていく。
「困ったな、こんな顔じゃ父さん母さんに顔見せられないよ……」
マークが泣いていると聞かされれば、あの二人のことだから駆けつけてくるだろう。
もう成人していて、一人の男として愛する人もいる歳なのに。自分とさほど歳の変わらない彼らは、きっと別れの時まで子供扱いしてくるに違いない。
――さっきからどうにも涙もろいのは、この風のせいだ。
そう、本来いた世界の母が姉によって倒された時に感じたものと同じ、生命の匂いがする暖かい薫風のせい。
拭うことも隠すこともやめ、涙が溢れ続ける瞳のままマークは顔を上げて微笑みを浮かべる。鼻がツンとしたが、草木と甘い焼き菓子の香りが何処からともなく流れてきて、その切なく感じた痛みを和らげてくれる。
思い出したけれども、古い本に書かれた文字のように早速掠れてきた遠い昔の幼い頃の記憶。
子供だった自分の隣には父がいて、母がいて、姉がいて、少女のマークがいて……今を生きる未来は変わったけれども、失ってしまったはずのその光景が重なり、そして今の自分が確かにここにいる。
「生まれてきてくれて有難う、マーク」
二人のマーク。
姉のように慕っていたマーク。
そして、こうして生き抜いた自分という存在。
もう忘れない。元の世界のことも、この世界のことも。罪も痛みも、こうして胸にこみ上げてくる幸せも。
窓枠に置かれた二冊の戦術書の上に白と青の蝶がいつの間にか止まり、鱗粉を輝かせ羽を休めていた。
誕生日だからと思いついたマーク救済編?です。
折角の誕生日だというのにこのマークは本編マークよりもちょっとスれてたり捏造満載だったりするのですが、もう一度このシリーズを書いてみたかったので満足しています。
※多大なネタバレが含まれるため、Papilioシリーズ未読の方は閲覧注意です。
某所で連載していた「Papilio」シリーズ作品解説というか言い訳エントリーです。
つづきからレッツ☆言い訳
某所で連載していた「Papilio」シリーズ作品解説というか言い訳エントリーです。
つづきからレッツ☆言い訳
まずは非常に長く誰得感のあるこのシリーズを読了して頂き、誠に有難うございます。
このシリーズは覚醒にハマってから絶対に書きたいネタだったので無事連載を終えることが出来て安堵というか、少しさみしい気持ちのような。
絶望マークの会話、撃破のセリフが切なすぎて、またマイユニと同性のマークは何者なのかという脳内考察を兼ねて楽しく書かせていただきました。
一応今回はクロルフ前提息子マークとして書いたのですが、私の脳内ではルフレ♂で娘マー子の場合でも二人の立場を逆にした感じで話が展開するのではないかと勝手に考えさせていただいています。
つまり、マーク♂がルフレ♂の腹違いの弟で、ルフレを慕って裏切るのにマーク♀が追従し結局マーク♂は次元の狭間に行って本編に登場しないという形で。
子世代との子供だと辻褄が合わないのでこの説は勿論間違っているとは思いますが…
書く事はないと思いますが、マーク♀verだとウードと兄妹だったりチキ娘だとしたらお話的に面白くなるのではないでしょうか。
ただマーク♀の方がルフレ依存率は高そうなイメージなのでまた違った展開になりそうですね。マーク♀の方が思い切りが良さそうというか。
他にもマークの正体説としては村娘or村男との間に出来た絶望未来マークが平和な未来からきたマークを乗っ取っているというか衝突して一つになった説とか考えていました。資料集にも細かい設定は載っていませんでしたし、もうマーク考察は尽きることがないですね!やったね!
本編の細かいネタとしては子世代は全員出すようにしました。シャンブレーだけセリフが少なくてごめんね。
あとImplevit冒頭とPapilio~1のラストが繋がっていたりとか。(成長したマークたちがチェスをする場面です)
腹部に傷を負う描写がマーク♀母とファウダー、マーク♂にあったりとかどうでもいい伏線も。多分誰も気にしないと思います。
あとタイトルの意味。
Papilio tertiadecima:13番目の蝶
Fragment tempus:時の欠片
Papilio Implevit:満たされた蝶
もしかしたら意味がおかしいかもしれませんが大体こんな和訳です。
13番目の蝶は子世代12人+マークペアで13番目
時の欠片はマーク♀の未来の暗示&マーク♂の忘れた記憶
満たされた蝶は…双子転生EDのことですね。
フィーリングでタイトルはつけてるので深い意味はあまりなかったりします。
あと執筆中に聞いてた曲としては
magia:kalafi○aさんの言わずもがなの名曲。かなりまどマギ意識してましたからね…
proof:ang○laさんのこちらも名曲。生まれてきた証明的な。
大事な瞼の裏:KO○IAさん。覚醒の話を書くときは大体聞いています。
あとラストについてですが、本当は双子EDは匂わせるだけで書かないつもりでした。
ただ反応を見る限りあまりにも後味が悪いかなと考え直して完結編であるImplevitを後付け。
一応すっきり終わらせたように見せましたが、欝展開大好きな私としては絶望未来ルキナは弟にもう二度と会えないだろうし、現代マクマクは離れることがないけど本編マークは本当の彼女に会えないという意味で救いはあるけどちょっともの悲しいオチに。記憶を取り戻した本編マークが時を渡って絶望未来の姉に再会することも可能性としてはあるんでしょうが。
このシリーズは覚醒にハマってから絶対に書きたいネタだったので無事連載を終えることが出来て安堵というか、少しさみしい気持ちのような。
絶望マークの会話、撃破のセリフが切なすぎて、またマイユニと同性のマークは何者なのかという脳内考察を兼ねて楽しく書かせていただきました。
一応今回はクロルフ前提息子マークとして書いたのですが、私の脳内ではルフレ♂で娘マー子の場合でも二人の立場を逆にした感じで話が展開するのではないかと勝手に考えさせていただいています。
つまり、マーク♂がルフレ♂の腹違いの弟で、ルフレを慕って裏切るのにマーク♀が追従し結局マーク♂は次元の狭間に行って本編に登場しないという形で。
子世代との子供だと辻褄が合わないのでこの説は勿論間違っているとは思いますが…
書く事はないと思いますが、マーク♀verだとウードと兄妹だったりチキ娘だとしたらお話的に面白くなるのではないでしょうか。
ただマーク♀の方がルフレ依存率は高そうなイメージなのでまた違った展開になりそうですね。マーク♀の方が思い切りが良さそうというか。
他にもマークの正体説としては村娘or村男との間に出来た絶望未来マークが平和な未来からきたマークを乗っ取っているというか衝突して一つになった説とか考えていました。資料集にも細かい設定は載っていませんでしたし、もうマーク考察は尽きることがないですね!やったね!
本編の細かいネタとしては子世代は全員出すようにしました。シャンブレーだけセリフが少なくてごめんね。
あとImplevit冒頭とPapilio~1のラストが繋がっていたりとか。(成長したマークたちがチェスをする場面です)
腹部に傷を負う描写がマーク♀母とファウダー、マーク♂にあったりとかどうでもいい伏線も。多分誰も気にしないと思います。
あとタイトルの意味。
Papilio tertiadecima:13番目の蝶
Fragment tempus:時の欠片
Papilio Implevit:満たされた蝶
もしかしたら意味がおかしいかもしれませんが大体こんな和訳です。
13番目の蝶は子世代12人+マークペアで13番目
時の欠片はマーク♀の未来の暗示&マーク♂の忘れた記憶
満たされた蝶は…双子転生EDのことですね。
フィーリングでタイトルはつけてるので深い意味はあまりなかったりします。
あと執筆中に聞いてた曲としては
magia:kalafi○aさんの言わずもがなの名曲。かなりまどマギ意識してましたからね…
proof:ang○laさんのこちらも名曲。生まれてきた証明的な。
大事な瞼の裏:KO○IAさん。覚醒の話を書くときは大体聞いています。
あとラストについてですが、本当は双子EDは匂わせるだけで書かないつもりでした。
ただ反応を見る限りあまりにも後味が悪いかなと考え直して完結編であるImplevitを後付け。
一応すっきり終わらせたように見せましたが、欝展開大好きな私としては絶望未来ルキナは弟にもう二度と会えないだろうし、現代マクマクは離れることがないけど本編マークは本当の彼女に会えないという意味で救いはあるけどちょっともの悲しいオチに。記憶を取り戻した本編マークが時を渡って絶望未来の姉に再会することも可能性としてはあるんでしょうが。
「Papilio」シリーズ真の最終回です。
クロルフ少々、姉弟会話がほとんどの決着編というべきか。
マーク出産間近のお話です。
クロルフ少々、姉弟会話がほとんどの決着編というべきか。
マーク出産間近のお話です。
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
花が咲き乱れる庭で蝶がひらひらと舞う中、ソプラノの声が広がっていく。
子供たちがきゃあきゃあと声をあげながらかくれんぼしている姿を、ルフレは東屋で見守っていた。
子供でいる時間はとても短い。あっという間に大きくなって、自分たち大人を軽々と追い越していくのだ。
だからこそ貴重で、宝物のようにキラキラとしたものに見えるのだろう。
それぞれが仲間達によく似ており、色とりどりの髪色をした子供達を追いかける息子の姿を微笑ましく見ていると、視界の外れにふと木陰で小さな影が揺れた。
フードを被った小さな影は、本をギュッと両腕に握りしめて遊んでいる子供達をじっと見つめている。
迷子だろうか?仲間たちの子供でこんな子はいなかったはずだ。しかし、どこかで見覚えがある姿にルフレは手招きをした。
「こっちへおいで」
一緒に遊びましょう?そう笑いかけてみると、子供はびくりと肩を震わせ木の後ろに隠れてしまった。城のバルコニーによくとまる臆病な小鳥のように。
「大丈夫、みんな友達が増えるって喜んでくれますよ」
そう言って歩み寄ろうとすれば、首を振りながらその子は後ずさりをした。
「できません」
「どうして?」
「わたし、ここにいちゃいけない子なんです」
フードの下から覗く瞳の色が誰かに似ていて、ルフレは誰だろうと首を傾げた。
誰でもいい、でもこの子を一人ぼっちにはできない。
うつむくその子の手を握ろうとさらに手を伸ばしたとき、横から小さな手が伸びてきた。
「みつけました!」
それは鬼ごっこをしているはずのマークだった。
彼は瞳を輝かせ、その子の手をしっかりと繋いでいる。
「やっとみつけましたよ、ぼく、あなたにあいたかったんです」
驚いたはずみか、その子のフードが下ろされよく見えなかった顔が顕になった。
その子はよくマークに似ているが、うねっている短い髪はルフレと同じ色をしていた。
彼女の唇が小さく動く。どうして、とかたどったように見えた。
「きょうからずっとずっと、いっしょです」
「でも、わたし」
「ね、かあさんいいでしょ?」
戸惑っているのか子犬のような目で見つめてくる少女と、笑顔だが決して離さない、と言わんばかりの瞳でこちらを見るマーク。
ルフレはそんな二人を交互に見つめると、満面の笑みで頷く。
「勿論!」
そう言って両手を広げ、二人の小さな背中を抱きしめた。
それは五の月の四の日の夜のこと。星が降ってきそうな日のことだった。
ルフレの出産が近いという。
入ってはいけない、という侍医とフレデリクの意見を無視して駆け込んだ部屋で、妻は脂汗を流し譫言を呟きながら眠っていた。
新たな命をこの世へと生み出すのには危険をともなう。
特に今回はルキナの時よりも腹が大きく、その体には負担が大きすぎるのではないかと侍医の話にクロムは落ち着いていられなかったのだ。
彼女の汗が滲む額をそっと拭う。半身、とは言ったがこの痛みは共有することが出来ず、和らげることもクロムには出来ない。祈りしか捧げられないのだ。
未来から第二子であるマークが来た、ということは無事に出産できたということなのかもしれないが、それでも不安は消えることがなかった。
彼女をもう二度と失いたくなかった。
縋るようにルフレの手を握ると、ことのほか強く握り返してくる。
見れば、彼女がうっすらと瞼を開いていることに気づかされた。
「起こしたか」
「クロ、ムさん」
吐く息は苦しそうだが、微笑みを返してくるルフレの姿に胸が傷んだ。
彼女は一人でその痛みを背負っているのに、人を気遣う気丈さは健在だったのだ。
「ね、クロムさん」
「どうした、何か欲しいものでもあるのか?」
「いいえ、違うんです。私、夢をみたの」
「夢?」
首を傾げて見せれば、彼女は汗をふきだしながらもゆっくりと語り始めた。
「未来は、かわりました。エメリナ様も、生きて、ギムレーも、消えて」
「ああ。お前と、みんなのおかげだ」
「ふふ、だから、生まれてくる子も、違うかも」
「ルフレ…?」
つないだ手に頬を擦り寄せると、彼女は苦しそうだか確かに笑ってみせた。
「きっと、家族が、ふえますよ…うっ」
「ルフレ!」
「だいじょ、ぶ…あなたは、ルキナと、待ってて」
腹を抑え、呻くルフレの姿にクロムは慌ててベルを鳴らす。
途端侍医達や産婆が駆け込んできて、にわかに騒がしくなる部屋からあれよあれよとクロムは追い出された。
どうやら本格的に出産が近いらしい。
呆然と閉められた扉を見つめていると、横腹に鈍い衝撃が走った。
「うお!リズか」
「お兄ちゃん、また無理言って病室に入ったでしょ~!」
「す、すまん」
「謝るのは私じゃないよ!」
姉に見た目は似てきて、中身も少女を抜け出ししっかりとし始めたリズの後ろから、二つの頭がひょっこりと顔を出した。
一人はリズの息子のウード。もう一人は、この時代のルキナだ。
「ルフレさんが心配なのはわかるけどね、ルキナの方がもっと心細いんだよ?それなのに、ルキナはウードの遊び相手してくれるし…もうお兄ちゃんったら、この子の方がよっぽどしっかりしてるってば!」
「う、すまないルキナ…」
女性は子を産むと強くなるというが、リズは目に見えて逞しくなっている気がする。しかも正論で反論の余地がないのだ。彼女の夫が「最近尻に敷かれている」と嘆いていたのも頷ける。
――リズでさえ母親の顔になっているのに、俺はまだまだ父親になれていないな
自分が情けなくなりながらもルキナを抱き上げると、「じゃあ大きいルキナとマークには連絡しとくからね!」とリズはウードの手を引いて去っていった。ウードは怒る母親に不思議そうな顔をしながらも、「じゃーねークロムおじさん、ルキナ!」と手を振ってきた。
「ウードの面倒を見てたんだって?偉いな、ルキナ」
「おかあさまがね、いいこにしててっていったから!ルキナ、おとうとはやくあいたいです!」
最近ますます背が伸び重くなっていくルキナの花咲くような笑顔に、クロムの不安は溶けていく。
見た目こそ自分に似たルキナだが、気遣いができる性格はルフレから受け継がれたようだ。
――そういえば、ルフレは家族が増えるって言っていたが、どういう意味なのだろうか?
マークが増えるのだから当たり前といえば当たり前のことだが。
疑問を抱いていると、扉の向こうからルフレの苦しむ声と指示を飛ばす侍医の怒声が聞こえた。
それまで笑顔だったルキナの顔が曇り、クロムの服の裾をぎゅっと握りしめてきた。
「おとうさま、おかあさま、だいじょーぶ?」
聖痕が刻まれた大きな瞳が、心配そうにこちらを見つめてくる。
その瞳が先ほどのルフレと被る。一度出産を経験しているとはいえ彼女も不安だろうに、クロムを気遣って送り出したのだ。
ルキナを頼むと言い残して。
――不安は誰も彼もが抱いている。それなのに、俺がしっかりしなくてどうする?
これだからリズに叱責されるのだ、と反省しながらクロムはルキナを抱き直した。
赤子の頃は戦争で相手をしてやれず、物心つく頃まで母親が傍にいることを許されなかったのだ。我が儘を滅多に言わない気丈な娘だが、誰よりも不安を抱いているに違いない。
「大丈夫だ。明日になったらマークに会えるぞ」
「ほんと?」
「ああ、だから母さんを心配させないためにももう寝よう。本を読んでやるから」
「やったぁ!おとうさま、だいすき!」
ぎゅっと抱きついてくる娘をあやしながら、クロムは隣に用意された部屋へと向かう。
ルキナが寝る頃には正念場を迎えているのだろう。命を産みだすため一人戦う妻の為にも、クロムは今できることをしなければならないのだ。
そして、数時間後彼はルフレが言った言葉の意味を理解する。
「うーん、やっぱり思い出せませんね…」
ランプに照らされた文字をなぞりながら、マークは一人で頭を抱えていた。
結局戦いの後も記憶が戻ることはなく、少しでもきっかけを見つけるため世界を巡っているのだが欠片も思い出すことが出来ない。
「母さんも思い出してないらしいし、まあいいんですけどね…」
「何がいいんですか?」
「あ、ルキナさん。起きてたんですね」
長い髪を垂らしてこちらを覗き込んでくる姉に、マークは笑みを浮かべてランプを消そうとした。
マーク一人では心配だと、戦いが終わったあと彼女もついてきてくれたのだ。
「ええ、どうも眠れなくて。あ、消さなくても大丈夫ですよ」
「そうですかー、母さんのこともありますしね」
「マークはどうしたんですか?そんな難しそうな顔して戦術書を読んでいて」
見られていたことがちょっと恥ずかしくて、マークは「いや…ちょっと記憶を取り戻そうと」と頭を掻いた。
「アズールさんがこの字は女の子の字だ!って言うから思い出そうとしていたんですけど、さっぱり思い出せなくて…ルキナさん、僕の周りにこんな字をした人いませんでしたか?」
「流石に文字だけだとわからないですね…ごめんなさい、お役に立てなくて」
「いえいえいいんですよ~、思い出せない僕が悪いんですしアハハ」
首を傾げる姉に手を振ってみせるが、彼女は顎に手を当て「でも、こんな字の人は身の回りにいなかったような…」と呟いた。
「未来の貴方が、見ず知らずの人の字を戦術書に簡単に書き込ませるとは思えないんです」
「え、そうなんですか?というか、未来の僕はシリアスな感じだったんですか?」
「…時代が時代でしたからね。ある意味、思い出さないほうがいいのかもしれません」
顔を翳らせる姉にマークも言葉を失ってしまった。
言伝でしか聞いたことがないが、普子供たちは皆屍兵が跋扈する世界を生き抜いて来たらしい。食べ物も満足にない世界と聞いても、マークにはピンとこない辺り幸せなのだろう。
特に姉ルキナは新たなる聖王として年若くから重圧を背負って生きていくことを強いられてきた。
時折見せてきた激情や悲愴な覚悟は、その経験があってからこそだと気づかされたのは随分後の話だった。
――記憶を失う前の僕は、どんな人だったんだろう。
自分のことながら他人事のように考えて、マークは戦術書を撫でる。
ルキナに直球で聞いたこともあるのだが、いつも言葉を濁されることからあまりいい人物像が想像できない。
「記憶を失っても、貴方は私の弟に変わりませんから無理に思い出そうとしなくてもいいんですよ」
「…えへへ、有難うございますルキナさん」
母や父がしてくれるように頭を撫でられ、マークは少しだけ赤面しつつもそれを受け入れた。
そう、記憶を失ってもこの血と絆に変わりはない。
だけど、それでも知りたいと心の奥底で呻いている自分がいる。
知らなくちゃいけないんだ、と叫んでいる。
(そうはいっても、思い出せないんだから仕方ないじゃないですか)
少しだけむくれて戦術書の文字を睨んでいると、突如扉が開き「伝令です!」と天馬騎士が入ってきた。
「どうしましたか?」
「リズ様から、もうすぐルフレ様が出産されるとのことです!」
「予定通りですね。行きましょうルキナさん!」
二人が夜遅くまで起きていたのも、臨月だという母ルフレが気になって仕方なかったからである。
本を閉じてルキナに向き直ると、少しだけ渋っている顔をした。現代の自分と家族にあまり干渉したくないのか、遠慮しているだろう。こうして旅に出ているのもきっと迷惑をかけたくない想いからなのだろう。
「行きましょうよルキナさん。貴方の笑顔を見せたら、母さんもきっと安心します」
「マーク…」
「それとも仮面つけて行きますか?温泉の売店に売っていたから僕も買っちゃったんです、これでダブルマルスごっこができますよ!」
「そ、それはちょっとやめましょう」
照れながら「わかりましたから」と言う姉にアハハと笑ってみせると、マークは伝令の騎士に礼を告げランプを手にとった。
「いや~、それにしても僕じゃなかったらどうしましょう」
「?どういうことですか、マーク?」
「ルキナさんがいた未来から、この時代はちょこちょこ変わっているんでしょう?もしかしたら未来が変わって、僕じゃない赤ちゃんが生まれてくるかもしれませんよ?」
城の廊下を歩きながらマークは何気なしに言ってみせると、「それは」とルキナが言葉を濁らせた。
「あ、深い意味はないんですよ!もしそうだったら、面白いな~って」
「笑い事じゃないと思いますけど」
「もしかしたら聖痕がある子かもしれませんし、可愛い女の子かもしれないじゃないですか。もし違ったとしても今の僕は消えないと思いますし、そっちの方が楽しいと思うんですけどね」
そうだ、賭けてみますか?と笑顔で振り返れば、ルキナは少し神妙な顔をしてこちらをじっと見つめてきた。
「無理にでも笑わせようとしなくていいんですよ、マーク」
「ルキナさん?」
「…貴方には話していなかったのですが、未来の貴方は聖痕がないことを気にしていたんです。今の貴方みたいに笑って誤魔化していたのですが。私は自分に精一杯で、そんな貴方に気づいても何も言ってあげられなかった」
立ち止まり、遠くを眺めるようにマークを見据えるルキナにドキリとした。
何故だかこの情景に、妙な既視感があったのだ。
悲しげにこちらを見つめる姉と、それをさらりとかわし向き合おうとしない自分。その時の胸を指す痛みも、どこか身に覚えがあった。
「だから冗談でも、そんなことを言わないで」
――記憶を失う前の僕も、こうしてルキナさんを悲しませていた?
世界が急速に離れて、飴細工のように曲げられていく感覚。
目眩のようなそれがマークの身を襲ったが、「あ、いたいたー!」と慌ただしい声に現実へと引き戻された。
「マーク、ルキナ!」
「リズさん…」
「ちょうど良かった、生まれたよ!」
金髪を揺らし、息を切らしながらも満面の笑みでそう告げる叔母に、二人は思わず顔を見合わせた。
「ホントですか?」
「むー、いくら悪戯好きの私でもこんなめでたい状況じゃ嘘なんてつかないよ!ほらほらこっちこっち!」
リズは相変わらず元気よく飛び跳ねながら城の廊下を駆けていく。
先ほどまで話していた内容が内容なので姉弟の間には微妙な空気が流れていたが、「早くー!」と急かされる声にハッとさせられ叔母に続いた。
「ふっふーん、きっとびっくりすると思うよ~」
「リ、リズさん、ビックリするって…」
「まさか、ほんとに僕じゃないとか?」
「それは秘密!ほら、ここだよこの部屋!」
元気のいい彼女に追いつき、母が出産を終えただろう部屋の扉前を神妙な面持ちで見つめている。
二人の気持ちなど知らずに、リズは「ジャジャーン!」と無邪気に扉を開けた。
「ルフレさん、お兄ちゃん、連れてきたよー!」
手を振る彼女の視線の先。
そこには、ぐったりとはしているが頬に赤みがさしているルフレと、彼女を労わるように横抱きしているクロムの姿があった。
そして、白い身くるみに包まれてルフレの胸に吸い付いている赤子の姿にルキナとマークは釘付けになる。
「二人?」
「えっへへー、正解は双子ちゃんだったのです!どう、ビックリしたでしょ?」
「お前が生んだんじゃないだろ、リズ」
うっすらと生えた柔らかい髪色は、一人は藍色。
もう一人は母と同じ色のものだった。
「こんな形で未来が変わるなんて…」
「ああ、俺も驚いた」
驚きすぎて掠れた声しか出せないルキナに、クロムは笑いながらルフレの額へ唇を寄せる。
彼の眼差しはとても穏やかで安らぎに満ちていた。
「それも一人は男の子、もう一人は女の子だ」
「名前、どうしようっかー、ねえねえ、ルフレさんは何か考えてある?」
ルフレは疲れて声が出ないのか、ふるふると軽く首を振って否定する。
そして、驚愕で入口に立ったままのマークを目にすると、そっと微笑み手招きする。
マークだけにしかわからないように、声無く唇だけを動かしながら。
この子、知ってる?
そう小さく口が動いたようで、マークは母譲りの瞳を大きく見開いた。
ちょうどその時、赤子の一人がお腹一杯になったのか胸から口を離し、首がまだ座っていない赤子を母は慎重に動かし、こちらへ向けて来た。
まだ目も開かれていない、赤くて皺だらけで同じ人間とは思えない全てが小さな生き物。
それでもマークにはわかった。
それが血の力なのか、絆の力なのかわからない。
ただ突如与えられた奇跡に、歓喜に湧いている部屋でマークはただ一人震えていた。
「マーク、姉さん」
口から溢れた言葉に反応するかのように、赤子は泣き始めた。
慌てる父と姉、落ち着いている母と叔母。
その狭間を漂うように、マークは目眩がする世界の中一歩、また一歩と彼女へ近づいていった。
泣き出した赤子の手を、もう一人の赤子の小さい掌が握っている。
マークは恐る恐る泣いている赤子へ指を伸ばした。
赤子は差し出されたマークの指を、もう片方の紅葉のような掌でぎゅっと握ってきた。
瞬間、様々なものが流れ込んできた。
バラバラに隠されていたパズルのピースが、急速に嵌められるかのような記憶の本流。
多すぎる情報量に揉まれるマークだが、小さな掌がこの世界へとつなぎ止めてくれた。
忘れたくなかった。
忘れちゃいけなかった。
ずっと記憶の底で探していた、大切な半身。
羽を取り戻した蝶が再び空へと舞い上がるかのような感覚に、マークは現実へと返された。
「やっと、みつけましたよ」
赤子をあやそうと様々な玩具を持ったクロムとリズ、ルキナはマークの言動を不思議そうに見つめている。
ルフレだけは、そんな息子の姿を目を細めて静かに見守っていた。
「僕は、貴方に会いたかったんですね…」
忘れていてごめんなさい、そう呟くと、いままでけたたましく泣き叫んでいた赤子は嘘のように泣き止んだ。
代わりのように、マークの頬に涙が伝う。
抱えきれないものを一人で背負って、知らない間に一人にしてしまった。
でも、それも今日で終わり。
今度こそ二人で生きられるんだ。
この優しい世界で、何も知らない「僕」じゃない「僕達」は。
「ずっとずっと一緒ですよ。マーク姉さん」
日付はいつのまにか五の月五の日に変わって、新しい朝を迎えようとしている。
朝露に覆われる城の中庭で薄れゆく月明かりを受けてひっそりと蝶が羽を輝かせ、ひらひらと薄明の空へと飛び立っていった。
DLC絶望の未来妄想捏造小説最終回。
今回が一番捏造妄想がひどいので閲覧の際注意をお願いします。
時系列としてはギムレー撃破~数ヵ月後本編までです。
今回が一番捏造妄想がひどいので閲覧の際注意をお願いします。
時系列としてはギムレー撃破~数ヵ月後本編までです。
覚醒の儀を終え、光を放つ神剣ファルシオンを手にしたルキナに深々と貫かれた。
これでようやく終われる。
子供達の哀しみも苦しみも、全て消し去ることが出来る。
ゆっくりとファルシオンが引き抜かれ、ルフレの身体はよろめいた。
自分の中のギムレーが苦しむ声が聞こえる。神竜の力に魂が砕け、もうじきこの身体は崩壊を始めるだろう。
厳しい顔をしたルキナも、この先は笑顔で暮らすことが出来るだろう。
――ありがとう、私の可愛い娘
この手を愛娘へと伸ばしたかったが、ギムレーとして消えた方が彼女も悔いずに済むだろう。
この身が空へと消えゆく前に背後にいる11人の子供達を見た。かつての仲間達の血を強く継いだ英雄達が、固唾を呑んでルキナを見守っている。
彼等も随分と苦しめてしまった。赦されるつもりは決してない、けれども彼等の幸せを願いルフレはそっと目を閉じる。
異界の勇者たちも無事に返した。最後にクロムへと寄り添う自分自身をみつけ、まだあの世界の自分が最悪の選択をしていないことに安堵した。
思い残すことがあるとすれば、二人のマーク。
自分の元へと寄り添う為に、世界の敵となった優しい子供達。
あの子達は今、泣いてはいないだろうか。
空へと溶けていく意識の中、ルフレは最後に姿の見えぬ彼等を抱きしめようと穴だらけになった両手を広げた。
「大丈夫だ、ルフレ」
肉体が粒子となり崩れ落ちそうになるルフレの背後からそっと温もりが与えられる。
まわされた逞しい腕と胸の感触。この記憶があったからこそ、ギムレーの中で身を苛む絶望に耐えられた。ずっとずっと、思い描いてきた優しい声にルフレは振り返る。
「クロムさん」
「おかえり、友よ。…やっと、迎えにこれたな」
光の中、クロムが微笑んだ。
待ち望んでいた笑顔にルフレは涙する。
血を流しそれでもお前は悪くない、と言ってくれた優しい人。
その温もりに身体を預ける。懐かしい香りが鼻腔を擽り、とめどなく涙があふれてきた。
「クロムさん、クロムさん…」
「頑張ったな。お前も、ルキナも…道は違ったけど、マークも」
「私…あの子達を置いて逝ってしまった…取り返しのつかないことをしてしまった…」
「お前が気に病むな」
ルフレの涙をそっと指で拭うと、クロムは邪痕が消えた掌を握ってきた。
彼は聖王として立つルキナと仲間達の姿を見つめると腕を引いてくる。
「行こう、みんなが待っている」
「そうだよルフレさん!」
「見せつけてくれるわね…ルフレが嫌がっていたら呪う所よ」
「随分待たせたわね」
光の中、懐かしい仲間達の姿が見える。
皆待っていてくれたのだ。
ファウダ―に操られ、最悪の事態を引き起こした自分なのに。
「ふふ、異界の私達に比べたら皆さん老けてますよね」
「お前もだろ」
「そうでした」
温かい涙が頬を濡らしていく。それでもルフレは笑顔だった。ぼろぼろになった心が春を迎えた草原のように芽吹いて行くのがわかる。
「あとは私達の子供に任せましょう」
「俺達に似てつえぇガキどもだから心配すんなって!」
「まあま年寄は仲良く高みの見物といこうぜ、再会の酒でもかわしながらな」
「あー、グレゴまた呑んでるー!」
なにもかも同じな騒がしい仲間達。
笑顔で待ち受ける皆と、微笑みながらももう二度とはぐれぬようルフレの手を握るクロム。
「さ、行こう」
「ええ」
強い光が包み込む世界へ、二人は足を進める。
絆と異界の奇跡に感謝しながら、ルフレの意識は空へと還っていった。
*
本当は、最後の時になっても迷っていた。
例えギムレーに蝕まれていたとしても、どんな形であってもルフレがその中で生きていけるのならば世界なんて滅びたっていいのではないかと。
しかしそう考える度に異界の援軍で指示を飛ばすルフレの眩しい姿を思い出してしまう。
記憶のなかよりも少し若い彼女の傍にはクロムがいて、ルキナがいて、…そしてルキナの弟であるマークがいた。
アズ―ルとウード、ブレディとシャンブレーを救うために二手に別れる藍髪の姉弟の頭を撫でて送り出し、夫とともに行動を始めるルフレをみて、マークは一つの結論に至った。
異界に私という存在はいない。
少なくとも、ルフレさんの傍にはいないのではないかと。
て緊張した面持ちながら生き生きとクロムと共に屍兵を蹴散らしていくルフレの姿を見て、マークは竜に縋りつきながら恐怖と後悔に駆られていく。
たまたまその場にいなかっただけなのかもしれない。だが視界が真っ暗になって斧を持つ手が震えてしまう。
(私がギムレーだったらよかったのに)
(そうすれば、こんな悲しい事態を引き起こさなかったかもしれない)
戦いのさなか背中合わせになりクロムに微笑みを交わし合うルフレの姿に耐えきれなくなり、マークは戦場を脱してしまった。
マークとルキナは引き裂かれ姉弟で争うこともなく、愛する母の傍にいれる。
ルフレもクロムを殺すことなくあんなにも苦しむことはなかったのかもしれない。
教会までどうやって帰ったかは覚えていない。気が付くとマークは軽蔑し滅ぼしたはずの神に向かい懺悔を続けていた。
ルフレを救うこともできない。
ギムレーの忠実なる駒にもなりきれない。
片割れのマークを巻きこんでしまった。
ルフレと共にいる、守り続けるという誓いが呪詛となってマークの小さな胸を締め付けた。
今となってしてきたこと全てが、彼女を苦しめているのではないかと恐怖に刷り変わっていく。
そんな中、彼が傍にいてくれた。
マークはいつだってそうだ。一番つらい時、寂しい時にはいつのまにか傍にいてくれて手を繋いでいてくれる。
チキの話から、異界のルフレから貰った戦術書に道標が記してあると希望を見いだしたのだ
ならば私も信じてみよう。この身体に流れる血と絆という物を。
(2人だったら何でもできるって、マークは言っていましたからね)
――例え私が本当の歴史ではルフレさんの傍にいてはいけない存在だったとしても。
ルフレさんを、そしてマークを想う気持ちは、確かにここにあるから。
チキの合図である蝶を模した光が暗闇の中で舞い、二人は同時にルフレの戦術書へ魔力を注ぐ。
二つの戦術書はほぼ同じ内容が書いてあったが細部の術式に違いがあり、念の為統一しておこうと自分の字で加筆しておいたが無事に発動できたようだ。重なりゆく光の陣に安堵しながら、マークはルフレの心に届くよう無心で呪術を紡いでいく。
(ルフレさん、ごめんなさい)
彼女が救われることだけをただひたすら願いながら意識を集中していく。精神を操る術は禁呪に近いものなのだろうか、魔力の消耗が激しい。ましてや相手は人間ではない、竜だ。
二人は歯を食いしばりながらそれでも集中力を切らさず、膝をついてこの身にある全ての魔力を注ぎ続けた。
ギムレーの強大な意識が抗っているのか、時折身体を巡る血が沸騰しているかのように熱くなり、茨のように絡みつく雷撃のような痛みが走る。もう一人のマークと手をしっかり握り合いながら、本を取り落としそうになる執拗な痛みに耐えた。
――ルフレさんはこの痛みを耐え続けていたんですね。
ずっとずっと、独りぼっちで。
彼女の苦しみを理解し、マークの頬に涙が伝う。
それでも在りし日の彼女の微笑みと、戦場で見た姿を思い浮かべ最後の力を振り絞った。
その雫が地面に落ちる頃、不意に痛みから解放され身体が軽くなった。
思わず意識を失いかけ前のめりに倒れ込むが、マークの手により支えられる。
「おわったの…?」
「成功、したかな」
魔力をほぼ使い切ったせいで、身体に力が入らず息は荒く意識が朦朧としている。
光の陣が消えた聖堂は光が入らず暗いはずだったが、割れたステンドグラスから橙色の光がうっすらと漏れて二人の姿を鮮やかに照らし上げた。
ギムレーがこの世界に出現してから、日の光は滅多に射さなくなった。
ルキナはもしかしてルフレの姿をしたギムレーを討ち倒したのかもしれない。
そして、ルフレの魂は。
もう慢性的に襲ってくる頭痛はしなかった。
暖かい風が吹き込み、戦術書のページを捲る。風に乗って、どこからか「ごめんなさい」という優しい声が聞こえる。
この風は大地に命をもたらす風。この光は命を育てる光だ。
マークの目から涙が零れる。
きっと私達は成功したんだ
私を見つけて、一人になった私を救ってくれたあの人はもう…
「ねえマーク、私達、出来たんですよね?あの人を助けること、出来ましたよね?」
マークは魂が抜かれたようにぼんやりとした顔でステンドグラス奥の太陽を見つめていた。
橙色に染め上げられた瞳が不意に見開かれる。輝くその瞳に黒い人影が写っていた。
「姉さん、危ない!」
「え?」
腕を引かれ、マークが事態を把握する前に暖かいものが顔に飛び散る。
普段より嗅ぎ慣れていた生臭くて鉄くさい匂いに顔をひきつらせた。
振り返るよりも前に不気味な呻き声が轟く。少年のマークが背中越しに剣を抜き、襲いかかろうとしていた屍兵を貫いていたのだ。
「マーク!!」
屍兵が紫煙となって消えていく。
同時にマークを庇うように盾となっていた彼が崩れ落ち、もたれかかるようにしなだれかかってきた。その腹部には錆びた剣が突き刺さり、黒い血が滲んでいた。
「迂闊…でしたね…」
僕達らしくないです、そう微笑む彼の口元からは血がしたたり落ちていた。
術を発動するのに集中しすぎて屍兵の接近に気がつかなかったのだ。みるみるうちに血の気が引いて行く彼と傷口を抑えようにも溢れ出す血液。
明らかに致命傷だった。血を浴びるのも見るのも慣れてきたのに、マークは顔を青ざめさせ彼を呼ぼうとする声を引きつらせる。
「マ―…ク…」
「僕、後悔、して、ませんよ…マーク姉さん、について、った、ことも…ギムレー様に、ついたこと、も…」
彼の本当の笑顔を久々に見た気がした。
昔のように穏やかな笑みで語りかけてくるマークだったが、その度にぽたぽたとマークの顔に血が落ちて行く。
「いろ、いろ…まちが、えた…けど…僕は…母さんを、マーク、姉さんを、…」
「やめてください、マーク!」
そんなに血を流しているのに無理して笑わないで。
私のせいじゃないなんて言わないで。
マークが首を振るのも気にせず、クロム譲りの藍髪を赤く濡らしながらマークは微笑み手を伸ばしてきた。ルフレが昔してくれたように、愕然としている頬を撫でてくる。
「嫌だよ、置いて行かないで…貴方までいなくなったら、私、私…!」
「ごめ…ねえさ…」
――罪も二人で背負えばいいと思っていた。
いつかくる裁きも咎も、二人でいるなら分け会えると信じていた。
それなのに彼は私を置いて行く。
一度刃を向けたというのに心優しさ故に居場所を捨てた半身は、私を庇って命を落とそうとしている。
そんなの絶対におかしい。
本当は、彼だけがルフレさんの傍にいるはずだったのに。
マークの手を握りしめる掌が熱い。それなのに彼の手はどんどん冷たくなっていくのだ。
「ルキ、ナ、ね、さん…なら、きっ、と…ひとり、じゃ…」
「マーク…マーク?」
頬に触れていた指先がふと力を失い、ゆっくりと地へ落ちていく。
彼が目蓋を閉じ、やすらかな顔で言葉を途切れさせた。まだ心臓の鼓動はあるが、意識を失った以上、命を落とすのはもう時間の問題だろう。
ルフレの血を継いだ少年を、この世から失いたくない。
何故私ではなくて、彼なのだろうか。
ぐったりとした彼の身体を床に優しく横たえる。
赤みを増して緋色となった日の光に照らされ、ステンドグラスは朽ちかけた祭壇とマーク達を幻想的に彩った。
(…ルフレさん…)
マークはそっと手袋をはずす。
死にゆくマークに対して祈りを捧げるように跪き、先程から焼けるように痛む掌を組んだ。
その掌には、六つ目の痣が焼け付くように浮き上がっていた。
「私が、マークを守りますから」
*
執務室で大量の書類に署名していく中、ルキナは溜息をそっとついた。
「おっ、流石のルキナも疲れたか?」
「あ、ごめんなさいウード。そういう訳じゃないんです」
イ―リスの王族として一時的ではあるが執政に関わることになったウードにからかわれ、ルキナは苦笑いをして首を振る。
「…ギムレーを倒した時のこと思い出してしまって。ごめんなさい、仕事中に」
「ふっ、無理もない。あの時の戦いは俺達を極限まで追い詰め、二つの星の血を継ぐこの俺でも自らの死を覚悟したものだった…まさにヘブンズオアヘルズゲート・レジェンドエンドブラッディクロ」
「ウード、口を動かすなら手を動かしてほしいものです」
「うがっ…!この復興案、書いても書いても終わりが見えねえじゃねえかよ!休憩くらいしていいだろロラン!」
「貴方も信じがたいですが仮には王族、戦後処理くらいはしてください。普段から長々とノートに書きこむのはお手の物でしょう?これさえ終わればクロム自警団に加えてあげますから」
ロランにあっさりと反撃されて何も言えず、苦虫を噛み潰したような顔で羽根ペンを再び持つウードにくすりと笑うと、ルキナは再びあの日のことを思い返した。
異界から助けに来たという若き姿の父と母の姿のこと。
ギムレーとなった母の口元が微笑んだように見えたが、すぐに黒い粒子となり空へと消えてしまったこと。
全てが夢みたいな出来ごとだった。しかし窓から射す温かい陽光と青い空にこれが現実だと教えられる。
「お父様、お母様…」
ギムレーを倒したあの日、雲の切れ間から覗く久しぶりに射す日光の中に父と母の姿が見えた気がした。
これで全てが終わったのだ。
ルキナ達は邪竜に勝った。あの日から屍兵の数は見るからに減っていき、作物の種も芽を出し始めたとンンやシャンブレーからの手紙にも書いてあった。事実荒れ果てた中庭には少しずつ緑が戻り、どこからか飛んできた種によって小さな花が咲き始めている。
世界は確実に再生の道を歩んでいる。しかしルキナの胸は完全には晴れなかった。
父と共に死んだと思っていた母がギムレーだったこと、この手で留めを刺したこと。異界とはいえ、もう二度と会えないと思っていた両親に逢えてもっと話をすればよかったという後悔。
そして、依然消息を掴めない二人のマークの安否。…恐らく亡くなっているだろうが、遺体が見れないだけにまだどこかで生きてると信じたい自分がいる。
――今この場所に彼等がいてくれたら。
空席になっている椅子を見つめながらルキナは再び溜息をつく。
今までは失ってきたものを仕事の多さでごまかしていたが、一段落つき息を抜きざるをえない今、犠牲のあまりの多さを中々受け止めきれず、こうして回顧と後悔を繰り返している。
「ルキナ、顔色が悪いぞ。やっぱり休むか?」
「お茶でも淹れましょうか?シャンブレーがいい薬草を送ってきたんですが」
「2人とも有難う。でも私は大丈夫です」
先程から溜息をついてばかりのルキナを心配し、顔を覗きこんでくる二人に微笑んで手を振る。
いくらなんでも気が緩み過ぎただろうか。まだまだやることは沢山あるというのに。
気合を入れ直して羽根ペンにインクをつけていると、ドアが勢いよく開いきインク液が零れそうになった。
「失礼!ルキナはいる?」
「デジェル、どうかしたのですか?」
短い髪を汗ばませたデジェルが息を切らして入ってくる。
彼女は公務の手伝いをしているロラン、ウードの代わりに新生クロム自警団を率いており、現在は生き残りの兵士達に地獄の鍛錬を課しているとへろへろになっているアズ―ル達に聞いた。
あまり騒ぎ立てるタイプではないデジェルが珍しい。目を丸くしていると、彼女は汗を拭いながらぷっくりと膨らんだ唇を動かした。
「それが、イ―リス城上空に竜が出たって新兵が…」
「竜だと?」
「奇襲ですか」
緩んでいた顔を引き締めるウードと呪文書を手に立ち上がるロランに、「それが…」とデジェルが眉をしかめて言葉を続けた。
「最初は私達も敵だと思ったんだけど、どうも違うみたい。武装した人間は乗っていないし、何かがくくりつけられているというか」
「は?なんだそりゃ」
「こっちが弓を向けても空を旋回するだけで攻撃してくる気配が無いし…あ、今あそこに降りてくるわ!」
デジェルが指を刺した方向を見ると、窓の外に黒い竜が翼を悠々と伸ばし降り立つ姿が見えた。恐らく中庭に向かったのだろう、城内から悲鳴が聞こえ、ルキナは思わず席を立った。
「ルキナ、貴方はここにいてください。なにかあったら危険です」
「そうよ、新手の罠かもしれないわ」
「民を守るのが王たる私の仕事です。それに、敵でなければなにかを伝えてきたのかもしれない」
どこかで見覚えがあるような気がする竜に、何故だか胸騒ぎがした。
ファルシオンを携えていることを確認すると、ルキナは制止を押し切って執務室から飛びだていた。
「る、ルキナ…」
「ノワール、大丈夫ですか?」
中庭に出ると、涙目で腰が抜けている少女を見つけ慌てて助け起こす。
少し気弱な彼女は取り落としたらしい弓を拾い上げると、表情を豹変して矢を番えた。
「フハハハハ、この薄汚い竜め!折角人が乙女な気分で球根植えをしていたというのにこの我を驚かせるとは万死に値する!!!あの世へ行くがいい!!!」
「ノワール、落ち着いてください」
「死体なぞ背負いおって悪趣味極りないわ!ええい貴様はカラスか?!私に嫌がらせをするためにわざわざ担いできたのか?!」
「…死体?」
疑問に思い矢尻の先をみると、竜は球根が散らばった花壇の上で悠然と羽根を休めていた。
確かにその背中には何か人らしきものが縄でくくりつけられている。
竜が姿勢をずらした際に見えた藍色の髪に、ルキナは思わず息を呑んだ。
そしてぼろぼろになった黒い外套を見つけた時、言葉よりも先に足が動いていた。
「マーク!」
座り込みまどろんでいる竜にとびつき、無我夢中で麻縄を解いた。
ずるり、と落ちてきた身体を抱きとめ、ルキナは胸に耳を当てる。
弱弱しいが、鼓動は確かに動いている。
次にルキナは藍色髪の顔を持ち上げた。
眼を固く閉じ青白くやつれてはいたが、まぎれもなくルキナの弟マークであった。
――生きていた。
その事実にルキナは彼を抱えたまま脱力し、膝を折る。
おっかなびっくりと近づいてきたノワールも、彼女の腕の中で眠る少年に眼を丸くした。
「嘘…マークなの…?」
「どうした、なにがあった?」
ルキナを追いかけてきた幼馴染達もマークの姿に言葉を失い、いち早く冷静さを取り戻したロランがブレディを呼びに駆けていく。
ルキナはひんやりとしたマークの額に自らのものを重ね合わせ静かに涙を流す。
彼女の剣帯に収まっていたファルシオンが冴えた光を放ったように見えた。
Ⅳ
――あの時、確かに僕は命を落としたはずでした。
風にふんわりと揺れる紗幕を眺めながらマークはぼんやりと考える。
目覚めた時には、もう戻ることが無いと思っていた自分の部屋にいた。
深く刺されていたはずの腹部には傷一つなく、竜によって中庭まで運ばれたと聞いた時マークは軽く混乱した。
助けたはずのマークはその場にいなかったらしく、夢でも見ていたのかと本気で考えてしまったが衣服には血染みがべったりとついていたという。
(マーク姉さんは、どこにいったのでしょう)
あの時確かに繋いでいた手をかざしながら、ベッドの上でマークは溜息をついた。
大切な人を守る為に最後くらいかっこよく死にたかったというのが本音で、眼を覚ました時のルキナの顔を見た時に胸の奥がじくりと痛む。
一応王族だというのに国を捨て実の姉さえも裏切って、滅びの加担をした罪深い自分に涙を流して貰う価値なんてないのに。
――母さんがいないこの世界に、裏切り者の僕の存在価値はあるのでしょうか。
しばらく眠っていたらしく萎えてしまった身体のせいでなにもかもが億劫で、マークは窓から差し込む光から逃れるよう眼を伏せる。丁度その時ノックが聞こえた。
「マーク、起きてるか?」
相変らず蛮族に身間違えられる程の凶悪な人相をしたブレディがこちらを伺ってきた。
傷はふさがっているというのに、彼は毎日杖を持ってやってくる。見た目に反して面倒見の良い彼の優しさも、今のマークにとっては痛みにしかならない。
「…起きてますよ、ブレディさん」
「ああん?お前また飯食ってねえじゃねえか」
「僕はいいです。皆さんだってお腹空いてるんでしょう?他に回してあげてください」
「ったく、てめえは…病み上がりなんだからしっかり食わねえと駄目に決まってんだろが!」
どかりとベッドの脇にある椅子に座ると、ブレディはマークにパンを差し出してくる。
食欲がないのは本当だが、蛇にらみしてくる彼に押され思わず受け取ってしまった。
小さくてぼそぼその黒パンだが、今でも草の根を食べている人たちが大勢いる現状ではとても贅沢なものだ。
――生きる意欲を失っている自分には勿体無い。
手にとったものの食べようとしないマークの姿にブレディはため息をつくと、うねった短髪を掻きむしりながら口を開いた。
「あのなぁ、あんまりルキナを心配させるんじゃねえぞ」
「…今更ですよ。僕が何をしたのか、貴方も聞いてますよね」
以前マークが犯した罪の告白を思い出したのか、一瞬ブレディの指が止まった。しかしすぐにマリアベル譲りの目尻を釣り上げてマークを見据えてきた。
「ああ。それとこれは別、とは言わねえけど…お前は戻ってきた以上、生きなきゃいけないんだよ」
「でも僕は母さんの為に貴方たちを裏切りました。現に僕は貴方たちを始末しようとしてましたよ、ブレディさん」
「だけどよ、俺たちは生きてる。そしてお前もな。みんなすべてを許そうとは思っちゃいねえよ…でもお前を責めても過去を変えられるわけでもねえ。ならさっさと元気になって償おうとかお前は考えねえのか?」
それが生き残った奴の責任ってやつだ、そう言ってブレディは杖で肩を叩きながら口元を歪ませる。
ブレディは僧侶だ。見た目こそ子供が泣き出すほどに怖いが、人を肉体的にも精神的にも癒せる器の持ち主である。
口には自信があったが、彼に精神論で勝てる気はしない。
「それに、お前は自分にしか出来ないことを信じてやったんだろ?ならいいじゃねえか」
ニッと笑ってマークの頭を無遠慮にぽんぽんと叩くと、彼は席を立ち「さっさと食って早く元気になりやがれ」と言い残しのそのそと去っていった。
――やっぱりみんな人が好すぎます…
掌の中に残った小さなパンを転がしながらマークは目を細めた。
昔からそうだった。もうひとりのマークが竜を助けると言い出した時も、最初は怖がっていたはずなのにいつのまにか皆真剣に協力してくれた。ブレディなんかは「がんばれよ」と必死で声をかけつつ涙をこぼしながら覚えたての治癒術を使っていたのだ。彼の家の家紋が縫われた絹のレースハンカチまで使ってマリアベルに怒られていたが。
その時助けた竜はいまだイーリス城におり、この部屋の窓からもその姿を見ることができる。
のんびりとあくびをしている竜を見つめながら、マークはこの竜の本来の持ち主である少女に想いを馳せた。
いつも彼女のそばを片時も離れなかった竜が、今はマークを見守るようにそこにいる。
彼女は本当にどこへ消えてしまったのだろう。
竜に聞けばわかるのかもしれないが、生憎マークには竜の言葉はわからない。ジェロームは遠くに旅へ出ていると聞いているから頼ることもできない。
「マーク姉さん…」
「知りたいの?」
唐突に聞こえた声に思わず視線を上げる。
いつのまにか窓枠に翠の髪を揺らした女性が座っており、こちらを静かに見つめていた。
「神竜の巫女…」
「今はナーガよ」
紫水晶のようにきらめく瞳を悪戯っぽく揺らしながらチキは笑う。戦いの後眠りについたと聞いたが、たまに気配だけは感じていた。恐らくルキナを見守り、マークを見張っていたのだろう。
「そんな怖い顔をしないで。貴方も体調が良くなってきたみたいだし、そろそろ真実を教えてもいいかと思って来たの」
「真実?」
「ええ、あの子は何もいいたくなかったみたいだけど、貴方には知る権利があるわ…ここだと長話ができないから、虹が降る丘に来て」
それだけ言うと、チキはマークが瞬きをした瞬間に消えており、後には風に揺れる紗幕だけが残されていた。
*
「ルキナ姉さんは来る必要なかったのに」
「病み上がりの貴方を一人で行かせるわけには行きませんから」
竜の手綱を握りながら後ろに座る姉に話しかければきっぱりとそう告げられ、マークはため息をついた。
今頃城はルキナがいないと大騒ぎになっているだろう。ならば天馬騎士を護衛に連れてくればいいのにと言えば「彼らは忙しいから」とあっさり言われ、無鉄砲なところは父譲りだと軽く呆れてしまった。
「僕が信用できないのはわかりますけど、王が無断で外出するものではないと思いますよ」
「違います!」
腹部に回された手に力を込められた。若干苦しい程の力に文句を言おうと振り向くと、ルキナはマークの背中に顔を押し付けて目を伏せていた。
「私は貴方をまた失うのが怖いんです、マーク。…それに、私は貴方達の姉です。あの子のことなら私も知りたいから」
「姉さん…」
「マーク、私たちは姉弟なんです。絶対に、もう一人で背負い込まないでください」
ルキナはマークがしてきたことを告白しても憤りも悲しみもぶつけてこなかった。
「お母様の傍にいてくれたんですね」とだけ言って、ただマークを抱きしめてきたのだ。
何度も約束を破って傷つけてきたのに、どうして許そうとするのだろうか。
絶望に満ちた世界へ一人だけ責任を負わせてしまったのだから、恨んでもおかしくないというのに。
「…見えてきました、もうすぐ虹が降る丘です」
雲の切れ間から虹とナーガを祀る神殿が覗き、マークは黙って竜を降下させていく。
――今はマーク姉さんのことだけを考えよう。
何も言わずに消えた彼女の真意を知らなければ、前に進めないのだ。
*
「悪いわね、こんなところまで来させて…やっぱりここじゃないと疲れちゃうみたいだから」
ギムレーの召喚した屍兵に蹂躙され荒廃したはずの神殿だったが、天井が崩れ落ちた所から光が差し込み、小さな花が壊れた床の隙間から咲いておりどこか神々しかった。
イーリス城に安置されていたチキの亡骸はこの神殿に移されたらしく、今目の前にいるチキはファルシオンの力もあるためかいつもより鮮明に姿が見える。
「ルキナも来たのね」
「はい、突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいの、来てくれて有難う。なんのおもてなしも出来ないけど」
チキはルキナにニッコリと微笑みかけると、表情が固いままのマークに向き直り歩み寄ってきた。
「貴方にとっては辛い事実かもしれないけど、言っていい?」
「構いませんよ。その為に来たんですから…マーク姉さんは、どこに」
――彼女がなぜ言いたくなかったのか、知らなければならないのだから。
マークの覚悟を確認すると、チキは腹部に手を当ててきた。
光が直接当たっているかのような温もりを感じてくすぐったい。
「私もすべてを知っているわけじゃないけど…やっぱり今の貴方には竜の力を感じる。これではっきりしたわ」
「どういうことです」
「マークはね、死に逝く貴方を蘇らせたの。人を蘇らせる術は代償がとても大きいって聞いているわ」
「そんな、まさか」
マークは言葉を失い凍りつく。ルキナも同様だった。
チキは二人の顔を交互に見つめると、マークから手を離して囁くように呟いた。
「マークは恐らく、自分の身体を代償に貴方を助けたんだと思うの。でもね、彼女は完全に死んでいない」
「肉体がないのに死んでないって、そんな馬鹿なこと!」
「普通はありえないわ。でも、私だって肉体はないけど生きている。それと同じだとしたら?」
「…どういうこと、なんですか?」
チキは愕然としているマークからルキナに視線を変えた。やはり要領を得ていない彼女に「ねえルキナ」と語りかける。
「貴方に前、ギムレーを滅ぼせるって言ったわよね」
「え、ええ…」
「あれは嘘ではないんだけど、実際は少し違うことに気づいたの。確かに貴方はギムレーを倒し、肉体を滅ぼすことに成功したわ。封印ではないからもうこの世界に現れることはない。でも、私の力じゃ精神までは完全に滅ぼせないの」
「え?」
「ギムレーはこの世界から滅ぼせたけど、邪悪な意思はこの世界が有り続ける限り滅びることがないの。かつてマルスに倒された暗黒竜メディウスやギムレーが現れているように、いつかギムレーみたいな存在はまたこの世界に現れるわ。神竜に押さえつけられた竜達の心の隙に取り入って、遠い未来に邪竜はまた訪れる」
冴えた輝きを放つファルシオンを見つめながら、チキは悲しそうに呟いた。
二人もまた言葉を失い立ち尽くす。
あれだけの犠牲を払ったのに、ギムレーみたいな存在はまた現れるのだ。
父が死に、仲間達の両親も殺され、大量の民が苦しみ死んでいき、母もギムレーを道連れにして消滅した。
これだけ犠牲を払ったのに、いつかはまた歴史は繰り返すというのだ。
「そんな顔をしないで、貴方たちがしてきたことは無駄ではないわ。少なくとも今の未来は守られたし、この先何千年かは平和が続くのよ。…話を戻すね。さっきも言ったとおり、ギムレーの意識の残滓はまだ生き残っていた。そしてその力を利用して、あの子は貴方を蘇らせることに成功したの、マーク」
再び向き直るチキに、マークの鼓動はドキリと跳ね上がる。
疑問の声をあげたかったが、舌が乾いてうまく声が出なかった。
「あの子はルフレの次に器としての血が濃かったみたいだから、弱っていたギムレーは彼女に取り入って傷を癒そうとしたみたい。だけど砕かれた意識じゃ彼女に適わず逆にうまく力を利用されたみたい。…ここからは推測なんだけど、あの子は全てを知って、背負ったんじゃないかしら。
ギムレーを自分の中で飼うことで、邪竜の復活を少しでも遅らせるために」
「そんな、じゃあマーク姉さんは」
「今は時の狭間に自分自身を閉じ込めているわ」
あの子もルフレに似て無茶な考えをする子ね、そう呟いてチキは視線を空に向ける。
マークは自分の心臓に手を当てた。
姉を助けたはずが、自分が助けられていた。
互いの半身だと誓い合ったのに、彼女だけが全てを背負って行ってしまったのだ。
――ずるいです。
確かに動いている心臓の鼓動を感じながら、マークはうつむく。
守りたい、失いたくないと決めていた彼女に二度も置いていかれた。しかも今度は、もう手が届かないところに行ってしまった。
――自分一人だけ犠牲になって、身勝手ですよ、姉さん。
戻ってきてから欠如していた感情が湧き上がってくる。
置いていかれた哀しみ、怒り。それらがごちゃ混ぜになって涙になり、マークの頬に雫が伝った。
ルキナはそんなマークの背を支え、手を重ねそっと握り締めた。
「でも、ギムレーを完全に滅ぼせる世界が一つあるわ」
しばらく言葉なく泣いているマークを前に黙っていたチキだったが、思い出したかのように言葉を放ち、マークは反射的に顔を上げた。
「その世界は別世界からの介入でギムレーになったルフレと、なっていないルフレが存在している世界なの。そこならルフレ自身が手を下すことで、ギムレーが完全消滅するかもしれない可能性があるわ…ほら、ルキナもマークも会ったはずよ、あの時代のルフレなら出来るかもしれない」
「お母様が、生きている世界…?」
よくわかっていないルキナと、理解し真剣な顔でこちらを見てくるマークを確認するとチキは言葉を続けた。彼女の周りに光がさし、周囲が厳かに照らし出された。
「でも、あの時代のルフレが失敗したらギムレーに取り込まれてまた悲劇は繰り返されるの。私もあの世界の人たちに助けられたから何かしてあげたい、けど私はここから離れることができない。だからマーク、勝手かもしれないけど貴方にお願いがあるわ」
チキが白い手を差し伸べてくる。かすかに光を放つそれは聖像のようで、マークは思わず見入ってしまった。
「戻れる保証はないのだけれど…異界からの援軍として、あの世界へ行って欲しいの」
「チキ様、それは!」
今まで黙っていたルキナが慌てて口を挟んだ。
だがマークは姉を優しく手で制し、「いいんです姉さん」と首を振る。
「チキさん、僕は行きます」
「マーク!」
「ルキナ姉さん、ごめんなさい。でも、僕はできることなら何でもしたいんです」
姉の気持ちが今となっては痛いほどわかる。
置いてかれて一人になる寂しさ、切なさ。優しい姉のことだからいつまでも心を痛め続けるのだろう。王として強く生きていかなければならない彼女の助けになれなかったことに申し訳ない想いで一杯になった。
それでもマークは決意したのだ。
もう一人のマークが孤独の中生き続けることを決めたのだから、迷いはなかった。
母を救える世界があるなら今度こそ救いたい。
異界の母たちがこの世界に光を取り戻せる助けをしてくれたのだから、今度は自分が助ける番だ。
「身勝手な弟で、今まで沢山迷惑かけて、傷つけて…償いも出来ずに、ごめんなさい」
縋るルキナの手をそっと包み込むように握り、マークは悲しげに微笑んだ。
ルキナの聖痕が刻まれた瞳が見開かれる。彼女は何かを言いかけようと何度か唇を動かしたが、しばらくして決意したように唇が引き締められる。
「それが、貴方の使命なんですね」
「ルキナ姉さん…」
「私こそ、何も知らなかったんです。お母様が生きていたことや、貴方達二人の想いも気づかなかった」
「姉さんは何も悪くないんです」
頭を振ればルキナが手を伸ばし抱きしめてくる。マークも姉の背中に腕を回す。
久しぶりに本当の意味で向き合えた姉弟を、チキは優しい眼差しで見守っていた。
「私の分もお母様を守ってください…私はお父様とお母様、そしてマークが守ってくれたこの世界を守ります」
「必ず助けますから。有難う、姉さん」
「だから、絶対に死なないでください。命を粗末にしないで、これは約束です」
今度こそ、守ってくれますよね?
そう涙を浮かべながら微笑み、ルキナは小指を差し出してきた。
マークはしっかりと頷き、彼女の指に自身のものを絡める。
この温もりは決して忘れないようにしよう。
目を閉じ、しっかりと心の奥底に焼き付けるよう確かめた。
そして少年は時を超える。
悲しみの中、守られた命とたった一つの希望を信じて飛び立った。
母を今度こそ救ってみせる。
それだけをただひたすら願って。
*
「うわぁ、それにしてもずぶ濡れになっちゃいましたね…」
「インクが滲んじゃってるけど、乾かせば多分読めるよ」
ここは異界の温泉地。なぜか温泉に群がる屍兵達を軽く一掃したあと、マークはアズールとともに石の上へ腰掛けていた。マークは頭をタオルで拭きながらブクブクになった戦術書を難しい顔で眺め、アズールは先ほど貸したもう一冊の方をめくっている。
「うーん、炎の魔術を使ったら一瞬で乾くような気もしますが」
「いや、多分君の魔力じゃ火力出過ぎて燃え尽きちゃうと思うんだけど」
「では魔力が低い方に呪文書使わせて見せましょうかねー、父さんとかダメかな?」
「…なにげに怖いもの知らずだよね、君って」
悪魔で真剣に考えているらしいマークに苦笑いしながらアズールは戦術書に目を通す。
一応初心者向けらしいが、戦術に心得がない彼には理解するのがなかなか難しそうだ。
――けどこれを覚えたらみんなの役に立てるし、何よりルフレさんに褒めてもらえてオマケにモテそうだし頑張ろう!
彼は彼で不順なことを考えながら読みすすめていると、落書きのように術式が書かれているページに書かれた文字がふと目に付いた。
ルフレやマークの字でない、小さくて丸みを帯びた可愛らしい字だ。
「ねえマーク、君記憶を失う前に彼女でもいたの?」
「藪から棒にどうしたんですか、アズールさん」
「ほら、これ女の子の字でしょ?ルキナの字でもないし」
その箇所を指差すと、マークはきょとんとした顔で首を傾げてみせた。
「それ、こっちの戦術書だけにあるんですよね。僕もちょっと気になってたんです」
「きっと彼女だよ!くっそー、戦術を教えるフリして彼女をちゃっかり作ってるなんて…ずるいよ!僕より年下のくせに!」
「ええーどうしてその発想になっちゃうんですか?そんなにモテたいんですか?!」
「当たり前だよ!ううっ…ジェロームにしろブレディにしろずるいよ、この裏切り者ぉ!」
「わわ、チョップはやめてください!」
なぜか涙目になってぽかぽかと叩いてくるアズールを水で膨らんだ戦術書で防ぎながら、マークは先ほどの字を思い返す。
ルフレの字でもルキナの字でもない。勿論仲間の少女たちの字でもない。
恐らくマークが記憶を失う前に書き込まれた時なのだろう、アズールの言うとおり、彼女がいたのかもしれない。
――でも、彼女ではない気がする。
この字を見ても恋愛感情のような胸のときめきを感じない。
その代わり、なぜだか妙に懐かしさを感じてしまう。
(大切な人だったのかな)
アズールの手から逃げ切りマークは戦術書の文字をなぞった。
しかし感傷的になるものの一向に思い出せる気配はなく、マークははあ、と深くため息をついて戦術書を閉じた。
「うーんダメです、思い出せません!」
「やっぱり彼女だって!」
「でもこれ、人間の意識を縛る術が書いてありますよ?彼女がそんなデンジャラスなもの書きますかね…」
「う、確かにそんな恋人はやだな」
半べそをかきかけていたアズールにマークは戦術書を手渡した。その時、遠くから「マーク!」と声を掛けられ振り返る。
「あ、父さん!丁度いいです、父さんに頼みたいことが…」
「ルフレから聞いたぞ、お前、死んだふりをして周りを心配させたんだとな」
「え」
「しかもルフレを泣かせたと」
湯気とともに現れたクロムはいつもよりむすっとした顔をしており、本能的に危険を感じ腰を浮かせる。
「やばいですアズールさん、父さんめちゃくちゃ怒ってます!」
「あーそうだね…クロムさんはルフレさん大好きだからね…」
「ここは逃げるが勝ちです、逃げましょう!」
「え、なんで僕まで?!」
アズールの腕を掴んで石から飛び降りると、マークは一目散に逃げ出した。
クロムは怒ると非常に怖い。捕まれば最後、壁に穴を空ける腕力でゲンコツをしてくるうえにフレデリクの特別説教コースが待っているのだ。ことに母に関することだ、いつも以上に叱られるに違いない。
こんな時のために、ばっちりと逃走経路は確保してあるのだが。
そう、いつもこうやって二人で罠を作って、父から逃げ回って、母に窘められていたような…
(二人?)
ふと感じた既視感に世界が揺れた気がした。しかし前を走るアズールと後ろから聞こえる足音に意識を取り戻し、マークはそのことを忘れ必死で脚を動かす。
「こら、待てマーク!」
「びぇぇぇぇんごめんなさい!!」
「だからなんで僕まで逃げなきゃいけないのー!?」
「ふふ、相変わらず元気ですね」
「あれは元気というレベルを超えているのです」
湯けむりの中全速力で掛けていく二人と父を見ながら微笑むルキナに対し、ンンは心底呆れた声を出した。
女子達は一足先に入浴を済ませ、ユカタという特殊な着物を着ながら幻想的な雪景を眺めていたのだ。
「元気なことはいいことです。未来では、こんな風にはしゃげるマークを見れなかったから」
「ルキナ…」
和やかな顔で逃走劇を見守っているルキナにンンは言葉を失う。
確かにもう会えると思っていなかった両親に出会え、笑い合うことができるこの世界は夢にでもみなかった光景だった。
ンンはマークとあまり面識がなかったが、未来ではこんなに子供っぽくはしゃいでいる少年ではなかったと記憶している。笑顔なのは笑顔なのだが、どこか張り付けたようなわざとらしさを感じたのだ。
「ルキナさーん、見てないで助けてくださいよー!守ってくれるって約束したじゃないですかー!」
「ルキナ、マークを捕まえろ!」
ぼんやりと感傷に浸っていると、必死で逃げるマーク達と物凄い勢いで追いかけてくるクロムが目の前を通り過ぎていった。
「相変わらず騒がしいわね」
「です…」
「ふふふ、じゃあ私はお父様の助太刀をしてきます」
呆れる少女たちを見回し幸せを噛み締めながらルキナはゆっくりと立ち上がる。
――今だけは、はしゃいでもいいですよね。
舞い落ちる色とりどりの紅葉に心を弾ませながら、ルキナはマークたちの元へ駆け出していった。
*
少女の足元には光り輝く波紋が広がっていた。
その波紋はだんだんと小さくなりそれに連れ空間を元の闇に満たしていく。
「これで本当に良かったんですか?」
暗闇の中浮かんでいる少女の傍らに、白い影が寄り添っている。
少女はウェーブしている短い髪を揺らし、掌に浮き上がる紋章を見つめながら寂しげな笑みで頷いた。
「忘れたほうがいいんです、私のことなんて」
ギムレーの力を用いて時の狭間で沢山の世界を見てきた結論。
彼の側に私はいなかった。クロムが父親でない世界でも、幸せに暮らしている世界でも。
そして私がルフレさんと同じ魂の娘である世界のどれにも、彼の存在はいなかった。
きっと私たちは表裏一体。どちらかが光に出れば、どちらかが影にならなければいけない存在。
しかしどういうわけか運命を歪めて、私は彼の傍に来てしまった。
私を心の枷にして、彼を光から引き剥がしてしまったから。
今度こそ、光の中に生きて欲しい。
私のことなんて忘れて幸せになって欲しいから。
だから時の狭間で、別世界のギムレーの差金である屍兵に襲われている少年の記憶を奪ったのだ。
「ルフレさん、私は今まで貴方たちに守られてきました。だから私が今度は守る番なんです」
「でも、あなただけが苦しむことはないんですよ。私は貴方にも妹として、娘として、幸せになって欲しかった」
「いいんです、私は貴方が時々会いに来てくれるだけで満たされるから」
手を取り頬ずりしてくる少女の小さな体を白い影は抱きしめる。
その柔らかい胸に顔をうずめながら、少女は密かに願った。
ごめんなさい、マーク。
貴方の未来に幸運を。
そしてもし、違う世界の私が生まれ変わることができたら。
「今度こそずっと、一緒に居たいですね」
最後の波紋が消え、世界は再び闇色に染まった。
連載していたDLC絶望の未来妄想捏造小説後編です。
今回からDLC本編とリンクしたお話になっています。時系列としては異界のルフレ登場~絶望3直前までです。
今回からDLC本編とリンクしたお話になっています。時系列としては異界のルフレ登場~絶望3直前までです。
宝玉が嵌めこまれていない炎の台座を眺めながら、ファウダ―は酒杯を掲げ満足げに笑みを浮かべていた。
ペレジアという国を手に入れ、希望の象徴である聖王は殺された。そのことにより逃げられた器がギムレーとして覚醒し、いまも世界に絶望を振りまいている。
「素晴らしい。私の世代でこの光景を見ることが叶うとは」
竜神ナ―ガは討ち倒され、荒れ果てたこの地に絶望しきった民が滅びによる救いを求め信者の数は日増しに増えていく。
自身も父も器になり損ねたが、ギムレー教がこの世を支配する日を見ることが出来た。
人間達にさらなる絶望を与え、それが邪龍の力を増していく。生贄を増やす為にギムレーはゆっくりと世界を壊していくのだ。
器になれず悔しい想いをした日はもう来ないのだ。器の父として、ファウダ―は絶対的な地位に…人間の王として君臨することが出来るのだから。
ファウダ―は盃に口をつける。葡萄酒を嚥下しようとした時、鈍い痛みが身体を襲った。
「そこまでです、ファウダ―」
杯が手から零れおち、中身が石床に飛び散った。
口からは葡萄酒よりも赤い血が吐き出され、ファウダ―は崩れ落ちる。
「な、ぜ…」
どくどくと血が流れゆく腹部に手を当てながら、ファウダ―は驚愕で見開かれた目で突然の襲撃者を見ようとする。
暗くなっていく視界の中、冷たい目をした少女がこちらに斧を向け見下ろしていた。
その目に見覚えがあった。かつて器を産んだ女と、その一族の娘達。
そしてギムレーとなった娘ルフレの、怨痕に満ちた眼差しが重なった。
「おま、えは…まさか、」
「貴方の役目は終わりました。ただの信者集めの分際で調子に乗らないで欲しいです。
それとも、自分だけならギムレー様がもたらす滅びから逃れられるとでも思っていましたか?残念ですねぇ」
斧の刃がファウダ―の体を分断しようとゆっくり負荷を加えられていく。
一瞬でなぎ払う力があるのにわざと一思いに殺してこないのだ、まるでギムレーのように。
この身を貫く恐怖と痛み、そしてギムレーに魂を貪られるだろう歓喜が絶叫を上げるファウダ―の目に浮かんだ。そんな彼の様子を冷え切った心で見つめながらマークは吐き捨てるように呟く。
「ギムレー様は等しく滅びをお与えになるのよ…父さん」
前々から顔も知らない母親への哀悼の意と、ルフレにとって最愛の人をこの手で殺させるというこの世で最も残酷なことをさせた報いをこの手で晴らさせようと誓っていた。
例えむなしさしか残らないとしても、この胸の中に渦巻くどす黒い靄を晴らせるなら構わない。
ギムレーが描かれた石床に血だまりがみるみると広がっていく。
マークがファウダ―の体を両断仕切る前に、闇の中を雷撃が走っていった。それはギムレーを称える呪詛を無心で口にするファウダ―の胸に的確に刺さり、黒煙を上げて一瞬で止めをさす。
「姉さん、そんな下種の為に時間を使うのは惜しいよ」
返り血を浴びたマークがゆっくりと振り返れば、呪文書を携えた少年マークが無表情で歩いてきた。
血に濡れて立ちつくす少女の顔を優しくぬぐい、血だまりに倒れ伏せるファウダ―を一瞥する。
自分の祖父であり、父を殺させ母の人生を狂わした一因となった男に驚くほど感慨がわかなかった。未だに死体を見つめるマークの肩をそっと抱き、視線を逸らさせる。
「さあ姉さん、ギムレー様の所へ帰ろう?僕達にはまだやるべきことがあるはずだ」
「…ええ、そのつもりです。有難うマーク」
斧についた血を汚らわしいもののように振り払うと、マークは肩に置かれた手を繋ぎ悠然と歩き出した。
先程マークが殺したであろうギムレー教徒達が口から煙を上げて立上がり頭を垂れる。
邪龍に祝福された子供達は赤く濡れた足跡を残して祭壇から去り、そこには血で汚れ鈍く輝く炎の台座だけが残された。
掃除や整備がままならず、荒れていくばかりのイ―リス城の一室。
ルキナは歴代聖王の肖像画が飾られているそこで、珍しくぼんやりと物思いにふけっていた。
父クロムの若き肖像。まだルキナが生まれたばかりのころの親子の絵。マークが生まれ家族4人で笑い合っている絵。直接壁に飾られている訳ではないが、母の妹であるマークのあどけない笑顔が描かれた小さな絵も机のわきに置いてある。これらは全て平和だったころ父達の仲間が描いたものだと聞かされていた。
二人のマーク。
一人はルキナの弟で、悪戯が過ぎる所があったが仲間想いの心優しい子だった。少し抜けている所が父に似ていて、聖痕がないことを気にはしていたが大きくなれば逞しく民を導けるだろう器の持ち主。
もう一人のマークは弟が生まれてしばらくした後に、母が連れてきた赤子だった。
従兄弟のウードもマークも男だったから、妹が出来たと大はしゃぎで彼女をあやしていた記憶がある。
弟のマークに負けじと悪戯好きでおしゃまな所があったが、賢く誰とも仲良くできる愛らしさを持つ可愛い妹分。
二人のマークと幼馴染達に囲まれて過ごす日々は幸せだった。出来ないことはない、ここにいる14人で未来を作ると幼心ながら誇りに思っていた。
だけどもうそんな日常は来ないのだ。
数年前、竜を駆るジェロームに乗せられ一人敵に立ち向かったマークを救いだそうとした時、ボロボロになった剣と無残に散っている呪文書を見た時の絶望を思い出す。結局死体はみつからなかった。
ここに来ると失ってしまったものの多さに辛くなって最近は行かないようにしていたのだが、毎日聞かされる死亡者の名前と侵略された領地の数に心が折れかけた時にいつのまにか来ていたのだ。
「ここにいるのは、私だけになってしまいましたね…」
ファルシオンの柄に手をかけ、ルキナはそっと目を伏せた。
ウードやシンシアは仲間達を連れこの城を去り、炎の台座に嵌めこむ宝玉を探しに行っている。
本当ならそんな危険な旅に出したくなかったが、国宝であるそれらを集めなければ覚醒の儀を取り行えないのだ。それしかギムレーを討ち倒す方法をしらないのだから。
逆に彼等が帰って来なければ、ルキナはこの城と国民もろともゆっくりと滅ぼされるしかない。
ファルシオンを握る手が震える。
本当はもう誰一人失いたくないし、祈るだけの日々も嫌だった。
しかし残されたルキナは人々の希望として王の姿を取り繕わなくてはならない。決して弱気な姿を見せてはいけないのだ。
「ルキナ、ここにいたのですか」
蝋燭のか細い光で照らされた部屋に帽子型の影がさした。
「ごめんなさい、探させましたか?」
「いえ、ルキナがここにいるのは珍しいなと」
幼馴染の青年ロランが旅装を整えた姿で立っているのをみて、ルキナは表情を翳らせた。
「その様子だと、行くのですね」
「ええ、炎の台座が見つからなければ元も子もありません。しばらくの間手助け出来ないのは心苦しいですが…」
「ロランは気にしないで、私が城を…民を守りますから。セレナとジェロームは?」
「ジェロームなら先に外の様子を見に行くって行っちゃったわよ」
ロランの脇からツインテールを揺らしてセレナが現れた。「あいつったら薄情よねー」と呆れた口調で髪をいじってルキナから目を逸らしている姿にロランは溜息をつくと、ルキナの耳元でそっと囁いた。
「いつもの照れ隠しですよ。そういうセレナもさっきまで会いに行くのを渋っていたじゃないですか」
「う、うるさいわね!何も言わないで出てったら今生の別れみたいでいやじゃない!」
そう噛みつくセレナの目元が赤いのに気付き、ルキナは思わず笑みを零す。昔から素直じゃない彼女のことだ、不安で泣き腫らしてしまったのだろう。そこをロランに捕まってしまったわけだ。
セレナは久しぶりに笑って見せたルキナを軽く睨みつけると、ズンズンと足音を立てて近づいてきた。
「いーいルキナ?私は…私達は絶対帰ってくるわ。先に行った馬鹿達も殺しても死なない奴らだし帰ってくる。そしたらあんたがギムレーをぶったおすのよ!約束!だからそんな不安そうな顔しないでよね!」
「セレナ、もっとお上品に話してください。とはいえ、セレナの言う通り僕達は必ず炎の台座を手に入れて帰ります。だからそれまで城をお願いしますね」
おでこをつついてくるセレナと微笑を浮かべるロランにルキナもまた頷いて見せた。
失ったものは取り返せないけど、これから失うかもしれないものは救いだすことが出来る。
そう信じなければいけないのだ。
彼等の決意を受け止め、ルキナは姿勢を正した。先程までの弱気な姿を、どこかで見守ってくれている家族達に見せるわけにはいかない。
「わかりました。ではせめて、貴方達の旅の無事を祈らせて下さい」
「ふんだ、祈りなんて必要ないわよ。どうせこの世界に神様なんていやしないんだから」
「セレナ。…それでは僕達はもう行きますね」
言葉とは裏腹に泣きそうなセレナを促すと、ロランはルキナを一瞥して部屋を後にした。
ルキナも彼等を見送ろうと立ちあがろうとした。そのはずみで蝋燭の灯が消え、暗い部屋にルキナ一人が残される。
…それでも、彼等は本当に帰ってくる?
閉まり行く扉を眺めながら。ルキナは不安が溢れていくのを感じた。
妹のように思っていたマークも憔悴していながら失踪直前まで笑顔を浮かべていた。
弟のマークも思い出の中では笑顔で、敵を迎え撃つとルキナに告げずそのまま見つからない。
お父様もお母様も、帰ってくると約束したのに。
――今度こそ、私は一人になってしまうのではないか?
絵画に描かれた大切な人達の顔を思い出し、ルキナは立ち止まってしまう。
何も告げずに一人で離宮に残った弟の後姿が、重い空気の中取り行われる両親の国葬が脳裏によぎり今ならロラン達を止められるかもしれないと一瞬でも考えてしまう。
…それでも今は、彼等の言葉を信じなければならない。
仲間達の覚悟に応えなければ。
ルキナは深呼吸をして自身を落ち着かせると、旅立つ彼等を見届ける為に絵画の間を後にした。
「ナ―ガの姫が動き出したようですね」
ルフレの姿をした邪龍がマーク達に笑いかける。毒のある艶やかな笑みに動じず、2人は静かに次の言葉を待った。
「炎の台座と宝玉を探しに姫君の騎士達は動き始めた…ですが、どれか一つでも欠けたら終わりです。…私の言いたいことはわかりますね?」
「はい、ギムレー様」
「心得ております」
頭を垂れたまま、2人は同時に言葉を放った。
ついにこの時が来た。
ギムレーは世界を食いつぶす最後の段階まで来たのだ。仕上げに今まで生かしていたルキナを殺して魂を喰らい、真の暗闇をこの世にもたらすつもりなのだろう。ナ―ガは既に滅ぼしているのだからルキナ達にもう手はないのだが、より絶望を色濃くする為に何も知らない彼女の希望の星を丹念に断っていこうという算段なのだろう。
人間を絶望に陥れる執念が、ギムレーという存在を生み出したのだろうか。はたまた、軍師であるルフレを器にしているからここまで用意周到なのだろうか。
…いずれにせよ、彼等はいずれ始末することになっただろう。ルフレの傍にいると決めた以上、こうなることはとうに覚悟していたのだ。
「二手に分かれた希望の子達を、僕達が別れて罠に嵌めます」
「ギムレー様はその間に、ナ―ガの姫君を」
感情が込められていない男女の声にギムレーは満足げに笑うと、音もたてずこちらへ転移してくる。顔を伏せている2人の傍らに屈むと、腕を伸ばし抱きしめてきた。
「私の可愛い子供達…愛していますよ」
耳元で囁かれた言葉は夢にまで聞いて焦がれていた言葉。
ルフレのふりをした邪龍のわざとらしい笑い声に目蓋をぎゅっと閉じる。
それでもこの体は大事な人のもの。脳裏に響く本当の声は最近聞かないが、それでもルフレに変わりはないのだ。
この温もりがあれば生きていける。
罪に濡れることも出来ると、2人のマークは固く手を繋ぐ。
そんな二人の姿をギムレーの瞳の奥で、ルフレは悲しげに見守っていた。
この手は棘で貫かれ彼等を抱きしめることが出来ない。
動かないこの体は娘であるルキナも、大切な人達の子達を傷つけてしまうだろう。
それでもまだ希望はある。
針のように小さく細いけど、光はまだ射しているのだ。
遠のく意識の中、ルフレは幾分か成長したマーク達の姿を焼き付けて静かに目を閉じる。
来るべきその時の為に備えて眠りについた。
Ⅱ
ギムレーの意識を少しだけ封じた時、ルキナがチキの亡骸を前に愕然としている姿が映る。
美しく成長した娘に対する喜びと、その顔を曇らす涙に胸が痛むが、この手は鉛のように重く彼女を撫でることが出来ない。
(ルフレ…あなたなのね)
精神だけの存在となり語りかけてきたチキを数瞬だけ見つめる。早く逃げて、そう念じれば彼女は小さくうなずき、時空の狭間へと溶けるように消えていった。
魂まで滅ぼそうとしたギムレーの動きを一瞬だけ止め、神竜の巫女であるチキを新たなるナ―ガへと覚醒させる。この数秒の為だけにルフレは今まで屈服したふりをしたのだ。
――チキさん、ごめんなさい。
ここまでだ。力を使い果し、ルフレは身体をギムレーに明けわたす。
曇った視界に映る娘は母の姿をした邪竜に怒りと哀しみを露わに斬りかかろうとする。
が、ギムレーは躊躇いが僅かに見受けられた斬撃を避け転移魔法を構築していった。
母の裏切りを知って、ルキナはどう思うのだろうか。絶望をより濃くするだろうか。
それでもあの子はクロムに似て強い子だ、天で輝く太陽のように、大きな影を振り払おうと立ち向かってくれるはず。
――ルキナ、貴方には辛い思いばかりさせてごめんなさい。どうか生きて…
ギムレーの体が光に呑まれる。その狭間に泣きながらファルシオンを構える娘を見て、ルフレは届くことがない祈りを捧げると暗闇色の茨の中で眠りについた。
彼女を見た時、そんな馬鹿な、と思った。
ギムレーかと思ったが彼女は今頃神龍の巫女を滅ぼしに行っているはずだからここにいるはずがない。それに、眼の前に立つ姿は自分が知るその人よりも若かったのだ。
荒野で一人マークは崩れ落ちる。血色に滲む夕焼けを見つめながら、マークは先程までの夢のような出来事を思い返した。
*
檻の中で屍兵に囲まれている少女達をみて、マークは古傷が痛むような感覚で顔を顰める。
今まで沢山の人間を殺してきた。中には知っている者、世話になっている者もいたから慣れているはずだった。しかし今回はその中でも特に親密だった幼馴染達を殺さなくてはならない。
武器を奪われ、今まさに命を奪われるという絶望に顔を引きつらせるノワール、諦めたように目をつぶり震えるンン、抵抗をやめ武人らしく死のうとまっすぐ屍兵をみつめるデジェル、そして足が震えながらも希望を捨て切れずにいるシンシア。
大切な人達だった、なるべくなら皆苦しまずに殺してあげたい。
合図を出せば、彼女達は一瞬で屍兵にその身を貫かれるだろう。握りしめた手が少しだけ震えていた。
「それでも生きて返すわけにはいかない。宝玉を届けさせるわけには行かないんですよ」
苦しみ嘆く母のか細い声、そして違う任務を行っているもう一人のマークを思い返しながらマークは視線を上げた。彼女ならもう幼馴染達を始末しているかもしれない、そう考えフードの奥で仄暗い笑みを浮かべる。
――感情や思い出なんていらない。僕達は母さんを守ることだけさえ考えればいいんだ。
燃え盛る炎の中、マークは処刑の合図を出そうと手を振り上げる。その時、ぱちぱちと爆ぜる音しか聞こえなかった建物に光が満ち、複数の足音が轟いた。
「母さん!」
「父さん?!どうしてッ?」
屍兵が呻き倒れる音に少女たちが驚愕の声を漏らす。
マークも慌てて振り返れば、救出されていく少女たちの姿がこの目に映る。
有り得ない光景に動揺するが、すぐにギムレーが以前話していたことを思い出した。
(異界の援軍…!)
マークは奥歯をぎりり、と噛みしめる。常に高慢で自信に満ちている邪龍が唯一懸念していた出来事が、異世界のナ―ガによる干渉だった。
このままだと運命が変わってしまう。そうなる前に彼等をここで葬らなければ支障が出る。
戦局を変える為に新たなる屍兵の召喚をしようと意識を集中した。しかしその瞬間凄まじい勢いの炎が護衛にと配置していた屍兵を炭に変えていき、マークは舌打ちして呪文書を開き臨戦態勢に入る。
呪文を構築し終わり、炎が障害を燃やしつくした時、眼の前に現れた女性にマークは目を奪われた。
見知った髪の色が炎を背景になびいている。理知的な瞳が凛と輝き、こちらを見据えてきた。
「そんな、まさか…」
黒魔術の陣が消失する。
闇色の外套を身にまとったルフレは、愕然とするマークを不思議そうに見つめてきた。
*
手元にある戦術書をめくりながら、マークは目蓋を伏せる。
やはりなにもかも同じだ。ページの折れ目も筆跡も、全て母の形見であり肩身離さず持っていた戦術書と一致していたのだ。
異界の援軍が送り込まれている以上、軍師である母がいてもおかしくないのだが、そこでかわした会話がマークの心をより乱していく。
(異界の母さんとはいえ、突飛なことをするのは変わらないんですね…)
大切な人に似ているから、そんな理由で異界の母は何故か戦術書を渡してきた。
そして「この世界の私は思って貰って幸せだ」と、明らかに怪しいマークに微笑んで見せたのだ。
ギムレーである母が見せることのない笑顔に、戦意と懐疑心が砕け散る。
父クロムの声が聞こえ、母が振り返った時に耐えきれなくなってしまい、マークは転移してしまった。異界の父にまでこの姿を見られるのは嫌だったのだ。
恐らく幼馴染達は運命を覆して助かり、姉の元へ宝玉を運ぶだろう。作戦は失敗したのだ。
きっとギムレーは怒り、折檻を受けるだろう。それだけなら構わない。
このままだと、ルキナは運命を変えてしまう。
ギムレーごと母を失ってしまうかもしれないのだ。
混乱して散り散りになった思考が恐怖に染まる。マークは戦術書をしまうと、ふらりと立ち上がって日没の空を見上げる。
「姉さんに…ギムレー様に、援軍を伝えないと…」
足元が恐怖と動揺でおぼつかない。それでも腕の中の戦術書を強く抱きしめながらマークは歩みを進める。涙が気付かず零れ落ち、乾いた大地にしみ込んでいっても構わず歩いた。
*
マークと落ち合う予定となっていた朽ちた教会の先端が見える。
ひしゃげた十字に止まる黒竜を見て、彼女はもう帰っているのか、とおぼろげに考えながら腐りかけた扉に手をかけた。
「姉さん…?」
教会の中は蝋燭がともされることなく、しん、と静まり返っている。
手近にあった燭台に火を灯してマークは足を踏み出す。コツンコツンと妙に響き渡る自分の足音が心を妙にざわめかせた。
「マーク姉さん」
やっと見つけた小さな人影にマークは駆け寄る。
破壊された祭壇にもたれかかるように、少女のマークは座り込んでいた。顔を突っ伏している彼女の肩にそっと触れると、髪に隠れていた顔が露わになった。
マークの瞳は赤く充血し、目じりは涙で滲み蝋燭の火できらめいている。
「マーク…わたし…」
震える声の少女をマークは何も言わず優しく抱きしめた。
傷だらけの頬と、骨が浮き出た彼女の背中を撫でながらマ―クは理解する。
「姉さんの所にも、母さん達が来たんですね」
腕の中で彼女が驚いたように顔を上げる。
どんぐりのような瞳に自分も同じだ、と頷いて見せれば、彼女は絞り出すように泣き声をあげた。
「私…逃げてきちゃったんです。異界のルフレさんだって知っていたけど…あの人の笑う姿みたら、戦えないっ…!」
「姉さん…」
「ねえ、私達は何のために戦ってたの?笑顔のルフレさんをもう一度みたかったのに…その為ならなんだって出来るって、私、決めていたのに…!」
涙も枯れ果て胸に額を押し当て震える彼女をあやすように撫でながら、マーク自身の心にも同じような疑問が膨らんでいくのを感じる。
ギムレーとなった母ルフレは、異界のルフレのように微笑みを向けることは決してない。
邪竜の一部として生き続け、夫を殺し世界を壊す罪に嘆き苦しむことしかできない。
それが本当に母の幸せなのか?
孤独な彼女の哀しみへと本当に寄り添えているのだろうか?
一度疑念が湧きだすと、奈落の底に転がり落ちていくように先が見えなくなっていく。
自分達はこれからどうすればいいのだろうか?
このまま放っておけばギムレーは異界の干渉にあい、運命を変えられてしまう。
しかしルキナに討たれて解放された方が母は幸せなのではないか?
仮に干渉を振り切ったとしても、当初の予定通りルキナを殺して世界を掌握したら、今度こそ母の心は壊れてしまうのではないだろうか?
「僕にはわからないですよ、姉さん…」
視界が滲み、母と同じ髪色の頭がぼやけてみえた。
それが先程の異界との邂逅を再び思い出させ、マークは一滴の涙を零す。
迷った時の指針の見つけ方など、戦術書には載っていない。
月が無い夜に小舟で航海に乗り出したような心のぐらつきを繋ぎとめるように、マークはひたすら震える少女を抱きしめることで迷いを消そうと試みた。
「私なら、その答えを知っているかもしれないわ」
風もないのに蝋燭の炎が揺れる。聖堂にひびく声に二人して顔を上げた。
半壊したステンドグラスの下、砕けた聖像の上に尖り耳の女性が立っている。
月明りもないのにきらきらと輝く翠の髪に、マーク達は驚愕の声を漏らした。
「神竜の巫女?!」
「何故、貴方はギムレー様が殺したはず」
仲間と別れ孤独なルキナに、より深い絶望を与える為殺されたはずのチキが、静かにこちらを見つめてくる。
残忍なギムレーが早々と彼女を逃がすとは思えない。そう凝視していると、チキは物音一つ立てずマーク達の傍へ降り立った。
「そうよ、私は死んだわ。でも魂までは滅ぼされなかったの…ルフレのおかげでね」
「母さんが?」
彼女は茫然と抱き合っているマーク達をすり抜けていき、こちらに柔らかな微笑みを向けてくる。確かに身体が触れたはずなのに肉体の感触がせず、ようやくチキが精神だけの存在でいることに気付かされた。
「そう、ルフレの残っていた意識がギムレーを止めてくれたの。だから私はこの世界の新たなるナ―ガとして覚醒出来た。…多分だけど、これもルフレの策のうちじゃないかしら」
「どういう意味なんです?それに策って」
「ルフレはね、たびたびギムレーの深層意識に潜り込んで異界と接触していたみたいなの。だけどもう彼女には時間が無いわ。私を助けるのに最後の力を振り絞って、ギムレーに全て呑まれそうになっている」
「そんな、それじゃルフレさんは」
「ルキナを殺して世界を支配出来たら、天才軍師の記憶なんていらないもの。いつかギムレーはルフレの魂を完全に吸収してしまうわ。…勿論貴方達も」
マークはうつむき唇をかむ。
自分の命は惜しくなどないが、母が殺されてしまったら元も子もない。それこそ、姉と国を裏切った意味がなくなってしまうのだ。
「ルフレは貴方達の力を必要としているわ」
ほのかに光を放ちながらそう告げるチキを二人は食い入るように見つめる。
何故ギムレーと敵対するナ―ガが自分達に接触してきたのか、罠ではないかという考えも浮かんだが、成すべきことを見失っているマーク達は縋るしかなかったのだ。
「ギムレーはじきにルキナの元へ現れる。最後の仕上げをしようと仲間もろとも彼女を殺すつもりよ。…でもギムレーはまだ私が復活したことに気付いていない。覚醒の儀を行う最後のチャンスがあることを知らないの」
「…母さんがギムレーと共に封印されるのに加担して欲しいんですか?」
「封印じゃないわ、滅ぼすのよ。イ―リス城に私の亡骸が眠っているから、より強くファルシオンの力を継承できる…でもそれには時間が必要、だからルフレにはもう一度目覚めて欲しいの。それには貴方達の血が必要だわ」
「どういうことなんですか?」
チキはちらりと少年のマークの足元を見る。少女のマークを抱きしめたはずみで落ちた二冊の戦術書を指さして見せる。そして静かに、しかし聖堂に響き渡る声で言い放った。
「ルフレは生前に、自警団のみんなと人の意識を縛る呪術を考えていたみたい。自分がギムレーになった時の為に、とある戦術書に書きとめておいたと。残念ながら邪龍には人間の理が利かないらしくて、サーリャが行使してみて駄目だったらしいけど。…でも、貴方たちなら出来るかもしれない。ルフレ、そしてギムレーの器としての血を継いだ貴方たちなら、一時的にでもギムレーの意識を抑えられるかもしれない」
マークは思わず戦術書を拾い上げ、その術が書いてある場所を探す。
これよ、とチキが指さして見せて二人は目を見開いた。
それは様々な戦術と添削されたページの後、ルフレの単なる走り書きだと思っていた項に書かれていた術の構築式だった。ルフレは思いついたことをなんでも書きとめておく癖があったから、思わず手元にあった戦術書に書いてしまったのかもしれない。
どこまでルフレの手の内なんだろうか。神軍師と称えられた彼女の才に、越えられない壁と底知れなさを感じ二人はそっと身震いした。
「貴方達の血、そしてルフレとの絆があれば、彼女の魂を救えるかもしれない。苦しむ彼女を解放してあげられるわ。…勿論貴方達には辛い選択だとわかっている。でも、本当に最後のチャンスなの」
力を貸して、そう辛そうに呟くとチキは手を伸ばしてくる。
彼女もかつてクロム達と共に戦ったと聞いたことがある。かつての仲間が苦しむ声が聞こえ、苦しんでいるのだろうか。
「マーク姉さん」
「マーク」
二人同時に顔を見合わせ声が重なる。
それはギムレーを裏切り、ルフレの肉体を本当に消してしまう賭けだ。
例え中身が邪龍でも、それはまぎれもなく大切な人のものなのだから。
本当に彼女を救えるのだろうか?
それが彼女の幸せなのだろうか?
戦術書を抱きかかえながら二人のマークはしばらく言葉を失くし、互いの瞳の奥を覗きあう。
かつてクロムとルフレが互いの半身だったように、彼等は世界を裏切ってから半身として生きてきた。
お互いの考えていることならば、言葉にしなくともわかる。
二人は頷き合い、手を重ねた。
二人で一つ。世界を裏切る覚悟も、母を救う覚悟も一緒だった。
二人なら何でも出来るんだ、と互いの掌から感じる温もりに勇気づけられた。
「僕たちは、世界よりも母さんを取りました」
手を取りあいゆっくりと立ちあがる二人を、チキは宙を漂い青白い月のように見守っている。
「これで許されるとは思っていません」
「それでも僕は、」
「私は」
この重すぎて押し潰されそうな罪も、二人でなら背負っていける。
崩れ落ちた聖像の前で誓いの祈りをするように、二人はチキの前で力強く頷いて見せた。
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ゲームとかガ○ダム大好きな腐り人。
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